第23話 片桐‐初めての調査
文字数 4,892文字
片桐は孤児院と身体障害者施設を回る。
行動に制約はないようだが、立ち入り禁止区域や検問のある場所がある。パスポートは常に携帯する必要がある。ないと、拘束されることもある。
ある孤児院に入り、声をかける。
修道服を着た老婆が現れた。
「お主が片桐さんか、待っておった。見てくれ。全部見てくれ。」
「ありがとうございます。」
「やはり、運営費が問題ですか。」
「いいや、毎月、カラがくれる。十分ではないが、飢えはない。」
「カラとは大統領の事ですか。」
「カラはカラじゃ。他は知らん。」
「何か、不足している物がありますか。」
「そうじゃのう。子供達の服や靴は欲しい。それにマットじゃ。子供達は板張りの上で寝とる。良く寝れるものじゃ。それにシャワーがあると助かる。今は、井戸で水を被るだけじゃ。乾季になると水も出ん。」
「水道は。」
「水道も枯れる。」
「飲み水は。」
「給水車が来る。カラが手配してくれる。」
「小さい子供の乳は。」
「儂はもう、出ん。近所の女に頼むこともあるが、苦労している。」
「粉ミルクはありませんか。」
「いつも、売り切れじゃ。」
「食堂と子供達の部屋は見られますか。」
「構わんぞ。カラが全部見せろと言っておった。」
食堂は木製のテーブルが幾つかあるが、椅子は壊れているのが殆どだ。食器や皿も、欠けて、満足なものがない。
子供達は板張りの床に雑魚寝しているようだ。男女の区分けもない。
老婆は院長だった。全てを見せてくれた。
「全部、見たか。」
「はい、ありがとうございました。」
「もう、来ることはないのか。」
「必要な物を持って、また、帰って来ます。」
「本当か。待っとるぞ。」
院長は最後まで、片桐の手を離さなかった。
片桐は、院長の手から伝わって来る何かに圧倒されたが、心地よさも感じていた。院長は少女のような瞳をしていた。
残りの孤児院も回ってみたが、状況は似ている。
全部で3ヶ所だった。
次に身体障害者の施設を回ろうとしたが、遅くなったので、ホテルに戻った。
狛江が戻っていた。
「どうでした。」
「今日は孤児院を回りました。明日は障害者施設を回ります。」
「後、2日ですが、回れそうですか。」
「はい、2日あれば、回れると思います。チケットは買えましたか。」
「買えましたが、とりあえず、ジョモケニヤッタまで。ナイロビで日本までのチケットを買います。」
「買えなかったのですか。」
「少し、不安が。航空会社とは電話でのやりとりなので、発券されても、使えるのかどうか。」
「なるほど。不安ですね。大金ですし。明日は。」
「職業訓練所と大学に行き、機材受け入れの体制の確認です。停電の多い国ですので。それにスーツケースやその他もろもろ買うお金を渡しておきましたが、その確認もしておかないと。」
「費用は全部持つのですか。」
「基本的にはそうです。宿泊費と日当を渡して自分で全部払ってもらうこともありますが、この国の人にはまだ無理でしょう。国を出てから、帰るまでの全てを持ちます。」
身体障害者施設は、入居と通いの2通りがあった。
目、耳の悪い人、手のない人、足のない人、様々である。
地元の職人が、木を削って義足を作るところもあったが、合わないのか余り使われていなかった。
義足を作る工具や材料がない。
義足を作る技術が移転出来るだろうか。
幾つかの施設を回って、ホテルに戻った。
「狛江さん、訓練所に義足を作る技術を移転できますかね。」
「可能だと思いますが、日本で義足を作る会社が受けてくれないと、何とも。」
「わかりました。調べてみます。」
「お手数かけます。」
翌日、ホテルを訓練所の所長と大学の学長を乗せて、車で出発した。
「すみません。寄り道をお願いして。」
「構いません。」
車は孤児院の入口に停まった。
すると、所長が聞いてきた。
「狛江さん、聖母様に合われるのですか。」
「聖母様とは院長の事ですか。」
