第34話 カールソンは何をしていた

文字数 6,066文字


夕刻、加賀と佐久間夫妻は車でコンドミニアムに向かった。
涼子が窓辺に立った。

「いいですね。プールとテニスコートが良く見えます。夕方は景色も素敵ですね。」
「土日は、妻がテニスを習うのを眺めています。」

「ここは6階ですよね。下を見ても高く感じませんね。」
「プールとテニスコートは3階部分にあります。それにここでは
1階は0階になりますから、日本では5階になります。K国でも同じですが。最近は1階から始まるビルも増えましたが。」


食事は、日本食と現地料理のミックスで、シニガンスープとアドボも出た。

「このスープは酸っぱいですが、後を引きますね。アドボは日本にはない味付けですが、スパイスが効いていて、美味しいです。」
「本当だ。旨いな。出張に来ても、日本料理ばかり食べていたから、知らなかった。」

「良かったわ。沢山あるから、食べて下さい。」
「ここでの生活はどうですか。」

「前は1人だったけど、八女さんの奥さんが来てから、外出することが多くなったわ。観光したり、買い物したり、市場に行ったり、食事したり。テニスも習っているいから忙しいの。それに韓国料理店が多いわ。特にサムゲタンの専門店があって、安くて美味しい。」
「ああ、あの店のサムゲタンは旨いな。」

「土日は、リゾートに行って1泊することもあるわ。そんなに豪華ではないけど、安いし、食事はブッフェだから、好きな物を食べられる。リゾートアイランドもいいけど、国内線の飛行機に乗って、着くと、バスと船。行くのに疲れてしまう。」

「エンジョイ生活ですね。」
「メイドがいるから、子供の心配はないし、来て良かったと思っている。八女さんの奥さんも、そう言っていたわ。」

食事が終わると、ドライバーが夫妻をホテルに送った。

「あなた、F国もいいわね。」
「だが、台風が良く来る。稀に停電もある。大統領が失脚する時の民衆蜂起もあった。いいことだけではないと思うが、物価は安い。」

「日本も最近は同じよ。台風、デモ、計画停電。」
「そうかもしれんな。」
「まあ、プロジェクトを熟しながら、考えよう。」
「そうね。時間はあるわ。」
「受注出来たら、3ヶ月後には、現地だな。」
「初めての仕事、わくわくと不安。」

提案書を提出すると、直ぐに、受注が内定した。
内定というのは、I国側との擦り合わせを行うことになったからだ。
F国のI国大使館で会議が行われた。

ナイロビからカールソンもやって来た。
「電波塔は難しいですか。」

「許可の事もありますが、この国では、衛星放送がメインです。妨害になる可能性があります。E国側も何らかの電波通信を使っているでしょうから、影響が出るかもしれません。ハレーションの問題もあります。
いずれにしろ、今の規制では高出力の電波中継器は規制にかかります。かりに可能となったとしても、中継器と電波塔が無事に到着するかどうか。海路では盗難が心配です。空路でも一時倉庫での盗難が頻発しています。K国の大使館でも、使っていません。」

「衛星通信に必要な機材はどうやって持ち込むのです。」
「手荷物です。超過料金になりますが、確実です。航空機から手荷物場までは、警備を頼みます。」

「そこまでしないと駄目ですか。」
「はい、そう思います。高性能パソコンやWifi機器も持ち込みます。ケーブルやパラボラアンテナは現地調達可能です。」

「家具などはどうです。」
「現地で作らせます。職業訓練所に頼めば、オーダーメイドで作ってくれると思います。前回の支援で機材は整いましたから。仕上がりは悪くないでしょう。ただ、いい材木がありませんので、探させます。」

「建築資材の方は提案頂いた代替資材でシールドは大丈夫でした。建築は大丈夫でしょうか。」
「建築士を2名と、ワーカー8名を連れてきます。ジョブトレーニングも行います。手抜きはないと約束します。建築士は完工までいます。」

「敷地ですが、カールソン君が閣下と相談して決まったようですが、ご存じですか。」
「はい、閑静な高級、と言ってもE国のですが、住宅地の一角になります。大きな通りに面しており、出入りも問題ありません。」

「何か不安が。」
「住宅地のセキュリティが厳しく、警備を雇っている家が多いのです。安全に対して敏感なエリアです。」

「領事館の職員の住居はどうでしょうか。」
「大統領の私邸を借りたらどうでしょう。私達も調査の時はそこに泊まります。私が、資材を集めて建てました。使用権は私にありますので、いつでも言って頂ければ。」
「家族も住めるのですか。」

「ちょっとお待ちください。カールソンさん、家族は。」
「いません。」
「家族がいたら、連れてきますか。」
「いいえ、本国に置きます。」


「家族の住める棟もあります。良ければ使って下さい。」
「セキュリティは。」
「24時間の警備で、周囲は高い塀があり、有刺鉄線に電気が流れています。閣下の私邸であることを知る人間はいません。」

