第20話 新人狛江‐デビューの章

文字数 4,657文字


暫く経って、社長から呼ばれた。
「駐在したいのか。」
「はい、新米なので不安ですが。」

「誰でも最初はある。取りあえず、V国に行け。正式メンバーにアサインされた。カリナさんと一緒だ。終わったら、蒼インターナショナル勤務だ。」
「本当ですか。嬉しいです。」
「仕事は厳しいかもしれんぞ。」
「負けません。いえ、勝ちます。」

「その調子だ。出発は10日後だ。準備期間が短くて悪いが、独り身だから、大丈夫だろう。住まいの整理は間に合うか。」
「親と同居ですので、問題ありません。明日でも発てます。」
「落ち着け。引き継ぎもあるだろう。」
「そうでした。」

狛江はV国への機中にいた。

カリナからF国に来ないかと言われたが、本気だとは思わなかった。そして、いきなりプロジェクトの正式メンバーになった。
社長が有り得ないことだと言っていた。でも、とても喜んでくれた。

その後はF国の法人で働くことになる。夢のようだ。
学生の頃から、海外でばんばん働くのが夢だった。
この前、I国に行った。
今度はV国に行き、F国に住む。次は何処だろう。


空港に着くと、カリナが迎えに来てくれていた。

「疲れたでしょう。少し休むといいわ。」
「大丈夫です。元気一杯です。」

「いつまで元気でいられるかしら。V国で2ヶ月働いて、その後、E国で1ヶ月、それからここに戻って来て、3ヶ月となったわ。」

「E国にも行くのですか。」
「加賀さん達と一緒よ。この前、I国で妥結した案件のE国側との交渉よ。経緯を知っているからと、加賀さんからの指名。報告書をよく読んでおいてね。」

「このプロジェクトの提案書もまだ、読んでいないのに。」
「あなたなら、1晩で読み終わるわ。」

「頑張ります。」
「余り、頑張り過ぎると息切れするわよ。ほどほどにね。」
「ほどほどにします。」


狛江の調査団員での仕事はプロマネである八女のサポートである。
狛江はV国が良く受け入れたと思っていたが、副プロマネであるカリナが、カウンターパートが強く要望した別の案件の実施に協力する代わりに、引き出した条件であった。既にU銀との交渉でいい感触が得られている。
そんなことがなければ、こんなことはあり得ない。

初めての調査であったが、カリナが用意してくれていた工程表とタイムスケジュールに従い、順調に進んだ。
狛江の理解力と構想力は団員も舌を巻いた。それほど優秀だった。

狛江は2ヶ月のV国での作業を終えると、F国に飛び、現地法人の蒼インターナショナルが入るビルに着いた。

「加賀さん、着きました。」
「3日後に出発だ。案件のおさらいはしましたか。」
「はい、バッチリです。」

「その調子だ。ホテルは予約してある。歩いて3分の場所にした。小さいホテルだが、居心地はいい。同行するメンバーは10人いる。全て借り上げだが、君がいるから大丈夫だろう。」
「私が、ですか。」

「君は社員だ。当然だ。それに君はこのプロジェクトの副プロマネだ。V国での任務が終わったら、日本とE国との行き来で忙しくなる。仕事は主に、日本になるが、身分は蒼インターナショナルになる。」
「過労死しませんか。」

「君は死なない。忙しくて、死ぬ暇などない。入札業務の事を先輩に教えてもらいなさい。君が全てやるのだから。」
「加賀さん、私は一人前になれるでしょうか。」
「もう、一人前だと思うが。」
「嬉しいです。」
「私も、嬉しい。」


E国での1ヶ月はあっという間だった。加賀とともに、プロジェクト実施に関係する事項を最終確認する。
その中で特に問題となったのは運営費と維持管理費、それにスタッフの能力であった。

職業訓練所は訓練を通じた生産物を販売することにより、多少の利益を得られるが、加賀は民間企業から需要の高い製品についてヒアリングを行い、受注生産ができるように調整する。その為に、必要な機材の微調整をする。要するに仕様変更である。維持管理には、補修部品が必要となる。その為、標準補修部品を5年分に増やした。
同時に民間の機材整備レベルを確認し、機材計画に反映させる。


大学では運営費や維持管理費を自前で稼ぐことは出来ない。機材と言えるようなものは何も残っていないので、座学しかできない状態にある。

大学の運営費の多くは消耗品代である。電気やガスなどは絶対量が足りないので手を付けることは出来ない。閣下に頼むしかない。
だが、極力消耗品を増やすことは出来る。現地で入手できる消耗品も含めて見直しを行う。
しかし、消耗品の中には劣化する物もある。劣化を防ぐための機器を入れる。劣化が避けられない物は地元の販売店で5年間分先払いが出来るかを確認する。
これは職業訓練所でも同様にする。

狛江は、加賀が次々と問題点を解決してゆくのを見て、眼に鱗だった。
もちろん、経験もあるだろうが、発想の柔軟さと読みの深さは尋常ではない。

予算の枠が決まっており、機材の大きな変更は出来ない。積算の根拠が崩れるからである。
その中で微調整を続けながら、予算の範囲内に収める。
機材知識も不可欠だが、先を見通す力がなければ出来ない事である。
10名の団員も、加賀の凄さを思い知ったに違いない。

50億の機材供与の種類と量は膨大である。大学では建築、土木、化学、物理、生物、電子工学、情報工学、金属工学、水産、農業、生活、語学、地理、医療、看護と分野も広い。職業訓練では、機械、溶接、自動車修理、木工、家具、金属加工など。
各分野の知識を持つ10名の団員が必要な理由でもある。

