第7話 さらなる案件
文字数 6,719文字
帰国の機内で社長と隣り合わせとなった。
「加賀君、どうやった。」
「私は何も。三ツ矢さんに知っていることを話しただけです。」
「何かきっかけとなる情報が含まれていたのだろう。」
「私にはさっぱり。」
「U銀の仕事を増やしたいな。現地法人を作ろうか。いいチャンスだ。」
「提携コンサルタントを買収したらどうでしょう。」
「いや、新会社を作って、そこに合流して貰った方が。会社設立は簡単だ。話してみてくれ。これから何度かF国には来ることになる。」
「やってみます。」
3人の矢に協力した結果、案件の受注が増えた。
難しいと思っていたU銀からも受注したばかりか、現地子会社を作ろうという話にまで発展した。
協力の見返りと言うわけではないだろう。
何故なら、3人の矢は収賄疑惑を暴くために必死になっている。
言い換えると、蒼を利用して、どうやって疑惑解明を図るかにしか関心がないように見える。
社長の言う通り、いいチャンスなのかもしれない。彼らのターゲットは借款に群がる商社、ゼネコンや途上国の閣僚達である。
収賄疑惑の調査が続く間は、少し無茶な動きで受注を増やしても、他の大手コンサルタントやドナーから叩かれることはない。むしろ、3人の矢は蒼の受注拡大を煽ってきている。
調査が終息すれば、そんな後ろ盾も無くなってしまう。その前に、蒼を、少なくても中堅と呼ばれるコンサル会社に成長させるのが一番いい。
そんなことを考えていると、自宅に着いていた。
家に帰ると、
「サトシ、疲れた様子ね。大丈夫。」
「この所、出張が多くて、時差ボケだ。大丈夫だ。由美はどうしてる。」
「もう、寝てるわ。」
由美の部屋に行き、寝顔を見る。
抱きしめたいが、我慢する。
翌朝、娘が起きて来た。
「パパ、帰ってたの。」
抱きしめると、
「パパ、苦しい。」
「ごめん。ごめん。久しぶりだったから。」
会社に行くと、社長に呼ばれた。
「次はS国だそうだ。」
「早すぎませんか。T国の本格調査も始まります。」
「S国はA調査機構だそうだ。日程の調整は可能だ。」
「体がもちません。」
「わかった。頭の10日間だけ参加してくれ。後は若い連中が引き継ぐ。」
「出発は1週間後だ。」
「急ですね。」
「チームリーダーは三刀矢氏だそうだ。」
「三刀矢さんですか。本気ですね。」
「四矢氏も入るそうだ。」
「どうなるのでしょう。」
「私にもわからん。大変なことが起こりそうだな。」
ラウンジには、三刀矢氏、四矢氏が寛いでいた。
「加賀君。君には感謝している。今回で最後だ。我慢してくれ。」
「今回は何処の会社ですか。」
「全部だ。駄目ならS国への全ての援助を中止すると言ってもいいことになっている。政府の事だから、鵜呑みにはできんが。」
「すると、上の意向ですか。」
「日本側は覚悟を決めているというか、そこまで追い込まれた。」
「すると、調査ではなく、最後通牒ですね。」
「そうなりたくないが。ところで、今回は青パス*になる。」
「本当に覚悟を決めているようですね。」
青パスと言うことは日本国の公式な立場での訪問となり、トラブルがあった時には、公人扱いを受ける。今回の調査はそこまで考慮していることになる。本気のようだ。
カウンターパート側との会議が始まった。
経産省の大臣が介入してきた。
「今回の案件は何だ。何をやりたいんだ。」
「要請があったので、調査に来ています。」
「どうせ、ちまちました案件だろう。」
「要請を却下しますか。」
「そんなことは言ってない。」
「中学校への教育機材供給の要請がありました。」
「儂の地元の学校が入っていない。加えてくれ。」
「要請にありませんでしたので、無理です。」
「それでは、今回は止めだな。」
「わかりました。中止します。」
「待て。成果がないと困るだろう。」
「いえ、そんなことはありません。では、失礼します。」
「待ってくれ。」
部屋を出たチームはホテルに戻った。
そこにも、大臣がやって来た。
「会議を続けよう。」
「中止で合意しました。」
「だから、やり直すと言っている。」
「同じことを繰り返すのなら、意味がありません。」
