第3話 C国での調査

文字数 5,162文字

C国の空港に着いたのは20時過ぎ、入国審査と税関検査を終えた時、21時を過ぎていた。
そこに、別便で先に入国していた機構側の担当職員が待っていてくれた。

「機構現地事務所との打ち合わせは明日に変更しました。今日はホテルに直行します。明日の打ち合わせは9時からです。教育訓練省への訪問予約は2時間遅れになりました。連絡済みです。」
「お手数、かけました。」
「仕事の内です。気にしないでください。」
今度の担当職員とは仲良くなれそうだ。
予約のマイクロバスが到着して、手荷物を運びこみ、ホテルに向かう。

「加賀君、ホテルはどうなった。」
「街中のいいホテルが取れたそうです。安心しました。」

その日は、全員、チェックインして、部屋に入った。
2ヶ月間の滞在となるので、ホテルは大事である。
2ヶ月と言うと、滞在というより暮らすという感覚になる。

朝食は各自、朝出掛ける前に済ませておく。


シャツや背広はホテルのラウンドリーに頼むが、下着、靴下、ハンカチは洗面所で洗う。風呂の前に毎日洗うか、1週間分纏めて洗うか。荷物を少なくするためには、毎日洗うのが正解かもしれない。
洗濯洗剤と物干しロープはスーツケースに常備する。

昼食や夕食は、近くの食堂やレストランに行く。
屋台や路上食堂は避ける。
体調を崩せば、調査予定が狂うことになり、責任問題になることもある。

長期になると、台所や風呂の付いたアパートやコンドミニアムを借りることもある。


打ち合わせや省への表敬訪問が終わると、現場の調査に入った。
10日経ち、機構側の職員が帰国した。
調査の終わりに予定されている現地調査説明時には再び戻って来るとのことで、長旅、ご苦労様。

その日も、調査が終わり、ホテルに戻ると、知った顔があった。
B建設の余福氏だ。
挨拶に来たようだ。

「遠藤さん、加賀さん、お久しぶりです。」
「借款プロジェクトの完工式ですか。」
「ええ、完工引き渡し式に来ました。施工監理ではお世話になりました。」

「うちの担当の岩井は現場ですか。」
「最後の検査をされています。」
「落ち着いたら岩井のアパートに行ってみます。会ったら、伝えておいてください。」

「承知しました。ところで、地質調査はどうですか。」
「近辺でのボーリングの実績がないので、業者に委託となる予定です。」
「業者は既に。」
「借款と同じ、ABCボーリングで。」
「無償ですと、1本だけですか。」

「ええ、規模が違いますので。」
「最低2本ないと、心配ですね。」

「1本掘って、問題あればもう1本となります。」
「ABCには貸しがありますので、何かあれば連絡を。」
「そうならないよう祈ります。」

常務の目が光ったように思えた。
「三ツ矢さん。B建設の余福氏です。H国の円借款案件で、彼の会社が入札に勝った時、挨拶されました。」

「設計施工はEコンサルティングか。」
「はい、遠藤氏がプロジェクトマネジャーでした。」
「下請けか。」

「はい、僕1人でしたが。」
「その後は会っていないのか。」

「機材担当のアサインは建築と違い短いですし、完工式に参加することもありません。機材引き渡しが終われば、帰国します。城下が、この借款のプロジェクトでEコンサルティングの下請けをしていたようです。八女がホテルで社員を見かけたと言っていました。」
「無償とか借款とか良くわからん。建設コンサルタントと一緒に仕事をして、何か金に纏わる話はないのか。」

「下請けの機材コンサルタントには知りようがありません。納入業者が使った工具を寄付する程度の事はありますが。」
「賄賂ではないのか。」

「機材や設備設置に使用する工具は機材本体と一緒に運ばれますが、帰りは、手荷物で持ち帰ります。エクセスが1㎏で1万円ならば、まだ、安い方です。下請けですと、自腹になる場合が多いのです。それを寄付して、賄賂と言われたら、担当は辛いでしょう。」
「確かに。私が担当だったら泣きたくなるな。大変なのだな。この業界も。」

