池上めぐみ坂の丘から天空を見詰めて 過去から未来への万華鏡

文字数 1,122文字

 本稿は筆者個人の私的文責であり、筆者が卒業した学校の公的見解とは無関係です。
 創立70周年を迎えた大森第四中学校は、池上本門寺と同じ台地上に立地しています。本門寺は、鎌倉時代日蓮が亡くなった「(ひじり)の霊地」として知られています。日蓮は、当時の幕府等を厳しく批判したり、外国の襲来元寇を予言するなど、強き信念の言行を警戒され、多くの者から生命を狙われていました。そして1271(文永八)年、遂に幕府の役人達が、相模龍口(たつのくち)(現在の神奈川県 藤沢市)において、日蓮を暗殺しようと(はか)りました。しかし、日蓮を処刑しようとした瞬間、上空に巨大な光る物体が出現し、これによって日蓮は、絶体絶命の危機から逃れる事ができたと伝えられています。

 この火球は、単なる作り話ではなく、その正体は、エンケ彗星の破片である「牡牛(おうし)座流星群」ではないかと考えられています。日蓮は、11年後の1282(弘安五)年10月、武蔵池上の館で亡くなり、その場所が本門寺になりました。もしあの時光明の流星が(あらわ)れなかったら日蓮は龍口で殺されてしまい池上本門寺も建立されなかったかも知れません。そして、本門寺に隣接する「我らが母校」も、異なる歴史を歩んでいたでしょう。たった一つの流れ星が歴史を変えたのです(ちな)みに、およそ二千年前、パレスチナキリストが生まれた時、「ベツレヘムの星」という天体が見えたとの伝承がありますが、これに関しても、「二個の惑星が重なった」「大きな彗星が地球に接近した」「月が木星を隠した」などの説が唱えられています。

 あり得ないような事が現実に起こり、偶然のような出来事が奇跡を生み出し、歴史を紡ぐ。この世界は、そうした神秘的な一面を有しています。そしてそれは、私達人間も同じです。大空の景色が時と共に移り変わり、万華鏡の模様が数多(あまた)の形を映すように、万物は流転します。私達の精神・自我もまた同様です。私達が心にどのような想いを抱きどんな言葉を語り如何(いか)なる行動を選択するのかその積み重ねが私達の未来を築いてゆくのです

 私は、大森四中の科学部員だった頃に芽生えた地球・宇宙への関心を出発点として、現在も地理学や教育などの活動に取り組んでおります。縁あって此度(こたび)の70周年を迎えた皆様も、学を修め業を習う中で、大宇宙としての世界と、小宇宙としての自分の存在を認識し、己が信ずる道を探求し続けて下さい。それこそが運命を変える可能性を秘めているかも知れないのです

大森清陵会 会長

春原(すのはら) (アキラ)

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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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