第19話 カリナ3‐タフネゴシエーター

文字数 4,580文字


カリナは帰国して、会社に出社した。
加賀に呼ばれた。

「調査が終わったばかりなのに、また面倒をかけます。」
「いえ、楽しいです。」
「今度はI国の援助です。コンサル契約に行ってきて欲しい。僕は、K国での現地会社設立準備で忙しい。」

「1人ですか。」
「何だ。アルフォンソとハネムーンしたいのですか。」

顔を赤くしたカリナは、
「そんなことは考えていません。」
「アルフォンソは動けない。君が一番知っているでしょう。彼は調査のキーパーソンだ。」
「ですから、そんなことは考えていません。」

「もし、君が他の男と一緒に行けば、アルフォンソが仕事に集中できなくなります。」
「1人で行きます。」

「だが、大変です。相手はタフネゴに慣れている。踏ん張れますか。」
「踏ん張ります。」
「よし、打ち合わせをしましょう。」


カリナは機中にあった。
加賀さんが、新米の私にこんな重要な仕事を任せるなんてどうしたのだろうと考えている。

重圧がかかるが、
「失敗したら帰って来ればいい。給与を上げます。」
という加賀の言葉が頭を過る。
その位の覚悟で臨めということだと解釈した。

いや、覚悟? そうか、気楽にやれということだ。
何しろ、給与を上げてくれるのだから。気楽、気楽。


この2つのプロジェクトは、一度は潰れたものだ。それを、加賀が麻薬所持の犯罪者の解放条件としてI国からE国に予算を齎(もたら)し、再調査報告書を作り、E国の了承を得た、言わば、加賀プロデュースのプロジェクトである。

国交が纏まるまで、プロジェクトの実施をI国側が保留することもあり得るが、政権が変わると、前政権の約束など無視される可能性が高い。まして、I国の下院議長の息子の解放条件となれば表には出来ないため、猶更である。現政権のうちにプロジェクトを開始しなければならない。

プロジェクトの実施は旧宗主国であるK国に依頼すると加賀は踏んでいた。だが、引き受けるとなれば、K国は再調査するだろう。何故なら、再調査の報告書は加賀個人の作ったものであり、信憑性となるファンドの裏付けがないからである。

K国側の再調査となると、最低でも1年はかかる。しかも2件。
事前調査団の派遣と調査、コンサルタントの入札、基本設計調査、詳細設計調査、E国側の同意などの一定のプロセスを省けない。まして、I国からの委託となると、手を抜くわけには行かない。

そこで、I国側は加賀に投げた。
時間が無かった。大統領選挙が来年に控えている。
加賀ならば、既にE国大統領の了承を得ており、いつでも実施に取り掛かれる。
しかし、I国側の懸念が無いわけではない。50億もの資金を1民間企業に任せることになるからだ。

加賀としても、お膳立てはしたものの、実施まで引き受けることにはならないだろうと高を括っていた節がある。
そういう意味では、I国側は加賀の一歩先を行っていたことになる。

だとしても、いきなり、実施のための契約交渉をすることはあり得ないことだった。予算にしても概算見積であり、これから詳細積算をする必要がある。
それだけ、I国側は切羽詰まっている。
加賀にとって幸運だったのは、切羽詰まっているのはI国側であり、加賀ではないということだった。


カリナは日本を経由してI国に向かうことになっている。
コンサルタント費の積算書を受け取る為である。
加賀の部下は殆どで払っていたため、本社に積算を頼むしかなかった。それに機構の規定で積算するなら、本社に頼む方が早い。

本社を訪ねる。

「カリナさん。大変だな。加賀にこき使われて。」
「そんなことはありません。」
「見積書は出来ているぞ。機構の規定で作った。よくわからんが。凄い額だな。計画書の方は。」

「はい、加賀さんから持たされました。」
「空港近くのホテルに予約が入れてある。ゆっくり休んでから、発つといい。」
「ありがとうございます。」

「社長、私、見送りに行っていいですか。」
「狛江君か。そうだな。君も泊まって、見送るといい。」
「やったー。カリナさん、また、楽しもうね。」

「そうだ、君は、パスポートは持っているか。」
「会社に保管して貰っています。」

「直ぐに、同じ便に予約を入れて、I国に同行してくれ。カリナさんも1人では心細いだろう。初めてのI国だ。君がいれば・・・」

興奮気味の狛江は最期まで聞かずに、
「着替えは。」
「そんなもの、現地で買え。」

「経費ですね。嬉しい。」
「高いのは駄目だぞ。スーツケースは会社のを使え。」


「社長、現金がないです。」
「経理で仮払いして貰え。言っておく。30万で足りるだろう。」
「社長、もう一声。」

「わかった。50万だ。領収はいるぞ。」
「承知です。」

2人は空港近くのホテルに2泊してから、旅だった。
2人は機中にいる。運よく、隣り合わせの席にしてくれた。

「私、I国には一度行ってみたかったの。仕事で行けるなんて。」
「私も初めてです。初めての海外です。興奮します。」
「首都だから、時間がかかるわね。でも、ビジネスだから、快適だわ。狛江さん、仕事はどう。」

「相変わらず雑用です。修行中だと思って、我慢です。」
「もったいない。狛江さんは優秀よ。F国に来れば、加賀さんが直ぐに、仕事を割り振るわ。」

「加賀さんでも、さすがにそれは。」
「狛江さん、F国に転勤願い出したら。加賀さんには私から話すわ。」
「本当。実現すると嬉しいですけど。」

到着すると、空港でビザを取得し、タクシーで指定された住所に向かった。ホワイトハウス近くのホテルだった。
チェックインカウンターで会社の名前を言うと、会議室に案内された。大統領補佐官と名乗る男がやって来た。

