地理学概論

文字数 12,729文字

 本稿では、上野和彦・椿真智子・中村康子(編著)『地理学基礎シリーズ1 地理学概論 第2版』(朝倉書店2015)を通読し、特に「自然環境と人間生活」「産業の立地およびモノ、ヒトの流動の地理的特徴を把握する」「居住と民族集団の地理」に関する項目を要約する事によって、地理学の研究に対する理解の深化を目指します。

1.1「地理学の目的と課題」

 地球世界における空間的事象としての人文・社会・自然と、その連関によって形成された地域・景観を研究する地理学は、系統地理学と地誌学に大別され、この二つを「地理学の両輪」とする。系統地理学は、文化・社会・地形・気候・土壌・植生などの「地理的条件」を分析し、普遍的原理を解明する分野であり、対象によって人文地理学(文化地理学・政治地理学経済地理学など)と自然地理学地形学気候学など)に細分される。

 地誌学(地域地理学)は、特定の地域(場所・空間)を対象とし、その地域性(特徴・個性)を理解しようとしている。

1.2「地理学の系譜」

 有機的に結合した自然と人類の関係を考察する環境論は、キリスト教神学や自然哲学の影響をも受けながら発達し、代表的な原点としては、自然環境と人間社会のどちらを重視するかによって、ラッツェルの環境決定論と、ブラーシュの環境可能論が挙げられる。ラッツェルは、進化論などの自然科学を重視する立場から、人間を生物的存在と捉え、人類の主体性よりも、これに対する自然環境の影響を強調したため、彼の論理は「環境決定論」と呼ばれ、センプルやハンチントンの環境論もこの系譜にある。

 これに対して、フランスのブラーシュは、人文・社会科学を重視する立場から、人類を社会的存在と捉え、地球の自然は人間に可能性(活躍の舞台)を提供していると考えたので、これは「環境可能論」と呼ばれる。現代の環境論は、環境可能論を基盤としているが、自然的条件からの影響を軽視し、地球が人類に提供する可能性としての資源・エネルギーを浪費した結果、環境問題が発生しており、地理学的環境論の再構築が課題である。

 古典的地理学は、科学的体系がまだ不充分であったが、第二次大戦後の地理学では計量革命・科学革命に関心が集まり、「新しい地理学」と呼ばれる計量地理学が発達し、地域を「空間」と捉え、コンピューターを活用した数量的統計による分析手法が採用された。一方で、計量地理学に対する批判から、マルクス主義を取り入れて社会問題の解決を目指す「radical地理学」が提起され、他方では、場所における知覚・感情・経験・意味などの「人間性」を重視する人文主義地理学も登場した。

1.3「地理学の概念」

 地理学が分析手法に共有する言語としての概念には、分布・地域・地域構造・立地・配置・空間・知覚・景観などが挙げられる。景観は、歴史の中で形成された、地域の可視的な風景・景色であり、営まれた人間活動に応じて農村的景観や都市景観を示す。また、景観はただ存在するだけでなく、それを認識する人間の感情・感性によって意味が生まれ、そこに文化としての価値を認められた場合、歴史的景観・町並み保存の運動・政策が遂行されるように、人間性的な概念でもある。

2.1「自然と風土と人間」

 自然と人間の関係に基づく環境論を考察する場合、我が国では「風土」という日本語が存在する。風土は、単なる自然環境よりも広い意味を持つ。例えばエジプトの風土には、砂漠気候だけでなく、ピラミッドや、それを建築した古代エジプト人の存在も無視できず、人間と自然の交流によって、歴史的・社会的に形成された環境が風土である。特定の地域だけでなく「地球」もまた、生物が自然環境に適応したり、大気と相互作用したりしながら形成され、その中に生物としての人間の進化も存在しているから、巨視的には風土と同じ構造を持っている。

