出羽三山文化圏の持続可能性 ―市原・大井沢の内発的発展―

文字数 3,748文字

 本論では、鶴見和子岩佐礼子鬼頭秀一各氏の先行研究に基づいて、地域の持続可能な内発的発展を考察します。「内発的発展論」を提唱した鶴見氏は、その原点として「水俣」に強い関心を抱き続けていました。また、同氏の理論を継承し、これを広く「共育」と関連付けて研究した岩佐氏は、具体的な地域として宮城県南三陸町宮崎県綾町千葉県市原市山形県西川町などを調査しています。そして、今月13日(月曜)に星槎大学(横浜国際福祉専門学校など)で実施された「風土と内発的発展 地球生命の歴史」では、それらの中から水俣・綾町・南三陸の事例を議論しました。そこで本稿はまず、先日のテーマでは充分に取り上げられなかった市原・西川を検討したく思います。折しも市原では、地球生命史に関するタイムリーな学術的発見があり、房総の出羽三山信仰は、その名の通り出羽(山形県)ともリンクしています。

上総 市原の出羽三山講

 地球生命の歴史において、旧人類サピエンス種(ネアンデルタール人)が誕生したのは、新生代第四紀更新世中期と考えられている。更新世(洪積世)は氷河時代であり、その中期には、地球磁場(古地磁気)の向きが現在と異なっていた。そして、その歴史は当時の日本列島にも刻まれ、関東平野上総(かずさ)地方に、当時の残留磁化を記録した地層が形成された。それから数十万年の永い歳月を経て、21世紀の日本人は、今や「千葉県市原市」と呼ばれているこの地に、その地層が現存している事を明らかにした。国際地質学会は、この更新世中期を「千葉時代」と命名した(産経新聞2020/01/18)。千葉期の日本列島には、まだ人類は上陸していなかったと思われるが、市原は今後、地質学・地球史の研究に伴う、ジオパーク的な地域振興による発展も期待される。

 この事例は日本列島の岩石に、地球の壮大な歴史が刻まれている事を示しているが、そうした造山運動(地殻変動)は現在も進行中である。即ち、岩盤プレートの衝突によって、地表が隆起すれば山脈が出来、岩石が破壊されれば地震津波が発生する。また、地下に沈み込んだ岩石が、地熱によって溶融すればマグマと成り、これが上昇する事で火山が噴火する。更に気象・海洋の影響も加わり、豊かな自然環境と、時として恐るべき天災をもたらす祖国「日本」が創世され、私達の先祖は、天地の神霊を畏れ敬うアニミズム・シャーマニズム信仰を抱き、それが神社神道を始めとする宗教文化の源流になっている。一方、我が国に伝来した仏教では、平安時代の天台宗以来、宗教経済的な社会集団である「」が組織され、各地の民間信仰と習合しながら全国に普及した。

 神仏習合の例として、山岳信仰密教などが習合した修験道が挙げられ、出羽三山(山形県)などに道場が設けられた。出羽三山とは、北の羽黒山(はぐろさん)大権現(観世音菩薩)、南東の月山(がっさん)大権現(阿弥陀如来)、南西の湯殿山(ゆどのさん)大権現(大日如来)であり、江戸時代には羽黒・月山を天台宗の、湯殿山を真言宗の修験道が管轄していた。千葉県の房総地方には、この出羽三山への登拝を目的とする「出羽三山講」が百近く存在し、市原でも江戸時代から「敬愛講」と呼ばれる三山講が活動し続け、地縁の町会によって継承されている。そこには山神だけでなく、祖霊や死者との交流が込められている。講の集団が現代において、減少しながらも長く続いている理由としては、権力・制度に翻弄されにくい自由と自治、信仰だけでなく娯楽をも付加した聖俗の内包が、その持続可能性として指摘されている。市原だけでなく、宮崎県綾町や宮城県南三陸町においても、講の存在は、社会変動・環境変動の渦中にある地域が、持続可能な内発的発展に取り組む上で、重要な役割を担っている。

出羽 大井沢の郷土自然教育

 出羽三山を構成する湯殿・月山の南麓には、最上川水系の寒河江(さがえ)が流れており、朝日山地とに挟まれた流域には、山形県西川町西山村土居村が合併した際の略称)が広がっている。寒河江川の谷間を中心とする大井沢村は、室町時代に湯殿山への新道が開拓され、江戸時代に湯殿修験信仰と結び付いた真言宗大日寺(現在は跡地に湯殿山神社がある)を中心に集落が発展し、現在も出羽三山への「登山基地」になっている。

