自然環境調査法 地理空間情報科学
文字数 6,528文字
① 地理情報とは何かを説明する。
地理情報とは、簡単に言えば「(地表の)どこに何があるか」を示す情報である。具体的には「(地理学の研究に用い得る)必須の位置情報と、任意の属性情報を含む情報」と定義できる。地理情報の存在範囲は、地理学の研究領域と重なっており、原則として地球の表面、特に人間との連関が深い景観の広がる生物圏を舞台とする場合が多い。
地理情報を可視化した媒体の典型が地図であり、地理情報の研究は地図学と重複する点が多いが、より広く地理学と情報科学を統合した「地理情報学」と捉える事もできる。米国のルーズベルト民主党政権は、ニューディール政策の一環としてテネシー川流域開発公社(1933)を設立したが、その開発事業に際して、地理情報の科学的調査法が研究され、これが地理情報学の萌芽になった(岡部2001)。
しかしながら、地理情報それ自体の存在は、実はコンピューターより遥かに古い事を指摘しなければならない。約2万5000年前(旧石器時代)のチェコで描かれた「パブロフ図」や、数千年前のアナトリア(トルコ)南部で営まれていた「チャタル ヒュイク」遺跡の岩壁画、あるいはミクロネシアのマーシャル諸島で作成された「スティック
② 地理情報システムとは何かを説明する。
GISの先駆 北米防空システム
1950年代から開発されていたGISは、1960~1970年代のカナダで都市・土地利用の分析に登場した。1980年代には、汎地球測位システムGPS・GNSSの導入により、位置情報をリアルタイムで取得できるようになった。2000年代以降、インターネットでデジタル電子地図を表示するGoogleマップ(2005)などのウェブGISが発展し、GISを一般化させた。更にSNSを搭載したスマートフォンの普及により、この傾向は加速している。
ウェブGISよりも本格的な分析を実行したい場合は、PCにインストールして起動する「スタンドアローンGIS」ソフトウェアを用いる。有料では「ArcGIS」、無料では「QGIS」「MANDARA」「カシミール3D」が有名である。
より正確な位置情報を扱うため、GISでは郵便番号・住所などの地名(地理識別子)を経緯度に変換するジオコーディング(アドレスマッチング)が行われる。また、四角い画面では直角四辺形の地図が便利なので、GISではメルカトル正角図法が好まれる…が、高緯度・小縮尺ほど面積が歪み、最短距離(大圏航路)が直線にならないという伝統的な欠点には、依然として注意を要する。
インターネットなどの科学技術と同様に、GISも「軍事研究」と共に発達して来た。既に地球世界には、ヒトの
④ 地理空間情報とは何かを説明する。
地理情報は「geographic」という英単語が示すように、伝統的な「地理学的」用語である。これに対し、地理空間情報には「geospatial」という見慣れない単語が使われ、新しい造語のような印象を受ける。「空間」は幾何学の研究領域でもあり、物理数学・情報工学と相性が良く、最新の科学技術を取り入れる姿勢が窺える。また、古代の哲学以来「空間」は「時間」と一体の概念であり、地理情報に時間という属性を追加すれば「いつ、どこに何があるか」を示す四次元の時空間情報が成立し、これは近年「ビッグデータ」と呼ばれ注目されている。更に、地理情報は主として地表を範囲とするが、空間情報には宇宙も含まれるので、地理空間情報という言葉は、人類の活動領域が、地球から宇宙へと拡大しつつある事を反映しているようにも思える。
古今の地理学は、太陽から人工衛星などに至るまで、測量の手段として宇宙(地球外天体)を利用する事は多々あれども、地球外宇宙に研究対象を定めるならば、それは地理学ではなく天文学であり、社会科ではなく理科(地学)だと指摘されるであろう。ところが、山口幸男氏は「宇宙化時代」における「宇宙化教材」として「月の地理学習」を提唱し、従来の地球表面だけでなく、月の地形などにも領域を拡大した地理教育論を展開されている(碓井編2018)。あるいは将来、例えば人類が火星に移住し、そこに人間の文化社会(景観)が形成されるならば、地理学と天文学を融合した「人文火星学」が誕生するのかも知れない。我々が地球で構築している地理空間情報科学は、こうした未来に是非とも貢献すべきであろう。
測地系(地球楕円体)から座標系(経緯度など)を定める
重力と直角に交わる平均海面を「ジオイド」と呼び、ジオイドに近似する、地球の形状を再現した回転楕円体を「地球楕円体」(測地系)と呼びます。この地球楕円体に基づき、経緯度などの座標系が定められます。プロイセン王国(ドイツ)の天文学者ベッセル(東プロイセン ケーニヒスベルク)は、海王星の存在を予測(1840)したり、独自の地球楕円体(1841)を算出したりしました。我が国は明治時代に、このベッセル楕円体を「日本測地系」として採用し、世界測地系に移行する2002(平成十四)年まで用いました。
⑦ ベクターデータ(ノード、ライン、ポリゴン)とラスターデータとは何かを説明する。
地理空間情報をGISで表示するには、コンピューターでの処理に適した図形データに変換しなければならない。そのデータ形式は、ラスター型とベクター型に分けられ、地理情報に応じて好ましいほうを選ぶ事が望ましい。
