第31話 アルフォンソの博士号

文字数 3,281文字


F国立大学の学長、エンリレ・ゴンザレスは経済学部の卒業生からの嘆願書を握りしめている。
経済学部金融科のエミリオ・レイエス教授に対する実質的な告発である。

エミリオ教授については、過去にも何度か、学生の論文を盗用したとか、学位を引き換えに論文を盗んだとかの噂の絶えない人物である。

今回はアルフォンソ・デラクルスの博士号復帰取得について、経済学部の卒業生230名の署名とともに、嘆願書が出されていた。

学長は頭を抱えていた。
レイエス家は、国会議員を輩出し続けているF国の名門の家系であり、政界だけでなく学界においても、純然たる力を有している。
逆らえば、学長の地位など吹き飛んでしまう可能性もある。
逆に、そのことを意識しすぎて、エミリオ教授の暴走を黙認してしまって来たことも事実である。


エンリレ学長はレイエス家の当主、ミゲル・ジュニア・レイエスに招かれた、と言うより呼びつけられたと言うのが正しい。

「学長、久しぶりだな。今日は2人だけで話がしたかったのだ。何か、エミリオが学長を困らせていると、懇意の教授から聞いたのだが。」

エンリレ学長は、隠すことなく卒業生からの嘆願書を見せた。
暫く、その嘆願書を読み続けていたが、学長に返してきた。

「エミリオの奴、まだ、こんなことをしていたのか。我が家名がついているという立場を利用して、他人を陥れるとは何と言う奴だ。学長、これが事実であるとしたら、アルフォンソ・デラクルス氏の博士号を復帰させるのは当然ではないか。」

「事実です。大学では誰もが知っています。エミリオ教授が自分の論文として発表しようとしていた事実も確認しています。」
「ならば、何故、その時、告発しなかった。」
「それは・・・。」

「そうか、我が家の人間と言うことで、忖度したと言うことか。それなら、心配ない。エミリオには我がレイエス家の血は入っておらぬ。一応、レイエスという家名を名乗ってはいるが、長男の嫁の遠縁で、レイエス家の家名が欲しかったのか、嫁に頼んで、名前ばかりの養子になっただけの事だ。我が家では、エミリオをレイエス家の人間としては認知していないし、いかなるレイエス家の集まりにも参加することは認めていない。」

「では、レイエス家とは関係ない者として扱ってよろしいのですか。」
「今回の事はいい機会だ。レイエス家の者ではないので、破門はできないが、今後、レイエス家の家名を名乗ることを禁じるよう、弁護士に依頼しておく。」

「承知しました。お話をお聞きし、安堵致しました。」
「アルフォンソ君は、蒼の加賀氏の部下だったな。」
「そう、聞いております。」
「学長も大変だな。迷惑をかけた。ところで、今後の事だが、・・・。」


エンリレ学長は経済学部の学長とエミリオ教授を学長室に呼んだ。
「学長、何でしょうか。時間が余りないのですが。」

「エミリオ教授、アルフォンソ・デラクルス君の博士号剥奪の件について、詳しく聞きたいと思って、来てもらった。」
「アルフォンソ? ああ、あ奴の事ですか。大した論文も書けないのに、私を誹謗中傷したので、剥奪ということにしたことについては、報告してある。」
「論文を読んでみたが、素晴らしい出来だった。たいしたことはないと言う結論は何処から生まれたものですか。」

「私が、そう言ったのだから、たいしたことはないのだ。」
「それを決めるのは君ではない。博士号論文評価会議では、満場一致でアルフォンソ君の博士号取得は認められている。」
「しかし、学長、エミリオ教授の言うことには一理あります。」

「どんな一理だ。」
「えーと、それは・・・。」
「あるのなら、話してくれ。でないと手遅れになるぞ。その一理とやらを。」
「エミリオ教授はレイエス家の血筋で、・・・。」
「血筋ではないと聞いたが。」

