第13話 経歴詐称

文字数 4,126文字

「ロイ、どうした。入れ忘れか。」
「それが、紛失したというのです。再発行を依頼したのですが、間に合いませんでした。」
「急ぎ、入手して、直接、担当者に渡してくれ。」


暫くして、ロイが慌てるように社長室のドアをノックしてきた。

「加賀さん、大変です。博士号は取得していませんでした。」
「虚偽の申告になるな。他のメンバーにして差し替えを頼もう。
いや、差し替えの部分が多すぎる。新しく提案書を作り直して提出しよう。」
スタッフがパソコンの文章を修正する音が響く。その夜は、全員で徹夜の作業となった。

翌日、U銀の担当にアポイントを取り、差し替えを提出した。

「他の案件でも、このコンサルタントが問題になりそうでした。差し替えが正解と思います。これだけで、失格という訳ではありませんが、点に響きます。間に合って良かったです。評価担当には明日から配る予定でした。」
「申し訳ありません。こちらの不手際でした。」
「今後は気を付けましょう。」


帰社して、ロイと話す。

「加賀さん。申し訳ありません。私のミスです。」
「次からはまず、書類確認をしよう。経歴も同じだ。」
「気を付けます。」
「でも、担当者がいい人で良かった。」
「加賀さん、こんなことは有り得ません。何か貸しでもあるのですか。」
「あると言えばあるが、ないと言えばない。」
「あるのですね。U銀に貸しを作るなんて、何をされたのです。」

加賀は口に人差し指を当てた。

「知らない方がいいし、君も他言しない方がいい。」
「承知しました。」


2ヶ月後にU銀から連絡があった。
両案件の受注が決まった。
新会社、待望の初受注。しかも2件も。
会社の全員が歓声を上げた。

加賀も嬉しかった。
現地法人を設立してから受注した、最初の大型案件であり、同時に2件を受注できた。
運と言えば言えなくもないが、優秀なスタッフに恵まれた結果である。

U銀との交渉と打ち合わせの後、調査が開始される。
15名のF国人コンサルタントを連れ、加賀はV国に向かった。
八女もF国で調査を始めた。

教育省への表敬の後、カウンターパートとなる職業訓練局との打ち合わせ会議に入った。

調査は順調に進み、各団員からの調査結果が集まり、現地調査概要が取り纏められた。
カウンターパートへの現地調査結果、規模と概算の説明を行い、相手側の反応を待つ。

「局としては、調査中にもこちらの要望を組み入れて貰ったので、提案内容には特に異論はないが、後は、大臣の決裁を待つだけです。」
「ありがとうございます。では、この内容で、大臣閣下にも説明したいと思います。」

「加賀さん、少し2人だけでお話し出来ませんか。お願いがあるのです。」

局長からの頼みは意外なものだった。しかも、局長個人ではなく、首相府の長、つまり首相からの依頼であった。
加賀は引き受けなければ、関係悪化に繋がることを危惧した。

庁内会議は円滑に終わり、最終概要報告書案の説明を教育省の大臣室で行った。

「80億か。少し小規模になった気がするが、まあ、いい。それで、私の方はどうなる。」
「と言いますと。」
「そうか、コンサルタントの報酬額は小さいからな。業者入札が勝負だな。ご苦労だった。後はU銀との契約後に会おう。」


今、加賀はカウンターパートの局長と話をしている。
「やはり、出ましたか。加賀さん、お願いしていたものは大丈夫でしたか。」
局長は指を唇に当てて、話している。

加賀は黙って、小型録音機のテープを手渡した。
「ご苦労様でした。次にお会いする時を楽しみにしています。」

加賀は、汚れ仕事をしたような気がして、気が滅入った。
だが、自分から進んでやったのではなく、カウンターパートだけでなく、国のトップからの依頼だったのが、救いだと自分を納得させるしかなかった。

それにしても、局長は何をしようとしているのだろうか。
収賄を仄めかす会話に過ぎないのだが。

F国に戻り、U銀の担当者に報告書を提出するため、訪問する。
「ご苦労様でした。報告の提出が早いですね。」
「いつも、現地で仕上げることを習慣にしていますので。」

「教育省の人事変更があるようです。さすが、加賀さんは仕事が早い。」
「私は何もしておりませんし、そんな情報も得ていません。」
「どの被援助国でも、加賀さんが来るとなると、トップからその省庁に目を光らせるように指示が出るようです。加賀さんの評価は国際レベルになったようですね。」

「そうでしょうか。」
「これから、実施になりますが、加賀さんの出番はスポットです。次は何処にしますか。」
「案件公示を見てから、決めたいと思います。」

「今月末に、面白い案件が出ます。担当から加賀さんに、よろしくとの伝言がありました。」
「もう少し、時間が欲しいのですが。」
「では、公示を1ヶ月伸ばすようにアドバイスしておきます。」
「申し訳ありません。」

帰りの車でロイが聞いてきた。

「加賀さん、あなたは何者ですか。U銀の職員は情報を漏らすようなことはこれまでありませんでした。案件を紹介してくれ、公示まで伸ばすなんてありえないことです。」

加賀は口に人差し指を当て、

「頼む。内密にしてくれ。漏れると担当者に迷惑がかかる。」
「要するに、U銀ぐるみ、加賀さんのファンということですね。」
「ファンと言われても、余り、嬉しくないが。ところで、F国の案件の方はどうだ。」