「わかった。私の要求は取り下げよう。」
「首相の確約をお願いします。これ以上は時間の無駄です。」
「ならば、大使館に抗議をする。」
「理由をお聞かせ下さい。こちらは、会議の内容を公開することも厭いません。」
「どうしたんだ。いつもと違うぞ。お前達は何者だ」
「調査団のメンバーです。それでは、失礼します。」
「待て。」
「明日、帰国します。」
翌朝、ホテルの前に、首相のリムジンが停まった。
団員が帰国の準備をして、ロビーに出ると、首相がいた。
「皆さん。申し訳ありませんでした。大臣が無茶なことを言ったようだ。2度とさせない。叱責(しっせき)しておいた。」
「首相閣下、お見送りありがとうございます。」
「待て、何が問題なのだ。」
団員は車に乗り込んだ。
「待て、拘束するぞ。」
車はホテルを後にした。
「大臣。お前は何をした。」
「何も。」
「何もないのに、こんなことが起こるはずがない。拘束せよ。」
空港に着くと、出国管理官から出国を止められた。
「首相閣下が来られます。お待ちください。」
「私達は、日本国からの公式な訪問団です。国際問題となります。それでも止めるのですか。」
「わかっています。お願いですから、首相の到着までお待ちください。航空機の出発には間に合わせます。」
出発ロビーで待っていると、首相の車が到着したようだ。数人の護衛や秘書官達を連れた首相がやって来た。
「待て、どうしたのだ。あの大臣はそれほど問題だったのか。」
「ご存じないと。」
真剣な顔になった首相は、
「帰国しても良い。だが、2度と我が国には足を踏み入れることは出来なくなる。」
「それくらいは覚悟してきています。」
団員は足を止めない。
「本当に帰国するのか。」
首相が続けた。
「大臣は調査の上、裁く。」
三刀屋は足を止め、振り返った。
「新しい大臣と話しできますか。」
「約束する。」
翌々日から、調査は再開した。
新しい大臣候補は実直な人物で、調査は順調に進んだ。
加賀は1人帰国した。
空港に迎えがあった。
A調査機構の車だった。
理事だった。
「ご苦労さん。上手く行ったようだな。」
「ギリギリでした。」
「君の提案で三刀矢氏も迷いなく、粘れたと言っていた。何を助言したのだ。」
「何も助言していません。ただ一言、早く帰りましょうと言っただけです。」
「何と言うことだ。本気で帰るつもりだったのか。」
「本気でないと、相手に悟られます。」
「あの3人が君を評価する理由がわかった。」
「とんでもありません。本当に帰りたかっただけです。」
「そういうことにしておこう。」
会社に帰ると、社長がまだいた。
「社長、こんな時間に仕事ですか。」
「君を待っていた。」
「どうして。」
「外務省から感謝の電話があった。」
「感謝されても何も変わりません。疲れたので帰宅します。」
「ご苦労さん。儂も帰ろう。しかし、政府からの感謝に顔色も変えないとは、君は大物だな。」
「私達は、サラリーを得るために必死で働いています。他の事は関係ありません。」
「そうだな。君の言うとおりだ。帰ろう。」
数日、代休を貰い、会社に出社した。
数日して、三刀矢氏が帰国していて、呼ばれた。
「調査はどうでした。」
「上手く行った。だが、空港で君が言った言葉には驚いたが、今、考えると、それが良かったのかもしれない。」
「これでお終いですね。」
「そうなる。色々世話になった。私達3人も元の役職に戻る。後は蒼に任せる。君はこれからどうする。」
「これまで通り、今の仕事を続けます。」
「U銀では、君が関心表明をしないので、落胆しているようだ。」
「私には何の力もありません。実際に動いたのは皆さん方です。」
「君は本当にそう思っているのか。」
「どういうことですか。」
「君に恩を感じている商社やゼネコンが動いてくれたから、ここまでの成果が出たのだ。君の周りでは引き続き、内調が動く。」
「商社は多少、理解できますが、ゼネコンとの付き合いはありません。」
「君は、ゼネコンが施工監理で困っていた時に何度も救ったそうじゃないか。」
「記憶にありません。」
