第16話 カリナ2

文字数 3,485文字


3週間後、カリナはF国の自宅に帰り、休む間もなく、数日後日本に向かった。
ビジネスの座席は快適だった。

日本に着くと、社長に言われた通り、空港からリムジンバスに乗り、箱崎T-CATからタクシーに乗る。


本社では社長が待っていてくれた。

「F国現地法人から来ましたカリナです。」
「おー、来たか。迷わなかったか。」
「はい、大丈夫です。」

打ち合わせと書類の確認が終わると、
「今日は、ホテルで休んでくれ。明日、機構側との打ち合わせになる。
誰か、カリナさんをホテルまで案内してくれ。」
「それじゃ、私が。」
「狛江君か、頼む。」

会社を出ると狛江がカリナに話しかけて来た。
「カリナさんはF国立大卒ですってね。そんな優秀な方が来てくれるなんて、誰も思っていなかったから、盛り上がったわ。機構側も斬新な考えが聞けるんじゃないかと、期待しているそうよ。」

「この前まで、主婦でしたので、期待が大きいと緊張します。」
「大丈夫よ。話してみれば、たいしたことがないのが判るわ。」
「そうかしら。でも、頑張ってみます。」
「適度でいいのよ。頑張りすぎると、誰もついていけないわ。」


翌日、機構側との打ち合わせに入った。
淡々と打ち合わせは続いた。
機構側の担当者が、カリナに話を振った。

「カリナさんでしたね。来て頂いてありがとうございます。財務分析の専門家として、今回のプロジェクトにおける財務上の問題点をどう見ますか。」

「F国の省庁の財務分析は予算分析だけでは十分ではありません。計上されませんが大きなプール金があります。一見、裏金に見えますが、借款やローンのプロジェクトで法的に認められたコミッションです。大臣が頷けば、必ず支出されます。プロジェクトの初期投資にもこれが使えます。必要な投資額は、運営費を含めて、FEDA(経済開発庁)のプロジェクト評価レポートに記載されています。このレポートを各省庁が受け入れないと、実施が担保されません。
F国では大統領が変わると、大臣が変わるだけでなく、省庁の幹部や管理職の人事も刷新されることが多々あります。職員は優秀で真面目ですが、能力や適性を無視した人事で、モチベーションが落ちたり、業務に支障が起きたりします。相手側にも受け入れられ、かつ効率的な人員配置や組織を提案できるかがプロジェクトの成功にとって鍵になります。」

「なるほど、何となく情報としては入ってきていましたが、詳しい仕組みを聞くと、理解できます。その当たり、カリナさんがどう料理されるか、楽しみです。」
「ありがとうございます。」


打ち合わせが終わり、機構側の担当者は上司と相談している。

「いきなり、核心をついて来たな。今回の財務分析次第では相手側の予算不足の突破口が出来そうだな。」
「簡単ではないでしょうが、予算はあることはわかりました。」

「彼女は言っていた。大臣が頷けば、必ず支出されると。その当たりをどうするかだな。
FEDAの話は驚きだな。プロジェクトを要請する前に、F国内部で審査していることになる。早速、機構のF国事務所を通じて問い合わせたところ、かなり厳しい財務分析をしているらしい。F国から先進国への要請案件が殆ど実施に結びつくのは、国内で既に選別評価された優良案件だけが要請リストに載るからだそうだ。こんな情報は聞いてないぞ。」
「確かに、F国の要請案件は殆ど実施に結びついています。今気づいたのですが、経歴書ではカリナさんはFEDAで数年、勤務実績があります。」

「それで、カリナさんは財務だけでなく評価分析にも明るいのか。待てよ、この案件の予算措置は金額の違いはあっても、既に実施機関が了承していることにならないか。」
「了承しないと、要請されないことになりますからね。」

「予算措置は大きな問題にならない可能性が高いな。組織配置をどう提案して受け入れられるかを見たい。それにしても蒼は優秀な人間を抱えたな。F国立大卒で、税理士の資格があって、評価分析も出来る。日本ではまずいない特異な人材だ。加賀が発掘したのだろうが。」

「現地法人は、異常な勢いで、U銀の案件を受注しているそうです。しかも、大型案件ばかりです。プロジェクトで抱えているコンサルタントは100人を超えたそうです。」

「会えばわかるが、普通のコンサルタントだ。だが、報告書の早さと正確さは定評がある。担当者は楽だそうだ。トラブルも全くない。
F国ではもう、大手と言ってもいいのだろう。売り上げも、本社を追い抜く勢いだそうだ。機構のプロジェクトは小さいが、ローンは5倍、10倍だ。儲かっているのだろうな。」

