地理学概論
文字数 13,166文字
本稿では、上野和彦・椿真智子・中村康子(編著)『地理学基礎シリーズ1 地理学概論 第2版』(朝倉書店2015)を通読し、特に「自然環境と人間生活」「産業の立地およびモノ、ヒトの流動の地理的特徴を把握する」「居住と民族集団の地理」に関する項目を要約する事によって、地理学の研究に対する理解の深化を目指します。
1.1「地理学の目的と課題」
地球世界における空間的事象としての人文・社会・自然と、その連関によって形成された地域・景観を研究する地理学は、系統地理学と地誌学に大別され、この二つを「地理学の両輪」とする。系統地理学は、文化・社会・地形・気候・土壌・植生などの「地理的条件」を分析し、普遍的原理を解明する分野であり、対象によって人文地理学(文化地理学・政治地理学・経済地理学など)と自然地理学(地形学・気候学など)に細分される。

地誌学(地域地理学)は、特定の地域(場所・空間)を対象とし、その地域性(特徴・個性)を理解しようとしている。
1.2「地理学の系譜」
有機的に結合した自然と人類の関係を考察する環境論は、キリスト教神学や自然哲学の影響をも受けながら発達し、代表的な原点としては、自然環境と人間社会のどちらを重視するかによって、ラッツェルの自然環境決定論と、ブラーシュの環境可能論が挙げられる。ラッツェルは、進化論などの自然科学を重視する立場から、人間を生物的存在と捉え、人類の主体性よりも、これに対する自然環境の影響を強調したため、彼の論理は「環境決定論」と呼ばれ、センプルやエルズワース ハンティントンの環境論もこの系譜にある。
これに対して、フランスのブラーシュは、人文・社会科学を重視する立場から、人類を社会的存在と捉え、地球の自然は人間に可能性(活躍の舞台)を提供していると考えたので、これは「環境可能論」と呼ばれる。
現代の環境論は、環境可能論を基盤としているが、自然的条件からの影響を軽視し、地球が人類に提供する可能性としての資源・エネルギーを浪費した結果、環境問題が発生しており、地理学的環境論の再構築が課題である。
古典的地理学は、科学的体系がまだ不充分であったが、第二次大戦後の地理学では計量革命・科学革命に関心が集まり、「新しい地理学」と呼ばれる計量地理学が発達し、地域を「空間」と捉え、コンピューターを活用した数量的統計による分析手法が採用された。
一方で、計量地理学に対する批判から、マルクス主義を取り入れて社会問題の解決を目指す「radical地理学」が提起され、他方では、場所における知覚・感情・経験・意味などの「人間性」を重視する人文主義地理学も登場した。
1.3「地理学の概念」
地理学が分析手法に共有する言語としての概念には、分布・地域・地域構造・立地・配置・空間・知覚・景観などが挙げられる。景観は、歴史の中で形成された、地域の可視的な風景・景色であり、営まれた人間活動に応じて農村的景観や都市景観を示す。また、景観はただ存在するだけでなく、それを認識する人間の感情・感性によって意味が生まれ、そこに文化としての価値を認められた場合、歴史的景観・町並み保存の運動・政策が遂行されるように、人間性的な概念でもある。
2.1「自然と風土と人間と」
自然と人間の関係に基づく環境論を考察する場合、我が国では「風土」という日本語が存在する。風土は、単なる自然環境よりも広い意味を持つ。例えばエジプトの風土には、砂漠気候だけでなく、ピラミッドや、それを建築した古代エジプト人の存在も無視できず、人間と自然の交流によって、歴史的・社会的に形成された環境が風土である。特定の地域だけでなく「地球」もまた、生物が自然環境に適応したり、大気と相互作用したりしながら形成され、その中に生物としての人間の進化も存在しているから、巨視的には風土と同じ構造を持っている。
そして、環境決定論や環境可能論と同様に、関係性に対する二つの見方が提示された。
これに対して
和辻風土論は、一見すると環境決定論に思われるが、風土が人間存在を規定するのではなく、主体的な人間存在の構造契機として風土性を捉えている。