 明治時代、大日寺金蔵院に大井沢学校が創設されたが、戦後は教育環境の荒廃に悩まされていた。そこで、学校長を中心とする有志運動によって、『僻地教育振興法』の制定を実現させた。そして、学校自体も地域に根差した教育振興を試み、班行動で生物・地学を調査する課外学習「自然研究」を実践し、ここで収集された動植物・鉱物の標本が山形県に評価され、校内の郷土室は西川町立大井沢自然博物館に発展した。日本で唯一、生徒達が中心に創造した博物館である。その後、自然研究は社会科の視点をも取り入れた「自然学習」に移行し、高度経済成長の開発が迫る朝日山地の原生ブナ林保全や、少子化による過疎という環境・社会変動に対応しながら、大井沢の地元学である「郷土研究」が結実した。一連の試みは、環境教育・総合学習の先駆的実践であった。大井沢学校は、平成時代に廃校を迎えたものの、自然共育の理念は、統合された町立西川小学校などの義務教育カリキュラムとして持続している。また、大井沢で自然共育を学び、そして教えた人々は今、大井沢地域の持続可能性を目指して雪祭などに取り組んでいる。

 なお、出羽三山と大井沢村の深い縁に関しては、『日本歴史大事典』や『ブリタニカ国際大百科事典』などにも記述されているが、岩佐氏の著書では、(市原・大井沢の双方を現地調査されているにもかかわらず)この点に対して充分に言及されていない印象を覚える。大井沢は、寺社などの信仰だけでなく、出羽三山・湯殿山に登拝する入口でもある。よって、例えば房総・市原の出羽三山講が登拝する際に、大井沢に立ち寄り、現地の人々と交流したり、朝日山地の自然に触れるという事もあり得るだろう。また、岩佐氏の研究を拝読する限り、三山講も大井沢の人々も「山」への関心は共通しているが、遠方から登拝に参る三山講の人々が宗教的なのに対し、現地である大井沢には科学的な気風が強い。人間は定住するだけでなく、必要に応じて移動する存在であり、異なる内発性に基づく、異なる「生活世界」(異文化)が接触し合う事によって、互いに興味深い刺激を得られるはずである。

地域の持続可能な内発的発展

 我が国の歴史は、先土器時代(旧石器)→縄文時代(新石器)→弥生時代(金属器)…と展開するが、先土器時代の前には、まだ「日本人」が暮らしていない千葉時代があり、私達の先祖が石器・土器・金属器として利用する岩石・鉱物などの資源を、地球と日本列島が用意してくれた。自然の圧倒的な力を証明する火山は、広範な地域の人々から信仰を集め、その拠点である寺院から、やがて総合的郷土環境共育の学校が誕生した。一方、西日本には縄文時代以降、東アジア(長江・台湾・韓国など)の照葉樹林文化が伝来したと言われるが、自治公民館を拠点に、九州の照葉樹林を保全したのが、宮崎県綾町の人々であった。他方で、工業技術に支えられた経済成長の過信・偏重は水俣病という惨劇を引き起こしたが、それはまた、故郷のアイデンティティーを見詰め直す切っ掛けにもなった。21世紀の奥州を襲った東北大震災は、自然の不確実性と人間の不完全性を絶望的に再認識させたが、的確な智慧と迅速な判断、そして相互扶助の絆によって、災害による損失は軽減し得るという希望を、南三陸の経験から見出す事ができる。

 これらの地域の事例から、持続可能な内発的発展を考察すると、それはグローカル(glocal)な概念として捉える事ができる。生まれ育った郷土の、身近な生活世界の内側から価値を発掘し、以て地域の発展に寄与せんとする試みは、日本列島・地球世界の普遍的な智識と課題、究極的には人類文明の持続可能性にリンクしていると考えられる。南方熊楠が大乗仏教・真言密教の曼荼羅で表現したように、森羅万象は因果(必然性)と縁起(偶然性)によって相関している…という世界観は示唆に富んでいる。

参考文献

◆ 岩佐礼子『地域力の再発見 内発的発展論からの教育再考』(藤原書店2015)

◆ 坪内俊憲・保屋野初子・鬼頭秀一『共生科学概説 人と自然が共生する未来を創る』(星槎大学出版会2018)

 次稿では、綾町・水俣・南三陸の事例を取り上げると共に、和辻風土論や、筆者の居住地域をも含めた総括を執筆する予定です。なお本論では、千葉時代に始まり、山岳信仰・照葉樹林文化・環境問題を経て、近年の東北大震災に至る…という地球生命史の中に日本列島の風土を位置付け、地域の記述を市原→大井沢→綾町→水俣→南三陸の順にさせて頂きました。市原を始めとする房総地方の出羽三山講を学び、そこから(自身も出羽登拝する三山講の一員になったつもりで)湯殿山の入口である大井沢に舞台を移す…という観点は、環境地理教育のテーマとして興味深いのではないかと思います。

2020/01/23

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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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