「建築の見積は出ますか。」
「お渡しします。どうぞ。」

補佐官は、暫く、捲っていた。

「随分、安いですね。」
「現地の資材ですから。」

「いつからかかれますか。」
「建築図面はありますので、配置とかその当たりを決めないと。住居は作らなくてもいいですか。」

「そんな敷地があるのですか。」
「カールソンさん、説明をお願いします。」

「一般的な大使館の敷地とほぼ、同じです。」
「余裕があるのなら、I国人の一時避難施設としてあった方がいいな。」
「ヘリポートは必要ありませんよね。」

「何かの時にあった方がいい。」
「E国を刺激しますので、ミッキーマウスの絵でも書いておきます。」


「業者はどうする。」
「問題はそこですね。現地業者ですので、他国の会社は必要ありません。大手建築会社は殆ど国公営です。民間もありますが、使うと妨害されます。必要ですか。」

「国公営ということは何かを建物に組み込まれたらどうします。」
「そんな精細な機器はまだ、輸入されていません。無理でしょう。もし、閣下がそんなことをすれば、カールソンさんが殴ります。」

「カールソン、殴ったことがあるのか。」
「一度。酒の上ですが。」


「わかった。この話はやめよう。カールソンが殴るのを見たくない。わかった。それで、提案は。」

「そうですね。海兵隊員を5人位。」
「どうするのだ。」
「向こうの憲兵隊と腕相撲させます。」

「何の得があるのです。」
「憲兵隊の隊長、ナサフが大好きなのです。盛り上がれば、警備が厳重になります。でも、来なくても大丈夫です。カールソンが対抗します。」

「カールソン、大丈夫か。」
「まだ、ナフサとは5分です。次は負けません。」
「お主は、あっちで知り合いが多いのか。」

「大臣や長官達とは、指相撲ですが、将軍たちとは腕相撲で、だれも僕に適いません。今の所、無敗です。今度、大会があります。カールソン杯です。優勝者はバーボン一箱です。皆、張り切っています。各兵舎での選抜も始まっています。そうだ、首席補佐官、トロフィーを寄付しませんか。首席補佐官の名前入りで。喜ぶと思います。」


「カールソン、大臣や長官と指相撲で、将軍たちと腕相撲しているのか。」

「すみません。私から離れようとしないのです。やるまで、返してくれないのです。酒を飲むと、一晩中、腕相撲です。彼奴らはおかしいのです。」


「まあ、いい。何処まで親しい。」
「家にも連れて行かれます。娘を貰えとか、よく言われます。奥さんとダンスを踊らされたり、息子達と泳ぎに行ったり、大変です。祭りに行ったら、カールソン登場という横断幕が張ってあって、舞台で歌を歌わされました。それが、記録されて、CDが販売されました。余りに売れたので、売り上げの5%をくれるというので、孤児院に寄付するよう、頼みました。」

「カールソンの事を国民も良く知っているのだな。」
「はい、困ったことに、僕のブロマイドが売り出されて、子供から老人まで、家に張り付けています。一体、何がしたいのかわかりません。だから、表を歩いていると、若い女性がウィンクするので、ウィンクを返したら、抱き着かれました。逃げましたが。大変です。」

I国側の人間が皆、カールソンを見ている。

「カールソン、お前、まさか軍事基地にも入ったとか。」
「大会は軍事基地です。めったにないですが、雨が降ると、武器庫です。」
「入れてくれるのか。」

「そう言われても、フリーパスでどこでも通してくれますから、何処が秘密だか。」
「戦闘機は見てないよな。」
「乗せてくれました。いいと言ったんですが。遠慮するなと言われて。怖かったです。」
「拘束されないのか。」

「一度、されそうになりました。戦車に乗っていたら、敵地から銃弾が来て。無理やり下ろされ、街に戻されました。将軍が涙を零していました。」

「カールソン、戦地にも行ったのか。」
「何処が、戦地なのか。わかるはずがありません。何処も似たような景色です。」


「そうだな。カールソン、お前は文官だからな。しかし、次から、戦車や戦闘機を見たら、報告しろ。」

「報告してあります。戦車や戦闘機の型式、武器庫の在庫リスト等、兵士に手伝ってもらって、細かく書きました。腕相撲のことも報告しています。大使を通して、国務長官、大統領首席補佐官当てに。重要な情報だと思ったので。でも、何の反応もありませんでした。」