 ヨーロッパの地理学史と同様に、日本でも人間(主体)と自然(客体)を二元論的に峻別し、その連関を問う研究が、鈴木秀夫らによって行われた。そして、環境決定論や環境可能論と同様に、関係性に対する二つの見方が提示された。市川健夫は、伝統的な環境決定論の立場を継承し、自然環境を前提として、人文現象を説明している。これに対して千葉徳爾は、人間存在の前提に自然環境を置きつつも、心霊現象と風土の関わりなど、個としての人間の心理を重視する、民俗学的な地理学を展開した。
 こうした日本における環境論・風土論の原点として、和辻哲郎『風土』(1935)を挙げる事ができる。和辻風土論は、一見すると環境決定論に思われるが、風土が人間存在を規定するのではなく、主体的な人間存在の構造契機として風土性を捉えている。環境決定論を批判するベルク(フランス)も、和辻風土論を理解・評価して発展させ、風土を「通態」という哲学的概念で定義している。

2.2「地域・空間論」

 分布図を読図して事象を観察する場合、地理的スケールによって異なる要因が発生する点に留意すべきである。例えば、稲作が営まれている地域は、日本列島を含む温帯湿潤気候などの条件に規定されているが、関東平野(利根川)のレベルで読図すると、東京を中心とする都市化の影響も考慮しなければならない。

 チューネンは、農業立地が自然環境だけでなく、都市との距離によって異なる事を、『農業と国民経済に関する孤立国』(1826)で説明した。そのモデルによれば、農産物を市場都市に輸送する費用の差異に基づいて、農業の形態は、都市との距離に応じた同心円構造を展開すると考えられる。

2.3「地域間関係・地域システム」

 かつて欧米諸国の政治的・経済的支配を受ける地域が多かったアジア諸国は、「アジアの奇跡」と呼ばれる経済発展によって、その地位を回復・向上させつつある。外国資本を排除する自己完結的な「輸入代替型工業化」が停滞した後、外資技術を導入して先進国市場を活用する「輸出指向型工業化」を選択した結果、大韓民国・中華民国(台湾)・香港・シンガポールを先導とするアジア諸国に成長地域が形成され、中国共産党も改革・開放政策を成功させて「世界の工場」「世界の市場」を実現した。中華を核とする地域体系に日本・東南アジアが編入され、相互依存・互恵関係を形成している。アジアの経済成長を先導した我が国では、東京に世界企業の支社・支店が立地し、地域の中心的役割を担っていたが、アセアン及び中華の市場拡大によって、シンガポールや上海への立地傾向が強まっている。北京・上海は東京を越える東アジアの中心を目指し、クアラルンプール・ソウル・香港も競争に参入し、アジアの都市システムを再構築している。

2.4「景観と場所」

 地域における、自然と人間の関係性によって形成される「景観」は、近代地理学の主要な研究対象であり続けるが、第二次大戦後の人文主義地理学が「生きられた世界」としての「場所」概念を提唱した結果、主体としての人間の視点から意味を付与される景観が認識されるようになった。人文主義的な「人間のまなざし」から景観を分析する研究としては、Lynchの「イメージマップ」などが挙げられる。これは、都市景観に対する居住者の認識を分析する手法であり、物理的・客観的には同じ景観でも、人間によって異なる世界として認識され得る事を示した。
 日本でも「重要伝統的建造物群保存地区」や『景観法』(2004)による保全が試みられている。山野正彦によると、景観論の「文化的転回」という潮流の中で、近年の「景観」「場所」研究においては、「消費景観」と呼ばれる都市景観の批判的考察や、「他者」の政治学、フーコー概念の援用などが特徴として挙げられている。