「はい、私達国民の母です。」
「片桐さん、知ってました。」
「いいえ、ただ、もう1度会っておきたいと思っただけです。」
院長が出て来た。
「片桐じゃないか、帰る前に寄ってくれたのか。」
「はい、ご挨拶だけと思いまして。」
「うん、うん、嬉しいぞ。」
「聖母様、カラバです。御無沙汰しております。」
「アンスです。お会い出来て嬉しいです。」
「カラバとアンスか。日本に行くのか。しっかりな。」
「はい、ありがとうございます。」
「片桐、待っておるぞ。」
車の中から振り返ると、院長が手を振っている。
「片桐さん、聖女様とお知り合いでしたか。」
「ええ、孤児院に必要な物を寄付したいと思って、伺いました。」
「聖女様があんなに嬉しそうにされるのを初めてみました。」
「何故、聖女様と。」
「民を救い、分け隔てなく接して下さるので、皆、聖女様と。」
「そうでしたか。」
「片桐さん、この国に来たら、必ず、聖女様にお会いして下さい。あんなに、喜ばれるのですから、我々も嬉しいです。」
「そのつもりです。」
「お願いします。」
ナイロビに着くと、2人の往復チケットを買い、日本の領事館にビザの申請に行った。聞いていた担当者に面会し、ビザ発給を頼んだ。
「紹介状は日本の機構ですが、ファンドはI国ですか。珍しいケースですね。まさか、加賀さんの案件ですか。」
「その通りです。」
「ちょっとお待ちください。書記官を呼びます。」
暫くすると、一等書記官だという女性がやって来た。
「うちの大使がE国に行き、日本の臨時事務所の手続きをさせたようですが、ご存じですか。」
「はい、カラさんから聞きました。」
「カラさんて、大統領の事ですよね。」
「加賀が、カラさん、カラさんと呼ぶものですから、つい、私も。」
「蒼コンサルティングというのは加賀さんの会社ですか。」
「いえ、親会社です。」
「では、臨時事務所開設許可の書類をお持ち下さい。外務省に提出すると手続きは済みますので。外務の担当の名刺のコピーがここに挟んであります。それにしても、あの強権大統領をカラと呼ぶ人間は、世界中で加賀さんだけですよね。」
「いえ、孤児院の院長がカラと呼んでいました。大統領の事かと聞いたら、知らないと言っていましたが。」片桐
「ああ、彼女は身内です。叔母だったと思います。」
「有名なのですか。」
「ええ、大統領の育ての親です。大統領も彼女の言うことには耳を傾けるそうで、何かあると、困った人は彼女を頼ります。」
「そうでしたか。」
「I国の大使館からも、大統領との接見の依頼をされています。加賀さんはいつ来られますか。」
「6ヶ月後になるかと。」
「加賀さんにお願いするしかありません。うちの大使が話したら、加賀に聞いてくれと言われたそうです。全部、任せてあると。」
「加賀に連絡しておきます。」
「よろしく頼みます。でも、痛快です。I国に頭を下げさせたのは加賀さんだけですから。今回も、I国の資金で、日本の業者が納入するという前代未聞のことが起きていますから。カウンターパートのビザの発給をしますので、少しお待ちください。」
ビザの取得を終えると、ホテルにチェックインした。
「予定通り、明日、出発できますね。」
「ええ、ほっとしました。」
その夜、在ケニヤI国大使館の書記官と名乗る者が狛江を訪ねてホテルにやって来た。
名刺交換をする。
「I国大使館の書記官をしておりますカールソンと言います。夜遅くお尋ねして申し訳ありません。何度も連絡を取ったのですが、繋がらなくて。早速ですが、狛江さん、大統領閣下への接見はいつ頃になりそうでしょうか。」
「そうですね。6ヶ月経ったら、加賀さんが来ます。その時、一緒にどうでしょう。それまでに、E国側との調整は済ませておくそうです。詳しい日程はまだ、決まっていませんが。何処に連絡すれば。」
「ありがとうございます。東京の担当者にお願いします。」
「機材案件の担当のジェームズさんですね。」