この1ヶ月は狛江にとって大きな成長の糧となった。


狛江はE国からV国に戻り、3ヶ月の作業を終えた。
そして、再びE国に飛ぶ機中にいた。

E国の空港に着くと、加賀が待っていた。
2回目のE国だが、これから何回か日本と往復することになる。

今回は、カラ大統領との最終打ち合わせに臨んでいる。

「これだけの種類と量の機材を良く纏め上げたな。1ヶ月だけで出来る作業量ではなかったろう。」
「団員が10名いましたから。」
「10名しかいなかったというのが正しくはないか。」
「皆、優秀ですから。」

「狛江は新人と聞いていたが、よく頑張った。」
「いえ、楽しかったです。それに、こんな経験はめったに出来ませんから。」
「それはそうだろう。儂もいい経験をした。教育というものがどんなに大変か判った気がする。」
「私も、正直言うと、大変でした。終わってほっとしています。」

「加賀、これで打ち合わせは終わったな。皆、帰ってしまうのか。」
「私は、何度か戻って来ます。」
「狛江は戻って来るのか。そうか。待ってるぞ。」
「私も、機材が用意出来たら、戻って来ます。その時、例の件を進めます。」
「うむ、交渉の方、頼んだぞ。」
「お任せ下さい。」


今度は、E国の2件の機材案件の入札業務を日本で実施する。
入札書類は完成している。
入札公示をしてE国側の代表2人を迎えに行き、戻ると、業者契約だ。


本社に着くと、社長に呼ばれた。

「狛江君、ご苦労だった。頑張ったな。加賀がこれほどこき使うとは思わなかった。呼び戻そうかと迷ったぞ。」
「いいえ、楽しかったです。」
「それならいい。ところで、今回のE国の案件のコンサル費に、間違いはなかったのか。3億超えなのが気になっていた。」

「蒼インターナショナルから、12人現地入りしましたし、これから、私は誰かを連れて5往復はしなければなりません。それに現地側の代表2名も日本に来ます。その後の実施はもっと大変です。2つで50億のプロジェクトです。安いくらいです。」

「プロジェクトの規模から考えるとそうかもしれないな。君も逞しくなったな。機構側への挨拶はいつにする。」
「これからでも、結構です。」
「そうか。連絡してみよう。」


狛江は社長と一緒に機構のビルを訪れ、担当に会った。

「これからの入札、納入、監査業務の責任者となります、蒼インターナショナルの狛江と申します。」
「君は、F国から。」

「はい、加賀の部下になります。」
「よろしく。この案件はI国の援助ですが、機構が代行監督します。」
「現地納入の最終確認審査はどなたが。」

「まだ、決めていません。費用の件が不明で。」
「提出しました工程表と見積書に記載があると思いますが。」

「確かにありますが、経費がありません。」
「ここのI国大使館に担当がいます。連絡させます。機構側への支払い手続きは全て、大使館経由になります。説明が遅れて申し訳ありません。機構側の代理業務費も支払われます。請求してください。明細はこれです。プロジェクト費も請求があり次第支払われることになっています。」

担当は明細書に目を通していたが、
「しかし、現地の最終確認の人数が10名となっていますが、過剰ですよね。」
「自由にお決めください。これからのE国との関係改善の一環にしていただければと、加賀が申しておりました。」

「I国の資金で、日本の外交ですか。」
「I国はE国との国交交渉を望んでいます。日本との関係改善は、I国にとっても追い風になります。」
「そういうことですか。検討して、連絡します。」

「最終基本設計報告書と詳細設計報告書をお渡しします。」
「50億の機材となると、凄い量だな。機構でも50億の機材案件は扱ったことがない。ご苦労様でした。」

「入札方法については、I国と合意した方法で行いますので、了承お願いします。」
「機材納入の最終確認が機構のスコープと聞いている。それまではお任せするしかない。」
「よろしくお願いします。」


担当は上司と相談した。

「I国の資金で10人か。おい、外務省に連絡しろ。機構側は2人で十分だな。残りは外務省に投げろ。」
「また、新人が現れましたね。まだ、若いですが、交渉慣れしています。蒼インターナショナルの社員となっています。」


「加賀さんの直属の部下だな。」
「今回の案件の実質的な責任者だそうです。まだ、23歳です。」
「気をつけろ。甘く見ると足をすくわれるぞ。」
「大丈夫です。加賀さんはそんなことはしません。」
「そうだったな。」

「狛江さんの経歴は凄いですね。F国駐在で、E国、V国と立て続けに案件を熟(こな)しています。しかも経済分析が専門で1件は副プロマネです。蒼の強みですね。分析官が多いのは。」

「蒼インターナショナルで働いているコンサルタントは200名を超えたそうだ。I国とK国にも会社を設立する計画があるらしい。」
「私も、働いてみたいです。」

「おい、本気か。本気なら、加賀さんに声かけしてやるぞ。」
「いえ、結構です。自信がありません。」
「自信など、加賀さんがつけてくれる。」

「そうでしょうか。」
「見ただろう。この前入社したばかりなのに、今じゃ、一人前のコンサルタントの顔をしている。」
「彼女はT大の経済学部を首席で卒業しています。何故か蒼に入り入社しました。どういうことでしょう。官僚の道もあったでしょうに。」
「決まっているだろう。加賀がいるからだ。」

「何故、加賀のことを。」
「彼女はODAに興味があり、機構やU銀を訪問していたそうだ。その過程で加賀の事を知ったのだろう。汚職閣僚の排除は伝説になりつつあるからな。外務省は彼女が内定を蹴るとは思ってもいなかったようだが。彼女はもともと優秀なのだ。将来は蒼を背負って立つ人材であることは間違いない。」


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業者契約
ここでは、援助機関の委託を受けて、コンサルタントが建設業者や商社等の入札行為を行い、選ばれた建設業者や商社との契約を業者契約と呼ぶ。


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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