「そんな、馬鹿な。」
「レイエス家の当主から、直接伺ったのだが、違うのか。」
「エミリオ教授、本当かね。」

エミリオは答えない。何しろ、レイエス家の当主、ミゲル・ジュニア・レイエスとは一度だけ、顔を覗き見たことがあるだけで、口を利いたこともないのである。

「エミリオ教授の言う、誹謗中傷だと言う発言は、根拠がない。したがって、アルフォンソ君に博士号を復帰取得させることになった。」

「そんな、馬鹿な。レイエス家の私の言うことが信じられないのか。」
「エミリオ教授、君は直に、そのレイエスの家名を使うことを禁じられるだろう。レイエス家の当主、ミゲル・ジュニア・レイエス殿が決定された。」
「私を差し置いて、勝手に当主に会ったのか。許されぬ。」

「勝手ではない。呼ばれたのだ。そして、君の金融科の教授の地位は剥奪するよう、次回の教授会、学部長会に提案することになった。既に、殆どのメンバーが同意している。経済学部の学部長を除いて。」

「いえ、私は決して、そのようなことは。」
「学部長、一度言ったことは取り消せない。君の言う一理とは何だ。最後にもう一度聞いておく。」
「申し訳ありません。私が間違っておりました。」

「学部長、もう遅いのだよ。君の今の地位は長くはない。覚悟しておきなさい。尚、言っておくが、これら一連の人事は、レイエス家の当主、ミゲル・ジュニア・レイエス殿の提案であることを付け加えておく。」

エミリオ教授は口をパクパクさせ、汗で額が濡れている。
学部長は、真っ青な顔で、凍り付いている。

「話は以上だ。忙しいのだろう。行け。」


間もなく、エミリオは教授の地位を剥奪され、大学からも放逐された。
学部長はその任を解かれ、1非常勤講師として大学に残ることは許されたが、講義をする機会はなく、自ら辞した。


「アルフォンソ君、良かったな。後輩達に感謝だな。」
「しかし、何故、そんなに沢山の後輩が僕の事を。」
「君が参加したプロジェクトのカウンターパート、U銀の職員、コンサルタントには経済学部の卒業生がどれだけいると思っている。特に、U銀の後輩達が、皆に声をかけて、署名を集めてくれたそうだ。」

鼻水だらけになりながら、
「加賀さん、感謝します。」と言うと、
「私は何もしていない。話を聞いただけだ。」
と加賀は答えた。

ロイが来た。

「加賀さん、聞きました。レイエス家の当主、ミゲルジュニア・レイエス殿から連絡がありました。彼は、米国のHB大学卒業と公表していますが、実際は中退していたそうです。それが、最近になって、マスコミに漏れそうになっていた時、突然、退学した翌年の日付で、卒業証明書が届いたそうです。それには、『ある人の尽力と働きかけにより、君に卒業資格を与えることになった。アルフォンソ・デラクルス氏の上司である蒼の加賀殿に、感謝の意思を必ず、示してくれると信じている』とあったそうです。」

「本当なのか。本当に知らない。私にそんな力はない。」
「E国でI国人を救われましたよね。彼の父は上院議員の議長で、身内がHB大学のコミッティの会長だと、カールソンが。」

「何故、彼が動いてくれた。」
「カールソンの助言があったようです。」
「カールソンは一体、何者だ。」
「カールソンもHB大学の社会学部政治学の博士課程卒です。」

「彼の名刺には博士号とはなかったが。」
「さあ、カールソンはそんなことには無頓着ですから。」
「君はカールソンに会ったことがあるのですか。」

「お忘れですか。E国での、K国のマスタープラン調査の時、何回か助っ人に入ったことを。」
「そうだったな。」

「その時、たまたまカラ大統領に会いに来ていた彼とホテルで出会い、一緒にいた狛江さんから紹介されたのです。流れで、3人で食事をすることになり、その時、博士号の虚偽申告の事を狛江さんがバラしてしまったのを、彼は覚えていたのでしょう。」

「それにしても、レイエス家の当主、ミゲル・ジュニア・レイエス氏がこの件のキーパーソンだと、何故事前にわかったのだろう。」

「F国の大使館で調査させたのではないでしょうか。」
「そうか、I国大使も絡んでいたのか。それなら、納得だ。いずれにしろ、目出度いことだ。今日はお祝いをしよう。」
「加賀さんの人脈は凄いですね。」
「考えたことも無いのだが。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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