宇宙時代の未来洞察逆算思考と地理空間情報科学

文字数 3,778文字

星槎大学 共生科学部(共生科学専攻)卒業

敷地(しきち) (あきら)

 本稿では50年~100年後の社会を夢想し、そこで地理情報システムGISがどう役立ち得るのか、未来洞察逆算思考(バックキャスト)的に論述したいと思います。

 筆者が想像する理想的社会の実現に向けて、GISなどの科学技術を、どのように発展させるべきかを説明する。「宇宙化時代の地理教育論」を提起した山口幸男氏(碓井編2018は、地理教育の領域を「人工衛星飛行宇宙空間」及び「月の地理学習」にまで拡張する意義を示した。筆者も未来のGISを、地球から宇宙に広げる方向性を考えたい。

I. 電力問題を解決するため、宇宙太陽光発電を実用化する!

 生活を支える電力には、化石燃料を用いた火力発電、核分裂反応による原子力発電、そして太陽光発電を始めとする自然エネルギーなどが挙げられる。しかし、火力発電は二酸化炭素CO2・窒素酸化物・硫黄酸化物を排出し、原発は放射性廃棄物を生じさせ、化石燃料も核燃料も、有限な鉱物資源である。ソーラー発電は、晴天の昼間しか能力を充分に発揮できない。こうした電力問題を解決する研究としては、日本近海底にも埋蔵するメタンハイドレートの採掘や、安全性の高い原子炉(核融合など)の開発を想定できるが、未来への野心的プロジェクトとして、ここでは宇宙太陽光発電衛星Solar Power Satelliteに注目したい。

 SPSは、気象に左右されない宇宙空間で、太陽光から電気エネルギーを取り出し、これをマイクロ波に変換して、地球に送る発電所である。1978年に米国エネルギー省・航空宇宙局が発表した構想では、発電能力5GWの衛星60基を投入し、全米の電力需要を賄う案が示された。この案に関しては、環境評価法の一つである「環境分析用産業連関表」計算による研究事例(朝倉啓一郎2007がある。それによると、耐用年数30年のSPSにおける、発電1kWh当たりのCO2排出量は、次のようになる。

 SPSは建設に際して、大量のCO2を排出するが、経常運転・合計の排出量は、既存の発電所に比べ非常に少ない事が分かる。では、このようなSPSを実用化する上で、どんな課題があるのだろうか?

 ここでは、日本スペースガード協会2013に依拠して、SPSの実現性を考察する。出力5GW(先述の米構想と同じ)SPSを、高度3万6000kmの静止軌道に投入する場合、その重量は約5万トンに達する。このような巨大建造物を、地上で組み立ててから打ち上げるのは困難である。他方、組み立て前の材料を分割し、我が国のロケットで宇宙に輸送する場合、1万回も打ち上げる必要がある。従ってSPSの実用化には、宇宙空間で材料を調達し、宇宙空間で組み立てる方法が望ましく、厳しい環境でも働けるロボットの動員が検討される。最大の問題は、SPS建設の材料を、地球外天体から調達しなければならない点である。

 そこで注目されるのが、地球の近くを周回する小惑星(地球接近天体Near Earth Object)である。小惑星には水などのほか、各種の金属など鉱物資源を含んでいると推測される。地球より重力が小さいので、小惑星から採掘・加工した材料を、地球上空軌道に輸送するのは、地上からのロケット射出よりも、遥かに少ないエネルギーで済む。

I. 地球世界の持続可能性を高めるため、地球接近小惑星を研究する!

 また、地球接近小惑星の中には、地球衝突の可能性がある物も存在する。つまり、SPS建設などの資源として、地球接近小惑星を研究する事は、同時にそれらの天体が、地球に隕石として落下するリスクを予測し、破局的災害を防ぐための研究ともリンクするので、人類の未来にとって一挙両得である。小惑星が引き起こす天災には、直接的被害(爆発・熱線と地震津波)及び間接的被害(寒冷化など)がある。地球接近小惑星の軌道を観測し、地表に落下した場合の被害予測(ハザードマップ)作成が求められる。過去の災害を分析し、未来の防災に役立てるのは、GISの得意(とすべき)分野である。

 なお、地球衝突方向に飛来する小惑星を迎撃する手段として、X線レーザーや電磁レイルガンなどが構想されてきたが、これには膨大な電気が要る。また、隕石衝突や火山爆発は、太陽光を遮断して地球寒冷化(核戦争の冬)を引き起こす恐れがある。こうした点を考慮しても、宇宙空間で太陽光を受け取り、効率的に発電できるSPSは、その材料資源となり得る地球接近小惑星と共に、研究が急がれる分野である。SPSは、地球上空の静止軌道で建設され、地球接近小惑星も、地球との位置関係に重大な意味がある。どちらもGISとの相性が良く、位置情報の範囲を、地表から小惑星軌道の高度まで拡張する事で、情報処理の対象になる。

