第21話 マジシャン狛江

文字数 3,431文字


狛江は会社の近くのホテルの会議室で、入札説明会を開いていた。
公開である。

「説明は以上の通りです。何か質問がありますか。」
「E国に代理店を持っている会社はありません。修理とか維持管理の責任範囲が明記されていないと、入札価格を決められません。」

「機材には全て、5年分相当の補修用部品と消耗品が含まれます。本体より部品の総額の方が多くなっています。皆さんは現地で納入、据付けをするとき、機材の操作、維持管理、修理の技術移転もして貰います。その為の渡航費と人件費等が含まれています。異例ですが、1ヶ月間見てあります。人数も十分だと考えています。それで維持管理や補修の問題は解決できます。他にも疑問があれば出来る限りお答えします。」

「金額は50億で10のパッケージに分かれていますが、全ての入札に応募してもいいのですか。」
「構いません。今日の説明会にお出で頂いた会社は全部で12社です。この中から10社を選定します。」
「どうやって、評価するのですか。」

「ちょっとお待ちください。全容を説明します。ここにお集まりの12社は蒼コンサルティングのプロジェクトで納入実績があります。ですから、弊社は全社の評価をします。これは弊社の元受け、下請け全ての案件が含まれます。
その評価により選ばれた10社を選びます。選ばれた10社は5億10件のパッケージを平等に分け合って、1社5億ずつにするか、あるいは、皆さんで金額を競って争うのか。10社で相談してください。その結果には口は挟みません。」

「それは談合の一種ではないのですか。」
「そうかもしれません。しかし、この入札形式は施主も同意しており、しかもファンドはI国です。日本の法律には抵触しません。」

「しかし、機構が監督していますが、大丈夫でしょうか。」
「機構の監査は納入時の監査のみです。」


「争うことになった時、予定金額が下回ると思いますが、分け合った場合、金額はどうなるのですか。」
「提示金額そのままの契約になります。」

会場で、小声で相談し合う声が聞こえてくる。


「選定される10社は、明日、各社に連絡いたします。連絡のない場合、落選とお考え下さい。入札機材の詳細は同時に送付致します。1ヶ月後、皆さんの協議の結果をお知らせください。それは、文書で各社の同意の印を押したものになります。出来れば、代表幹事をお決め頂くとこちらの作業が楽になります。入札となった場合、その日から2週間以内に入札を行います。全部に応募されても構いません。ですが、金額が、談合を疑わせる金額であった場合、入札破棄となり、再入札となります。談合を疑わせる金額とは予定額の95%を超える場合です。ですから、入札予定金額は実質的に5%ダウンになります。以上です。」

「もう一つ、10社の中から辞退があった場合はどうするのですか。」
「辞退は認められません。辞退理由が正当な場合、例えば、会社が倒産した場合等はやむを得ず、こちらで他の会社を選定します。よろしいでしょうか。」

その場で、各社が話し合いを始めた。

「1社5億ならいいんじゃないか。」
「そうだな。入札になっても取れるかどうかわからないし、金額が減る。」

「見積してみて、利益が出るようであれば、うちも賛成だ。」
「落ちる2社はわかっている。ゼネコンと組んで金を動かしたあの2社しかない。」

「これが終わったら10社で集まろう。入札となれば、戦いだ。各社5億で妥協する方がいい。初めから、わかっていることだ。」
「他にも声をかける。」


1ヶ月経ち、代表幹事となったのはA商社で、片桐が挨拶と報告の為に東京の蒼コンサルタントに訪れて来た。

「狛江さん、代表幹事になったA商社の片桐です。」
「ご苦労様です。様子はどうですか。」
「談合、いえ、1社5億で合意しました。予想通り、外れたのはG社とF社でしたので、安心しました。これが、各社の同意を取った書類です。」

