第15話 カリナ

文字数 2,399文字

時間が出来たので、アルフォンソの自宅に電話を入れると、その日のうちにカリナが会社にやって来た。

「社長さんですね。アルフォンソを雇って頂き、感謝しています。」
「彼の実力です。お礼など必要ありません。何か困った事はありませんか。対処できると思います。」

「息子がF国立大学を受験するのですが、学費や入学にお金がかかるので、どうしようかと。」
「アルフォンソ君から、お金を預かって来ました。彼の宿泊日当が余りかからないとのことで、託されました。100万だそうです。お渡しします。」

「それだけあれば、何とか。でも、主人が節約生活になるのが気になりますが。」

「団員は全員、共同住宅を借り切って住んでいますので、宿泊費はたいしたことはありません。食事も、食堂がありますので、安く済みます。ご心配はありません。足りない場合は、連絡してください。会社で貸し付け出来ると思います。」

「何から何まで、ありがとうございます。」
「奥さん、お礼は必要ありません。寂しいでしょうが、暫く我慢お願いします。」
「ご心配かけます。」

「奥さんもF国立大の経済学部でしたね。専攻は。」
「主人と似た学科ですが、金融経済です。」

「それでは、経理全般に明るいのですね。」
「税理士の資格もあります。」

「何故、家庭に。」
「主人の事を思うと、働かない方がいいと思ったのです。」
「何となくわかります。でも、今はいいのでは。」

「そう考えて、仕事を探そうかと考えていた所です。」
「奥さん、うちの経理をお願いできませんか。働く時間は希望に沿えると思います。」


「本当ですか。是非、お願いします。主人と同じ会社で働ければ、嬉しいです。」
「出張は無理ですよね。」
「大丈夫です。母がいますし、子供達も大きくなりましたので。」

「アルフォンソ君のいるP国のプロジェクトの経理もお願いしたいのです。金額はそうでもないのですが、数が多くて大変なのです。引き受けて頂ければ、団員の負担も減ります。」

「主人にも会えるのですか。」
「もちろんです。」
「やらせて下さい。」

「いずれ、プロジェクトにも正式に参加してもらうかもしれません。なるべく、F国内のプロジェクトを選びますが。」


「海外でも大丈夫です。」
「でも、ご主人との時間が減りますが。」
「当分は、共働きしたいと思います。金銭的に苦しかった頃を考えると、何でもありません。」

「わかりました。手続きしましょう。入社は都合のいい日からで大丈夫です。」
「明日からでも、大丈夫です。」
「お任せしますが、無理は禁物ですよ。」
「わかっています。」


1ヶ月経った頃、アルフォンソは会社から、経理支援で女性を送ることの連絡を受けた。
明日着くので、出迎えをするようにとのことだった。

翌日、アルフォンソは、便名と到着時刻を再確認して、『蒼インターナショナル』と書いたボードを運転手に持たせて、一緒に待った。

ボードを見た女性が近寄って来た。
よく見ると、妻に似ている。いや妻だ。

「どうしたんだ。カリナ。」
驚いた夫の顔を見て、
「仕事よ。加賀さんから経理の仕事を頼まれたの。」
「加賀さんから・・・。そうか。よく来たな。疲れたろう。」
「大丈夫よ。初めての海外の旅で、わくわくしたわ。」

「宿に帰ろう。それにしても、加賀さんの気配りは凄いな。」
「気配りじゃないわよ。私はもう、正社員よ。プロジェクトにも参加することになるかもしれない。」

「家は母さんに。」
「子供達は高校生と大学生よ。もう手はかからないわ。それにいい子達だし。」
「受かったのか。大学に。本当か。金は足りたか。」

「あなたが加賀さんに頼んでくれたお金で、何とか足りたわ。」
「そうか。心配だった。良かった。本当に嬉しい。」

アルフォンソは妻を抱きしめた。ドライバーが横を向いた。


宿に着いて、夕刻、団員達に挨拶した後、部屋に落ち着いた。

「プロジェクトに参加すると言っていたな。」
「そうよ。日本の機構の案件に財務分析担当として、F国の案件に入れてくれたの。結果はまだだけど、新しいチャレンジが出来て、それだけでも嬉しいの。」


数日後、加賀から連絡があった。

「機構案件を受注しました。来月頭に、日本に行けませんか。本来は、現地参加なのですが、評価分析の意見を聞きたいと機構側から話がありました。」
「大丈夫です。」

「忙しくなりますが、体の方、気をつけて下さい。今度はビジネスに乗れますよ。」
「ありがとう。社長さん。」

「もう、デビューか。加賀さんにかかると誰でも働けそうだ。」
「違うと言われたわ。私は税理士の資格を持っていて、金融の資格もある。そんな経歴の人間は、日本のコンサルタントにはいないそうよ。しかも、来る前に国内のプロジェクトの経理も担当したから、これと合わせて、プロジェクト2件の経験もあるのよ。もう、一人前のコンサルタントよ。」
「それにプロジェクトの規模が大きいから、評価も高くなる。良かったな。」

「これから、2人でばんばん働くわよ。」
「金の心配もなくなった。給与も上がったし、今回の調査で宿泊日当がかなり残る。俺は加賀さんに拾って貰って幸運だった。」
「それも違うと聞いたわ。加賀さんは実力を見て、判断したと言っていた。あなたは、経歴詐欺の件の前に、加賀さんに目を付けられていたのよ。あなたの報告書を幾つも読んだそうよ。感心したと言っていた。」

「本当か。高く評価されると嬉しいものだな。」
「私の論文も読んだそうよ。徹底しているわ。そうでないと、評価なんて出来ないのよ。」

「加賀さんは凄いな。」
「その加賀さんが、あなたを高く評価しているのよ。期待に応えましょう。」
「もちろんだ。それにしても、良かった。来てくれて。」
「寂しかったの。出張なんて慣れているじゃない。」
「こんな長期の調査は初めてだ。今までは短期の仕事の下請けだったから。」
「でも、昔のあなたより、今の方が若々しく見えるわ。」
「やりがいがあるからな。」
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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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