「私にもか。悪かった、カールソン。お前は優秀だ。私達が悪い。」

「すみません。そろそろ、結論を。」
「そうだった。何処まで行った。」
「何処を契約先にするのかと。」

「カールソン、意見はあるか。」
「加賀殿意外には、無理かと。」
「そうだろうな。」

「加賀殿、出来ますか。」
「出来ますが、予算は。」
「見積が出ているようだが。」

「機材費が入っておりません。」
「コンサルタント費にコンテンジェンシーを20%つけるから、その範囲でやってくれませんか。」

「25%では。それに建築では弊社の経費と利益は入っておりません。追加の宿泊施設とヘリポートは見積にありません。」

「再見積して頂いて、建築費の20%を上乗せして、コンテンジェンシーは無しで。」

「承知しました。首席補佐官殿はコンサル業務に詳しいですね。驚きました。」
「昔、同業だった。積算は得意だ。」
「そうでしたか。納得しました。」

会議が終わり、カールソンと話す。
「カールソンさん、いつ帰られます。」
「明日です。」

「今日、どうです。」
「それが、首席補佐官殿が、報告書の事を聞きたいと。」
「なるほど。では、現地で。」
「はい、カラと3人で。」


会社に帰ると、佐久間が待っていてくれた。

「加賀さんどうでした。」
「こちらの要求はほぼ、通った。建築もやる。領事館の他に、宿泊施設、ヘリポートも作ることになった。」

「そうすると、建築費が約50億いや60億。コンサル費が2億、建築の利益が5億。機材費とコンサル費の実費を差し引いても、6億ちょっとの利益ですか。分捕りましたね。建築図面はどうします。」

「建築の詳細設計はここでやる。I国側の基本図面があるので、下請けを数社使えば、それほどの作業にならない。敷地のボーリングはナサフに頼んだ。」
「では、問題はなさそうですね。

「そうは言ってもリスクは大きい。E国で初めての建設案件だから、何があるか予測できない。前回の調査で建設を担当したのは山際さんでしたか。どうですかね。」
「連絡とってみます。」

「機材は片桐さんにお願いしてください。それと、現場チームが必要です。現場監督、建設、塗装、内装などセットで8人ですか。これも片桐さんを通じて手配できるでしょう。コストを聞いてみて下さい。工期18ヵ月のうち、6ヵ月で大丈夫でしょうか。5千万は経費としてみています。」

「手配します。」
「佐久間さんお2人の入りは、始めが1ヶ月、納入が1ヶ月ですね。システム構築が国内6ヶ月でしたか。」
「そうです。」

「資材調達は最初から3ヶ月間でしたね。山際さんにお願いするとして、調達は2人でしたね。皆さんと話してみて貰えますか。後は、建築2名は自社から出します。」


佐久間は仲間を集めた。

「山際さんいいですか。」
「構わない。」
「もう1人か、誰が行く。」
「出発は直ぐだぞ。」

「俺が行こう。」
「神山か。皆いいか。」
「他は、F国とK国の案件にアサインしているからな。」


片桐がやって来た。

「あ、片桐さん。電話で話しました機材リストを持って来ました。」
「1千万か。輸送はどうする。」
「手荷物です。」
「それと現場チームはどうですか。」

「予算は。」
「5千万で済めば。」
「そんなに出せるのか。大丈夫だろう。宿舎は古賀ハウスが使えるんだろう。」
「大丈夫です。」

「だったら、十分だろう。6ヵ月だけだ。うちの取り分は。」
「機材費に乗っけて下さい。1千万以下でお願いします。」
「そんなに貰えるのか。俺も現地に行こうか。」

「加賀さんが、工事中は必要な物が出てきたら、頼むから、完工引き渡しの頃がいいと。」
「なるほど。そうだな。」


「皆、どうだ。」
「佐久間と山際、神山はE国で、残り2人はK国案件の受注待ちだ。」

「まだ、辞めていないのに随分、早いな。」
「確かに、予定が早すぎるな。加賀さんだからな。」

「他にもあったが、断るしかなかった。」
「お前達は、着々とコンサルタントに育って行くな。」

「片桐さんは」
「加賀さんから、もう少し、商社にいてくれと頼まれた。」
「そうか。悪いな。」

「いや、商社に誰か残った方がいいと俺も思っている。」
「何でも、頼めるからな。いると、安心できる。」


加賀はF国の会社の自室に戻っていた。
アルフォンソとカリナを呼んだ。

「I国のプロジェクトを受注しました。狛江君に任そうと思ったが、別件も現在、結果待ちで、もし、受注したら、彼女は動けない。ヘルプを頼めないだろうか。」
「もちろん、問題ありません。」

加賀はプロジェクトの契約書を見せた。
「建物が60億ですか。コンサル費というか、利益が7億超えますね。」
「予見できないリスクもあるから、確定できないが、出来る限りリスクを下げたい。君達にプロジェクト監理を頼めないだろうか。」

「加賀さんは」
「次のI国の案件が出る頃だ、特殊案件でない限り、僕が対応しないと、I国側の心証が悪くなる。」
「確かに。」

「どうだろう。もちろん、I国からの案件が出たら、戻って貰うことになるが。」
「監理は現地で。」

「いや、K国をベースに、必要に応じて現地に入る。」
「プロマネは。」
「本当は君に頼みたいが、I国の件があるから難しい。佐久間夫妻に頼もうと思っている。」
「涼子は頭の回転が速い。提案書も、あっという間に仕上げてしまったわ。」

コンテンジェンシー
起こりうる不測の事態を想定して立てる対処策や計画のこと。対処策の一つとして予算超過や期間の延長を認める場合もある。

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プロジェクト監理
ここではプロジェクトの監督。


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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