「常務は毎日、何処で仕事されているのですか。」
「機構の事務所か大使館だ。」
「文書連絡係の仕事はどんな仕事なのですか。」

「このプロジェクトにかこつけて、機構と大使館の仕事をすることになった。これまでに実施された日本の援助案件の整理とか評価をすることだ。現地に行くこともある。」
「やはり、プロジェクトとは全く関係ないのですね。」

「そういうことになる。だが、過去の案件で疑惑を持たれている閣僚もいて、身辺調査も依頼している。」
「1人では、大変そうですね。それに、相手国政府の助けは得られないでしょうから。」
「そうでもない。どこの国にも汚職を嫌う正義感のある幹部はいるものだよ。それに、賄賂でプロジェクトを勝ち取った会社は、同業者達から恨みを買っている。」

「八女さんが朝食付きの清潔なゲストハウスを探してきました。移ろうと思うのですが、三ツ矢さんはどうされますか。」
「Eコンサルティングのメンバーも一緒か。」
「遠藤さんだけ残ります。機構との連絡がありますので。」
「じゃ、私も残ろう。宿泊費の節約かね。」

「それもありますが、このホテルは街の郊外にあって食事や買い物をするには不便です。特に食事は飽きます。街の中には、和、中華、タイ、アラブ料理のレストランがあり、値段もお得です。」
「なるほど、そういうことであれば、私も移ろう。食の魅力には勝てん。」



調査も順調に進み、ある朝、近藤が円借の病院の完工引き渡し式に顔を出すことになり、マイクロバスで寄り道をすることになった。
式典は、大臣を始めとするC国側の列席者を迎えて、始まった。

完工引き渡しは建物が完成し、施設も機材も設置され、維持管理のためのスタッフの訓練も終わり、全てを相手国側に引き渡す時に行われるセレモニーである。日本側は大使、相手国側は首脳や大臣が出席することが一般的である。

コンサルタントは専務、建設会社は余福が挨拶し、大臣がスピーチをする。在C国日本国大使もスピーチをする。
大使の後方に常務の顔もあった。


八女と話をする。

「加賀、常務がいるな。」
「ええ、大使館の仕事も手伝わされているそうです。」
「そうか。大使はT大卒だから、年齢からすると同期かもしれんな。」
「そうかもしれません。」
「完工式にきているのだから、何かあるのか。」


業務主任の遠藤が聞いてきた。

「加賀さん、政府関係の人間ではないかと聞いたが、何か知っていませんか。」
「いえ、全く。その日まで、経営陣が変更になったのさえ知りませんでした。」
「余福さんが、心配していた。何かの調査ではないかと。」
「だとしたら、私も心配です。巻き込まれそうで。」

「我々コンサルタントには知りようがないことだ。だいたい、無償で金など動くはずがない。いや、これは有償だったな。B建設会社が何かしているのか。有償の場合は施主がC国となるから、無理難題を押し付けているのかもしれん。それにしても、コンサルタントを調査しても何も出ないと思うが。」
「何もなければいいのですが。」
「そうだな。」

完工引き渡し式が続いていたが、団員は本来の現場に向かった。


調査は順調に進み、カウンターパートとの最終協議で、案件内容の規模もほぼ固まり、協議に参加するために、戻って来た機構職員も一息ついたようだった。
大使館と機構側現地事務所への報告と挨拶を済ませ、そのまま空港に向かい、飛行機に乗る。

隣り合った座席になった常務と話す。

「常務、終わりましたね。どうですか。初めての調査は。」
「面白かった。色んな事がわかったし、信頼できる相手国政府の幹部にも会えた。」

「帰国すると、報告書の作成で忙しくなりますね。」
「私の報告書は提出済みで、了承された。」
「いいですね。帰っても何もないなんて。」
「最初から、国内作業はないのだから、報告書は期待されていない。」
「なるほど。」

「何か面白い情報はなかったか。」
「特に、ありませんでしたが、遠藤さんが、三ツ矢さんは政府関係の人間ではないかと聞いてきました。」
「何と答えた。」
「知りようがないと答えました。」

「余福氏には会ったか。」
「ホテルで会ってから、完工式で見ました。」
「そう言えば、来ていたな。」

「近藤さんがあの案件のプロマネでしたから、挨拶に少しだけ寄りました。」
「あの大臣が罷免された。ABCボーリングから賄賂を受けていたとのことだ。」
「ABCですか。するとB建設が疑われますね。」


