第10話 束の間の休息(K国の招待旅行)

文字数 3,349文字

加賀はS国とT国での本調査を終え、帰国したばかりだった。
社長から呼ばれた。
「そろそろE国に行ったらどうだ。」
「そうでした。空きが出来たら行くと言いましたね。では、来月にでも。」

「そうしてくれ。その後、休暇を取るといい。」
「いいのですか。」
「ああ、君はこのところハードワークだった。休まないと壊れてしまう。」


加賀は、K国経由、E国に入国した。
団員と一緒である。
大統領が待っていた。

「加賀君、待っていた。」
「時間が経ち、申し訳ありません。」
「君が多忙なのは聞いた。納得行くまで調査してくれ。実施は確約する。」
「ありがとうございます。力を込めて報告書にします。」

大統領の豹変ぶりに、何があったのだろうと、加賀は訝った。
後で、学校を回っている時に、やって来た孤児院の院長だと言う老婆に会った時、やっと理解出来た。

大統領の養母であり、叔母である老婆が、
「良く、来てくれた。前回は悪かったのう。カラの奴が馬鹿なものだから、迷惑をかけた。あれ以来、カラとは口を聞いていない。セマニョールの奴とは縁を切った。2度と、孤児院には足を踏み入らせない。彼奴に従う者など、もういなくなった。」


1ヶ月の調査が終わり、調査概要報告書を提出した。
正式な報告書は帰国後完成させる。

「加賀君、ご苦労だった。初めて概要書というものを読んでみたが、こんなに、細かい調査をしているとは思わなかった。勉強になった。」
「ありがとうございます。実施にも協力をお願いします。」
「無論だ。」

加賀はK国経由、日本に戻った。
最終報告書が完成し送付すると、休暇に入ることになった。
三刀矢氏に呼ばれた。

「加賀君、大変だったな。」
「ええ、疲れる相手でした。」

「休暇はどうする。」
「家で爆睡です。」
「奥さんと娘さんは何処か行きたいのではないか。」
「娘は保育園があります。」

「K国から、招待したい旨、連絡があった。どうする。」
「どうだと言われても。妻に聞いてみます。」
「君は仕事でしか海外に行かないから、興味ないだろうが、K国はいい所だぞ。食い物は旨いし、景色もいい所が沢山ある。しかも、チケットはファーストだし、向こう持ちだ。宿代も払ってくれる。」

妻に話すと、笑顔で答えてきた。
「行かない理由がないわ。」


機中で、妻は楽しんでいた。
ファーストクラスの座席は完全にフラットになり、食事は豪華で、飲み放題。キャビアを肴にワインを飲みながら、妻が言った。

「こんな経験は最初で、最後ね。楽しまないと、もったいないわ。」

娘も食事に満足し、K航空のファーストクラスでしかもらえないマスコット人形を抱きしめている。
いつものように、酒を飲んで眠るわけにもいかず、加賀は家族サービスに努める。

「サトシはいつも、ビジネスクラスでしょう。エコノミーとはどの位違うの。」
「座席が広くて、7割がた横になれる。食事もまあまあで、酒も飲める。航空会社や路線によって違いはあるようだが。」

「ファーストクラスはどう。」
「初めてだから、今、体験中だ。だが、食事が旨いな。座席もフラットになる。随分楽だ。」
「運賃だけで、200万を超えるのよ。信じられる。」
「海外に行くのは、香織は2度目だな。カワウィハネムーンで、エコノミーだった。でも、あれでも、楽しかった。」
「私は、初海外で、本当に楽しかった。」

「僕が海外駐在になったら、どうする。」
「何処。」
「F国だ。」

「首都なの。」
「そうだ。」
「広い家でメイドが雇えるなら、いいわ。それに運転手付きの車。」
「家とメイドは大丈夫だが、車は僕が使わない時だけ大丈夫だ。多分、事務所の行き来位しか使わない。仕事では、スタッフの車が使えるから大丈夫だろう。」

「メイドはどんな料理を作るのかしら。」
「日本食を作れるメイドもいる。」
「そうなの。でも一緒に住むのかしら。」
「メイド室はあるけど、通いでも大丈夫だそうだ。コンドミニアムだと、プールやテニスコートもある。部屋の広さは選べる。余り広いと冷房の効きが悪いそうだ。一軒家だと、セキュリティに問題があると聞いている。」

