先進国の人口地理学

文字数 4,160文字

先進国の人口地理学

星槎大学 共生科学専攻

 本論では、先進国における人口問題を考察する。最初に「先進国」をどう定義するかが論点になるが、本論では経済協力開発機構の加盟国を一応の目安とし、ヨーロッパ(旧ソ連・ユーゴ等を除く)北アメリカ(加米(メキシコ)オーストラリアニュージーランド日本韓国トルコが含まれる。このほか、世界銀行の分類に基づく「高所得国」を先進地域と見なす立場もある(三冨2015

序論・総論

 人口動態は、出生数から死亡数を引いた自然増減と、人口移動に伴う社会増減で表される。現状、地球外宇宙との本格的人口移動は実現していないので、世界人口は自然増減として把握される。国家・地方など、より小規模な単位の地域になると、社会増減の影響を受け易くなる。一般的には、相対的に貧しい地域から、より豊かな地域へと人口は移動する。先進国・途上国の国際関係は南北問題と呼ばれるが、同一国家の中にも、先進的工業地域と後進的農林業地域などの経済格差があり、両者の人口移動が過密・過疎化を招いている。こうした「国内南北問題」は、先進国では米伊独日などに見られる(武井2007

少子高齢化の要因と影響

 近年の人口比率では、世界人口の約18%が先進国に分布する(三冨2015。近代的工業地域である北西ヨーロッパと米国北東は、アジア東南沿岸と共に三大稠密(ちゅうみつ)地域を形成したが、日欧米の人口増加率は停滞している。人口学の理論は、マルサス人口論(『人口の原理』1798)を経て「人口転換(ノートスタイン1945)が定説になっている。人口転換は多産多死→多産少死→少産少死の3段階に移行し、人口ピラミッドの類型に見られる。ほかに老齢化・人口減少の少産多死型があり、独伊・東欧が分類される。先進工業国の日欧米は少産少死型に分類されてきたが、今や我が国は人口減少型の社会を迎えている。先進国の人口問題は、人口の老齢化、国家財政問題、労働力不足の深刻化に要約され、一般には少子高齢化社会などと呼称される。先進国が少子高齢化する要因としては、女性の就業進出、結婚年齢の晩婚化、養育費の増額による出生率低下、そして医療による長寿が挙げられる。最近の統計(旺文社2020によると、出生率が最も低いのは大韓民国、平均寿命が長い国としては日本・スイス・スペイン・イタリアなどが挙げられる。

出生率の低下と回復

 1970年代以降の日欧では、避妊薬普及や価値観変化が結婚・出産に大きな影響を及ぼし、出生率が大幅に低迷する「第二の人口転換」が発生している。80年代後半以降、一定の出生率改善に成功した仏英と、低迷を続ける日独伊スペインのように、日欧でも分化が見られる(田原2015。メキシコ・豪州・ニュージーランド・トルコの人口増加率2015は、日欧米ほど深刻ではない。

ヨーロッパにおける人口問題の特徴

人口移動と少子高齢化

 ヨーロッパは欧州連合として一体化しつつあるが、他方で深刻な地域間格差(北西欧と東欧・南欧)があり、それが労働力・観光客の移動を誘引する。労働者の移動(西←東)とは対照的に、観光客は低賃金の地域に流れる傾向(西→東)が見られる。独仏などで外国人労働者が増加したが、社会・文化的な摩擦も発生している。英国の連合離脱も、移民の受け入れに対する反発が大きな要因である。「アラブの春」以降、シリアを始めとする中近東からの難民が欧州に殺到したが、受け入れに慎重な政党の台頭、過激派による諸都市へのテロ続発など、亀裂を深めている。また、スウェーデンのような福祉国家の少子高齢化は、特に社会保障費負担を増大させる。

欧州連合における人口の意味

 欧州連合が世界大国の地位を維持するには、大きな人口規模が必要であり、西バルカン諸国やトルコの加盟が望まれる。この国々は未だ経済水準が低く、連合の拡大は、更なる地域間格差を抱え込む事になる(加賀美2020

北アメリカ

 米国人口重心は、時代と共に西部・南部へと移動し、近年は太陽地帯Sunbeltが注目される。ボストン(マサチューセッツ州)~ワシントン特別区メガロポリスが、人口密集地帯を形成している。近年は黒人・スペイン語系Hispanicの人口が急増し、現在も人種問題を抱える。また、メキシコからの不法移民がリオグランデ川から米国に流入しており、共和党のWブッシュ政権や現職(2020当時)トランプ大統領は、国境防壁を推進した。

 アステカ王国が栄えたメキシコは、地形的には北米大陸だが、文化的には中南米Latin Americaに分類され、先住民文化・入植白人・黒人奴隷、そして日本を含むアジア移民など、人種・民族の混交が人口を構成した歴史を共有する。メキシコ市は1000万~2000万人の大都市圏を形成し、工業化(自動車の急増)による大気汚染に悩まされた。