「ゼネコンが、資材の調達に困っていた時、商社を使って、便宜を図ってやったことがあるだろう。」
「あれはたまたま、別件で商社の相談を受け、紹介しただけです。」
「それに、工事が遅れていた時、君がここは機材設置の都合でもう少し待つように主契約者に交渉してくれたそうではないか。」
「そういうこともありましたね。」
「他にもそういった事例を幾つか聞いている。」
「意識したわけではありません。それが一番いいと思っただけです。」
「施主である相手国大臣にも、何度か直談判したそうではないか。」
「大事になれば、会社に迷惑かけます。当然のことをしただけです。」
「まあ、いい。君は貴重な人材だし、これからも、よろしく頼む。」
「終わって、ほっとしました。」
これが最後と思っていたが、まだ、調査、いや捜査は続きそうだ。目に見えない所で動くということだろう。
現在の好調な受注がもう暫く続いてくれるということかもしれない。
だが、調子に乗って、人員を増やすと、大きなしっぺ返しが来るような気がする。
これからは、多少のスローダウンがあったとしても、慌てず、慎重に対応して行こうと考える加賀であった。
次の案件は機構のN国の医療従事者の訓練機材供与案件だった。
城下も復帰して来る。厳しい競争になるだろうと予想していた。
5社が関心表明を出した。
一部の施設の改修が含まれ、建築コンサルタントが別に選定される。
興梠建築コンサルティングより、電話が入った。
「興梠の中平と言います。N国の案件の1次計画を担当しました。今回は2次となります。是非、加賀さんに受注して頂きたいと思い、提案書用の資料の提供をさせて頂きたいのです。」
「それは、助かります。でも、何故でしょうか。」
「会って、お話出来ないでしょうか。
「わかりました。どこに、お伺いすれば。」
「こちらからお伺いします。明日の10時では。」
翌日、会社の会議室で、中平氏と話した。
「カウンターパートの医療従事者訓練センターの所長に問題があるのです。移動用に供与した車両を自分の私用に使ったり、供与した機材の一部を、身内のクリニックに横流ししたりとか。発覚した段階で指摘しているのですが、数ヶ月前に、機構の評価調査が入り、車両の中にゴルフバッグがあるのが発見され、問題となりました。我々はプロジェクトが終わると、現地から引き上げるので、それ以降の事は関知出来ないのですが、別件でN国に入った時は、必ず立ち寄ることにして来ました。しかし、我々が去ると、又、元に戻ってしまうのです。機構側にもこの辺りの事情を報告して、理解はして貰いました。プロジェクトそのものに大きな影響が出ているわけではないので、表ざたにはなっていません。逆に、効果が高いということで、2次計画の実施が決まりました。今回の2次計画では、この問題を解決するためには、加賀さんの力が必要だと、機構側と一致しています。」
「まだ、受注していませんが。」
「機構側は、それは心配していません。加賀さんならば、必ず、第1位交渉権を取れる提案書を提出して頂けると信じているようです。私共はそのお手伝いをさせて頂きたいのです。資料が多いので、宅急便で送りました。今日には着くと思います。」
「お力になれるかわかりませんが、そういうことであれば、力を入れて提案書を用意してみます。」
「よろしくお願いします。」
加賀は、汚職摘発の手伝いのつもりでいたが、直接、依頼があったことは意外だった。実際に、たいしたことはしていない。
どうしたものかと考えながらも、提案書の用意はしなくてはならない。
提案書を提出して、3日後に機構から連絡が入った。
機構側との打ち合わせに入った。
「N国の要請には高度な機材、操作の難しい機材、メンテナンスの難しい機材は含まれていませんので、現地調査は3週間だけですが、何か問題はありそうですか。」
「カウンターパートのセンター長の前職は、首都の医療大学の学科長だったようですね。」
「情報は入っていませんが。それが、何か。」
「今回の対象施設である医療従事者訓練センターは地方部にあり、その学科長が移動になった理由は汚職であり、左遷されたのだと聞きました。教えてくれた医療関係者の名前は出せませんが。」