13.1「環境問題」

 地理学では、リッター・ラッツェル・ブラーシュらによる環境論の研究が著名であるが、現代の環境問題に対する課題の提示は不充分であり、「自然の地理学」的な研究が求められる。環境問題は社会が作り出す問題であり、人間活動に起因する環境変化を、多くの人々が「問題」だと認識する事によって成立する。環境問題は、単なる自然科学的な現象ではなく、その背景に国際政治・世界経済が存在しているので、環境問題の解決が困難な理由は、技術的な面よりも、政治経済的な面が大きい。また、現象を認識する主体の利害や価値観(研究者の主義・立場)によって判断が異なる、相対的な問題でもあり、地理学の観点では、様々な条件の複雑な連関を、地域に着目して読み解く事が重要である。
 環境問題の争点・論争には、「ローカル」「リージョナル」「ナショナル」「グローバル」な論点が挙げられ、実際の環境問題にも地域差が存在し、求められる解決も場所によって異なる。日韓に共通する、公共事業に関する環境問題としては、農業政策の大規模干拓事業を挙げる事ができるが、霞ヶ関、中海・宍道湖、諫早湾、セマングムなど、地域とその特徴によって、問題の展開は全く異なっている。

13.2「エネルギー問題」

 元来、人類は自然エネルギーに依存する社会を築いて来たが、産業革命以降、化石燃料と総称される石炭・石油・天然ガスの利用が主流になり、20世紀は「石油の世紀」であった。当面、化石燃料が数十年で枯渇する可能性は低いが、化石燃料の消費は、温室効果気体の発生による地球温暖化を引き起こし、エネルギー資源に関する最大の環境問題となっている。その解決に向けた国際協調として『京都議定書』(1997)が実施されたが、米中の不参加や、日本も景気不況(2008)が無ければ排出量を抑制できないなど、課題は多い。化石燃料への過度の依存から脱却するに当たり、代替となるエネルギー資源として、風力・太陽光などの自然エネルギーと、原子力発電が挙げられる。原発は、エネルギー費用の抑制や、電力の安定供給に活用されているが、原発事故による放射能汚染のリスクを充分に考慮しなければならない。また、多大な電力を消費している都市における徹底的な省エネ対策が不可欠であり、そうした都市空間を作る「コンパクトシティ」などが試みられている。

13.3「身近な生活の環境問題」

 大量生産・大量消費・大量廃棄に基づく現代社会において、廃棄物処理・静脈産業に関する身近な製品の環境問題として、PETボトルを挙げる事ができる。日本では、『容器包装リサイクル法』(1995)に基づくPETボトルのリサイクルが成功し、その回収率は、環境先進国の欧米を上回る9割を達成し、「リサイクルの優等生」を実現した。ところが、この再生利用システムが、原材料不足という事態に陥っている。その原因にして問題点は、三つある。第一に、PET製品に対する需要が急激に拡大している、中華(香港を含む)市場への輸出。第二に、財政に悩む市町村が、経済的利益の無い「指定法人ルート」(日本容器包装リサイクル協会)よりも、収入を得られる「独自処理ルール」で販売している。第三に、リサイクルを市場に位置付ける「静脈産業」の成立に伴う、再商品化事業者の競争激化。これらは、リサイクルが産業として成熟しつつある事を意味するが、市場原理によってリサイクル技術システムが崩壊する危機をも招いている。企業の「拡大生産者責任」や、消費者の「受益者負担」をリサイクルに導入する事が、望ましいシステムに求められる。

3.2「農業立地とその変動」

 自然環境と深く関わる土地から食糧を生産し、私達の生命に必要なエネルギーを供給する産業が、農業である。チューネン『孤立国』モデルによれば、農業経営様式は、価格・費用を要因として、中心都市から近い順に、酪農などの自由式農業→林業→輪栽式農業→穀草式農業→三圃式農業→牧畜が同心円状に立地する。よって、絶対的に優位な経営様式は存在せず、どの農法が相対的に優位かは、地域・距離によって異なる。チューネンのモデルは、市場となる都市が一つしか存在せず、平野の土壌が均質であるという空想的仮定に基づいているが、東京(近郊農業)や米国では、チューネン圏に類似した地域形成が確認された。また、農業立地だけでなく現代都市理論の基礎としても評価されている。現代では、都市化・アグリビジネス・グローバル化など、チューネン圏の前提条件を変容させる現象が進展しており、農業にも工業立地論的な観点が求められている。

