第25話 カールソンの人気

文字数 1,946文字


カールソンは、先月、大使と共にカラ大統領を訪れ、酔いつぶれた。
今回は、1人でやって来た。

E国の国際空港に着き、頼んでいた車で首都に向かった。
その途中、人だかりのしている場所があった。
何事かと、車を止め、人ごみの中を覗いてみると修道女の服を着た老婆が、浮浪児だろうか、幼い兄妹を介抱している。


「どうしたのですか。」
「行き倒れの浮浪児だ。聖母様が何とか孤児院に連れて行こうとしているのだが、車を持っている者がいない。皆で抱えて運ぼうとしているのだが、子供の衰弱が激しい。」

「僕の車を使ってください。」
「聖母様、この外人が車を貸してくれるそうです。」
「有難い。遠慮なく借りるぞ。」
「医者に見せなくて、大丈夫ですか。」
「聖母様、病院は。」

「じゃのう、だが、現金の持ち合わせがないじゃ。」
「どうぞ。これを。」

カールソンは、宿泊費として持って来ていた千ドルの封筒を上着の内ポケットから出して、老婆に渡した。
「借りるじゃ。お主はいい男じゃ。」

老婆は2人の幼子を車に乗せると、車を出した。
カールソンは自分も同乗するつもりだったが、そんな雰囲気ではなかった。
多分、老婆とは言え、女性と同乗するのは問題があるのではないかと、そのまま見送った。

「お主は、何処に行くところだったのだ。」
「首都のエンジェルホテルです。」
「遠いぞ。歩くのか。」

「どこかで、車は借りられませんか。」
「無理じゃ。車は少ない。」
「バスは。」
「空港に戻ればあるが、路線バスは走ってはおらん。」

「では、歩きます。」
「送ってやろう。」
「遠いですよ。」
「構わん。暇つぶしじゃ。」

そこにいた人々が、カールソンと一緒に歩いて、首都に向かう。
途中の屯していた人達も参加して、集団になった。
歩いていると、

「どうした。その外人は。」
「聖母様に、車を貸したせいで足がない。それで、歩いて首都に向かっている。」
「そうか、まだ、遠いぞ。ちょっと休んで行かんか。その公園でカラオケをやっている。飲み物があるぞ。」
「そうか、おい、外人、ちょっと休もう。」
「は、はい。」

公園に行くと、若者たちが、ハンドマイクを小さなアンプに繋いで歌を歌っている。低音量で聞こえにくい。
ジュースを貰って飲んでいると、
「おい、外人、お主の国の歌を歌ってくれんか。」
「歌ですか。」

「おーい、坊主ども、外人が来てくれた。歌を歌ってくれるそうだ。」
「テレビでは見ますが、本物ですか。」
「本物に決まっているだろう。何しろ、外人だからな。」

マイクを握らされ、カールソンはアメリカのフォークソング、風に吹かれてを歌った。
騒いでいた人達が静かになり、耳を澄ませている。

最近流行っているロックやソウルと違い、古いと言っても戦後の歌だが、フォークソングは新鮮だった。若者たちも聞きほれている。

アンコールが続き、カールソンは5曲歌った。
鳴りやまぬ拍手を後にして、首都に向かって歩き出した。


群衆と一緒に、首都に入るまで、誰が録音したか知らないが、カールソンの歌が流れた。さらに、人が集まった。
首都の街並みが見えて来た頃、群衆は膨れ上がり、交通警備官が交通整理を始めた。
ホテルに着く頃には最高潮に達し、カールソンはまた、マイクを持たされ、5曲歌った。

伴奏はないのだが、逆にそれが、人々の心に沁みたようだった。
その日は、遅くまで、ホテルのロビーとレストランは満杯だった。
カールソンは気になったことがあった。
ホテル代が足りなくなりそうだ。

ホテルに車を手配して貰い、大統領官邸に向かった。

「どうした。カールソン。やつれているぞ。」
「はい、実は。」
カールソンは事情を説明した。

「そうか、お主だったのか。金を借りたのは儂の母だ。誰だか、わからず困っていたそうだ。」

カールソンは千ドルを返してもらって、安堵した。

「それにしても、見も知らぬ相手に千ドルも貸すとは、カールソンもお人良しだな。」
「老婆と幼子が大変だったのです。誰でも助けます。」
「そうか。そうか。カールソンはいい男だな。でも、これから大変だぞ。儂の母がホテルにも行ったそうだが、名前がわからず会えなかったそういだ。そこで、お前の事を訪ね回ったそうだ。だから、この街の者達も総出で、お前を探し回っている。」
「どうしよう。」

「心配するな。儂の車を貸してやるから、街中を走り回って来い。それしか、方法はない。」

カールソンは大統領専用車の中の1台、オープンカーに乗せられ、街中を走り回された。時々、歌を歌い、民衆を感動させて回った。
それ以来、カールソンは街中だけでなく、E国で一番有名な人気者になった。

写真を撮られて、伴奏付きで歌を歌わされた。
その写真とカセットテープは売りに出され、大評判となった。
E国では知らぬものはいない。
名前を聞かれると、「僕はカールソン」と答えた。
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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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