アジア・オセアニア

アジア・日本における人口問題の特徴

 オーストラリアは、広大な領土に東京都よりやや多い人口が分散しているため、遠隔通信や飛行機が不可欠な連邦国家であるが、都市人口率91%に達し、人口の6割はシドニー(新南ウェールズ州)・メルボルン(ビクトリア州都)など東南岸の大都市に集中する。有色人種の移民を制限した白豪主義は、白人労働者の権利を守るための保護主義であり、人種隔離の差別政策とは異なるという研究もある(堤2020。いずれにせよ白豪主義は撤廃され、ユーラシアなどから移民・難民が殺到するようになり、多文化主義を目指している。

アジアの少子高齢化

 新興工業国の大韓民国シンガポールは、2050年に日本を超える深刻な速度で高齢化している。日韓・中華民国(台湾)の3国は、少子高齢化が進行し、女性・高齢者・移民を労働市場に取り込むという課題を共有しているが、具体的な対応は異なると指摘されている(渋谷2020

日本

日本の人口動態

 顕著な人口集中が偏在するアジアの中で、ほぼ唯一の人口減少を迎えているのが日本国である。2004(平成十六)年に日本史上最多の1億2778万人を記録し、翌2005(平成十七)年から人口自然減少が始まった。2050年には1億人、2100年には人口半減社会の到来が予測される。現代日本の人口分布は、東京名古屋大阪を中心とする太平洋ベルト(東海道メガロポリス)と呼ばれる太平洋岸の都市に集中している。一方で東北九州などの農山村では、生産年齢人口が減少する瓢箪型の人口ピラミッドを示し、財政窮乏の傾向にある。

日本の現状と対策

 加速する人口減少の一方で、我が国は高齢化社会→高齢社会→超高齢社会へと、世界的に未曽有の高齢化が進む。労働力の減少は経済に著しく影響し、年金制度など社会保障の課題になっている。都市空洞化の一方で、交通渋滞・通勤混雑は解消に向かうと予測される。対策としては、出生率回復に向けた育児支援、定年制延長・再雇用による労働力確保などが挙げられる。長期的に出生率が低迷する我が国は、仮に出生率を回復しても、当面は人口減少が続く「減少モメンタム」に陥っており、すぐには高齢化を止められない現実を踏まえた福祉が求められる(田原2015。近年は消費税の増税、保育園待機児童問題、外国人労働者・移民などが議論されている。東京五輪を控えた観光立国として、伝統文化やサブカルチャーを武器に、訪日外国人観光客inboundの急増を歓迎していたが、現下の新型ウィルスにより大きな打撃を受けた。

 国内で人口調査を実施する場合、人口動態統計・住民基本台帳・国勢調査や学校基本調査、都道府県による独自集計などの人口統計が利用される。人口は、都市(日本の行政市は5万人以上)人口集中地区(密度4000人/km2かつ合計5000人以上)の定義にも不可欠であり、都市地理学に連関する。

結論・参考文献

 先進国の人口問題は、少子高齢化というキーワードを筆頭に、大都市への人口集中、人種・民族・文化の共生など、ある程度の共通性が見られる。また、先進国の大半は自由主義体制であり、結婚・出産に関する個人・夫婦の選択や、人口問題対策を担う政党の選挙など、原則として市民の権利が保障されている。よって人口問題の解決には、各国の環境的な事情に加え、最終的には国民の意志が問われていると言えよう。

 科学技術という点では、先進国のコンピューター・インターネットは飛躍的に発達しており、いつ・どこに・何が存在するのかを地図上で解析できる地理空間情報(地理情報システム)は、ビッグデータのプライバシーに関する懸念は残るものの、人口学的活用を期待できる。少子高齢化はまた、人工妊娠中絶・尊厳死・安楽死など、生命倫理の議論にも関わっていると考えられる。

◆ 武井正明・武井明信『新版 図解・表解 地理の完成(山川出版社2007/09/10)


◆ 稲垣 稜『現代社会の人文地理学(古今書院2014/09/10)


◆ 三冨正隆「人文地理学演習」(法政大学通信教育部2015春期)


◆ 上野和彦・椿真智子・中村康子 編著『地理学基礎シリーズ1 地理学概論 第2版(朝倉書店2015/10/25)

 ➢ 田原裕子「高齢者・福祉」


◆ 川原靖弘・関本義秀 編著『生活における地理空間情報の活用(放送大学教育振興会2016/03/20)


◆ 矢ケ﨑典隆・加賀美雅弘・牛垣雄矢『地理学基礎シリーズ3 地誌学概論 第2版(朝倉書店2020/02/01)

 ➢ 井田仁康「現代世界のグローバル地誌」

 ➢ 菊地俊夫「グローバリゼーションと日本地誌」

 ➢ 渋谷鎮明「朝鮮半島 日本との比較・交流に着目した地誌」

 ➢ 堤純「オーストラリア 多民族化に着目した地誌」

 ➢ 矢ケ﨑典隆「アメリカ合衆国 多様性と統一性に着目した地誌」

 ➢ 内藤正典「中東 国家の秩序が崩壊しつつある地域の地誌」

 ➢ 加賀美雅弘「ヨーロッパ EUによる地域統合に着目した地誌」

 ➢ 丸山浩明「ラテンアメリカ 人の移動と人種・民族の混交に着目した地誌」


◆ 黒田茂夫 発行『グローバルマップ 世界&日本地図帳(旺文社2020/04/01)

2020/09/21

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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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