第35話 カールソン登場

文字数 2,919文字

パタパタと足音がする。誰かがやって来た。
バーボンの瓶を握ったカールソンが、現れた。

「皆さん、暗い顔をしてどうしました。飲みましょう。」
「それどころじゃないんだ。資材がない。」
「資材ですか。騎兵隊の倉庫に入れておきました。盗難が怖いですから。」


暫く、4人はカールソンの顔を凝視していた。

「今、何と言われました。」
「ですから、倉庫に。」
「ですから、何を。」

「領事館建設に必要な資材は全部調達して、倉庫にあります。」
「どうして。」

「うちの国の仕様ですから、質も量も全部わかっています。住宅とヘリポートの分の算出は苦労しましたが、何とかなりました。」

「何故、カールソンさんが。」
「だって、私が最初の領事ですから、万全を期さないと。」

「資金は。」
「立て替えておきました。大使が煩いので、大統領首席補佐官に頼んで用意して貰いました。後で、領収書をお渡ししますので、東京の大使館の口座に振り込みいただけませんか。返して頂かないと、首席補佐官から叱責されます。」

「俺たちの仕事がなくなったじゃないか。」
「いや、違う。終わったんだ。」

「そうとも言うな。」
「明日にでも、倉庫で確認しましょう。」
「ああ、それがいい。」

「では、仕事も終わったようですから、飲みましょう。」
グラスを5つ用意して、カールソンが注いで、配った。

「それでは、乾杯しましょう。」
「お、おう、乾杯しよう。」

「カールソンさん、大丈夫ですか。価格が違っていますよ。」
「そうですか。値切り倒したのですが、高かったですか。」

「調査価格の半分以下ですよ。」
「何だか。カールソン値引きとか言っていましたが、すみません。
やり直しますか。価格交渉。」

「いえ、大丈夫です。カールソン値引きとは何ですか。」
「私が買うと、仕入れ価格で売るそうです。E国限定ですが。」
「どうしてですか。」

「その代わり、持って来たブロマイドにサインしなければなりません。今回、100枚はサインしました。彼奴らはおかしいのです。私のサインなんか、どうするんですかね。」

「そう言えば、雑貨屋のウィンドウに、外人のブロマイドがあったぞ。サイン入りと書いて。結構な値段していたな。」
「私も見たわ。ジュースを買いに行ったら、店員に勧められたわ。カールソンさんは、E国では有名人なのですか。」

「良くわかりませんが、何処にいっても、『カールソン』と言われます。一番困るのは抱きついて来るのです。この前は、自分の息子にカールソンと名前を付けた母親がいて、抱っこさせられました。ここの国の人は変な人が多いのかもしれません。」

「人気なんじゃないですか。」

「この前、地元で人気のある美人歌手のコンサートがあるというので、将軍に連れていかれました。すると、皆が僕の方を見て、騒ぎ出し、舞台にあげられ、歌を歌わされました。僕が歌い終わって帰ろうとしたら、皆、僕の後をついて来て、コンサートは中止になりました。ふざけていますよね。その美人歌手も走って来て、サインくれと言ったので、書いてあげたら、無理やり唇を奪われました。」

「それを、人気というんじゃないでしょうか。」


「でも、私の身になって下さい。まだ、独身なのに唇まで奪われて。」
「美人だからいいんじゃないですか。」
「あれ、あの女性だ。あのポスター。」

食堂にコンサートのポスターが貼ってある。

「ミスアフリカと書いてありますよ。南ア代表。」
「金髪美人で、身長180㎝、バスト90、ウエスト60、ヒップ85、歌手デビューと書いてあるぞ。白人だな。間違いないのか、カールソン。」

「ツアー中とか聞いた。間違いない。えくぼにほくろがある。」
「本当だ。」

「良かったじゃないか。カールソン。」
「この幸せ者め。」
「私の身になって考えて下さい。大変なんですから。」

「まあ、とりあえず。明日、確認しましょう。」
「確認して、間違いなかったらどうする。」
「整地してから、工期を早める相談をしましょう。」

「すみません。整地もしちゃいました。敷地にいたら、トラクターを動かしていた親父が、『整地してやろうか』と言って来たので、頼みました。1週間かかりましたが、金は要らんと言って帰りましたので、馬鹿だなと思いましたが。」

「それで、ブロマイドにサインしたの。」
「はい、でも、1枚だけです。1枚しか手持ちがなかったのを悔しがっていましたが。」


翌日、兵舎の倉庫を開けて貰い、全袋チェックし品質も確認した。
量も十分だった。

敷地に行くと、綺麗に整地され、大きな石は隅に積み上げられていた。
周囲は木の塀がめぐらされ、『立ち入り禁止カールソンの土地』と書かれた立て札が立っていた。塀を張り巡るだけでも、相当な金がかかったはずだ。

「カールソン、この塀や立て札は自分で立てたの。」
「知りません。この前来た時はありませんでした。」

近くの空き地で遊んでいた子供達がいたので聞いてみた。

「この塀や立て札は誰が立てたか知っているかしら。」
「近所の人達。」
「どうして。」

「カールソンの土地だから。」
「ありがとう。教えてくれて。」

「治安は問題なさそうね。」
「そういう問題じゃない気がするが、まあ、いいか。」


加賀ハウスに戻り、工期の見直しをK国のアルフォンソを通じて、加賀に連絡してもらった。


10日後に、建築2名、親方と職工8人が到着した。
カラから紹介された現地の国営建設会社と打ち合わせを開始した。

見積を確認すると、カールソンの家だから、30%引きになると言って来た。

現場でロープを張って、建物の配置を決め、ショベルやローダー等の建設機械も入り、コンクリートミキサーもやって来た。

親方に聞くと、
「これじゃ、日本とやるのと変わらんな。もう少し苦労すると思ったが、建設会社の作業員のレベルも日本と変わらん。工期は短縮になる気がする。トレーニングは配管や内装程度だろう。だが、工期の終盤には俺たちはいない。一度帰って、また来るか。」
「お願いします。」

12ヶ月程経つと、周囲に壁が張り巡らされた敷地の中の建物は完成したように見える。日本から親方達も来て、作業している。

これから、建物の外装、内装、扉や家具の据付が始まる。
地下施設は吸排気設備の工事が終わろうとしている。
大使館と言ってもおかしくない程の施設規模だ。
それでも、まだ、敷地が余っている。

「電波塔やケーブル配管もやれるそうだから、中継器を設置すればすぐに動かせるよう設備だけは整えておくことにした。パラボラも専用の高品質の物を用意してくれたから、機材の設置というか、繋ぐだけで動かせる。」

「非常用電源はいいのあったかしら。」

「ああ、停電でも通常業務に支障がないディーゼル発電機を持って来てくれ、燃料タンクも業務用の物を手配してくれた。」

「何処から、持って来たの。」

「ナイロビから輸入したそうだ。ファーストカンパニーが完全国営化されて、輸送もスムーズになり、盗難や抜き取りも殆どなくなったそうだ。どうやら、ファーストカンパニーが盗難していたようだ。」

「じゃあ、機材も。」

「いや、念のため、手荷物での持ち込みにしよう。」
「カールソンに、その情報を伝えたら、稼働させるかどうかは別として中継器を輸送する手配をしたようだ。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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