3.2「農業地域構造と地域間分業」

 農業地域の構造は、農家が自然環境(地形・気候・土壌の条件)を歴史的・社会経済的に活用した生産活動の結果である。日本では、自由貿易化によるグローバル競争の影響もあり、農家の減少と、それに伴う食糧自給率の低下が進行している。しかし、途上国における新たな食糧需要の発生を予測すると、「食糧安全保障」の観点から対策が必要である。また、多くの食糧を海外から輸送する事は、エネルギー消費による環境負荷を生じさせるため、地産地消が理想的である。現在でも、地域経済を維持している農村が存在しているが、グローバル経済で生き残るには、経営規模を拡大し、作業効率の向上、生産力の強化によって大量流通を進め、国際競争に勝ち抜く方向性が指摘されている。また、水環境や生物多様性、伝統的な食文化や「結」と呼ばれる相互扶助など、農村を文化景観として評価・保全する見方もある。

3.3「工業立地とその変動」

 チューネンの農業立地論に対して、工業立地論の古典を代表するのが、ドイツの経済学者ウェーバーによる『諸工業の立地』(1922)である。彼は、「輸送指向」や「集積指向」について重要な理論を提起した。工業の原料は、その場で加工して重量を軽くしてから輸送したほうが、費用を節約できる。よって、産出地域が限定されている「局地原料」(⇔普遍原料)の産地を、有利な立地だと解明したのが輸送指向論である。その幾何学的説明として、2種類の原料産地と消費市場を結ぶ「立地三角形」が定められ、その中で輸送費が最小化するのは、3点への合計距離が短い地点であり、これに原料の必要量を考慮して、立地が決まると考えられる。ウェーバーの工業立地論は、製鉄業や皮革産業などの分析に有効であった。工業経営が空間的に凝集する集積には、偶然集積と純粋集積がある。「偶然集積」は、石炭・鉄鉱石などの原料地に生産が集中する場合であり、輸送指向に通ずる。これに対して、輸送費よりも「集積の利益」が大きい場合は、立地三角形の最小費用に囚われない「純粋集積」が成立する。集積の利益としては、補助経営との接触、大規模な取引、インフラ整備が挙げられる。一方で、賃金・地代の上昇や交通運輸の発達は、立地分散を生じさせる。

3.4「工業地域構造と地域間分業」

 「わが国の工業地理学は,さまざまな地域概念に照らして工業地域の構造解明を蓄積してきたという点で他国の追随を許さない」(34ページ)。従来、日本の機械工業は大都市に集積立地していたが、工場の地方分散による全国的な分業体系を経て、海外進出による国際的な分業構造が形成された。日本企業が転出した東南アジア・中華大陸には、欧米企業だけでなく、韓国・台湾の企業も進出している。アジアの広域分業には、先進国・途上国が相互に工業製品を輸出入する水平貿易(⇔垂直貿易)的形態、アジア地域(特に東南アジア)内の相互貿易が大幅に拡大、中間財・半製品を主な貿易内容とする工程間での結び付き、という特徴が指摘される。こうした中で、日本国内に残る工場は、海外工場に対して「母工場」の機能を深め、付加価値の高い品種の製造に特化している。

4.1「商業の地域性」

 一般的に、商業には小売業と卸売業が含まれる。小売業と卸売業の商圏規模・地理的特性(立地指向性)を、販売額に基づいて比較すると、どちらも大都市に多いのは共通しているが、地域的差異の度合い(都道府県の格差)に違いが見られる。卸売業は、東京・大阪・名古屋などの大都市に集積する傾向が顕著であり、それ以外の他県との差も大きい。これに対して小売業は、消費者の生活と結び付いた狭い商圏を形成する事が多く、その販売額は人口規模にほぼ比例するが、都道府県ランキングにおける上位と下位の落差は小さい。よって、中心地としての大都市への集積を、都市地理学的に研究する場合、卸売業が指標となる。

