第5話 F国の調査

文字数 3,304文字

現地調査出発の日、4人の団員と空港でチェックインしラウンジに入ると三ツ矢氏が待っていた。

「三ツ矢さん、早いですね。」
「君達みたいに、ぎりぎりまで準備する必要はないからな。」
「今回のターゲットは何処ですか。」
加賀は三ツ矢の隣に座った。他の団員は離れて座る。

「G商社だ。」
「といいますと、借款の発電設備をJ鐵工所と一緒に受注しましたね。」
「良く知っているな。」
「アジアでは久しぶりの大型案件でしたから、業界では誰しも関心がありました。」

「蒼も狙っていたのか。」
「いえ、この規模には対応できる人材がいませんでした。Nエンジニアリングコンサルタントは、F国の電力工業省との繋がりが昔から強いのです。予想通り、設計を受注しました。」

「当然、金の動きがあったのだろう。」
「F国は、昔から賄賂や収賄が横行していて、法律改正しました。有償やローン受注額の3%から5%を自動的に監督官庁が吸い上げることを合法化しています。使途は問われますが、どうなっているか外部にはわかりません。それ以外に賄賂となると、大きな金額ではない気がしますが。」

「機構の誰も教えてくれなかった。」
「本案件は無償ですから、対象となりません。詳しくないのかもしれません。」

「円借款の業者入札はどうだ。」
「入札参加業者の選定には施主の意向が反映されます。日本企業限定だとしても、同じです。」
「とすると、コンサルタントが施主を説得すれば、業者選定を牛耳れるわけだな。」
「説得出来ればの話ですが、ありうるかもしれません。」

「選定だけで金が動くことがあるのか。」
「本命は1社だけで、他は息のかかった会社が呼ばれたら、選定は受注に繋がると言ってもいいでしょう。」
「なるほど、そういうことか。」

「最近の円借款案件も、日本企業限定の制限がなくなりつつあります。そうなると、日本企業受注の可能性は殆どなくなります。メーカーは受注した企業を通じて機器を収めることはあるでしょうが。F国もいずれそうなるでしょう。しかし、G商社に目を付けられたのは何故ですか。G商社の取り分はわずかだと思いますが。」

「だが、Nエンジニアリングとの交渉窓口はG商社で、F国側との接触もG商社の支店が担当したと聞いている。」
「G商社のF国支店は援助案件に熱心でしたから。ホテルに押しかけてくることもありました。」

「今でも、そんなことがあるのか。」
「支店での不審な動きは、マスコミに報道された時のダメージははかり知れません。支店の社員の任期は2年ないしは3年です。特に最近の若い社員はそこまで入れ込むことはしません。例外は、現地支店の顧問や嘱託として駐在している古株です。何故、雇用が続くのか理解できませんが。」

「聞いたことがあるな。その国に入れ込んで、商社を辞め、支店で働く者達がいると。」
「ええ、しかも、支店での発言力はあるようです。数年すると帰国してしまう支店長も、彼らの現地での情報力や政府や企業への顔の広さを無視できない事情があると聞きます。」
「いては欲しくないが、いないと支店の業績に影響するというわけか。」

大使館への表敬訪問、機構の現地事務所での打ち合わせを済ませ、相手国側のカウンターパートとなる大学を訪れる。
学長や学部長達との打ち合わせ会議を行う。


三ツ矢が機構側の代表として挨拶をして、会議が始まり、お昼になると、食事が用意された。
「加賀君、いいのか。食事を頂いて。」

「この国の大学では一緒に食事をする慣習があります。大学の食堂で調理しますので、普段の食事です。学長達はこうして毎日、食堂からのデリバリーで、食事しています。F国では1日5回、食事をする習慣があります。学長は、10時頃と3時頃にも食事をします。最近の若い人は、さすがに違うようですが。」

「1日5回か。仕事の時間が無くなるな。」
「ここの学長は夜食も取りますから、6回です。会議をしていると10時や3時にバーガーやチャーハンが出てくることがあります。」
「食べてばかりの気がするが。でも、豪華ではないが、旨いな。日本人の口に合うのではないか。」