「コンドミニアムはいいわね。余り高い階は嫌だけど。」
「僕も、高い所は嫌だ。受けてもいいか。」
「あら、本当に駐在するの。由美はどうする。」
「由美も、4月から小学生だ。日本人学校がある。問題ない。」
「でも、私がF国に行くと、日本での給与がなくなるわね。節約生活だと楽しくないわ。」

「社長なるから昇給する。住宅は会社持ちだ。それに、この所、出張が多くて宿泊日当の残金がかなりある。3年分だからな。」
「どの位。」

「1千万以上は貯まっている。」
「そうね、年の半分以上は海外だったものね。」
「そういうことだ。それに副業の収入もあった。」

「何なの、副業って。」
「この前、E国に行ったのは、会社の仕事じゃない。K国政府からの直接の依頼だった。」

「会社は大丈夫なの。」
「業務命令にして貰って減額になった。その代わり、追加手当と特別手当を貰った。」

「他国の政府の仕事もすることがあるの。」
「コンサルタントは他の国の仕事もすることがある。」
「危ない仕事なの。」
「僕はそんな仕事はしない。アドバイザーだな。」
「かっこいいわね。」

「これからもやるの。」
「ああ、今回の招待も報酬の一部なのだろう。」
「サトシは真面目一方だと思ったけど、色んな事をするのね。」

「いや、いつも通りの仕事をしているだけだ。」
「他の人とどう違うの。」
「さあ、他の人の事はわからない。僕は僕だから。」


航空機が着陸すると、招待客用の到着待合室に招かれ、パスポートチェックも税関審査もコーヒーを飲みながら椅子で座っている間に終わった。

「ファーストクラスは違うわね。」
「いや、ファーストクラスでも、こんなことはない。K国の招待だからだろう。」

香織はさらに、聞いてきた。

「サトシ、何をしたの。」
「K国の依頼で仕事をしただけだ。」
「どうして、サトシに頼んでくるの。」

「色々、事情があって、担当することになった。」
「言えない事情がありそうね。」
「そんなことはないが、説明するのが難しい。」


待合室の正面に、車が迎えに来ていた。
通常の出入り口ではない。空港の中にある。
車に乗ると、地下道を通り、大通りに出た。
他に通る車両はない。MVP専用道路のようだ。

車は1時間程走り、海辺の高台にある白い建物に停まった。
高級リゾートホテルだった。
部屋は広い居間、ベッドルーム、バスなどがある。
ベランダは広く、天気がいいと、食事も出来るようになっている。

「豪華ね。いいのかしら、無料なのよね。」
「いいんじゃないか。招待だから。」

「由美、どう。」
「眺めがいいし。部屋も綺麗。泳ぎたい。」
「プールで泳ごう。」


部屋に夕食が運ばれてきた。
ベランダのテーブルに料理が運ばれてきて、給仕がついた。

「お飲み物は。」
「僕はとりあえずビール。」
「由美はオレンジジュースね。私はワイン。赤でお願い。」
「承知しました。」

食事を楽しみ、就寝前の風呂に入り、ベッドに潜り込むと、旅の疲れか、3人とも、深い眠りについた。

滞在中、ヨットクルーズ、ショッピング、観光名所巡りなど、飽きの来ないように計画された旅程を楽しんだ。

最終日の前日は、大統領の私邸に招かれ、歓待された。
特別な言葉はなかったが、楽しい食事や音楽を楽しんだ。
明日帰国となる。

ホテルで荷物を纏める。

「どうして、大統領に招待されたの。」
「さあ、僕も初めて会った。」
「そうなの。サトシは言葉が通じないフリをしていたわね。」
「面倒だったから。」

「大統領は通じていると確信していたわ。きっと知っているのよ。サトシがK国語を専攻していたことを。空港みたいに通訳がつかなかったもの。」
「考え過ぎだと思う。」


帰りの旅も快適だった。
妻は買い物を楽しんだようなので聞いてみた。

「随分、買い物をしたな。どのくらい使った。」
「使ってないわよ。運転手が支払い済みですと言うので、あなたが払ってくれたのかと思ったのだけど。」
「ショッピングも招待か。」
「宝石でも買っとけば良かった。」

「買ったと聞いたが、違ったのか。空港で、このバッグを渡されたぞ。注文の品だと。」
「あら、ブルガリにカルティエだわ。店には行ったけど、高くて手が出なかったの。素敵。サトシ、ありがとう。」
「う、うん。」
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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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