I. 宇宙開発の機会均等を期するため、バーチャル空間から地球外天体にアクセスする!

 小惑星との往復を伴うSPS建設は、地球と宇宙、軌道と軌道の間で、物資そして人間を効率的に運搬する「輸送系」技術を発達させ、移動コストを削減する。これにより、人類は宇宙に行き易くなり、長期的には移住の可能性をも見据えた、火星への本格的進出が始まるかも知れない。

 測地学では、重力と垂直角に交わる平均海面(ジオイド)に近似する地球楕円体(測地系)を定め、座標系(経緯度など)を決める。月・火星などの表面には海洋が存在しないので、岩石を測量する事になるが、自転地軸(北極・南極)が存在し、経緯線を引き、模型(月球儀・火星儀)及び地図を作れるのは地球と同じであるから、地球で発達したGIS技術を改良して持ち込める。

 50年~100年後の未来を楽観的に夢想しても、全ての人間が月・火星に上陸できるとまでは、安易には考えられない。実際は先進国・新興国の上層に位置する人々が、宇宙開拓を主導するだろう。相対的に弱い立場の人々が、地球外に「移民・難民」できるほど輸送コストが下がるには、なお一層の時間を要すると思われる。ここで注意すべきは、一握りの強者が軍事力・経済力で、地球外天体(土地と資源)を独占してしまう事態である。今すぐ地球外に出られない人々も、何らかの形で、宇宙開発に参画できる権利を有するべきだと思う。

 そこで考えられるのが、バーチャル空間(メタバース)の活用である。「Google Earth」のような仮想天体を応用したシミュレーターで、リアルの宇宙開拓にも携われるようなシステムを構築できないだろうか。その前提条件として、多くの人々が「地球外不動産」を利用できるように、地価の高騰は抑制されるのが望ましい。なお米日韓に、月などの土地を販売している…と称する会社「ルナエンバシー」が実在している件には深入りしないが、誰もがインターネット通販で地球外不動産を購入できる、という同社の理念には共感する。

 例えば、ここに「火星の土地」を持っているが、火星に行けるほどの資金は持っていない「私」が居たとする。私が「バーチャル火星」にログインすると、私の周囲には、私が持っている土地の様子が、探査機などの「火星GIS」に基づき、リアルタイムで立体表示され、歩き回る事もできる。それを見た私は、この土地を、自分が望む衣食住の環境に開拓するため、人工知能とも呼ばれるコンピューターの助力で、様々なシミュレーションを試みる。一例として、現地に長居するならば、最低でも酸素の供給が必要である。そこで私は、そのような設備の追加コマンドを、火星GISアプリケーションに入力する。その結果、私の要望を反映した立体映像が「完成イメージ」として描画されると共に、これを実現するのに必要な作業と納期・費用、現地での工事を担う業者(人間またはロボット)の候補が表示される。問題なければ契約を締結し、私は地球に居ながら、リアルタイムで火星開拓に携わる事ができる。また、仮に費用などの条件が合わなかったとしても、こうしたシステムの存在で、自分のような一般人にも、宇宙参加のチャンスがあり得る事を実感できるであろう。

参考文献

◆ 長谷川直子『今こそ学ぼう 地理の基本(山川出版社2018/08)


◆ 碓井照子『「地理総合」ではじまる地理教育 持続可能な社会づくりをめざして(古今書院2018/07)


◆ 坪内俊憲・保屋野初子・鬼頭秀一『共生科学概説 人と自然が共生する未来を創る(星槎大学出版会2018/03)


◆ 若林芳樹『地図の進化論 地理空間情報と人間の未来(創元社2018/01)


◆ Kevin Kelly・服部 桂『「インターネット」の次に来るもの 未来を決める12の法則(NHK出版2016/07)


◆ 川原靖弘・関本義秀『放送大学教材 生活における地理空間情報の活用(放送大学教育振興会2016/03)


◆ 日本スペースガード協会『大隕石衝突の現実 天体衝突からいかに地球をまもるか(ニュートンプレス2013/04)


◆ 時政 勗・薮田雅弘・今泉博国・有吉範敏『環境と資源の経済学(勁草書房2007/04/15)

 ➢ 朝倉啓一郎「環境分析用産業連関表の作成と利用」

2021/12/28

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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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