「いや、別件だそうだ。D建設工業の案件の賄賂ではないかとC国側はみている。」
「地質調査の代金に、賄賂分が入っていたということですか。」
「恐らく、そうだろう。B建設はどうするだろう。ABCへの支払いは終わっているだろうから、回収出来ないことになる。だが、ABCへの調査が入ると、バレるのではないか。」

「海外での賄賂でも、日本で罪になるのですか。」
「民間でも問題になるのに、ODAとなれば、大事(おおごと)になる。」
「聞いたことがあります。」
「ODA事業の入札に暫く、参加できなくなる。しかも事実が広がれば、国や地方公共団体でも、入札に入れなくなる可能性がある。国内でも仕事をしている大手会社にとっては大きな痛手だ。」
「詳しいですね。」

「前の会社でも、入札での談合がわかるとペナルティを課せられることがあった。同じだ。しかし、現金が動くのは談合より悪い。コンサルタントの見積もりが甘いと言われる所以だ。」

「建設会社は、その国で別件の施工をしていると、次の案件をかなり安くしても利益が出ます。2社以上の現地法人が現地に存在しない場合、現地法人がない前提の見積もりをすることが決まりです。そうすると、現地法人があり、別件を施工中であれば、同じゼネコンが続けて受注することは珍しくありません。コスト的には有利になりますから。コンサルタントにはどうしようもありません。」

「コンサルタントが業者と談合することはないのか。」
「建設の場合はわかりません。機材単独の場合は商社入札になりますが、数も多く、密告の恐れがあります。難しいでしょう。」
「なるほど。」

「商社が、調査を依頼してくることもあります。もちろん、違う部署です。例えば、現地に工場を作ろうとする時などです。現地調査して、地価、建設費、人件費など全般に渡る調査をします。場合によっては候補地の斡旋というか紹介もします。せいぜい数百万の金額ですが、中小コンサルタントにとっては小さくありません。うちの会社でも、年に1千万程度の売り上げがあります。賄賂ではないかと疑われても反証のしようがありません。」

「なるほど。コンサルタントも気を使うのだな。」
「常務は経営者側ですから、感想を述べられても、困ります。経営の判断で全て決まりますから。」

「気をつけよう。君は良く勉強しているな。」
「コンサルタントなら、誰でも知っていることです。」
「プロジェクトはこれからどうなる。」

「基本設計の報告書を和文、英文で作ります。その後、ラフな見積をして、予算の大枠、つまり上限を決めます。機構と現地側の承認を得てから、実施の受注になります。その後、詳細設計に入ります。入札書類を作成し、現地側の承認を得ます。入札を公示し、業者が決まると、施工監理になります。」
「時間がかかるな。」
「今回は建設で、金額も大きいですから、2期分けとなり、2年以上かかりますが、機材担当は建物の工事中は、殆ど仕事はありません。私は、別な案件を探します。」

「同時並行となるのか。」
「絶えず、新しい案件を受注しないと、アサインの空きが多くなり、利益が出ません。コンサルタントはアサインされないと稼げません。」
「大変なのだな。この業界は。」
「常務、経営側ですから、よろしく。」

「街のレストランの料理はなかなかだったな。毎晩、楽しみだった。」
「仕事終わりのビールと旨い料理は、モチベーションを保つには必要です。」
「コンサルタントの仕事も悪くはないな。ゲストハウスも快適だった。」

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完工引き渡し
建築や施設・機材の納入が終わり、施主である相手国側に引き渡すこと。

ボーリング
掘削機械や器具を用いた地質調査のこと

借款プロジェクト
政府や公的機関による国際的な長期資金の貸借によって実施されるプロジェクト

国内作業
ここでは、現地調査の結果を、帰国後、国内で纏めて報告書にする作業。

エクセス
空港でのチックイン時の手荷物預けで、重量オーバーに科される超過料金

無償(無償資金協力)
無償の資金供与による協力

有償(有償資金協力)
円借款とも呼ばれる。開発の為に貸し出される資金による協力

ゼネコン(ゼネラル・コントラクター)
総合建設業者

ペナルティ
法律や規則などに違反して、罰金や制裁を課せられること


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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