第12話 専制の閣下3

文字数 1,253文字

加賀が帰って行った。
最終報告書も送って来た。
これで、母にやっと、いい報告が出来る。
調査団が来て、喜んだと聞いた。

それにしても、K国の調査なのに、何故日本人の加賀が参加しているのかを聞きそびれた。
あの落ち着き払ったというか、何事もなかったように淡々と説明し、返事をする加賀に、裏の顔があるとは到底思えなかった。勘だが。
つい、儂も、自分の感情をそのまま、晒(さら)してしまった気がする。

コンサルタントとは、国から金を貰って仕事をするだけだと思っていたが、違ったようだ。
大臣や担当には、厳しい指摘をして、改善を促し、自分の案を示して、拒否できないようにしていたと報告があった。

だが、儂の前では、一言もそんなことは言わず、報告書には問題点として書かれてはいるが、自助努力が見られ、紛争中の国としては、取りうる最大限の配慮であろうとしている。しかも、規模についても、これ以上でもこれ以下でも、プロジェクトはE国側にとっては受け入れがたいだろうと記載されていた。
そんなことは、誰も言ってはいないが、こちらの期待を裏切らないものとなっている。

こんな報告を受けたら、儂でも文句をつけることが躊躇(ためら)われる。
何だか、加賀の掌(てのひら)で踊らされている気がする。
それは、K国側もそうだろう。

加賀は調査中、毎朝、散歩に出て、かなり遠くまで歩いて行ったと報告があった。
警備が危惧するような場所は悉(ことごと)く、避け、本当に散歩していたようだ。

加賀が、小さな店で飲み物を買おうとして言葉が通じず、警備が通訳したら、『ありがとう。いつも、お世話になります。』と言ったそうだ。
儂だったら、見張られていると思うと、不愉快な気持ちをそのまま、出してしまう気がする。

団員達がレストランで食事をしているのを見張っていた警備に軽食が届けられたこともあったようだ。
高くて手の出ない食事に夢中になっていると、『いかがですか。お茶を飲みますので、まだ、大丈夫です。』と言ってきたそうだ。
加賀の警備をしたいという者が増え、内部で揉めたとも聞いた。

警備の連中は弄(もてあそ)ばれていた気がするが、加賀の気配りだったのかもしれない。
子供達に、ポケットに忍ばせていた飴を配っているのが何度も目撃された。
これも、気配りなのかもしれない。

そういえば、最後の会議で、全員部屋を出た後、『閣下、一度、飲みたいですね。』と言って、スコッチを1本、手渡してきた。
悪い気はしなかった。

他の政府の連中は、調査の最初に、いかにも贅沢な贈り物ですと言わんばかりに、机に置く。
加賀は、箱もない普通のスコッチを瓶で渡してきた。
それが、心地よかった。
空港での儂の暴言をノーサイドとしてくれたと感じた。


加賀は、今日もどこかの国で、淡々と馬鹿な官僚達を手玉に取っているのだろう。目の前に見えるようだ。
今度来たら、酒に誘おう。
だが、いつになるのだろう。
この国のために働いてくれれば、儂も多少は楽できるのだが、それを言っても詮無いことだ。

加賀は、社員たちの前で、激しいくしゃみをした。


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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