第39話 アリエンタの思い

文字数 3,375文字

3ヶ月経って、アリエンタは、ボーナスをもらった。
金額を見ると、70万となっていた。
狛江に聞いた。

「ボーナスをもらったんですが、70万ありました。いいのでしょうか。何かの間違いでは。」
「いいのよ。あなたの給与はまだ見習いだから、安いけど、来月からは本雇いだから、社内の給与規定になります。年に2回、給与の2ヶ月分がボーナスよ。」

「そんなに貰って、大丈夫でしょうか。」
「何を言っているの。私の給与は、あなたの倍以上よ。アリエンタも、直ぐに追いつくわ。コンサルタントに成れば、もっと貰えるわ。」
「あの、休暇は。」

「年間15日、2年以上務めると20日になります。でも、仕事の合間になるから、相談してね。」
「あの、一度、実家に帰りたいのですが。」
「大学は。」

「夏休みに入ったらと思っています。」
「まだ、半年あるわね。いいわ。スケジュールを調整して、何とかしましょう。ああ、それと、今週中に、新しい社長が来るの。佐久間涼子さんという日本人の女性です。見えたら紹介します。」


涼子がR国から、帰って来た。
「社長。」
「社長は止めて、涼子でいいわ。姓でもいいけど、主人がいるから紛らわしくなるから。」

「では、涼子さん、新人を紹介します。アリエンタです。」
「あら、可愛い娘さんね。よろしくね。」
「今、大学の1年生です。H国から来ました。よろしくお願いします。」


「提案書はどうでした。」
「素晴らしい提案書だったわ。ミニプロジェクトになったけど、受注したわ。ありがとう。」
「いえ、仕事ですから。それに、アリエンタが書きました。」

「本当なの、大学1年生があれほどの提案書を書けないと思うけど。」
「彼女は、H国で現地のコンサルタントをしていましたので、素人ではありません。」
「なるほど。それじゃ、ミニプロジェクトの現地調査を任したいけど、大学生では無理ね。残念だわ。じゃあ、狛江さんがやってくれるかしら。」


「現地3ヶ月ですよね。入札は現地ですから、調査だけすればいいですね。わかりました。」
「あなたがいないと不安なんだけど、他にいないし。」

「アリエンタが出来ますが、決済権がありませんので、涼子さんお願いします。」

「そうなの。わかったわ。でも来てまだ半年足らずでしょう。」
「アリエンタは特別です。私の業務は引き継げます。」
「そこまで、狛江さんが言うのだったら、信用するわ。」

「ところで、狛江さんは今、修士課程なのよね。」
「ええ、論文を出すだけなのですが、忙しくて。」
「T大の経済で首席だったあなたでも、時間がかかるわね。」
「会社の仕事で手一杯。毎日残業では無理でした。」
「そうだったわね。ごめんなさい。」
「涼子さんのお陰で時間が出来そうです。今月中には仕上げます。」

「アリエンタはどうかしら。」
「大学に4年かけるのはもったいない。特別試験でも受けて卒業資格を貰える方法はないのでしょうか。」
「一度、大学を尋ねて聞いてみるわ。」


涼子はアリエンタの通う大学の学長を訪ねた。
「佐久間涼子さんですか。あの加賀さんの会社の方ですね。パソコンの寄贈をして頂いて、助かっています。」

「ええ、私の上司になります。」
「今日はどのようなお話でしょうか。」

「この提案書を見て頂けませんか。」
「見てよろしいのでしょうか。」
「受注しましたので、構いません。」

学長は、暫く読んでいたが、

「素晴らしいです。うちの教授でも、これだけの分析は出来ないでしょう。」
「この提案書は、私どもの会社で働いているアリエンタと言う女性が書きました。現在、貴大学の夜学の1年生です。過去にコンサルタントの経験がありますが、中学校を出て専門学校卒でしたので、大学進学資格試験を受けてから貴大学に入学しました。コンサルタントですから学歴が重要です。これから4年間、大学に通わせるのは惜しい気がしてなりません。何か方法はないでしょうか。」