4.2「情報技術と流通革命」

 情報化による第二次流通革命は、卸売業に厳しい淘汰をもたらし、商店数を減少させた。情報化に対応できない中小業者の減少率が高い一方で、大規模商店の減少率は低く、上位集中化という形で卸売業の再編が進んでいる。中小卸売業の衰退は、彼らとの取引に依存する中小の小売業をも脅かし、日本列島における小売業の「中心」と「周辺部」の格差を拡大させ、商業を衰退させる恐れもある。また、インターネットの急激な普及により、小売業界ではネット通販の導入による商圏の拡大と、これに伴う全国的な競争に挑んでいる。

4.3「交通と地域間関係」

 日本の交通地理学が、鉄道・航空機関の歴史的記述に関心を寄せるのに対し、欧米の交通研究は、数学・統計学を応用した計量地理学を中心に展開している。交通から地域間結合関係を分析する場合、例えば鉄道路線図のように、線形の交通路(線路など)と、交差分岐点に形成される結節点(駅など)を結んだ図形を描けるが、これをネットワークと呼ぶ。このネットワーク上を流れる交通量を決定する要因としては、その地域特有の機能による「補完性」(比較優位性の原理)、交通・輸送の利用条件による「移送可能性」、競合する大都市・生産地・消費地の存在による「介在機会」などが挙げられる。また、天体の重力・引力が、質量に比例し、距離に反比例するのと同じように、交通量も、人口規模に応じて増大し、距離が遠くなるほど減少するので(距離減衰効果)、これを物理学的な「重力モデル」という数式で計算する事ができ、交通工学などに用いられた。これに対して、個人や社会を重視する社会交通地理学も新たに発展している。

5.1「生活行動と時間地理学」

 人間の生活行動を地理学的に地理学的に解明する研究は、行動地理学・時間地理学と呼ばれる。「時間地理学」を提示したヘーゲルストランドは、時間を縦軸、距離を横軸とする「プリズム」を描き、これに「能力」「結合」「管理」という三つの制約を考慮する事によって、人間の活動可能範囲を2次元で表した。能力の制約は、プリズムの面積を決定する要素であり、例えば自動車を所有している者は、徒歩以外の移動手段を持たない者よりもプリズムが大きく、これは活動可能範囲の広さを意味する。また、二人以上の人間が同時に活動する場合、それは両者のプリズムが重複する部分で行われる事になるが、これが結合の制約である。更に、プリズムの内部に存在する時空間であっても、例えば店舗・施設の営業時間や入場資格のように、個人・組織によって管理されたドメインは、その利用を制限され得るのが管理の制約である。このうち、現代日本の生活圏に影響を及ぼしているのは、能力制約に属する自動車である。自動車の普及は、市町村を越えた広域生活圏の概念を生み出し、広域行政圏と関連する市町村合併特例法は、「平成の大合併」を実現し、その先には道州制の議論も控えている。

5.2「観光・レクリエーション」

 バトラーは、観光・レクリエーション地域を製品に喩え、その発展段階を区分した。そのモデルでは、時間を横軸、観光客数を縦軸とすると、観光地域は探検→関与→発展→強化→停滞→衰退・安定・再生の段階に変化し、時間に対する観光客数の増加が、S字型の曲線として表される。観光客数が急増するのが「発展」段階であり、それが「許容限界圏」に突入すると「停滞」段階に移行し、その先には「衰退」「安定」「再生」の分岐が想定される。バトラーのモデルは、観光地域の発展プロセスを理解・説明する手段として好評だが、モデルに当てはまらない地域を指摘する批判的検証もある。冷戦時代は「鉄のカーテン」で共産主義陣営に閉鎖され、東欧革命(1989)で自由化に向かった東ヨーロッパのように、政治・経済体制の変化が観光行動空間の変化に著しく影響した事例もある。

