第27話 国交調印とナサフ
文字数 3,254文字
カラ大統領が、執務室にいると、側近が、賓客が到着したことを知らせて来た。
会議室に行くと、加賀とカールソン、他に3人がいた。会議室の外には代表団員も並んでいる。
「加賀、カールソン来たのか。そちらがI国の代表団か。」
「カラ閣下、閣下の希望は伝えて、了承されました。後は、サインだけです。」
「わかった。何処に、サインだ。」
「お送りした原案はお読み頂きましたか。」
「読んだ。それに外務省と法務省にも検討させた。問題ないとのことだ。それじゃ、I国側団員やうちの閣僚にも入って貰おう。」
カラ大統領とI国の国務長官がサインをし、握手を交わした。カールソンが写真を撮る。
団員や閣僚から拍手が起きた。
「皆、酒は持って来たか。」
「もちろんです。」
カールソンが答えた。
では、祝宴に移ろう。
ボールルームには、中央に大きなテーブルがあり、白いテーブルクロスの上に、幾つもの料理と花などが飾り付けてある。
代表団と各大臣も並んで、グラスを持っている。
シャンパンが開けられ、給仕係がグラスに注いで行く。
「乾杯だ。」
皆が飲み干した。
「今日は祝いだ。皆、飲んで食べて楽しんでくれ。」とカラが声を上げると、豪華な料理に皿を持った人の列ができ、ビール、ウィスキーそれにバーボンにも手が伸びて行く。
「カールソン、今日は何を飲む。」
「日本酒を。」
「大使は何だ。」
「スコッチです。」
「国務長官殿は。」
「日本酒を頂きます。」
「補佐官殿は。」
「日本酒を。」
「ベランダに座ろう。食い物は適当に取ってくれ。」
「閣下、頂きます。」
「長官殿も日本酒通か。」
「はい、良く飲みます。」
「気が合いそうだな。」
「補佐官殿も日本酒は好きか。」
「はい、時々頂きます。」
「カールソンは飲んでいるか。」
「飲んでいます。」
「加賀君は、バーボンか。」
「このバーボンは旨いです。寝酒に良く飲みます。」
「儂も後で飲もう。」
「長官殿、カールソンはどうするのですか。」
「どうすると言われますと。」
「ここに領事館を置くのだろう。カールソンの昇進はないのか。」
「大使からの推薦もあり、考慮中です。」
「そうか、カールソンが帰ると寂しくなるな。まあ、しょうがない。これ以上言うと、内政干渉になる。カールソン、I国に帰っても、儂の事を忘れるな。」
「忘れるはずがありません。」
「閣下、将来はわかりませんが、当分は移動させません。」
「良かったな。カールソン。」
「はい、カラ閣下。嬉しいです。」
「ところで長官殿、湾岸の方は落ち着きましたか。」
「軍はまだ残っていますが、大分落ち着いてきました。しかし、完全に決着するには暫くかかるでしょう。」
「我が国も国境紛争を抱えているので、他人ごとではないのだが、皆と相談して、早期に解決したいと願っている。」
「我が国との国交が正常化しますと、周辺国とのパワーバランスも変わります。もっと国交が深まれば、紛争解決の糸口も見えて来るでしょう。」
酒宴は明け方まで続いた。
「閣下、お世話になりました。」
「帰られるのか。確か、専用機でしたな。いい旅ができるといいですな。」
「恐れ入ります。」
「加賀、君は残るのだろう。」
「貨物の事が心配で、港に行きます。」
「警備隊の隊長と一緒に行くといい。言い聞かせてある。」
「感謝します。」
帰りの専用機の中で、国務長官がカールソンに聞いた。
「I国の領事でいいのか。」
「いいのですか。」
「本国に戻そうと思っていたが、数年我慢してくれ。まだ、I国とは協議が続く。」
「承知しました。」
「しかし、カラ殿はおおらかな人物だな。何故、独裁になったのだ。」
「軍部の意向のようです。加賀殿の勧めで、現在改革中のようです。隣国との戦争も収まっています。紛争地の占有を諦めるとのことです。」
「このまま、いい方向に向かってくれるといいな。」
「私も、同感です。」
「帰ったら、記者会見だな。」
加賀は港に向かっていた。一度、行ったことがある。
港と言っても、岸壁と税関の建物位しかない所だ。