「そんなことがあったのですか。1次計画の時に、多少、問題があったのは確かです。しかし、人事には介入することは出来ませんので、苦労しています。」
「今回の資機材全てに、機構の援助マークを入れたいと思いますが、どうでしょう。特に車両などには大きいマークを特注して。」
「なるほど、面白いやり方ですね。相手国の了解が得られれば、こちら側も反対する理由はありません。」
「交渉してみます。」
首都の医療保健省との打ち合わせを済ますと、団員と共に国内空港に向かった。
快晴の空に飛び立つと、航空機は海に出て今回の施設のある島に向かう。島と言っても19万平方キロもあり、日本の面積の半分程の広さがある。島の南の空港に着くと、北の突端にある今回の街の空港まで、乗り換えになる。
飛び立って、暫く経つと、雲の中に入った。全く視界がきかない。
やっと、地面が確認できたのは、着陸寸前だった。この視界の聞かない中、操縦士がどうやって着陸させたのか、感心する。
後で聞いた所、視界を遮っていたのは雲ではなく、別の島で乾季に起こる山火事の煙であり、N国では航空機の墜落事故も珍しい事ではないと聞いて、肝を潰した。
翌日から、カウンターパートとの協議に入った。
機材内容に問題はなく、要請内容の確認を終えた。
「今回の機材には機構の援助マークを入れることにしたいと思います。」
「聞いていないぞ。」
「今、お話しています。」
「出来れば、前回と同じに出来ないか。」
「今回、納入される機材は、僻地にも運んで訓練が行われます。紛失や誤用を避けるために、是非ともお願いしたいのです。場合によっては、離島に運ばれることもあると要請書に書かれています。了解頂きたいのです。」
「いいだろう。どうせ、ラベルだろう。」
「いえ、ラベルでは潮風で剝がれる可能性がありますので、極力印刷かペイントにしたいと思っています。小物はラベルで止むを得ませんが。」
「むむ、いいだろう。塗り直せば、いや、失礼した。独り言だ。」
「このプロジェクトは1次から2次まで続きましたのは、その効果が認められたからです。機構でも、技術協力でこの島に滞在している専門家が毎年、フォローアップに入ることを決めました。協力をお願いします。」
「毎年なのか。」
「場合によっては、追加機材の可能性もありますので、本省も歓迎しているとのことです。」
「本省が、歓迎しているのか。ならば、私も反対する理由はない。」
調査が終わり、現地概要報告書の説明を終え、計画に同意が得られた。
最後になって、車両1台だけ、援助マークを外してくれないかと言う要望が出された。
「特別に大きなペイントで描いて置くこととします。目的外使用を避けるためには、止むを得ません。」
「外してくれと言っている。」
「わかりました。本省で相談してみます。」
「いや、そこまでは言っていない。」
「わかりました。強い要望があったと伝えます。」
「忘れてくれ。言ってみただけだ。」
「そうでしたか。期待沿えず申し訳ありません。本省にも、経緯を説明しておきます。」
「無かったことにしてくれ。」
「すみません。それは出来ません。この会議の議事録は本省の職員が作っています。」
「聞いておらんぞ。」
「初日の協議の中で紹介しましたが。」
「本省の局長秘書のサリです。紹介済みだと思いましたが。」
「日本人だと勘違いしただけだ。私の言ったことは議事録から外してくれないか。」
「わかりました。そういう要望があったと伝えます。」
「ふにゃ。」
調査が終わり、最終報告書の説明のために、センターを訪れた時、既に、新しいセンター長が赴任していた。
調査に入って来た興梠建築コンサルティングの中平氏が声をかけて来た。
「加賀さん。ありがとうございました。」
「いえ、私は何も。ただ、管轄の局長から秘書を同行させるように頼まれたので、引き受けただけです。」
「加賀さんが見えるというので、局側も放っておけなかったのでしょう。建築に絡まれると大変なことになりますので。」
日本に帰り、機構に報告すると、最後に、
「加賀さん、またよろしく。」
と告げられた。