「最近、建築や土木の人間も雇用し始めたようです。U銀での評価も上がっているのでしょうね。」
「当然だろうな。でなければ、連続受注はあり得ない。」



年末になり、加賀は八女とそれぞれの家族と一緒に温泉リゾートに来ている。
豪華な宿ではないが、清潔で居心地が良かった。

「八女さん、面白いでしょう。」
「滝から流れて川になる、それが温泉だなんて面白いな。子供の泳ぎの練習にはぴったりだ。食事はビュッフェだが、案外旨いな。妻も子供も楽しんでいた。加賀君は前に来たことがあるのか。」

「カウンターパートの職員に、日帰りですが、連れてきてもらったことがありました。周囲にも地元の名物料理を出すレストランが幾つかあって、安くて味もまずまずです。」
「味めぐりか。いいな。行ってみよう。」

「報告書の方は順調のようですね。」
「この国のコンサルタントは優秀だな。指示をすれば、翌日には報告書を作って来る。徹夜しているのかな。」

「彼らは仕事を楽しんでいますから、徹夜しても苦にならないのでしょう。」
「俺は苦しむけどな。」

「僕は楽しいですよ。現地調査時の夜などはすることがないので、調査が終わる頃には報告書が、出来上がります。」
「俺とは違うのだな。帰らないと、手をつける気が起こらない。」
「それが普通のようです。」

「ところで、次のV国の案件だが、建築部分があるな。」
「日本から2名入れます。」
「雇ったのか。」

「雇ってもらいました。」
「可能性はどの位ある。」
「5分5分です。」

「まず、入札に呼ばれないとな。」
「挨拶は済ませました。感触は良かったです。前回の案件の担当がそのままいましたので、協力してくれそうです。」

「U銀の職員が協力などということがあるのか。」
「貸しがありますので。」

「そうだったな。相手の大臣を罷免させたのだったな。」
「人聞きの悪い言い方はやめて下さい。少し協力しただけです。」
「そうは言っても、加賀は何人もの問題幹部を葬って来ただろう。E国だったか、大統領を屈服させたと聞いたぞ。」

「あれは周囲の環境が整っていたからです。普通は出来ません。」
「整っていても、貫き通せる者などいない。まさか、殺すと脅されたんじゃないか。」
「あの手の人間は、脅せば誰もが従うと思っている。馬鹿な奴です。」
「そうだ。知らせようと思っていたことがあった。I国の人間が、下請けに、君の事を聞き回っていたそうだ。何か心当たりがあるか。」
「全く、ありません。物騒な世の中ですね。」

年末から年明けの1週間の休暇。加賀と八女の家族旅行はあっという間に終わった。それでも、子供達の燥(はしゃ)ぐ声を聞けただけでも満足だった。


コンドミニアムに着くと、冷蔵の航空荷物が届いていて、管理人の女性が加賀と八女に渡してきた。

「八女さん、社長からです。おせちでしょう。」
「そうか、年末年始に海外で働いていると、社長が送ってくれると聞いていたが、これがそうなのか。」
「僕も初めてです。」

「あなた、大丈夫なの。」
「ちゃんと料理ごとにパウチして用意してくれる店がある。割といけるそうだ。」

プラスチックの重箱の中にパウチした料理が入っている。袋から出して、詰めて行くと、ちゃんとしたおせちの3段重箱が出来た。

「あら、ちゃんとしているのね。数の子、かまぼこ、黒豆、海老、なます、昆布巻き、田作り、一通りそろっているのね。煮ホタテ、煮アワビ、焼き鮭、煮アナゴも入っているわ。豪華ね。」

「そのうち、おせちを家で作らなくなったら、このパウチおせちを取り寄せるようになるのかもしれないな。」
「そうかしら。あら、味もいい。本格的ね。」
「料亭の名店が作っているそうだからな。」

「お母さん、黒豆美味しい。アワビもちょうだい。」
「そう言えば、由美は黒豆が好きだったな。」
「お正月にしか食べられないからよ。」
「あなた、何食べる。」

「その田作りがいいな。」
「酒のつまみね。日本酒も入ってたわ。」
「うん、いいな。社長の気遣いに感謝だな。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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