「片桐さんはこの案件を担当されるのですか。」

「いえ、取り纏めだけです。後は若手に。」
「加賀が一度会いたいそうです。入札後の契約式には来ますので、その時、時間が空いていれば、一献と。」
「必ず開けます。」

「それに、I国の不動産事情とか調べて欲しいと言っています。調査費はお支払いします。」
「いよいよ、支店開設ですか。私どもの支店で調べさせます。」

「費用はお支払いするそうです。金額も決まっています。1千万です。」
「そんなに。本気なのはわかりますが、金額が大きいのでは。」

「これまで、U銀で実績が積めたのは片桐さんの貢献が大きいと言っていました。これくらいの金額で申し訳ないが、勘弁してほしいと。」
「そんな。」
「振り込みは明日になります。発注書をお渡ししておきます。」
「明日ですか。本気なのですね。」

「はい、私は、数日したらE国入りします。ですから、時間がなくて、今日、手続きしました。受領書と領収書は郵送でここに、私宛に送って下さい。蒼インターナショナルからの発注です。アウトプットは書面かデータでお願いします。」

「本社には内密ですか。」
「加賀はそんな馬鹿なことはしません。でも、ここでは社長と専務、それに私だけしか知りません。不正なお金ではありませんのでご心配なく。」

「狛江さん、あなたは加賀さんの部下ですよね。似てきたと言われませんか。」
「私が、ですか。私は女ですので、余り。」

「でも、入社1年ちょっとですよね。自信にあふれたその話し方、態度、どう見ても加賀さんと一緒です。」
「光栄です。」


「ところで、片桐さん、今回の入札にはカラクリがあります。」
「カラクリですか。」
「10パッケージの中身を精査すると、操作指導、据え付け、技術移転が必要な機材の分野が重複しています。多分、全体で、10名の技術者と数名の補助がいれば十分です。」

「なるほど、現地の技術移転は、1社当たりの技術者で、対応できるということですね。各社の同意があれば、全体の派遣費用が、航空運賃や滞在費を入れるとかなりの金額になりますね。1億以上のコストダウンですか。1社1千万。大きいですね。コンサルさんがお認め頂けるのなら、これ以上の事はありません。各社と図ってみます。」

「問題ありません。ですが、相談です。その中から、各社300万だけ、孤児院と身体障者施設に必要な機材を寄付願えませんか。もちろん拒否されても構いませんし、強制など一切ありません。これは加賀の個人的お願いです。場合によっては中古でもいいそうです。あの国には孤児もいますが、戦争で地雷を踏み、足を失った人も大勢います。義足など喜ばれるのではと。」

「皆と相談してみます。そうだ。E国へ、ご一緒できませんか。現地の要望が聞ければ一番いいのでは。」
「構いませんが、間に合いますか。」
「間に合わせます。」

「それでは、チケットはこちらで手配しておきます。」
「いいのですか。」
「加賀が、片桐さんはきっと、そう言ってくるだろうと。実は、もう手配済みです。」
「加賀さんには敵わないな。1千万にもその出張費が含まれていますね。」

「そんなことはしません。それでは、ラウンジでお待ちします。チケットをお渡ししておきます。宿泊日当はF国の現地会社規定になります。チケットと一緒に封筒に入れてあります。車の手配はこちらでしますが、他に支出があれば、私に、お願いします。人件費は振り込みになります。機構の規定の2等級で計算してあります。」

「ちょっとお待ちください。今日、僕が来ることが何故わかったのですか。」

「簡単なことです。代表幹事の出来るのは片桐さんしかいないと、加賀が。」
「完敗です。そこまで読まれていたとは。余り、日にちが無いですね。それでは用意がありますので、失礼します。」
「よろしくお願いします。」


片桐は乗せられたのかと思ったが、1千万という金額を払うと言ってきたのだから、それはない。しかも、今回のE国行きも、コンサル費の規定で払うと言っている。大盤振る舞いしてくれている。

I国での不動産事情調査費の額は、無償1件の利益を遥かに超える。
それだけ、加賀氏が力を入れているということになる。
チケットの代金も300万近い。
加賀の期待は想像以上だ。

寄付となれば、E国側の日本に対する心情も変わる。
I国側の国交交渉にも弾みがつくのかもしれない。
いずれにしろ、全力を入れるしかない。
10社との最終の談合の詰めは、明日決着させよう。
おっと、談合じゃなかった。いや談合かな。


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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