5.3「就業・消費行動」

 社会経済における私達の生活は、就業行動(労働)や消費行動によって支えられている。所得水準に規定される要素が大きい就業行動に対し、消費行動は地域の文化と結び付いている。消費行動の基本は「衣食住」であるが、今や教育も生活に関する活動であり、特に私立学校への支出(授業料)に着目する事で、教育の地域的差異を考察できる。まず、私立中学校への授業料支出額を比較すると、大都市と地方の格差が大きく、大都市では私立中学生が多いが(授業料支出が高額)、地方では私立中学自体が少ない(授業料支出が低額)という事が分かる。一方で、私立大学は多くの県庁所在地に存在しているため、授業料支出も、大都市圏と地方の格差が小さく、地元に私立大学が無い場合は、遠方への通学に伴う経済的負担を回避するため、国立大学を志望する傾向が、東北地方などに見られる。

6.1「都市の成長と都市システム」

 都市地理学は、集落地理学から独立して成立し、都市システム、都市の構造、都市景観などを対象とする。要素としての都市の集合体を都市システムと呼ぶ。都市システム理解の基礎的な論理として、クリスタラーの中心地理論がある。中心地は、周囲の地域から食糧などを提供される一方で、周囲の地域に対して「中心財」と呼ばれる商品・サービスを提供するので、両者の相互依存関係によって地域が成立する。中心地には、県・郡・区・市場町など複数のレベルがあり、最大の中心地を中央に配置したサービス圏構造を描く事ができ、その領域は中心地からの到達距離によって決定され、正6角形の体系が形成される。

6.2「都市の構造」

 都市の内部構造については、バージェスの「同心円地帯モデル」、ホイトの「扇形モデル」、ハリス・ウルマンの「多核心モデル」という、いずれも米国で考案された三つの古典モデルが有名である。同心円地帯モデルは、シカゴを例に、都市域の構造を「中心業務地区」「工業地帯・漸移地帯」「労働者住宅地帯」「優良住宅地帯」「通勤者住宅地帯」の5ゾーンに区分したモデルであり、その形成には、大都市に流入する移民の活動が関わっている。
 土地経済学者ホイトは、アメリカ連邦住宅局での調査結果に基づいて、扇形モデルを発表した。バージェスのモデルを修正して、都市は主要交通路に沿って扇形状に拡大すると指摘し、高級住宅地区が洪水対策で高台を指向する特徴なども明らかにした。
 ハリスとウルマンは、都市の核は単一ではなく複数と考え、バージェス・ホイトのモデルを更に改良した多核心モデルを提唱した。バージェス・ホイトの5地区に加えて、重工業・周辺商業・郊外住宅・郊外工業の4地区を追加し、それぞれの性質に応じて、ほかの地区と近接する場合もあれば、離れて分布する場合もある事が示された配列である。

14.1「地域振興」

 地域振興を進めるに当たっては、立地企業の成長が、地域経済に及ぼす波及効果が限定的である事や、住民が暮らしを営む地域社会は、企業のように撤退・解散できない点に留意し、市場競争の企業戦略に囚われ過ぎない、地域の多様性を踏まえた施策が望まれる。地域を構成する要素は、時間と共に変化するため、現時点からの硬直的な長期計画目標を定めるよりも、地域性の変化に適応した、持続可能な地域振興が求められる。それには、住民の意向の反映も不可欠である。

14.2「景観保存・再生と町並み」

 『文化財保護法』改正(1975)に基づく「重要伝統的建造物群保存地区」などの形で、歴史的景観(町並み)の保全運動が進められている。沖縄県竹富島(八重山郡)は、1987年に保存地区として選定され、民家の屋根に赤瓦を用いた町並みが重視されている。しかし、竹富島で赤瓦が普及し始めたのは20世紀であり、赤瓦に統一された町並みは、過去に実在した景観ではなかった。竹富島の町並みは、歴史的事実に基づく修景よりも、現代の人々によって過去を象徴する意味を与えられた『創られた伝統』の側面が大きい。竹富島が「伝統の創出」を欲した背景には、人口減少・土地売却による衰退の危機に瀕する中で、「島を守る」ために故郷の個性・差異を主張する「場所アイデンティティ」が、町並み保存運動と結び付いたという事情がある。竹富島の事例は、場所が持つ「歴史」や「伝統」が、客観的史実だけでなく、社会によって意味付けられる存在である事を示している。

