プロローグ

文字数 2,612文字

1986年5月、先進国7ヶ国外相会議が東京で開かれた。
同時期に、先進国の援助部会も開かれていた。
議題は、頻発している途上国各国の閣僚への収賄問題である。

「最近、収賄が頻発していると途上国、特に東南アジアの我が国大使館から報告が上がって来ている。その中でも借款の案件では深刻だ。公の会議で堂々と要求する閣僚まで現れた。ゼネコンやエンジニアリング会社の過当競争ではないかと専門家は言っている。」
「借款と言えば、日本とU銀の金額が大きい。どう考えていますか。」

「U銀の案件については日本の会社は殆ど受注していない。借款でも、日本の業者限定は減りつつあります。」
「現地の閣僚達に賄賂癖をつけたのは、円借款ではないかと噂されている。」
「その事は確認されたわけではありません。」

「わが国の援助関係者はそう信じているようだ。」
「私も援助担当から同じことを聞いている。」
「このまま放っておけば、深刻な事態、つまり賄賂が蔓延するのではないかと我が国は危惧している。事実、政府関係者の中には、アジアでの支援を見直すべきだとの意見も出ている。」

「各エリアの開発銀行の話によると、アジアだけではないようだ。拡がりが見られる。もともと途上国は資金の動きに敏感な傾向がある。どうしても一攫千金を夢見る閣僚も出てくる。」
「対策を検討しましょう。その為には各国の協力は欠かせない。」
「各国からの協力が得られるのであれば、我が国も真剣に取り組むことを約束します。」

「本格的かつ抜本的な対処が必要です。その為の協力はどの国も惜しまないでしょう。」
各国の官僚達が頷いている。


円借款や日本が歴代の総裁を務めるU開発銀行におけるローン案件における収賄問題は、疑惑どころか、援助機関関係者の間では、周知の事実として、認識されている。
間接的ではあるが、日本が批判の矢面に立たされたことになる。
このまま放置すれば、日本に対してさらに厳しい目が向けられる。

ここまで批判を浴びると、官邸も放っておけなくなった。
先進国による途上国支援の枠組みが維持できなくなると憂慮されるからだ。
つまり、援助機関同士の連携協力の破綻を意味する。
異例なことではあるが、官邸は内調、公安、公取の幹部を集め、対策をたてるよう指示した。


「内調の三刀矢(みとや)です。対策を取るといっても、海外だし、まして下手に干渉すれば、内政干渉だと言われてしまいます。」
「公安総務課の四矢(よつや)です。国内問題ならば、何とか対処の方法があるのですが、海外となると経験もありませんし、どうしたものか。」
「公取の三ツ矢(みつや)です。うちも、海外となると全くの素人です。まあ、金に絡んだ調査の方はできますが、それでも情報の入手が鍵でしょうな。」


「賄賂を出すのは企業ですから、元を絶つしかないでしょう。国内なら、我々3機関が協力すれば、調査できないことはないのですから。」
「しかし、金の動きがわかっても、当事国における調査をしないことには、何の金がどこに流れ、それが収賄なのかどうかも判断がつきません。それに、裏金でしょうから、直接の支払いはないはずです。現地で仲介をしている会社を調べないことには。特に下請けなどの可能性が高いのでは。」
「確かに、国内の調査だけでは限界がありそうですね。」


「どうやったら、調査が出来ますかね。」
「援助コンサル辺りに潜り込むのが一番いいのですが。」
「収賄には無関係で、信頼のおけるコンサルタントはいないか、援助関連の仕事をしている私の後輩達に聞いてみます。」三ツ矢
「大手ではなく、中小がいいでしょう。大手は収賄が絡みやすい大規模案件を扱っているわけですから。そこに、協力を頼んでも、用心されるだけです。」

「三ツ矢さん、聞き取り調査はいつ頃になりますか。」
「早速、聞き取りします。来週の月曜日、同じ場所と時間までにということでどうでしょう。」
「わかりました。」
三刀矢と四矢が頷いた。


1週間後、3機関の幹部は再び集まった。
「いいところがありました。蒼コンサルティングという機材設計を専門とする援助コンサルタント会社で、スタッフは全員で25名程度です。売り上げはたいしたことはありませんし、何より、収賄とは程遠い小規模案件だけを受注しています。商社の間でも評判が良く、好意的な意見が多いようです。」

「ということは、商社とべったりということではないのですか。」
「そういう意味ではありません。機材納入時におけるトラブルを、上手に解決して、プロジェクトが円滑に進むように計らってくれるそうです。建設会社からの評判もいいと聞きました。」

「何故、そんなことを。」
「プロジェクトが円滑に進めば、ドナーの評価も高くなります。評価が高くなれば、案件に呼ばれやすくなり、採点する側の心証も良くなります。実際にドナー側も信頼できるコンサルタントだと言っています。」

「しかし、中小コンサルだと、大規模案件や円借には縁がないのでは。」
「そうでもないようです。機材コンサルタントはどんな案件でも必要とされ、円借款でも下請けとして参加することが多いようです。」
「となると、機構側の協力も欠かせないな。官邸に頼もう。批判の矢面に立つのは機構なのだから、全面協力をするよう、指示を出してくれるだろう。場合によっては、将来、理事あたりで入り込むことも考えよう。」


「しかし、どうする。直接、話を持って行っても、まともな会社であればあるほど、尻込みするんじゃないだろうか。」
「税務署から攻めましょう。ちょっとした記入ミスでも、弱みは握れるものです。」

「公取はそんなことをしているのですか。」
「とっかかりの調査とはそんなものです。特別な事ではありません。」
「わかりました。それでは、その線で進めましょうか。」


「どなたが行きますか。」
「当然、3人共です。」
「そう言われると思っていました。面白くなりましたな。あ、これは不謹慎でした。」
「いえ、確かに面白くなるかもしれません。」





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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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