「加賀君、どうやった。」
「私は何も。三ツ矢さんに知っていることを話しただけです。」
「何かきっかけとなる情報が含まれていたのだろう。」
「私にはさっぱり。」
「U銀の仕事を増やしたいな。現地法人を作ろうか。いいチャンスだ。」
「提携コンサルタントを買収したらどうでしょう。」
「いや、新会社を作って、そこに合流して貰った方が。会社設立は簡単だ。話してみてくれ。これから何度かF国には来ることになる。」
「やってみます。」
3人の矢に協力した結果、案件の受注が増えた。
難しいと思っていたU銀からも受注したばかりか、現地子会社を作ろうという話にまで発展した。
協力の見返りと言うわけではないだろう。
何故なら、3人の矢は収賄疑惑を暴くために必死になっている。
言い換えると、蒼を利用して、どうやって疑惑解明を図るかにしか関心がないように見える。
社長の言う通り、いいチャンスなのかもしれない。彼らのターゲットは借款に群がる商社、ゼネコンや途上国の閣僚達である。
収賄疑惑の調査が続く間は、少し無茶な動きで受注を増やしても、他の大手コンサルタントやドナーから叩かれることはない。むしろ、3人の矢は蒼の受注拡大を煽ってきている。
調査が終息すれば、そんな後ろ盾も無くなってしまう。その前に、蒼を、少なくても中堅と呼ばれるコンサル会社に成長させるのが一番いい。
そんなことを考えていると、自宅に着いていた。
家に帰ると、
「サトシ、疲れた様子ね。大丈夫。」
「この所、出張が多くて、時差ボケだ。大丈夫だ。由美はどうしてる。」
「もう、寝てるわ。」
由美の部屋に行き、寝顔を見る。
抱きしめたいが、我慢する。
翌朝、娘が起きて来た。
「パパ、帰ってたの。」
抱きしめると、
「パパ、苦しい。」
「ごめん。ごめん。久しぶりだったから。」
会社に行くと、社長に呼ばれた。
「次はS国だそうだ。」
「早すぎませんか。T国の本格調査も始まります。」
「S国はA調査機構だそうだ。日程の調整は可能だ。」
「体がもちません。」
「わかった。頭の10日間だけ参加してくれ。後は若い連中が引き継ぐ。」
「出発は1週間後だ。」
「急ですね。」
「チームリーダーは三刀矢氏だそうだ。」
「三刀矢さんですか。本気ですね。」
「四矢氏も入るそうだ。」
「どうなるのでしょう。」
「私にもわからん。大変なことが起こりそうだな。」
ラウンジには、三刀矢氏、四矢氏が寛いでいた。
「加賀君。君には感謝している。今回で最後だ。我慢してくれ。」
「今回は何処の会社ですか。」
「全部だ。駄目ならS国への全ての援助を中止すると言ってもいいことになっている。政府の事だから、鵜呑みにはできんが。」
「すると、上の意向ですか。」
「日本側は覚悟を決めているというか、そこまで追い込まれた。」
「すると、調査ではなく、最後通牒ですね。」
「そうなりたくないが。ところで、今回は青パス*になる。」
「本当に覚悟を決めているようですね。」
青パスと言うことは日本国の公式な立場での訪問となり、トラブルがあった時には、公人扱いを受ける。今回の調査はそこまで考慮していることになる。本気のようだ。
*青パス:公用旅券、実際のパスポートの色は緑で、業界ではこれを青パスと呼んでいる
カウンターパート側との会議が始まった。
経産省の大臣が介入してきた。
「今回の案件は何だ。何をやりたいんだ。」
「要請があったので、調査に来ています。」
「どうせ、ちまちました案件だろう。」
「要請を却下しますか。」
「そんなことは言ってない。」
「中学校への教育機材供給の要請がありました。」
「儂の地元の学校が入っていない。加えてくれ。」
「要請にありませんでしたので、無理です。」
「それでは、今回は止めだな。」
「わかりました。中止します。」
「待て。成果がないと困るだろう。」
「いえ、そんなことはありません。では、失礼します。」
「待ってくれ。」
部屋を出たチームはホテルに戻った。
そこにも、大臣がやって来た。
「会議を続けよう。」
「中止で合意しました。」
「だから、やり直すと言っている。」
「同じことを繰り返すのなら、意味がありません。」