環境決定論を批判するベルク(フランス)も、和辻風土論を理解・評価して発展させ、風土を「通態」という哲学的概念で定義している。
2.2「地域・空間論」
地理学では、事象の空間的出現を把握して捉えるという課題のために、分布図で分析する手法が重要である。分布図を読図して事象を観察する場合、地理的スケールによって異なる要因が発生する点に留意すべきである。例えば、稲作が営まれている地域は、日本列島を含む温暖湿潤気候などの条件に規定されているが、関東平野(利根川)のレベルで読図すると、東京を中心とする都市化の影響も考慮しなければならない。

そのモデルによれば、農産物を市場都市に輸送する費用の差異に基づいて、農業の形態は、都市との距離に応じた同心円構造を展開すると考えられる。
2.3「地域間関係・地域システム」
2.4「景観と場所」
13.1「環境問題」
日韓に共通する、公共事業に関する環境問題としては、農業政策の大規模干拓事業を挙げる事ができるが、霞ヶ浦(茨城)、中海・宍道湖(島根)、諫早湾(長崎)、セマングム(韓国 全羅北道)など、地域とその特徴によって、問題の展開は全く異なっている。
13.2「エネルギー問題」
13.3「身近な生活の環境問題」
3.1「農業立地とその変動」
3.2「農業地域構造と地域間分業」
3.3「工業立地とその変動」
3.4「工業地域構造と地域間分業」
「わが国の工業地理学は,さまざまな地域概念に照らして工業地域の構造解明を蓄積してきたという点で他国の追随を許さない」(34ページ)。従来、日本の機械工業は大都市に集積立地していたが、工場の地方分散による全国的な分業体系を経て、海外進出による国際的な分業構造が形成された。日本企業が転出した東南アジア・中華大陸には、欧米企業だけでなく、韓国・台湾の企業も進出している。アジアの広域分業には、先進国・途上国が相互に工業製品を輸出入する水平貿易(⇔垂直貿易)的形態、アジア地域(特に東南アジア)内の相互貿易が大幅に拡大、中間財・半製品を主な貿易内容とする工程間での結び付き、という特徴が指摘される。こうした中で、日本国内に残る工場は、海外工場に対して「母工場」の機能を深め、付加価値の高い品種の製造に特化している。
4.1「商業の地域性」
4.2「情報技術と流通革命」
4.3「交通と地域間関係」
日本の交通地理学が、鉄道・航空機関の歴史的記述に関心を寄せるのに対し、欧米の交通研究は、数学・統計学を応用した計量地理学を中心に展開している。交通から地域間結合関係を分析する場合、例えば鉄道路線図のように、線形の交通路(線路など)と、交差分岐点に形成される結節点(駅など)を結んだ図形を描けるが、これをネットワークと呼ぶ。このネットワーク上を流れる交通量を決定する要因としては、その地域特有の機能による「補完性」(比較優位性の原理)、交通・輸送の利用条件による「移送可能性」、競合する大都市・生産地・消費地の存在による「介在機会」などが挙げられる。また、天体の重力・引力が、質量に比例し、距離に反比例するのと同じように、交通量も、人口規模に応じて増大し、距離が遠くなるほど減少するので(距離減衰効果)、これを物理学的な「重力モデル」という数式で計算する事ができ、交通工学などに用いられた。これに対して、個人や社会を重視する社会交通地理学も新たに発展している。
5.1「生活行動と時間地理学」
人間の生活行動を地理学的に地理学的に解明する研究は、行動地理学・時間地理学と呼ばれる。「時間地理学」を提示したヘーゲルストランドは、時間を縦軸、距離を横軸とする「プリズム」を描き、これに「能力」「結合」「管理」という三つの制約を考慮する事によって、人間の活動可能範囲を二次元で表した。能力の制約は、プリズムの面積を決定する要素であり、例えば自動車を所有している者は、徒歩以外の移動手段を持たない者よりもプリズムが大きく、これは活動可能範囲の広さを意味する。また、二人以上の人間が同時に活動する場合、それは両者のプリズムが重複する部分で行われる事になるが、これが結合の制約である。更に、プリズムの内部に存在する時空間であっても、例えば店舗・施設の営業時間や入場資格のように、個人・組織によって管理されたドメインは、その利用を制限され得るのが管理の制約である。このうち、現代日本の生活圏に影響を及ぼしているのは、能力制約に属する自動車である。自動車の普及は、市町村を越えた広域生活圏の概念を生み出し、広域行政圏と関連する市町村合併特例法は、「平成の大合併」を実現し、その先には道州制の議論も控えている。