「蒼インターナショナルのカリナです。こっちは東京本社、蒼コンサルティングの狛江です。」
名刺を交換して、交渉が始まった。

「加賀さんが見えると思っていたのですが。」
「あいにく、多忙のため、代理として私が参りました。」
「早速ですが、プロジェクトの進め方をお聞かせ下さい。」


カリナは2冊の報告書を提出した。

「調査はもう、済んでおります。ご存じのように、過去に多くの調査が実施され、未執行のままです。この報告書は最新の情報で、加賀がリバイスしたものです。」

「報告書は大使館から届いています。しかし、当方でも現地の確認が必要なのですが。」
「そのことは、私共の問題ではありません。それに、国交もないのに、どうやって調査団を送るのでしょうか。」

「確かに。その通りです。実施はどうされます。」
「蒼インターナショナルがI国の依頼を受け、日本の業者を対象に日本で入札を行います。」
「そんなことはできません。」

「そういうことであれば、蒼インターナショナルは手を引きます。」
「ちょっと待って下さい。随分、強気ですね。」

「国交がない今、機構を絡ませて、実施する以外、方法はないと思います。機構の無償は日本の業者限定です。他に道があるのなら、そちらへどうぞ。この案件は弊社が受注できなくても構わないと加賀は申しております。」
「ち、ちょっと、時間を下さい。IAID(I国国際開発庁)と協議します。」

「お待ち下さい。私は、他にプロジェクトを抱えています。社命により来ましたが、時間がかかるようでしたら、帰国せざるをえません。ご配慮をお願いします。それから、加賀から伝言を貰って来ました。
『国交のない国へのプロジェクトをわが社に振るとは、何事ですか。』とのことです。」


青ざめた担当者は、
「明日までにご返事します。ホテルは何処でしょう。」

「とんぼ返りのつもりでしたので、宿は予約しておりません。」
「それほど多忙でしたか。宿はこちらで手配します。明日、こちらからホテルに出向きます。ホテル内の支払いはお任せください。」


2人は車で送って貰い、ホテルにチェックインした。

「カリナさんは、タフネゴシエーターですね。驚きました。」
「加賀さんに指示された通りにしたまでです。まだ、体が震えているわ。」
「そんな風には見えませんでした。ああ、そうだ、着替えを買わないと。」

「このホテルのブティックで買うといいわ。」
「無理よ、高いもの。」
「このホテル内の支出は全てI国側が払うわ。聞いてなかった。加賀さんがたっぷり迷惑をかけて来いとの指示ですから、従うしかないわ。」
「本当。じゃあ、夕食はフルコースにしましょう。」
「当然よ。加賀さんが喜ぶわ。」


翌日は、大統領の補佐官とやらとホテルの会議室で交渉することになった。名刺を見ると、大統領首席補佐官となっていた。

「申し訳ありません。色々と手違いがあったようです。E国の案件は全面的にそちらにお任せします。検討の結果、あなたの言われた仕組み以外には、方法はないことがわかりました。大使が約束した案件は別途決まり次第、詳細をお送りします。経過や結果は在日本I国大使館の担当を決めて、蒼コンサルティングさんに連絡させます。ところで、加賀さんは、かなりご立腹のようですが、後日、大使の方から挨拶させます。」

「加賀は多忙で、留守にすることが多いので、こちらから連絡申し上げます。」
「コンサルタント料と資金の支払い先を教えて下さい。」
筆頭補佐官の瞳が一瞬、鋭くなった。

カリナは、鞄から、実施計画書、見積書と入札方法それに資金の支払先の書かれた書類を手渡した。
補佐官は、コンサルタント費は蒼インターナショナルだが、本体の機材と施工費の支払先が日本の機構宛になっているのを見て、顔を弛緩(しかん)(しかん)させた。

「さすが、加賀さんですね。機構側が我々の委託を受けてプロジェクト監理も行うのですね。資金の流れも全て、機構経由です。安堵しました。明日、空港までお送りします。ご苦労様でした。」
「お世話になりました。」

カリナは日本に着くと、交渉の経過を本社の社長に説明した後、F国に戻り、加賀にも報告する。

「全て、こちらの要望が通ったようですね。ご苦労さんでした。」
「明日、V国に向かいます。」
「まだ、ゆっくりできるのでは。ああ、そうか。アルフォンソによろしく。」
「あの、お願いがあるのですが。」

「何でしょう、」
「本社の狛江さん、こっちに呼べないでしょうか。」
「新人ですね。会ったことはありませんが、有能なようですね。社長が可愛がっていると聞いています。相談します。すると、カリナさんのサポートですか。」

「いえ、カウンターパートと交渉して、正式メンバーに入れて貰います。そうすれば、団員も多少の休みが取れます。」
「新人ですが、相手側が受け入れますか。」
「加賀さんの懐刀だと言えば、拒否できません。」
「そんな・・・。まあ、いいでしょう。了解が得られたら、U銀には、V国側から申し入れ、お願いします。」


狛江は会社に着くと、スーツケースを返し、経理に向かった。

「支出は交通費以外、幾ら使ったの。」
「それが、ゼロ。」

狛江は仮払金を全額、返却した。
「着替えはどうしたの。」

「I国側が払ってくれた。ついでに、ブランド品も3着買っちゃった。」
「あら、羨ましい。見せて。」

「いいわよ。」
「あら、これは最新のものじゃない。結構するわよ。」
「50万は超えていたわ。」
「凄いことをするわね。私には出来ないわ。」
「加賀さんの指示があったから、止む無く買ったの。私が欲しかったんじゃないのよ。加賀さんの指示よ。本当なんだから。」
「はい、はい、似合うと思うわ。孫にも衣装ね。」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み