学長は暫く考えていたが、

「この提案書を預かってもよろしいでしょうか。一般科目は難しくはないですが、専門科目の知識がどれだけあるかが問題です。社会科学部の事業評価コースの教授の推薦があり、卒業資格審査会議を経れば、卒業資格が得られます。試験はありますが。
まず、教授にこの提案書を熟読して貰い、推薦があれば、特別試験を受けて頂き、合格すれば、審査会議にかけられます。暫く時間を頂けますか。」
「面倒をかけますが、よろしくお願いいたします。」

1週間経って、教授から推薦が得られたとの連絡があり、アリエンタは特別試験に臨んだ。

直ぐに、試験通過の連絡があり、卒業資格審査会議が行われ、全員一致で合格となった。
特別試験は満点だったからだ。

「涼子さん、実は、特別試験は満点ではありませんでした。満点を超えていました。」
「どういうことですか。」

「記述の部分で、教授の回答を上回ったのです。つまり、新しい評価の手法が書かれていたのです。彼女を修士課程に進学させて頂けませんか。」
「まだ、通うということですね。」

「修士課程の申し込みと手続きの為に来ていただきますが、後は、ネットでもやり取りをすることが出来ます。登校の必要はありません。それに新しい論文、提案書でも構いませんが、提出して頂き、審査会議で認められれば、修士の資格が与えられます。彼女なら、1年で修了するのではないかと考えます。その後、是非、博士課程に進んで頂きたいと思います。博士課程も登校の必要はありません。ご検討お願いします。」
「承知しました。本人と相談します。」
「いい返事をお待ちしています。」

会社に帰るとアリエンタを呼んだ。

「アリエンタさん、大学の卒業証書が出ました。どうぞ。」
「えっ、ど、どういうことですか。」

「大学が学士課程の修了をくれました。もう、通う必要はありません。」
「先日、受けた試験でしょうか。それほど、難しいものではありませんでしたが。」

「学長が修士課程への進学を打診してきました。」
「会社の仕事に集中したいのですが。」
「最初に、届け出すれば通う必要はないそうです。ネットで全て受講できるそうです。」

「夢のようです。修士へ進みます。」
「修士課程を終わったら、博士課程に進んで欲しいそうです。通う必要はないそうです。どうしますか。」
「そう出来れば嬉しいです。」

「それでは、空いた時間に、修士課程へ進学の手続きをして下さい。」
「涼子さん、ありがとうございます。」
アリエンタが泣いた。嬉しくて泣いた。
夢が実現した日だった。

その夜、3人で食事をした。
「大学に行かなくてもいいのなら、ミニプロジェクトはやれるわね。」
「そうね。アリエンタ、どう。」
「やらせてください。」

「それじゃ、アリエンタはコンサルタント部所属となりますから、給与は改定になります。そう言えば、狛江さんも昇給だそうよ。加賀さんから連絡があったわ。」
「本当ですか。よっしゃ。」

「で、アリエンタ、いつ行くの。」
「いつでもいんですか。」
「後ろが決まっているから、1ヶ月以内に行かないと駄目ね。」
「では、来週では。」

「いいわ。日にちを決めて、チケットを経理に頼みなさい。宿泊日当費も申請するのよ。スケジュール表を出せば、計算してくれるわ。あと、予備費も仮払いして貰いなさい。現地の交通費はかからないけど、資料を買ったり、会議をしたりした時に使うのよ。それで帰って伝票で精算になります。」
「わかりました。」

「コンサルタントをしていたから、わかるわね。」
「いえ、テンポラリーでしたので、ランプサムでフィックスでした。」
「あら、厳しい契約だったのね。良く、続けられたわね。」

「他に選択がありませんでしたので。ここに来られて、本当に良かったです。ボーナスを50万、実家に送れました。年末で弟たちが初めてクリスマスプレゼントを貰えたそうです。喜んでくれました。アルフォンソさんと、カリナさんには本当に感謝しています。救世主です。大学を卒業したことを伝えたら、母さんが泣いていました。」

「成績のいい兄弟がいたら、大学に入れるといいわ。ここの大学でもいいんじゃない。」
「考えてもいませんでした。」


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ランプサム
Lump sum、全ての経費を含めた一括払い。

フィックス
Fix、経費の増加や任期の延長があっても、補填されない仕組みの契約


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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