14.3「市町村合併」

 市町村合併は、明治・昭和時代にも積極的に行われたが、近年では、『地方分権推進一括法』の施行(2000)を背景とする「平成の大合併」が知られる。国も地方も財政が悪化する中で、行政効率化が緊急の課題になったのが要因である。市町村合併には、双方の自治体法人格を廃止した上での新設(対等)合併(合体)と、片方が消滅する編入(吸収)合併とがある。例えば、大宮市・与野市・浦和市の合体(2001)は新設合併だが、岩槻市(2005)に対しては編入合併が行われた。平成大合併により、市町村の数は3218(2002)から1727(2010)まで減少したが、合併後の面積が広過ぎる(高山市)、飛地の発生(桐生市・大垣市)、そして地域の独自性が失われる危惧など、新たな課題がもたらされ、「まちづくり」の未来が問われている。

10.1「身近な生活文化・民俗の地理」

 人文地理学は、人口・都市・村落・経済だけでなく、食文化・方言などの身近な生活文化・民俗をも研究対象とする事ができる。柳田國男の民俗学は、人文地理学的な関心を伴っており、代表的な説が文化周圏論である。中心地方(関西・京都)で発生した民俗文化が、同心円的に周辺へと伝播する現象を繰り返した結果、中心に新しい文化が生まれる一方、日本列島の縁辺に向かうほど(距離に応じた)古い文化が残っているという文化伝播・文化層の論理である。これを言語に適用したのが方言周圏論であり、カタツムリの方言を調査した『蝸牛考』で提示された。

 松本修によると、方言は単に東西で分かれているのではなく、「近畿地方の東西」「愛知・岐阜と山口・大分」「東北地方と南九州」「日本海側の富山・石川・鳥取」のように、中心部と周縁部の空間的パターンを示す分布が見られる。文化周圏論は、墓制など全ての事例に適用できるわけではないが、方言周圏論は現代でも証明できる事が示された。

10.2「民俗」

 柳田は、日本文化が黒潮海流に乗って伝播する『海上の道』仮説を構想していた。これを実証しようとしたのが、佐々木高明ら文化地理学の「照葉樹林文化」であり、照葉樹林地帯の自然環境に適応した、稲作卓越地帯の民俗文化が、雲南省から台湾・琉球を経由して日本の基層文化を形成するに至ったという。これに対して、大陸から古代日本への文化伝播を重視する仮説では、江上波夫の「騎馬民族説」が代表的である。

12.1「移民とマイノリティ」

 欧米には、植民地や奴隷制などに関わる「移民」の歴史がある。グローバル化と少子高齢化が進む現在、日本でも外国人労働力の受け入れが議論され、共生社会(多民族・多文化共生)を考える機会が必要だが、日本もまた、海外への移民の歴史を持ち、それを端的に示しているのが、ブラジルや米国などに暮らす「日系人」の存在である。1868(明治元)年のハワイ移民に始まり、オーストラリア・アメリカ・ペルー・ブラジルなど、近代日本から多くの国に移民が送られたが、移民会社との契約内容が実態と異なり、移民が被害を受ける不正も横行した。また、日本の領土拡大に伴い、千島・樺太・台湾・朝鮮・満洲への移住も進み、特に千島・樺太・満洲が多かった。戦時中には、米国やカナダの日系人が強制収容される事件が発生し、終戦後は、「中国残留孤児」など帰国をめぐる多くの困難があった。
 ベトナム戦争により、インドシナ半島から脱出して来た政治難民を、米国は積極的に受け入れ、更に『難民法』(1980)による経済難民の流入もあり、カリフォルニア州ではアジア系難民による文化の移植も進んだ。オレンジ郡では、ベトナム人とベトナム系華人の共同体が形成され、言語・建築・宗教などベトナム・中華的な景観が見られ、「リトルサイゴン」と通称されている。ベトナム系の住民には、英語を話せない割合が著しく高く、移住先での生活において、ベトナム共同体の存在は極めて重要である。

