ラテンアメリカ地誌の中核的事項

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ラテンアメリカ地誌の中核的事項

星槎大学 共生科学専攻

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 本稿では、ラテンアメリカと呼ばれる中南米の地誌を作成します。三つの中核的事項を抽出するという動態地誌的な再構成は、ラテンアメリカの歴史を3時代に大別し、その自然・文化・社会を記述する上で、非常に有用であろうと思われます。

①自然環境と相互作用した先住民族

 アメリカ大陸は、アンデス山脈を始めとする環太平洋造山帯のプレートが沈み込み、火山や地震の多い変動帯を形成している。これは日本列島と似ているが、ラテンアメリカの場合、地質に由来する金属鉱物が、現在も豊富に産出する事が注目される。他方、中南米の多くは熱帯気候であり、一部に砂漠気候、南部に温帯気候、アンデスなどに高山気候が見られる。人類の文化も、このような自然環境に適応しながら築かれたであろう。しかし、大西洋航海術を持たない原始アフリカ人にとって、米大陸は陸路で最も遠くに位置し、上陸は容易でない。そのため、猿人・原人類は米大陸に到達できず、上陸できたのは現生新人類だけだったと考えられる。つまり、米大陸は無人の期間が長く、人類史が相対的に短い。

 現生人類の亜種である人種は、アフリカ系ニグロイド・ヨーロッパ系コーカソイド・アジア系モンゴロイド、及びオーストラロイドに分けられるが、こうした形質人類学的な意味での「アメリカ人種」は存在せず、米大陸に初めて到達したのはモンゴロイド、つまり我々アジア系と同じ黄色人種である。第四紀更新世の氷河時代ベーリング海峡は陸橋化しており(ベーリンジア地峡)、極東シベリアからアラスカへの陸路が生じた。こうして約2万年前頃、ベーリンジア・アラスカへの進出が試みられた。そして約1万6000年前以降、氷河の溶解に伴い、北米を封鎖していた大陸氷床が縮小し、人類は中南米へと拡散し、約1万年前までに大陸南端へと至った。

 アメリカ先住民は、定住した地域に応じて、アラスカ・カナダ・グリーンランドのイヌイット、合州国のインディアン、中南米のインディオに分かれた。いずれも様々な文化を発展させたが、それが都市文明という国家の形に結晶したのは、ほかでもない中南米であった。紀元前1200年頃にメキシコで生まれたオルメカ文化は、最古のメソアメリカ文明である。中米のユカタン半島は、かつて恐竜類などを大量絶滅させた小惑星(約6500万年前)の爆心地であるが、その隕石クレーター湖から水を確保するなどして、マヤ文明が繁栄したとも言われる(NHK地球ドラマチック)。その後メキシコでは、オルメカ・テオティワカン・トルテカ文化を経て、テノチティトランを首都とするアステカ王国が栄えた。メソアメリカの神話には、翡翠輝石と秩序を司るケツァルコアトルや、黒曜石と混沌を司るテスカトリポカなどが伝えられている。一方で、メソアメリカ(特にアステカ)では、現代の我々には共感しがたい宗教文化…大勢の人間を生贄とする「人身供犠」の儀礼も行われていたと考えられている。南米大陸のペルーでは、前1000年のチャビン文化を最古とし、ナスカ文化などのアンデス文明を経て、クスコを首都とするインカ帝国が統一された。メソアメリカは象形文字を用いたが、インカは文字を持たない。マヤ・アステカ・インカを始めとするメソアメリカ・アンデス文明は、旧大陸のメソポタミア・エジプト・インダス・黄河に匹敵する「第五の古代文明」として、後世の興味関心を集める事になる。栽培植物も注目される。

②イベリアによる征服・植民地化と甚大な文化変容

 中南米の歴史を激変させたのは、イスパニア王国(スペイン)による征服である。イベリア半島のイスパニア・ポルトガル王国は、後ウマイヤ朝コルドバ帝国ナスル朝グラナダ王国との宗教戦争(広義の十字軍)である、国土回復運動(レコンキスタ)によって建国されたカトリック教国。そのためイスラム教に(16世紀の宗教改革後はプロテスタンティズムにも)対抗して、カトリシズムを伝道する情熱に満ちていた。また、ヨーロッパは14世紀に甚大な黒死病(ペスト)の被害を受け、それが経済的な征服欲求を強めた。更に、トスカネリ(フィレンツェ共和国)の世界球体説(地球説)や、海彼の「インディアス大陸」に黄金郷があるというジパング・エルドラド伝説が、大航海時代を推し進めた。

