第42話 アリエンタの帰還

文字数 2,426文字

アリエンタはH国への機中にいた。
H国はやはり、遠い。でも、ビジネスだから良かったと思う。
食事の時に、少しワインを飲んだら、寝てしまった。
I国で乗り換えると、家族に会える。

待ち遠しい。
妹弟達に会いたい。
母さんと話したい。


空港には家族とカリナが迎えに来てくれていた。

「疲れたでしょう。月曜日まで、実家にいるといいわ。車を迎えにやるから、プロジェクト事務所に来て頂戴。じゃ、その時ね。」
カリナは帰って行った。

母が抱きしめて来た。
「カリナ、お帰り、新しい家に移ったよ。」
「良かった。お金、足りた。」
「十分だった。皆、部屋を貰って、喜んでいる。」
「良かった。給金が増え、宿泊日当が殆ど余ったから、送ったけど、心配だった。」
「働き出して1年足らずなのに、あんな大金どうやって稼いだの。」
「会社の仕事をしているだけよ。心配することは何もないわ。」

兄妹達も抱きついてきた。

「お土産買って来たわよ。」
「姉ちゃん、綺麗になったね。」
「馬鹿ね。同じよ。」

「姉ちゃんの服、高そう。」
「皆にも買って来たわよ。」
「本当に。嬉しい。」


週明け、迎えの車で、プロジェクト事務所に行くと、全員で出迎えてくれた。

「皆さん、ドクターアリエンタさんです。皆、知っているわね。今度、副プロマネとしてアルフォンソさんと交代になりました。彼女の指示に従って、調査を続けて下さい。」

下請けの現地コンサルタントが、何が起こったのかわからず、目を白黒させている。
しかも、ドクターとか言っている。

別人だろうか。
別人に違いない。
アリエンタは専門学校卒だったはずだ。

「皆さん久しぶりです。アリエンタです。蒼K国コンサルタンツから来ました。K国の公立大学で博士号を取得したばかりの新米ですが、皆さんといい調査にしたいと思います。」

紹介が終わると、昔のコンサル仲間で親しかったヨランダが話しかけて来た。

「アリエンタ、良かったわね。雇ってもらって。」
「うん。良かった。ヨランダは、その後、どう。」
「相変わらす、テンポラリー。」
「F国に行く?」
「どうして。」
「コンサルタントを募集している。社長には頼めるわ。」

「本当、でも、彼氏が許してくれないわ。」
「気が変わったら、言って来て。」
「ありがとう。」


アリエンタは1年余りのH国の調査を終えると、日本の本社で働き始めた。
社長に呼ばれた。

「アリエンタさん、一度プロジェクトに参加しませんか。機構にアリエンタさんの評価力を、見せたいのですが。」
「お願いします。」

P国の病院機材の案件で、アリエンタは評価担当となった。
機構の案件では外国人の業務主任はまだ認められない。

提案書を提出して、受注した。
機構側との打ち合わせに参加した。

「今までの提案書とは視点を変えましたね。面白く読みました。」

打ち合わせが終盤になって、

「アリエンタさん、今回の評価のポイントは何でしょうか。」

「財務評価や現地側の能力調査ももちろん大事ですが、待遇がモチベーションに影響しますし、P国では管理職の80%が縁故で雇用された者で構成されています。プロジェクト実施における組織構成を提案して、実質的に能力主義になればと考えています。」

「人事は相手国側の範疇です。無理ですし、内政干渉と言われます。」


「人事干渉ではなく組織構成の提案です。何の問題もないと考えます。」
「そんなことが出来るのですか。」

「弊社グループの他の援助機関から受注したプロジェクトでは通常の手法です。既に実施されているプロジェクトも山ほどあります。貴機構では採用しないということであれば、従います。」
「いえ、そう言っているわけではありません。調査結果で判断します。」

「却下される恐れのある場合、提案を取り下げます。当社の手法とは言え、他の援助機関から大きな評価を受けておりますが、それでも、無駄な調査は団員に多大な負担をかけるだけになります。」
「却下すると言っているわけではありません。」
「ですから、『却下される恐れのある』と言っています。」

上司が、言い返そうとする部下を抑えた。
「わかりました。提案を最大限尊重します。よろしくお願いいたします。ドクターアリエンタ殿。」

会議の後、担当は上司と話した。


「課長、あんな傲慢な態度は許せません。」
「お前は馬鹿か。アリエンタの評価手法は、I国のHB大学で評価され、客員教授での招聘の要請もあるそうだ。少しは評価手法の動向や情報を探れ。理事達も日本の評価手法は古臭いと言っている。これから、国際的スタンダードになりつつあるアリエンタの手法を理解できない大手コンサルタントは淘汰される恐れがある。既に1社は、評価のやり直しを指示され、プロジェクトが停止している。日本にせっかくアリエンタがいるのだ。学ぶ態度がないのであれば、異動届を出せ。」

「そちらの方は疎くて。申し訳ありませんでした。」
「それから、ドクターアリエンタと呼べ。敬語を使え。無頼な言葉を吐くなら、網走の特別訓練所に栄転になるぞ。」


調査が終わり、最終報告書を提出した。
担当は来なかった。上司とともに理事が来ていた。

「ドクターアリエンタ殿、今回の評価は素晴らしい。是非、機構側でセミナーをお願いできませんか。もちろん、対価はお支払いします。大学での特別講師の依頼が押し寄せていると聞いてはいますが、外務省も注視しています。いかがでしょうか。」

「少なくとも社会科学を専攻された方に限定して頂けませんか。講義をしても理解できない経済専攻の方が大勢いらっしゃいました。日本の評価の方はどうも経済分析に偏り過ぎている気がします。」

「おっしゃる通り、機構の評価は経済分析を重要視しすぎてきました。評価結果では問題ないと結論されたのに、問題が出ている案件もあります。よく理解できます。その方向で選定します。」

「それであれば、10名ずつのセミナーを2回開きましょう。でも初級コースです。それ以上は私が講義する大学にご相談ください。」
「ありがとうございます。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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