「わかった。私の要求は取り下げよう。」
「首相の確約をお願いします。これ以上は時間の無駄です。」
「ならば、大使館に抗議をする。」
「理由をお聞かせ下さい。こちらは、会議の内容を公開することも厭いません。」
「どうしたんだ。いつもと違うぞ。お前達は何者だ」
「調査団のメンバーです。それでは、失礼します。」
「待て。」
「明日、帰国します。」
翌朝、ホテルの前に、首相のリムジンが停まった。
団員が帰国の準備をして、ロビーに出ると、首相がいた。
「皆さん。申し訳ありませんでした。大臣が無茶なことを言ったようだ。2度とさせない。叱責(しっせき)しておいた。」
「首相閣下、お見送りありがとうございます。」
「待て、何が問題なのだ。」
団員は車に乗り込んだ。
「待て、拘束するぞ。」
車はホテルを後にした。
「大臣。お前は何をした。」
「何も。」
「何もないのに、こんなことが起こるはずがない。拘束せよ。」
空港に着くと、出国管理官から出国を止められた。
「首相閣下が来られます。お待ちください。」
「私達は、日本国からの公式な訪問団です。国際問題となります。それでも止めるのですか。」
「わかっています。お願いですから、首相の到着までお待ちください。航空機の出発には間に合わせます。」
出発ロビーで待っていると、首相の車が到着したようだ。数人の護衛や秘書官達を連れた首相がやって来た。
「待て、どうしたのだ。あの大臣はそれほど問題だったのか。」
「ご存じないと。」
真剣な顔になった首相は、
「帰国しても良い。だが、2度と我が国には足を踏み入れることは出来なくなる。」
「それくらいは覚悟してきています。」
団員は足を止めない。
「本当に帰国するのか。」
首相が続けた。
「大臣は調査の上、裁く。」
三刀屋は足を止め、振り返った。
「新しい大臣と話しできますか。」
「約束する。」
翌々日から、調査は再開した。
新しい大臣候補は実直な人物で、調査は順調に進んだ。
加賀は1人帰国した。
空港に迎えがあった。
A調査機構の車だった。
理事だった。
「ご苦労さん。上手く行ったようだな。」
「ギリギリでした。」
「君の提案で三刀矢氏も迷いなく、粘れたと言っていた。何を助言したのだ。」
「何も助言していません。ただ一言、早く帰りましょうと言っただけです。」
「何と言うことだ。本気で帰るつもりだったのか。」
「本気でないと、相手に悟られます。」
「あの3人が君を評価する理由がわかった。」
「とんでもありません。本当に帰りたかっただけです。」
「そういうことにしておこう。」
会社に帰ると、社長がまだいた。
「社長、こんな時間に仕事ですか。」
「君を待っていた。」
「どうして。」
「外務省から感謝の電話があった。」
「感謝されても何も変わりません。疲れたので帰宅します。」
「ご苦労さん。儂も帰ろう。しかし、政府からの感謝に顔色も変えないとは、君は大物だな。」
「私達は、サラリーを得るために必死で働いています。他の事は関係ありません。」
「そうだな。君の言うとおりだ。帰ろう。」
数日、代休を貰い、会社に出社した。
数日して、三刀矢氏が帰国していて、呼ばれた。
「調査はどうでした。」
「上手く行った。だが、空港で君が言った言葉には驚いたが、今、考えると、それが良かったのかもしれない。」
「これでお終いですね。」
「そうなる。色々世話になった。私達3人も元の役職に戻る。後は蒼に任せる。君はこれからどうする。」
「これまで通り、今の仕事を続けます。」
「U銀では、君が関心表明をしないので、落胆しているようだ。」
「私には何の力もありません。実際に動いたのは皆さん方です。」
「君は本当にそう思っているのか。」
「どういうことですか。」
「君に恩を感じている商社やゼネコンが動いてくれたから、ここまでの成果が出たのだ。君の周りでは引き続き、内調が動く。」
「商社は多少、理解できますが、ゼネコンとの付き合いはありません。」
「君は、ゼネコンが施工監理で困っていた時に何度も救ったそうじゃないか。」
「記憶にありません。」