 北欧で活動していた北ゲルマン・ノルマン人の中には、北米大陸に到達した民族も存在したようだが、ヨーロッパ視点での新大陸発見としては1492年、バハマ諸島に上陸したコロンブスが画期である。それはレコンキスタ戦勝と同年の出来事であり、どちらもイスパニアの国策であった。当初、インディアスはアジア大陸と一部だと思われていたが、アメリゴ(アメリクス)によって新大陸である事が報告され、アメリカと呼ばれるようになった。ポルトガル・イスパニアはレコンキスタの延長として、中南米などへの世界侵攻を開始する。トルデシリャス条約(1494)に基づき、ブラジルはポルトガル領(1500)、それ以外はスペイン領とする事が予定された。

 特にイスパニアは、中南米への征服者(コンキスタドレス)出兵に積極的であり、1521年にコルテスがアステカ王国を滅ぼし、テノチティトランをメキシコ市に編入した。海彼から迫り来るスペイン軍を見たアステカ人は、これをケツァルコアトル再臨による世界の終末ではないかと考え、亡国を覚悟したとも言われる。コルテス側は、メキシコの先住民族(反アステカ派も存在した)をスペイン軍に寝返らせた事が、勝敗の一因になった(国立科学博物館2007)。当時のアステカ王国は、神の宝石として大切にしていた土耳古石(ターコイズ)を隠し、金銀をスペイン軍に献上して和平を試みた。しかし、黄金郷の占領を目指していた征服者にとって、これは逆効果であり、却ってアステカ滅亡を決定付けてしまった。数奇な事に、コロンブスとコルテスの羅針盤にも、トルコ石が用いられていたとも語られる(山中茉莉2007)。イスパニアによるメキシコ制圧は、現代に至る人種問題の始まりでもあるが、キリスト教を(名目的にであれ)広め、アステカの宗教を否定した結果、痛ましい人身供犠の風習にも終止符が打たれた。その一方で、アステカで信仰されていた地母神の丘に、マリア聖母の礼拝堂が建てられるなど、カトリックと多神教の習合も見られる。1532~33年には、ピサロがインカ帝国を崩壊させた。インカ帝国もアステカ同様、金銀による交渉を試みている。キリスト教が強制されるようになった後も、ミイラ儀礼などの祖先崇拝は残った。なお、既に文明が崩壊し、内戦状態に陥っていたマヤ地域の制圧は、最も時間が掛かった。

 メソアメリカ・アンデス文明は、優れた農耕文化を育んでおり、ラテンアメリカ原産の栽培植物であるトウモロコシ・ジャガ芋・薩摩芋・キャッサバ・インゲン豆・落花生・カボチャ・トマト・唐辛子・パイナップル・パパイヤ・アボカド・煙草・カカオ・綿などの作物は、現代に至る我々の生活を支えている(矢ケ﨑編・丸山浩明2020)。メキシコ・ペルーでは(現在も)世界最多のが産出し、銀本位制のヨーロッパ市場経済(後の資本主義)を支えた。17世紀には、まだ鎖国していなかった江戸時代初期の我が国も、徳川家康伊達政宗がスペイン領メキシコ(ノビスパン)と貿易交渉した。ポルトガル・イスパニアの国民は、旧ローマ帝国のラテン系民族が中心なので、彼らが統治する中南米は「ラテンアメリカ」と呼ばれるようになった。イングランド王国に開拓された北米「アングロアメリカ」と比較すると、ラテンアメリカにはカトリックが普及し、途上国が多く、著しく進んだ人種混血が注目される。カトリック教会もインディオも、白人と先住民の結婚・混血に対して比較的寛容だったので、宗主国から殖民した単身男性と、現地のインディオ女性との間にメスティーソと呼ばれる混血者が生まれ、メキシコに多く定着した。しかし、先住民には充分な人権が認められず、強制労働と伝染病によって、早くも16世紀の時点で、その人口は大幅に激減した。そこで、アフリカ大陸から黒人奴隷が連行されるようになり、ブラジルなどのプランテーションを中心に、白人と黒人の混血者ムラートが増加した。有色人種の間でも、インディオと黒人の混血(サンボ・クリボーカ)が、西インド諸島カリブ海などに見られる。18世紀後半になると、植民地出身の白人と、宗主国から派遣されて来た白人との対立が顕在化し、その後の独立運動を準備した。

③日本とも交流する多文化社会

 19世紀初頭、ヨーロッパがナポレオン戦争で混乱する中で、ラテンアメリカ諸国は、英国の支援により独立を達成したが、経済的には英国の自由貿易に従属した。旧宗主国の名残で、ブラジルはポルトガル語、ほかはスペイン語が多い。同じ頃、奴隷制が廃止され、黒人奴隷の代替労働力として、ユーラシア大陸などから多数の移民が流入するようになった。その中には、明治維新で開国した大日本帝国もあり、メキシコ・ペルー・ブラジルなど中南米への移民が相次いだが、祖国とは異なる気候での過労であり苦難も多かった。従来の白人優越に対して、ラテンアメリカのアイデンティティーとして「混血性」を肯定する価値観が台頭し、メスティーソの社会的地位が向上した。なお、米大陸を南北に分けるパナマ地峡には1914年、米国がパナマ運河を完成させ、20世紀の海運を革命的に発達させた。