12.2「外国人労働者」

 日本は、南アジアのパキスタン・バングラデシュと「査証相互免除協定」を締結し、多くの労働者を受け入れていたが、「外国人労働者問題」を犯罪と結び付ける風潮が強まる中で、協定を停止し(1989)、『出入国管理及び難民認定法』改正(1900)によって、両国からの流入を規制する一方で、代替としてブラジル・ペルーの日系人を積極的に受け入れる政策に転換した。日系人の優遇は、単一民族・血統主義的な考えであるとも指摘されている。こうして、かつて日本からブラジル・ペルーに移住した人々の子孫が、今度は日本に在留外国人として訪れる数が急増した。在留資格の分類では、「永住者」「定住者」「日本人の配偶者」を持つ者が極めて多い。静岡・群馬のほか、ブラジル人は愛知、ペルー人は神奈川・三重などに集住し、自動車製造工場などに雇用されている場合が多い。彼らは、ブラジル・ペルーでは「日本人」と呼ばれ、日本では「ブラジル人」「ペルー人」と呼ばれるように、どちらでも他者として扱われる。その共同体は、カトリック教会などキリスト教を核とするネットワークが形成されている。母国が「BRICs」として経済成長するのに伴い、在日ブラジル人は減少した。

12.3「国境・民族紛争」

 冷戦終結は平和をもたらさず、共産主義に抑圧されていたナショナリズムの解放により、むしろ動揺・困難を招いた。特に端的な事例として、多民族連合国家ユーゴスラビアの内戦「民族浄化」が挙げられる。21世紀は『文明の衝突』(ハンチントン)の時代であり、中華・中南米・西欧・米国などが民族問題に悩んでいる。また、20世紀から持ち越した問題も続いており、世界最大の火薬庫である中東パレスチナ問題、次いで世界第二の火薬庫であるアフリカ大陸において、「報復の連鎖」が繰り返されている。そして、米国での同時多発テロ事件によって、テロリズムとの「新しい戦争」が開かれ、アフガン・イラクでは民族紛争が続いている。オバマ政権は、両国からの撤退を表明したが、チュニジア・エジプト・リビア・イエメン・アルジェリアなどで「アラブの春」が勃発し、シリアの「イスラム国」は北イラクを占領して欧米と敵対し、日本人も殺害された。一方、ロシアはウクライナ(クリミア半島)を侵略し、極東では朝鮮の核開発や、尖閣諸島・北方領土・竹島の領土問題を抱えている。アジア地政学が混迷する中、日本では第二次安倍政権(自民党)が発足し、集団的自衛権・海外武器輸出・『秘密保護法案』など、従来の憲法解釈とは異なる政策を遂行している。
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登場人物紹介

 地球研究会は、國學院高等学校地学部を母体とし、その部長を務めた卒業生らによって、2007(平成十九)年に「地球研究機構・國學院大学地球研究会」として創立された。

國學院大学においては、博物館見学や展示会、年2回(前期・後期)の会報誌制作など積極的な活動に尽力すると共に、従来の学生自治会を改革するべく、志を同じくする東方研究会政治研究会と連合して「自由学生会議」を結成していた。


 主たる参加者が國學院大学を卒業・離籍した後も、法政大学星槎大学など様々な舞台を踏破しながら、探究を継続している。

ここ「NOVEL DAYS」では、同人サークル「スライダーの会」が、地球研究会の投稿アカウントを兼任している。

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