「加賀さんの方と違い、報告書はまだですが、来月には完成予定です。八女さんがリードされていますから、大丈夫です。」
「そうだな。八女さんなら、心配することはない。」
「経歴詐称をしたコンサルタントが、仕事をさせてくれと言ってきましたが、断っておきました。」

「何か、支障のない部分で働いて貰ったらどうか。逆恨みされる方が心配だ。」
「いいのですか。話してみます。」


社長室にロイと一緒に一人の男がやって来た。

「加賀さん、彼がアルフォンソです。」
「加賀です。よろしく。」
「すみません。経歴を詐称して、迷惑をかけました。それにも関わらす、仕事をさせて貰えると聞き、どうしてもお礼を言いたくて。」
「君は、これまでもいい仕事をして来たと聞いている。正式なメンバーとして仕事をして貰うことは出来なくなったが、裏方で良ければ、よろしく頼みます。」

「私は博士号の取得はしたのですが、担当の教授が、私の研究結果を横取りしたので、抗議したところ、取得を取り消されました。」
「何処の教授ですか。」

「F国立大の経済学部金融科です。」
「君は金融の研究をしていたのですか。残念でしたね。その学歴であれば、国立銀行にでも就職できたでしょう。」
「実際、内定していましたが、取り消しのせいで。」
「金融が出来るのなら、会社の資産運用や管理にもアドバイスを頼みます。時間が空いた時で構いません。」
「わかりました。」

「そうだ、V国案件の運営予算の見直しも頼みます。カウンターパートの提示して来た案に不安があるのです。改善案があるともっといいのですが。」
「頑張ります。」
「頼みます。」


アルフォンソが帰った後、ロイが聞いて来た。

「加賀さんは、信用されるのですか。」
「彼の報告書を読み、経歴の調査をしてみた。彼の言っていることに嘘はない。能力は高いと思っている。これから、他の開発銀行やI国援助にも参加する機会があるかもしれない。彼の経歴から博士号取得を外して、応募することも考えている。彼は大丈夫だと思っている。」

「加賀さんは、いつの間に調査を。」
「蛇の道は蛇だ。私にもそれなりの伝手がある。」


加賀は家庭の調査までしていた。
妻と息子と娘、それに母親と住んでいる。

教育にお金のかかる子供達がいて、彼が必死になるのもわかる気がした。
F国では、学歴は財産でもある。

加賀はU銀のV国の担当者フローラにアルフォンソの事を聞いてみることにした。面会予約を入れて、U銀ビルを訪れた。

「彼が博士号を取得したのは本当です。後に教授により破棄されましたが、教授が研究成果を盗んだのも事実です。」
「ご存じでしたか。しかし、U銀の案件では彼は使えないでしょうね。」
「その点は大丈夫です。その時の担当は、後輩でアルフォンソさんの事を知っていましたから、そのコンサルタント会社に連絡を入れました。その会社は評価前に、辞退しました。何の記録もありません。」
「大丈夫なのですか。」
「はい、問題ありません。」

「彼の経歴詐称で電話を差し上げたのは、貴社のためではなく、彼のためにです。彼は優秀です。このまま潰すのは、もったいないです。博士号取得の点数など、微々たるものです。担当のニコラスから相談を受け、アドバイスしました。」

「あなたもF国立大の経済学部卒でしたか。」
「はい、彼は私の大先輩です。」
「お話し頂いて、ありがとうございます。彼に伝えます。ところで、アルフォンソはU銀に多くの経済学部卒の職員がいるのに何故、経歴詐称をしたんでしょう。」

「彼は自惚れ屋ではありません。博士号の件を知っている者が他にいるとは思っていないのでしょう。実際は、学部の学生や卒業生の殆どが知っているばかりか、憤っています。何故なら、彼は大学で常に首席で、誰もが博士号取得は当然だと思っていましたから。講義内容が難しくて理解出来ない時、誰もが彼に頼りました。頼りになる同級生であり、後輩であり、先輩だったのです。よく言えばお人よし、悪く言えば鈍感なのです。そこを教授につけこまれたのかもしれません。」
「良く判ります。」

会社に帰り、ロイとアルフォンソを呼び、U銀の担当者からの言葉を伝えた。
アルフォンソが頬から涙が落ちた。

「そういうことだから。アルフォンソ、会社の正社員として引き続き、働いて下さい。」
「社長・・・。」

「加賀と呼んで下さい。ロイ、彼に支度金を払ってくれ。彼も苦しかったろう。今日は、家族と旨いものでも食うといい。お祝いだ。」
支度金とは別に、封筒に入った現金を渡した。

「加賀さん、ありがとうございます。」
「ロイ、君が礼を言うことじゃないだろう。」

「いえ、加賀さんの人を見捨てない姿勢は、この国では貴重です。感動しました。社員達ももっと励むようになるでしょう。」
「アルフォンソ、今日はもう帰りなさい。明日から一緒に出直しです。」
「はい。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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