「彼は筆頭書記官ですが、こちらからも連絡を入れておきます。」
「そちらの代表の方は、大使ですか。」
「大統領は選挙が近く、国外に出られません。恐らく、国務長官、大統領首席補佐官、それに大使となると思います。新大統領が決まったら、改めて会談の予定が組まれると思います。」
「補佐官と言えば、私も首都でお会いしましたが、同じ人でしょうか。」
「そうです。加賀さん担当です。」
「専門の担当官が見えるのですか。」
「いえ、首席補佐官です。」
「偉い人だったんですね。」
「私も会えません。」
「それは申し訳なかったです。」
「いえ、ありがとうございました。いい情報が頂けました。」
「あの、お名前はカールソンさんでしたね。」
「はい、カールソンと言います。」
「私は、何度かE国に来ます。次回来た時に、ご一緒にどうですか。カラさんにも会えますよ。」
「えっ、いいのですか。」
「一緒に、飲み明かしましょう。」
「カラさんとは、カラ大統領閣下のことですか。」
「そうです。お土産に、いい地酒があると喜ぶと思います。」
「バーボンですね。本当に大丈夫でしょうか。」
「お土産さえあれば。」
「ビザは大丈夫でしょうか。」
「私の方から、連絡を入れておきます。
「わかりました。狛江さん、よろしく頼みます。会えて良かったです。」
軽い足取りで、カールソンは帰って行った。
片桐が話しかけて来た。
「狛江さん、いいのですか。加賀さんには。」
「聞かれていたのですか。加賀さんの指示です。」
「ここまで、読んでいたのですか。加賀さんは。」
「加賀さんですから。」
「しかし、そこまで読むことができるものですか。」
「加賀は全て準備万端にしないと動きません。とは言うものの、私も確かめたことはありませんが。」
「私も踊らされているのですか。」
「馬鹿なことを言われますね。加賀さんは片桐さんに足を向けて寝られないと、家のベッドの位置を変えるほどです。そんな方を踊らせるなんて。加賀が聞いたら、泣くでしょう。絶対に言わないで下さい。私も言いません。」
「何故、それほど私を。」
「U銀の案件で助けて頂いて、受注出来たのは本当の事です。どれほどありがたかったか、加賀にしかわかりませんが。何か見返りを求めるわけでもなく、必要なものを、必要な時に、直ちに手配してくれたと言っていました。片桐さんは、会社の支店を使えばとおっしゃいますが、片桐さんの指示で支店の方が動いてくれるということは凄いことです。当たり前の事ではありません。片桐さんはその価値がわかっておられないのでは。」
「確かにそうかもしれませんが、考えたこともありませんでした。しかし、プロジェクトで加賀さんにお世話になったのは、私だけではありません。各支店の支店長は全員、それを知っています。ですから、加賀さんの名前を出すと、何も言わなくても、動いてくれます。」
「今度加賀に会われた時は、E国はいい国だったと言ってやって下さい。喜びます。」
「もちろんです。狛江さんともご一緒出来て、楽しかったです。」
日本に帰り、E国と商社との契約が、在日I国大使と職業訓練所のカラバ氏及びI国立大学のアンス氏のサインにより発効した。
加賀も参加した。
その夜、片桐は加賀と飲んだ。
「片桐さん、色々と面倒をかけます。」
「とんでもない。E国の調査は楽しかったです。」
「私の我儘ですが、大統領も片桐さんの事を叔母から聞いたそうで、喜んでいました。」
「それにしても、今回は驚きました。プロジェクトに色んな仕掛けがあるとは思いもしませんでした。」
「全て、狛江の発案です。」
「狛江さんは全て、加賀さんの指示だと。」
「狛江は優秀です。私の考えがわかるようです。聞いた時は私も驚きました。」
「加賀さんの後継者候補ですか。」
「いえ、私より優秀です。トップに立った時、何をするのか、想像さえできません。」
「それほどですか。」
