第11話 新会社

文字数 2,723文字


休暇が終わり、出社した。

「加賀君、F国赴任の件、奥さんはどうだった。」
「大丈夫そうです。」
「それは良かった。いつ行く。」
「まだ、T国とE国の調査が残っていますが。」
「F国から行けばいい。」


再びF国を訪れた加賀は、ローカルコンサルタントが手配していた弁護士事務所や不動産屋を訪ねた。
現地法人を立ち上げ、事務所の開設、ローカルコンサルタントの合流などを終えると、日本に帰国した。

社長に報告する。
「どうだった。」

「ローカルが全てお膳立てしてくれていました。事務所も見つけてあり、登記の手続きも済ませました。」
「あのローカルは優秀だからな。」
「特に、ロイが頑張ってくれました。」
「ああ、新会社に合流することを快く同意してくれた。頼りになる。若いのに頭が切れる。」

「彼を常務にと考えています。」
「彼しかいないだろう。当分の間は、日本人は君1人になるが、大丈夫のようだな。いつ、発つつもりだ。」
「T国の案件を片付けたらと思っています。」
「わかった。よろしく頼む。」


数ヶ月後、加賀は妻と娘を連れて、F国に行くため、空港に向かった。
チェックインカウンターに立った。

「ビジネスクラス、大人2名、お子様1名ですね。お客様、差し支えなければ、ファーストクラスが空いておりますので、グレードアップできますが、いかがしましょう。」
「いいのですか。お願いします。」

ロイヤルラウンジで休んでいると、職員が迎えに来た。

「加賀様、搭乗時間になりました。案内致します。」
「少し早いですね。」
「ファーストクラスは最初の搭乗案内となります。申し訳ありません。」

多くの人が並んでいる搭乗口に最初に入り、機内に向かった。
一番前の3席だった。

「サトシ、またファーストクラスに乗れるなんて思わなかった。」
「他にファーストクラスの客はいないようだから、全部空いていたのだろう。」
「でも、何故、私達だけ。」
「チケットの金額が一番高かったのだろう。」


到着し、パスポートチェックと税関チェックをすませると、到着ロビーから外に出る。大勢の人達が出迎えに来ている。

加賀はいつもの通り、正面の道路の向こうで待っているロイに手を振った。
ロイが携帯電話でドライバーに到着を知らせている。
駐車場からやって来た車に乗り込むと、ホテルに向かった。

「住まいが決まるまで、ホテル暮らしになります。明日にはコンドミニアムを幾つか見て頂きます。気に入った物件があったら、契約を進めます。殆どのコンドミニアムは家具、調理器具、冷蔵庫、エアコンなど備え付けですので、契約当日から生活できます。メイドは日本食の作れる通いのメイドを手配しました。日本人学校に近いコンドミニアムには日本人が多く住んでいて、学校までスクールバスの送迎があります。お勧めです。」

「ロイ、面倒をかけるな。」
「いいえ、仕事の内です。」

2日間はマニラの三ツ星ホテルで過ごし、ロイが勧めてきたコンドミニアムに決め、3日目には住み始めた。
片言だが日本語を話す中年のメイド、マリヤは長く日本人の家で働いてきたため、日本人に人気のメイドだった。
聞いて驚いたのだが、自宅では自分の子供達の世話をする若いメイドを雇っているそうだ。

現地法人、蒼インターナショナルの本社は、タフト通りからキリノ通りに入り、裏通りに入った比較的静かな場所に建つ、5階建てのビルの2階だった。
コンサルタント7人に事務員数名が既に、仕事を始めている。


「社長。」
「加賀と呼んでくれ。堅苦しい感じがする。」
「では、加賀さん、U開発銀行の案件でF国での訓練機材整備の案件があります。関心表明したいのですが。」

「いいのではないか。それにV国での学校機材整備の案件もあると聞いている。両方、出そう。人手は大丈夫だろうか。」
「外部のフリーコンサルタントに声をかけてありますので心配ありません。ただ、プロマネは日本人の方が。」

「わかった。V国の案件は私が出る。F国の案件は八女さんに頼もう。」


U開発銀行にアポイントを入れ、ロイを連れて担当に会った。

「加賀さん、やっと動かれますか。私、フローラがV国の案件担当で、こちらのニコラスがF国案件の担当です。早速ですが、始めましょう。V国の教育省の新大臣は何かと金を巡る噂の絶えない人物で、これまで清廉潔白と言われた大臣達とは少し毛色が違うようです。既に、別件で金が動いたという情報もあります。」
「V国では珍しいですね。」
「その通りです。この新大臣が私腹を肥やすと、他の大臣や長官も追随するのではないかと、各援助機関の悩みの種となりつつあります。」
「案件概要は頂けませんか。」

「それは、できません。でも、入札仕様書に載せる予定の両件の案件はお渡しできます。他社も同様にします。」
「助かります。」

「前回のように、完璧な提案書を期待します。」
「ありがとうございます。」
「公示はV国案件が2週間後、F国案件が1ヶ月後となります。」

会社に戻ると、

「V国に入って、資料集めをしてくれないか。」
「既にあります。別件で教育省の仕事をしていたコンサルタントが、最新の資料を提供してくれています。調査団のメンバーに入れたらどうでしょう。提案書作成にも参加してくれます。」
「それはいい。任せる。F国の案件はどうだ。」

「殆どの資料は、収集済みです。コンサルタント同士のネットワークがありますので。」

「だが、同業他社も同じということか。」
「そうでもありません。既に、声かけは済んでいますから、他社に情報は漏れにくくなっています。もちろん、金で情報を売る者もいるでしょうが、バレたらどの会社も使ってくれなくなります。今回は、特に蒼の受注の可能性が高いと噂されているので、変な動きは全くありません。」
「前の会社の時から準備していたのだな。」

「はい、しかし、会社の経験が十分ではないため、その部分の評価点は低くなるでしょうから、難しいだろうと考えていました。今回は蒼コンサルティングの豊富な会社経験が使えますので、皆、張り切っています。」
「わかった。V国案件は僕が担当する。君はF国案件の提案書を頼む。見積書も頼みたい。」
「了解です。」

V国案件の公示がなされ、関心表明を提出した。
1ヶ月後、入札参加を認める書類が、案件概要書、仕様書とともに届いた。
F国案件も遅れて公示され、関心表明を送付した。
こちらも入札参加許可状と案件概要書、それに仕様書が届いた。

それぞれ、約2ヶ月後に締め切りを迎え、両件とも提案書を提出した。

U銀の担当者から、翌日、連絡があった。
「メンバー1人の博士号取得の証明書がありません。急ぎお送りください。」
社内に衝撃と緊張が走った。





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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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