ラスター型データは、方眼紙のような等間隔の格子網に、
⑨ 地理空間情報活用推進基本法の概要について説明する。
『地理空間情報活用推進基本法』は、地理空間情報に関する基本理念、国・自治体の責務、活用推進の施策を定めた法律である。具体的な施策では、政府による「地理空間情報活用推進基本計画」の策定、及び「基盤地図情報」の整備が、この法律を根拠として行われている。『特定農林水産物名称保護法』を「地理的表示法」と通称する事はあるが、我が国の現行法律で「地理」を正式名称に掲げているのは、この活用推進基本法だけである。
活用推進基本法の思想は、米クリントン民主党政権が発した、国土空間データに関する大統領令(1994)を背景としているが、立法に至る直接の契機は1995(平成七)年の兵庫県南部地震である。大震災からの救出・復興作戦において、我が国のGISは充分な能力を発揮できなかった。何故なら、各機関が保有していた地理空間情報(自治体GIS)は「縦割り行政」状態で、それぞれの地図・地理情報が互換性に欠け、効率的に連携できなかったからである。複数の主体が地図を作成する際に、海岸線などの基準が異なっていると、面積や高度なども変化するため、地理情報の共有は困難になってしまう。大震災の教訓は、我が国における地理空間情報科学の体系化を急がすと共に、国策においても、地理空間情報の統一的整備を促す事になった。
2005(平成十七)年、まず自民党が基本法の制定を目指し、翌年、公明党と共に法案を提出。そして2007(平成十九)年には民主党も加わって再提出し、活用推進基本法が成立した。この法律に基づいて、海岸線・標高点など13項目の「基盤地図情報」が整備され、国・自治体・事業者などの諸機関が、地形図・ラスター・ベクターなどあらゆる地図の製作に際して、統一基準の地理情報を共有できるようになる事が期待されている。
2012(平成二十四)年には、前年の東北地方太平洋沖地震を踏まえた「地理空間情報活用推進基本計画」が閣議決定された。活用推進基本法・活用推進基本計画(の改定)を一つの要因として、文部省の『新高等学校学習指導要領』(2018)が改正され、従来の「地理A」を必修科目に発展させた「地理総合」が創設され、間も無く2022(令和四)年度から開講される事になった。
筆者は高校時代、大学受験に固執する学校側の意向で、地理を学びたかったのに履修できなかった生徒の一人であり、必修科目(世界史)未履修事件が発覚したのも、自分の世代であった(私の母校は一応セーフだったが…)。このような理不尽を繰り返さず、全ての学生に、自らの関心に応じた教育権が確保されるべき事を付記して、本論を終えたいと思う。なお、なるべく多くの文献を読み、そこから学んだ事を本文に反映させようとした結果、所定より文字数が多くなってしまった事を弁明致します。
大阪 天神橋ガス爆発事故
市民参加型GIS
一般市民が自発的に、空間情報の利用に参加できる「市民科学」の領域は、宇宙空間にも拡張されつつあり、宇宙望遠鏡などで撮影された銀河の画像データを、ウェブ上で分類するプロジェクト(2007)があります。参考文献
◆ 帝国書院編集部『高等学校 新地理Aノート』(帝国書院2021/02)
◆ 長谷川直子『今こそ学ぼう 地理の基本』(山川出版社2018/08)
◆ 碓井照子『「地理総合」ではじまる地理教育 持続可能な社会づくりをめざして』(古今書院2018/07)
◆ 若林芳樹『地図の進化論 地理空間情報と人間の未来』(創元社2018/01)
◆ Kevin Kelly・服部 桂『「インターネット」の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版2016/07)
◆ 川原靖弘・関本義秀『放送大学教材 生活における地理空間情報の活用』(放送大学教育振興会2016/03)
◆ 上野和彦・椿真智子・中村康子『地理学基礎シリーズ1 地理学概論 第2版』(朝倉書店2015/10)
◆ 竹中克行『人文地理学への招待』(ミネルヴァ書房2015/04)
◆ 吉川耕司「防災と情報システム1 阪神・淡路大震災での取り組み 阪神・淡路大震災から20年の研究活動ノート」『大阪産業大学 人間環境論集14』(大阪産業大学々会2015/03)
◆ 藤井 正・神谷浩夫『やわらかアカデミズム・「わかる」シリーズ よくわかる都市地理学』(ミネルヴァ書房2014/03)
◆ 後藤真太郎・谷 健二・酒井聡一・坪井塑太郎・加藤一郎『MANDARAとEXCELによる市民のためのGIS講座 第3版 地図化すると見えてくる』(古今書院2013/06)
◆ 高橋伸夫・竹内 達・阿部和俊・佐藤哲夫・杉谷 隆『改訂新版ジオグラフィー入門』(古今書院2008/08)
◆ 武井正明・武井明信『新版 図解・表解 地理の完成』(山川出版社2007/09)
◆ 野上道男・岡部篤行・貞広幸雄・隈元 崇・西川 治『地理情報学入門』(東京大学出版会2001/11)
◆ 清水靖夫『地図学Ⅰ』(法政大学通信教育部2001/02)
このほか、筆者が法政大学地理学科で履修した「自然地理学演習」のノートも参照しており、ウェブサイトから配布資料の一部をダウンロードできる。
2021/10/15