5.2「観光・レクリエーション」
リチャード バトラーは、観光・レクリエーション地域を製品に喩え、その発展段階を区分した。そのモデルでは、時間を横軸、観光客数を縦軸とすると、観光地域は探検→関与→発展→強化→停滞→衰退・安定・再生の段階に変化し、時間に対する観光客数の増加が、S字型の曲線として表される。観光客数が急増するのが「発展」段階であり、それが「許容限界圏」に突入すると「停滞」段階に移行し、その先には「衰退」「安定」「再生」の分岐が想定される。バトラーのモデルは、観光地域の発展プロセスを理解・説明する手段として好評だが、モデルに当てはまらない地域を指摘する批判的検証もある。冷戦時代は「鉄のカーテン」で共産主義陣営に閉鎖され、東欧革命(1989)で自由化に向かった東ヨーロッパのように、政治・経済体制の変化が観光行動空間の変化に著しく影響した事例もある。
5.3「就業・消費行動」
6.1「都市の成長と都市システム」
都市地理学は、集落地理学から独立して成立し、都市システム、都市の構造、都市景観などを対象とする。要素としての都市の集合体を都市システムと呼ぶ。都市システム理解の基礎的な論理として、クリスタラーの中心地理論がある。中心地は、周囲の地域から食糧などを提供される一方で、周囲の地域に対して「中心財」と呼ばれる商品・サービスを提供するので、両者の相互依存関係によって地域が成立する。中心地には、県・郡・区・市場町など複数のレベルがあり、最大の中心地を中央に配置したサービス圏構造を描く事ができ、その領域は中心地からの到達距離によって決定され、正六角形の体系が形成される。
6.2「都市の構造」
都市の内部構造については、アーネスト バージェスの「同心円地帯モデル」、ホイトの「扇形モデル」、ハリス・ウルマンの「多核心モデル」という、いずれも米国で考案された三つの古典モデルが有名である。同心円地帯モデルは、シカゴ(イリノイ州)を例に、都市域の構造を「中心業務地区」「工業地帯・漸移地帯」「労働者住宅地帯」「優良住宅地帯」「通勤者住宅地帯」の5ゾーンに区分したモデルであり、その形成には、大都市に流入する移民の活動が関わっている。
バージェスのモデルを修正して、都市は主要交通路に沿って扇形状に拡大すると指摘し、高級住宅地区が洪水対策で高台を指向する特徴なども明らかにした。
バージェス・ホイトの5地区に加えて、重工業・周辺商業・郊外住宅・郊外工業の4地区を追加し、それぞれの性質に応じて、ほかの地区と近接する場合もあれば、離れて分布する場合もある事が示された配列である。
14.1「地域振興」
14.2「景観保存・再生と町並み」
14.3「市町村合併」
10.1「身近な生活文化・民俗の地理」
人文地理学は、人口・都市・村落・経済だけでなく、食文化・方言などの身近な生活文化・民俗をも研究対象とする事ができる。
これは、柳田の方言周圏論を反映した分布構造と考えられる。
文化周圏論は、墓制など全ての事例に適用できるわけではないが、方言周圏論は現代でも証明できる事が示された。
10.2「民俗」
柳田は、日本文化が黒潮海流に乗って伝播する『海上の道』仮説を構想していた。これを実証しようとしたのが、
12.1「移民とマイノリティ」
オレンジ郡では、ベトナム人とベトナム系華人の共同体が形成され、言語・建築・宗教などベトナム・中華的な景観が見られ、「リトルサイゴン」と通称されている。
ベトナム系の住民には、英語を話せない割合が著しく高く、移住先での生活において、ベトナム共同体の存在は極めて重要である。
12.2「外国人労働者」
12.3「国境・民族紛争」
2019/07/14
