第41話 アリエンタの提案書

文字数 1,589文字

加賀はアリエンタの提案書を読み返していた。
加賀には、これが専門学校卒の娘が書いたものとは思えなかった。

7年間のコンサルタント経験があるとはいえ、ありえないことだと思った。

それは貧しさの中で産まれたのではないかという気がした。

計算軸の変更が必要になり、それが連続する。
彼女の評価手法は、家族を思う心にあるのではないか。
会って、話を聞きたいと思う衝動が抑えきれなかった。
その一方、今はその時ではない気がしていた。

何が変わったのだろう。こんな報告書が書けるなんて。
狛江は何を変えたのだろう。

狛江は自分に似ている。
気配りの狛江だ。


きっと、彼女の渦に気づいて、自分の計算軸、つまり収入の時間軸も変わるということを示し続けたに違いない。
それも、とてつもなく変化するということを。

彼女は解き放たれたに違いない。
今、後悔の渦が癒された、いや消え去った。
楽しみな仲間が増えた気がする。


アリエンタは、現地調査を終え、K国に戻った。
報告書を書き終え、涼子に提出した。
後日、呼ばれた。

「ご苦労さんでした。良く出来ているわ。」
「ありがとうございます。」

「3ヶ月したら、F国経由、H国に行くことになったけど、いいかしら。その間は大学に通ってもいいわよ。」
「仕事ですか。」

「アルフォンソさんの仕事を引き継ぐのよ。正式なアサインだから、大変だけど。あなたなら、大丈夫よ。」

「アルフォンソさんのですか。プロマネでしたよね。」
「カリナさんがプロマネになって、あなたが副プロマネ。I国側にあなたの提案書を見せて、変更の許可を取ったの。」

自分の国で仕事が出来る。
母国で一人前になった姿を、家族に見せられる。
嬉しさで、涙が溢れた。

「泣いている暇はないわよ。F国で加賀さんが待っているわ。それと、一時帰国の希望は却下します。その時、あなたは母国にいるのですから。」
「涼子さん、ありがとうございます。嬉しいのに涙が出ます。」


アリエンタは、出発までの間、働きながら、大学に通った。
F国に着くと、迎えの車に乗って、会社に着いた。
社長室に入ると、加賀が待っていた。

「君がアリエンタ君か。よく来た。座ってくれ。」
「はい、K国の会社所属です。よろしくお願いします。」
「H国での仕事は物足りないかもしれないが、母国だから、我慢してくれ。」
「とんでもありません。嬉しいです。」

「H国のプロジェクトが終わったら、K国での修士課程だな。」
「論文を出して、取得しました。博士号取得論文も提出して、内定を貰いました。」
「驚いたな。そこまでなのか。論文は見せてもらえるかな。」
「もちろんです。」

「では、H国での業務が終わったら、日本で勤務してくれないか。」
「日本ですか。」
「本社の社長が君を欲しいそうだ。幹部待遇になる。」

「構いませんが、どうして。」
「日本で旋風を起こして欲しいそうだ。冗談だ。全プロジェクトの評価査定とプロジェクトの評価手法の指導を期待している。」


「私に出来ますでしょうか。」
「君に出来ないなら、誰も出来ない。」
「加賀社長、ありがとうございます。色々気配り頂いて。」

「気配りはしない。能力のある者を適材適所するだけだ。明後日の出発で、大変だろう。もう、今日はホテルで休んでくれ。」
「加賀さんのお家に行きたいです。迷惑でなければ。」

「わかった。夕食に招待しよう。何かメニューの希望は。」
「シニガンとアドボを。」
「わかった。用意する。涼子さんに聞いたか。」
「はい。」


加賀のコンドミニアムは、居心地が良く、料理も美味しかった。

「可愛いお嬢さんね。事務の方なの。」
「一人前のコンサルタントだよ。来年から、東京本社の幹部になる。」
「あら、凄い方なのね。」
「まだ、未熟です。」
「いい方が見つかるといいわね。」

「結婚は当分ありません。国に家族がいますから。」
「そうなの。無理はしないでね。」
「はい。でも、今は仕事が楽しいので、苦になりません。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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