「ゼネコンが、資材の調達に困っていた時、商社を使って、便宜を図ってやったことがあるだろう。」
「あれはたまたま、別件で商社の相談を受け、紹介しただけです。」
「それに、工事が遅れていた時、君がここは機材設置の都合でもう少し待つように主契約者に交渉してくれたそうではないか。」
「そういうこともありましたね。」
「他にもそういった事例を幾つか聞いている。」
「意識したわけではありません。それが一番いいと思っただけです。」
「施主である相手国大臣にも、何度か直談判したそうではないか。」
「大事になれば、会社に迷惑かけます。当然のことをしただけです。」
「まあ、いい。君は貴重な人材だし、これからも、よろしく頼む。」
「終わって、ほっとしました。」
これが最後と思っていたが、まだ、調査、いや捜査は続きそうだ。目に見えない所で動くということだろう。
現在の好調な受注がもう暫く続いてくれるということかもしれない。
だが、調子に乗って、人員を増やすと、大きなしっぺ返しが来るような気がする。
これからは、多少のスローダウンがあったとしても、慌てず、慎重に対応して行こうと考える加賀であった。
次の案件は機構のN国の医療従事者の訓練機材供与案件だった。
城下も復帰して来る。厳しい競争になるだろうと予想していた。
5社が関心表明を出した。
一部の施設の改修が含まれ、建築コンサルタントが別に選定される。
興梠建築コンサルティングより、電話が入った。
「興梠の中平と言います。N国の案件の1次計画を担当しました。今回は2次となります。是非、加賀さんに受注して頂きたいと思い、提案書用の資料の提供をさせて頂きたいのです。」
「それは、助かります。でも、何故でしょうか。」
「会って、お話出来ないでしょうか。
「わかりました。どこに、お伺いすれば。」
「こちらからお伺いします。明日の10時では。」
翌日、会社の会議室で、中平氏と話した。
「カウンターパートの医療従事者訓練センターの所長に問題があるのです。移動用に供与した車両を自分の私用に使ったり、供与した機材の一部を、身内のクリニックに横流ししたりとか。発覚した段階で指摘しているのですが、数ヶ月前に、機構の評価調査が入り、車両の中にゴルフバッグがあるのが発見され、問題となりました。我々はプロジェクトが終わると、現地から引き上げるので、それ以降の事は関知出来ないのですが、別件でN国に入った時は、必ず立ち寄ることにして来ました。しかし、我々が去ると、又、元に戻ってしまうのです。機構側にもこの辺りの事情を報告して、理解はして貰いました。プロジェクトそのものに大きな影響が出ているわけではないので、表ざたにはなっていません。逆に、効果が高いということで、2次計画の実施が決まりました。今回の2次計画では、この問題を解決するためには、加賀さんの力が必要だと、機構側と一致しています。」
「まだ、受注していませんが。」
「機構側は、それは心配していません。加賀さんならば、必ず、第1位交渉権を取れる提案書を提出して頂けると信じているようです。私共はそのお手伝いをさせて頂きたいのです。資料が多いので、宅急便で送りました。今日には着くと思います。」
「お力になれるかわかりませんが、そういうことであれば、力を入れて提案書を用意してみます。」
「よろしくお願いします。」
加賀は、汚職摘発の手伝いのつもりでいたが、直接、依頼があったことは意外だった。実際に、たいしたことはしていない。
どうしたものかと考えながらも、提案書の用意はしなくてはならない。
提案書を提出して、3日後に機構から連絡が入った。
機構側との打ち合わせに入った。
「N国の要請には高度な機材、操作の難しい機材、メンテナンスの難しい機材は含まれていませんので、現地調査は3週間だけですが、何か問題はありそうですか。」
「カウンターパートのセンター長の前職は、首都の医療大学の学科長だったようですね。」
「情報は入っていませんが。それが、何か。」
「今回の対象施設である医療従事者訓練センターは地方部にあり、その学科長が移動になった理由は汚職であり、左遷されたのだと聞きました。教えてくれた医療関係者の名前は出せませんが。」
