第1話 突然の交代

文字数 3,920文字

突然、蒼コンサルティングの経営者の交代の告知が社内の掲示板に張り出された。

経営者交代の告知と同時に、社長、三刀矢、専務の四矢、常務の三ツ矢の3人が着任した。
援助のコンサルタント業務を受注している蒼コンサルティングの社長、専務の姿は消えた。

蒼コンサルティングの中堅社員で、機材設計を担当している加賀は納得できなかった。
こんな小企業に、3人もの役員がどうして来るのか。
加賀だけでなく、社員の誰も理解できないでいる。
社内に動揺が広がるのは当然のことである。


社員の誰もが、同業他社へ移る打診をするか、独立のチャンスと捉えるか、考えを巡らせていた。
それも、得体の知れない何かに巻き込まれる前に、なるべく早く。

加賀も、妻と娘との今の生活を守るためにはやむを得ない事と考えている。
実際に、今は出張している先輩である八女と密かに連絡を取り合い、相談を始めていた。


常務となった三ツ矢に呼ばれた。

「城下(しろした)エンジニアリングが下請けで受注したC国の病院建設の案件を知っているかね。」
「はい、うちも下請けでコンサル入札に参加しましたが取れませんでした。」

「では、この案件は。」
「C国で、同じ病院機材ですね。わかりません。おや、これは円借款・・・」

三ツ矢は言葉を遮(さえぎ)るように、
「何かの間違いだ。忘れてくれ。」

加賀は今回の経営陣交代の理由を聞こうとも考えたが、三ツ矢は質問の暇を与えず、そのまま立ち去った。

苗字の最後に矢のつく3人の幹部は余り、この業界の事を知らないのではないか。何も秘密にする必要はない。機構の図書館に行けば誰にでも手に入る資料である。

それに、どのコンサルタント会社もコンサルタント経験のある者が経営者になっており、畑違いから来ることはまずない。そんな余裕のあるコンサルタント会社など、聞いたことがない。


昼の休憩で同僚の角田と食事に出た。
四谷麹町にある会社の近くの蕎麦屋に入った。
昼になると、どの飲食店も会社員で混雑する。
蕎麦屋なら、回転がいいので、並ばなくて済む。

「経営陣の交代は急すぎるな。何か知っているか。」
「何の情報も無い。俺達には何も知らされない。理不尽だな。他所から経営者が来るなんて、大手企業だけだろう。」
「今朝、専務の四矢氏から、城下エンジニアリングの事を聞かれた。」
「俺も常務の三ツ矢から城下が受注した案件の事を聞かれた。何て答えた。」

「城下と仕事をしたことがあるのは君だけなので、そう答えた。」
「何か調べているのかな。」
「調査の為に来たとしても、うちは小規模だ。調べても何も出るとは思えないが。」

「俺たちの業界でいつも、世間を騒がすのは、贈収賄だが、うちみたいに、機材設計だけの会社ではありえないことだ。建設や総合コンサルタントなら、そういう噂を聞いたことがある。城下もうちと同じ機材設計の専門コンサルタントだ。とても、考えられない。」

「商社が少額だが、賄賂を出した案件があったな。」
「あれは、賄賂じゃないし、相手が欲しがっていた機材を1個、追加してやったら、賄賂じゃないかと、噂になっただけだ。」
「賄賂に関連する話が出たら、用心しよう。経営側の意図がわからない。政府関係ではないかという噂もある。」

「社内でも動揺が激しい。他社へ移ることを考えている者もいる。」
「その事は誰もが考えている。君もそうだろう。」
「いっそ、皆で新しい会社を立ち上げたらどうだろう。」

「何人かが賛成すれば可能だろうが、当分は下請けの仕事だけになるし、収入が不安定になる。簡単ではない気がする。」
「そうだな。今更、収入が落ちるような冒険は出来ないな。生活を考えると。もう少し時間があったら、皆と相談して準備することが出来たのだが。余りに突然すぎる。」

「前の経営者2人は業界の人間で俺達と同じ目線で仕事を任せてくれたし、トラブルへの対処も的確だった。何の不安もなかったのだが。」
「こうなってしまうと、他社へ転職の打診をする者も出て来るな。機材設計の人間はどのコンサルタント会社でも欲しがるだろう。でも、仕事の裁量が減るだろうし、やりにくくなるのは間違いないと思うが。」
「機材設計のないプロジェクトはない。*箱だけではプロジェクトは動かない。声をかければ、どのコンサルタント会社も快く受け入れるだろう。」
「暫くは情報交換しよう。」
「わかった。」

*




食事を済ませて、会社に帰ると、加賀は社長の三刀矢に呼ばれた。


「君は城下と仕事をしたことがあるそうだね。」
「はい、現在出張中の今田と参加したことがあります。」
「主契約者は城下だったのかね。」
「はい、うちは従契約者でした。」

「機材案件なのにジョイントは珍しいね。」
「サイトの数が多く、地域を分担して調査と監理をしましたので。」
「なるほど。」

「城下の仕事ぶりはどうだった。」
「現地で、最初の3日間と最後の3日間だけ一緒で、後は分かれて作業しましたので、良くはわかりません。報告書はちゃんとしていたと思います。」

「では施工監理も別々だったのか。」
「行きも帰りも別々でした。」
「わかった。ありがとう。また、教えてくれ。」

「何か城下に。」
「いや、競合相手の事は調べておこうと思っただけだ。」

「社長、今回の経営陣の移動についてもう少し説明をして頂けないでしょうか。」
「不満は理解している。だが、前任者の経営方針を変えるつもりはないし、待遇も維持する。何も心配することはない。」
「それでも。」
「時が来たら説明したいと思っている。」
これ以上追及しても、情報は得られないと感じて席に戻った。


その夜、帰宅し、妻と娘と一緒に食事をしていると、スマホが鳴った。
加賀は、居間を出てからスマホを受信にした。

「A商社の片桐です。ご無沙汰しています。」
「片桐さん、珍しいですね。どうされました。」
「会社、大変でしょう。素人が3人も来て。」
「ご存じでしたか。」

「B建設の余福さんから、連絡ありました。『業界の人間ではなく、政府関係機関から来たらしい。何か知らないか』と聞いてきました。」
「政府関係ですか。何故、うちみたいな弱小コンサルタント会社に。」

「だからこそ、調べやすいと考えたのでは。大手の疑惑を追っているようです。」
「賄賂ですか。うちでは調べられないでしょう。」
「そのうち、大手から声がかかるでしょう。」

「経営者達はコンサルタントの経験がない。過去のプロジェクト経験を重視する機構の案件に参加するのは無理では。」
「方法は考えるでしょう。機構側も協力しているでしょうから。」

「機構が協力ですか。何かに巻き込まれそうで、不安になりますね。」
「私からの連絡はなかったことに。」
「承知しました。」


数日後、いつものように会社に出勤すると、新宿にある大手のEコンサルティング社の遠藤氏から電話があった。

「加賀さん、ご無沙汰です。Eコンサルティングの遠藤です。C国の職業訓練センター建設計画基本設計の案件公示が機構からありました。関心表明出してあります。下請けをお願いできますか。」
「何名ですか。」
「機材担当と設備担当、1人ずつです。」
「検討して折り返しします。」

「よろしく。あっ、それに機材設備担当に文書連絡係1名が必須となっています。それも併せて。それと、提案書の方もお手伝い願えますか」
「承知しました。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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