内陸に倉庫らしい建物が幾つか建っていたのを覚えている。
運送業者は来ているだろうか。
到着すると、沖に船が停泊しているのが見える。
チャーター船だ。
「隊長、どうして着岸しないのですか。」
「セキュリティの為です。トラックが着くまで、沖に停泊させています。」
「車両は何処に。」
「道路に並ばせています。犯罪歴や逮捕歴のある者をチェックしています。終われば、船を着岸させ、トラックに直接、荷下ろしします。
全量、積み込んだら、キャラバンを組んで、我々の警護で首都に向かいます。」
「よろしく頼みます。通関は何処で。」
「首都の倉庫に入れてから、通関します。」
トラックが岸壁に並び始めて、船は着岸している。
船のクレーンでトラックに荷下ろしが始まった。
荷を積んだトラックは再び、道路に並ぶ。
その周囲に、警備隊が散っている。
積み込みは順調のようだが、時間がかかる。
50億の機材となると、荷物の数も多い。
延々とトラックの列が続いている。
日が暮れて来た。
全量、積み込みが終わったのは、深夜だった。
チャーター船の船上ライトが消えると、暗闇だった。
警護隊がサーチライトを設置した。発電機の音が煩い。
「加賀殿、明るくなってから動いた方がいいでしょう。」
「明け方まで、無事だといいが。」
「警備隊にライフルを持たせています。動きがあれば、発砲します。」
隊長がスープとパンを持って来てくれた。
「ありがとう。警護隊には。」
「交代で食事を取ります。」
「名前を教えて下さい。」
「ナサフです。」
「お若いようですが、お幾つですか。」
「25歳になります。」
「独身ですか。」
「私は孤児だったので、閣下の養母様の所で育ちました。成績がよかったので、軍幹部養成学校に出してもらい、昨年から警備隊長になりました。」
「そうでしたか、カラ閣下の叔母さんの所で。」
「ご存じですか。」
「友人がお伺いしました。」
「片桐さんですか。」
「何故。」
「母に聞きました。熱心に調べて回って、困ったことはないかと言ってくれたそうです。本当に心配してくれたと言っていました。」
「閣下の叔母さんですね。」
「はい。また来ると言ってくれたそうです。嬉しかったに違いありません。母は片桐さんが本当に大好きですから。」
「実は、孤児院への資材も運んで来ました。片桐さんとその友人が寄付してくれました。」
「えっ、本当ですか。皆に伝えなければ。」
「孤児の方が多いのですか。」
「そうではありませんが、母への尊敬は皆同じです。」
隊長は、小隊長達に何かを伝えている。小隊長は各隊員に伝えている。急に隊員の間に緊張が走った。
何かあったのか不安になった。
隊長が帰って来た。
「どうしました。何か、ありましたか。」
「いえ、隊員が真剣になったのです。命に代えても荷を守る覚悟です。」
次第に、空が白んできて、長い夜が過ぎ、遂に夜明けになった。
早朝5時過ぎにトラックキャラバンが出発した。
加賀は後を追う。交通渋滞もなく、昼前には首都に着いた。
荷物は兵舎の倉庫に収納されて行く。
「加賀殿、この後は兵士が守ります。大統領直属の憲兵隊です。
心配ありません。ここからの輸送は憲兵隊が行います。日本人が到着するまで、ご心配なく。」
「ナサフさん、お世話になりました。プロジェクトが終わったら、一緒に飲みましょう。」
「すみません。下戸です。」
「では、食事でも。」
「それでしたら。」
加賀はホテルに入り、ベッドに倒れ込んだ。
数日後、日本人一行が到着し、ホテルにチェックインした。
加賀が出迎えた。
「加賀さん、お着きでしたか。貨物は大丈夫でしょうか。」
「無事に運びました。」
「加賀さん、まさか、港から。」
「はい、何とかなりました。」
「皆、気にしていました。大変だったでしょう。ご苦労様でした。」
翌日から、兵舎の倉庫から、職業訓練所と大学に移送され、作業が始まった。大学でのセキュリティに不安があったので、警護隊が、警備についてくれた。
梱包から機材が取り出され、残った梱包材の木材や板を憲兵隊がトラックに積み込み、どこかに運んでゆく。