「そんなことがあったのですか。1次計画の時に、多少、問題があったのは確かです。しかし、人事には介入することは出来ませんので、苦労しています。」
「今回の資機材全てに、機構の援助マークを入れたいと思いますが、どうでしょう。特に車両などには大きいマークを特注して。」
「なるほど、面白いやり方ですね。相手国の了解が得られれば、こちら側も反対する理由はありません。」
「交渉してみます。」
首都の医療保健省との打ち合わせを済ますと、団員と共に国内空港に向かった。
快晴の空に飛び立つと、航空機は海に出て今回の施設のある島に向かう。島と言っても19万平方キロもあり、日本の面積の半分程の広さがある。島の南の空港に着くと、北の突端にある今回の街の空港まで、乗り換えになる。
飛び立って、暫く経つと、雲の中に入った。全く視界がきかない。
やっと、地面が確認できたのは、着陸寸前だった。この視界の聞かない中、操縦士がどうやって着陸させたのか、感心する。
後で聞いた所、視界を遮っていたのは雲ではなく、別の島で乾季に起こる山火事の煙であり、N国では航空機の墜落事故も珍しい事ではないと聞いて、肝を潰した。
翌日から、カウンターパートとの協議に入った。
機材内容に問題はなく、要請内容の確認を終えた。
「今回の機材には機構の援助マークを入れることにしたいと思います。」
「聞いていないぞ。」
「今、お話しています。」
「出来れば、前回と同じに出来ないか。」
「今回、納入される機材は、僻地にも運んで訓練が行われます。紛失や誤用を避けるために、是非ともお願いしたいのです。場合によっては、離島に運ばれることもあると要請書に書かれています。了解頂きたいのです。」
「いいだろう。どうせ、ラベルだろう。」
「いえ、ラベルでは潮風で剝がれる可能性がありますので、極力印刷かペイントにしたいと思っています。小物はラベルで止むを得ませんが。」
「むむ、いいだろう。塗り直せば、いや、失礼した。独り言だ。」
「このプロジェクトは1次から2次まで続きましたのは、その効果が認められたからです。機構でも、技術協力でこの島に滞在している専門家が毎年、フォローアップに入ることを決めました。協力をお願いします。」
「毎年なのか。」
「場合によっては、追加機材の可能性もありますので、本省も歓迎しているとのことです。」
「本省が、歓迎しているのか。ならば、私も反対する理由はない。」
調査が終わり、現地概要報告書の説明を終え、計画に同意が得られた。
最後になって、車両1台だけ、援助マークを外してくれないかと言う要望が出された。
「特別に大きなペイントで描いて置くこととします。目的外使用を避けるためには、止むを得ません。」
「外してくれと言っている。」
「わかりました。本省で相談してみます。」
「いや、そこまでは言っていない。」
「わかりました。強い要望があったと伝えます。」
「忘れてくれ。言ってみただけだ。」
「そうでしたか。期待沿えず申し訳ありません。本省にも、経緯を説明しておきます。」
「無かったことにしてくれ。」
「すみません。それは出来ません。この会議の議事録は本省の職員が作っています。」
「聞いておらんぞ。」
「初日の協議の中で紹介しましたが。」
「本省の局長秘書のサリです。紹介済みだと思いましたが。」
「日本人だと勘違いしただけだ。私の言ったことは議事録から外してくれないか。」
「わかりました。そういう要望があったと伝えます。」
「ふにゃ。」
調査が終わり、最終報告書の説明のために、センターを訪れた時、既に、新しいセンター長が赴任していた。
調査に入って来た興梠建築コンサルティングの中平氏が声をかけて来た。
「加賀さん。ありがとうございました。」
「いえ、私は何も。ただ、管轄の局長から秘書を同行させるように頼まれたので、引き受けただけです。」
「加賀さんが見えるというので、局側も放っておけなかったのでしょう。建築に絡まれると大変なことになりますので。」
日本に帰り、機構に報告すると、最後に、
「加賀さん、またよろしく。」
と告げられた。