第8話 専制の閣下

文字数 3,009文字


突然、三ツ矢氏に呼ばれた。
「次は何処にする。」
「何処と言われましても、私達は案件公示があってから関心表明を出すしかありません。」
「E国はどうだ。」

「厳しいです。専制君主のような大統領が、全てひっくり返してしまいます。私の会社も調査した後に、却下されたことがあります。なるべくなら、辞退したいです。」
「K国から、君を指名して依頼があった。」

「K国と言えば、旧宗主国ですね。まだ、未練があるのでしょうか。」
「旧宗主国としての責任の取り方だろう。どうする。」

「仕事であれば、何処でも行きますが、余り気が進みません。」
「君はE国での調査経験があったね。」
「はい、もぅし上げた通り、却下されました。」

「君に全権を委託するとのことだ。K国だけではない。」
「そう言われても、何をすれば良いのかわかりません。あの国は入国した途端、尾行がつきます。部屋にも隠しマイクがあるのではないかといつも不安になります。何も出来る気がしません。」

「大丈夫だ。優秀な団員を付けるそうだ。」
「つまり、諜報員ということですか。」
「もっと優秀な者達だそうだ。」
「命がけになりますね。」

「そんなことが起これば、K国の軍が動く。」
「本気なのですか。」
「もちろんだ。」
「わかりました。でも、長期は無理です。娘が私の顔を忘れてしまいます。」
「考慮するよう伝える。」

流石の加賀も覚悟を決めなければならなかった。K国を信用するしかない。何も起こらなければ良いのだが、出発までの毎朝、妻と娘の顔を見るたびに、引き受けたことを後悔した。


数日後、K国に飛んだ。
加賀は、K国による中等学校の改善計画のプロジェクトのプロマネとして現地入りした。
前回と変わらず、決定権のない大臣や大統領補佐官とかが、やって来て、会議を行うが、何の確証も得られない。

「これまで、何度も各国の援助チームがあらゆる案件を調査してきましたが、実施された案件はわずかです。今回はどうでしょう。」

大臣と官僚達がお互いの顔を見て、口を噤(つぐ)んでいる。

「要請しておいて、却下するのであれば、当国の面子が立ちません。貴国が争っている隣国への働きかけも停止します。そのつもりで、ご返事を頂きたい。」
加賀は、席を立ち、調査団員を連れ、ホテルに戻った。

「加賀団長、何か報復があるかもしれません。今夜はK国大使館に行きましょう。」
「何処に行こうと一緒です。あの大統領は大使館であろうが、気にしません。」
「それでは、警備を密にします。」
「必要ありません。警備をしても、大勢で来られたらどうしようもありません。」

「それはそうですが。加賀さんは怖くないのですか。」
「この位でびびっていては、コンサルタントは出来ません。コンサルタントならば、通常業務の範囲内です。」


翌日、大統領の懐刀と言われる外務大臣がやって来た。

「加賀君、どういうことですか。調査をしないというのは。」
「調査をしても実施されないのであれば、無駄だと申し上げただけです。」
「調査した上で、閣下が決められる。」
「要請しておいて、却下するかもしれないと言うのですか。意図が理解できません。わかりました。決裂ということで、帰国します。」
「そんなことをしたら、この国から出られないぞ。」
「構いません。救出を待ちます。」

「救出などできるはずがない。」
「試してみますか。」
「脅すのか。」
「脅しているのはそちらでは。」
「強気だな。」

「却下されるかもしれない案件の調査はしないと言っているだけです。K国の公式調査団を拘束するのであれば、K国ばかりか先進国の殆どを敵にすることになります。どの国も如何なる使節も送らなくなるでしょう。」

「たかが、コンサルタントが何を言う。」
「そのたかがコンサルタントが、世界各国を代表して来ているのです。世界を相手にするつもりで、お話し下さい。大統領の子息も留学されているようですが、帰国は直ぐでしょう。止めたければ止めなさい。襲いたければ襲いなさい。報復は皆さんの期待を裏切る規模です。ブラフなどではありません。先進国を敵に回せば、国境など、一溜まりもありません。」

「わ、わかった。閣下と話してみる。」
「話すだけですか。いいでしょう。しかし、私の言ったことを一語一句正確にお伝え下さい。」
「わかった。」


翌朝、外務大臣がやって来た。

「加賀君、閣下がお会いになる。来てくれ。」
「行って、チョンでは話にならない。私は実施の確約をお願いしているだけです。」
「本気か。」
「本気とはどういうことですか。コンサルタントはいつも本気です。あなた方、政治家とは違います。これでは仕事になりません。今日、帰国します。」


空港に着き、出発を待っていると、大統領がやって来た。
「儂に楯突いたのは、お前か。」

その時、上空を数機のジェット戦闘機が横切った。
驚いた大統領と側近たちが、頭を手で覆い、座り込んだ。

「何だ、敵襲か。」
「閣下、ここは国境からは離れています。海から来たものと思われます。機体の印からすると、K国とI国の戦闘機と思われます。」
「どういうことだ。」
「威嚇です。加賀殿が言われた通り、各国を代表して来られたのではないでしょうか。」

大統領は加賀を見た。
「そんなことがあるのか。君は何者だ。」
「雇われコンサルタントです。」


警護の人間の無線が鳴った。

「閣下、紛争地への侵入と攻撃があったと連絡ありました。」

「加賀とやら、どうしろというのだ。」
「調査だけさせて、報告書に碌に目を通さず、却下。我々は真剣に調査して報告しています。却下するのなら、要請などすべきではありません。食糧援助や対立国への働きかけも全て中止し、交易の停止も検討した上で、ここに来ています。今回はこれで、帰国させて頂きたい。」

加賀は空港のホールを、搭乗口に向かって団員を引き連れ、歩いて行く。
威嚇を受けたばかりの大統領は動けなかった。阻止しようという気持ちも萎えていた。
航空機に乗り込むと、飛び立った。


K国に着くと、
「あの大統領は説得出来そうに思えませんでしたが、その通りになりました。」
「いいえ、あの大統領に面と向かって、あれほどの事を言って頂いただけで、十分です。」

その時、E国側より連絡が入り、職員が局長に報告してきた。
「加賀さん、大統領より、実施を前提に調査を許すとの連絡がありました。」
「放っておきましょう。暫く時間を空けた方がいい。私も暇ではありませんので、空きが出来たら連絡します。」
「あなたという方は。」
「では、失礼します。日本へはまだ、長旅です。」
加賀は、K国の援助局を出て、そのまま空港に向かった。

「局長、待ちましょう。あの方しかいません。」
「そうだな。待とう。彼はただの日本人ではないな。侍だ。」


加賀が帰国して数日後、E国から日本政府外務省に対し、大統領が訪問したい旨の連絡があった。

「何を考えている。今、大統領が国を離れたら、クーデターが起こるだろう。まして、日本に来たいとはどういうことだ。」
「大臣、どうしましょう。」
「自制されよと、返事してくれ。」
「どういうことですか。」

「決まっている。コンサルタントの加賀聡に会いに来るのだ。時間が空けば、彼は行くと言っているのだから、待つように返事してくれ。」
「承知しました。」

数時間して、
「大臣、返信がありました。待つとの返事です。」
「それでいい。後は、彼に任せよう。三刀矢氏にも連絡を入れておいてくれ。そうだ、K国にもな。」

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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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