「ええ、この国では、食事が楽しみになります。そのかわり、帰国前に、全員を日本食レストランに招待します。彼らもそれを楽しみにしています。金銭的にもそれで帳消しといったところです。」

「相手側の食事の習慣を尊重しないわけには行かないし、ギクシャクすることにもなる。食事で返すのが一番いいのかもしれんな。しかし、難しいものだな。機構側は知っているのか。」
「一応、声をかけます。しかし、機構側の分は払って来ます。せいぜい1人2千円前後ですので、そこまで、気にすることはないと思うのですが。何か決まりがあるのかもしれません。」

「カウンターパート側のスタッフはどうだ。」
「基本的に、この国の職員は教育レベルも高く、真面目で優秀です。職員レベルでの不正やたかりなどは全くありません。政権が代わると、大臣だけでなく幹部クラスが全員入れ替わります。不正の温床はそのことにある気がします。職員の昇進は能力より、どの派閥かとか、どの政治家と繋がりがあるかなどに影響されます。課長以上の昇進はそれがないと難しいようです。」
「ここの学長もそうか。」

「大学は違います。大学は自治ですので、これまで社会に貢献したとか、著名な研究者などが大学の自治会で選ばれます。ここの学長も長い間、スラムの生活環境改善に尽した人で、民衆に人気のある人物です。職員の信頼も厚いようです。」

「君は、この国を良く知っているね。」
「プロジェクトで何回も来ました。職員と懇意になり、自宅に招かれたこともあります。御馳走で歓待してくれます。それに、治安の悪い場所などを教えてくれます。以前、プロジェクトで反抗勢力のいる地域に行くことになった時、職員の中に彼らとの知り合いがいて、無事に現地調査を終えることが出来ました。現地で反抗勢力の親分が挨拶に来ました。人懐っこい笑顔で優しそうなおじさんで、ゲリラを率いているとはとても思えませんでした。不思議な国です。」
「君達も危険と隣り合わせの調査をしているのだな。」
「そうでないと、コンサルタントはできません。」


「今回の宿は3つ星ホテルだが、移る予定はあるのかね。」
「今回は調査期間が短いのでこのままのつもりです。宿代も機構の予約で割引されますし、ホテルも街中にあります。夕食の為の外出には借り上げた車が使えます。宿を変えるメリットはないと思っています。」

「割引があるのか。」
「機構では、様々なプロジェクトで日本人の出入りがあるので、首都内の3つ星ホテルの幾つかと宿代の年間割引契約をしています。3週間以上滞在すると、長期割引の対象にもなりますので、かなりお得です。但し、朝食付きは多くありません。私は早起きして、ホテルの周りの食堂に出掛けたり、幾つかのホテルにある日本食レストランの和朝食を頼んだりします。」

「和朝食というと。」
「ええ、焼き魚、卵焼き、納豆、酢の物、漬物、ご飯に味噌汁。味も日本と変わりません。」
「一度、誘ってくれ。」
「構いません。」

ある朝、二人で和食レストランに出掛けた。
「結構、多いな。殆ど日本人だ。」
「ここで、日本人同士が待ち合わせをしたり、ブレックファストミーティングをしているのを良く見かけます。」

「観光客よりも、住んでいる日本人が多いのか。」
「殆どそうだと思います。観光客はホテルの食事付きですから。」
「時々、地元の人間も来ますが、殆ど日本人との密談でしょう。」

「旨いな。米も短粒米だ。」
「日本人向けの米を作っている農家があります。首都には日本食レストランも多いですから、需要はあるのでしょう。」
「途上国と言っても食には不自由しないな。」

「首都には、フレンチ、イタリアン、アラビアン、中国、韓国等のレストランがあり、味も本格的です。シェフが各国から来ていますので。F国の郷土料理もいけます。食事については東京より安くて旨いかもしれません。」







F



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み