 そして現代、ラテンアメリカは地理学・地域地誌学の研究対象になっており、その地域分類などが試みられている。例えばラテンアメリカは、人種と植民地化前後の文化変容に応じて、白人が圧倒的多数を占める「ユーロ」、先住民との混血が進んだ「メスティソ」、インディオ文明が栄えた「インディヘナ」、アフリカから黒人奴隷を移入した「アフロ」の4地域に分けられる。インディヘナ地域は、メソアメリカ・アンデス文明という高度な社会を築き、現在も先住民の人口比率が極めて高いが、中南米の中では最も低開発の貧しい状態にある(三冨正隆2016)。また、上記に「ムラート」「ブラジル」を加えた6類型もある(丸山2020)。

 中南米における地域研究の事例として、しばしば取り上げられるのが、新興国BRICSに数えられるブラジルである。人種問題に関しては、典型的な白人至上の「人種主義」、国民統合のために混血文化を肯定した「人種デモクラシー」、多様性と国民統合の両立を目指す「多文化主義」という三つの段階を経験しており、日系人の活躍による文化創造も注目される。更に、自然環境と社会経済をめぐる問題がある。1960~80年代のブラジル軍事政権は、開発独裁(権威主義)による経済成長を目指し、貧困解消をも掲げてアマゾンの開発を推し進めたが、膨大な熱帯雨林を破壊し、そこに暮らす先住民の土地を奪った挙げ句、財政破綻という結末を迎えた。また、銀を用いた砂金の採鉱は、アマゾン水俣病を引き起こした。アマゾン開発の「共犯」は世界銀行であるが、我が国も鉄鉱石・アルミニウムや大豆の輸入を通して、アマゾン開発に関わっている(保屋野初子2018)。

 最後に、ラテンアメリカに関する現代的事象として、古代文明への国際的関心を挙げたい。マヤ・アステカ・インカを始めとするメソアメリカ・アンデス文明の遺跡は、考古学などの宝庫であり、一般の日本人も、その神秘的な魅力に興味を抱く事は少なくない。特に我が国では、上野恩賜公園国立科学博物館(東京都台東区)が、マヤ文明など中南米に関する特別展を開催している。中南米の遺跡は、現在も神々が居られる聖地であり続けており、観光客や調査団だけでなく、祈りを捧げる先住民の姿が見られる。学者として発掘に携わる研究者も、彼らの信仰を尊重し、儀礼に参加する事もある(科博2007)。人身供犠はともかくとしても、自然を司る神々や先祖への敬意・感謝は、私達にとっても学ぶ価値があると思う。

参考文献

◆ 豊田武『日本史概説』(法政大学通信教育部1975)

◆ 八川シズエ『鉱物図鑑 パワーストーン百科全書331先達が語る鉱物にまつわる叡智』(中央アート出版社2000)

◆ 草野 巧『パワーストーン 宝石の伝説と魔法の力』(新紀元社2003)

◆ 国立科学博物館『地球生命史と人類 自然との共存をめざして』(独立行政法人2005)

◆ 東ゆみこ・造事務所『「世界の神々」がよくわかる本 ゼウス、アポロンからシヴァ、ギルガメシュまで』(PHP研究所2005)

◆ 国立科学博物館『失われた文明「インカ・マヤ・アステカ」展』(NHKプロモーション2007)

◆ 武井正明・武井明信『新版 図解・表解 地理の完成』(山川出版社2007)

◆ 高村聰史「日本史概論Ⅱ 海洋と日本」(2007)

◆ 山中茉莉『星座石 守護石 パワーストーンの起源』(八坂書房2007)

◆ 国立科学博物館・毎日新聞社『金GOLD 黄金の国ジパング』(NHKプロモーション2008)

◆ NHKプロモーション『コロンビア黄金博物館所蔵 エル・ドラードの至宝』(国立科学博物館2008)

◆ 島崎 晋『徹底図解 世界の宗教』(新星出版社2010)

◆ 伊藤 隆『こんな教科書で学びたい 新しい日本の歴史』(育鵬社2011)

◆ 上野和彦・椿真智子・中村康子『地理学基礎シリーズ1 地理学概論 第2版』(朝倉書店2015/10/25)

◆ 三冨正隆「地誌学特講」(法政大学通信教育部2016)

◆ 坪内俊憲・保屋野初子・鬼頭秀一『共生科学概説 人と自然が共生する未来を創る』(星槎大学出版会2018)

◆ 矢ケ﨑典隆・加賀美雅弘・牛垣雄矢『地理学基礎シリーズ3 地誌学概論 第2版』(朝倉書店2020)

◆ 黒田茂夫『グローバルマップ 世界&日本地図帳』(昭文社2020)

2021/01/18

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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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