「本社の社長が、じっくり育てて、蒼の将来を託す気でいたようですが、入社早々に、羽ばたいてしまって、嬉しいやら、心配やらのようです。でも、良くわかります。狛江は稀有な人材です。」
「確かに、私も自分の目で見て、確認しています。」
「しかし、蒼は次から次へと人材を発掘しますね。」
「まだ、序の口です。これからです。」
行動に制約はないようだが、立ち入り禁止区域や検問のある場所がある。パスポートは常に携帯する必要がある。ないと、拘束されることもある。
ある孤児院に入り、声をかける。
修道服を着た老婆が現れた。
「お主が片桐さんか、待っておった。見てくれ。全部見てくれ。」
「ありがとうございます。」
「やはり、運営費が問題ですか。」
「いいや、毎月、カラがくれる。十分ではないが、飢えはない。」
「カラとは大統領の事ですか。」
「カラはカラじゃ。他は知らん。」
「何か、不足している物がありますか。」
「そうじゃのう。子供達の服や靴は欲しい。それにマットじゃ。子供達は板張りの上で寝とる。良く寝れるものじゃ。それにシャワーがあると助かる。今は、井戸で水を被るだけじゃ。乾季になると水も出ん。」
「水道は。」
「水道も枯れる。」
「飲み水は。」
「給水車が来る。カラが手配してくれる。」
「小さい子供の乳は。」
「儂はもう、出ん。近所の女に頼むこともあるが、苦労している。」
「粉ミルクはありませんか。」
「いつも、売り切れじゃ。」
「食堂と子供達の部屋は見られますか。」
「構わんぞ。カラが全部見せろと言っておった。」
食堂は木製のテーブルが幾つかあるが、椅子は壊れているのが殆どだ。食器や皿も、欠けて、満足なものがない。
子供達は板張りの床に雑魚寝しているようだ。男女の区分けもない。
老婆は院長だった。全てを見せてくれた。
「全部、見たか。」
「はい、ありがとうございました。」
「もう、来ることはないのか。」
「必要な物を持って、また、帰って来ます。」
「本当か。待っとるぞ。」
院長は最後まで、片桐の手を離さなかった。
片桐は、院長の手から伝わって来る何かに圧倒されたが、心地よさも感じていた。院長は少女のような瞳をしていた。
残りの孤児院も回ってみたが、状況は似ている。
全部で3ヶ所だった。
次に身体障害者の施設を回ろうとしたが、遅くなったので、ホテルに戻った。
狛江が戻っていた。
「どうでした。」
「今日は孤児院を回りました。明日は障害者施設を回ります。」
「後、2日ですが、回れそうですか。」
「はい、2日あれば、回れると思います。チケットは買えましたか。」
「買えましたが、とりあえず、ジョモケニヤッタまで。ナイロビで日本までのチケットを買います。」
「買えなかったのですか。」
「少し、不安が。航空会社とは電話でのやりとりなので、発券されても、使えるのかどうか。」
「なるほど。不安ですね。大金ですし。明日は。」
「職業訓練所と大学に行き、機材受け入れの体制の確認です。停電の多い国ですので。それにスーツケースやその他もろもろ買うお金を渡しておきましたが、その確認もしておかないと。」
「費用は全部持つのですか。」
「基本的にはそうです。宿泊費と日当を渡して自分で全部払ってもらうこともありますが、この国の人にはまだ無理でしょう。国を出てから、帰るまでの全てを持ちます。」
身体障害者施設は、入居と通いの2通りがあった。
目、耳の悪い人、手のない人、足のない人、様々である。
地元の職人が、木を削って義足を作るところもあったが、合わないのか余り使われていなかった。
義足を作る工具や材料がない。
義足を作る技術が移転出来るだろうか。
幾つかの施設を回って、ホテルに戻った。
「狛江さん、訓練所に義足を作る技術を移転できますかね。」
「可能だと思いますが、日本で義足を作る会社が受けてくれないと、何とも。」
「わかりました。調べてみます。」
「お手数かけます。」
翌日、ホテルを訓練所の所長と大学の学長を乗せて、車で出発した。
「すみません。寄り道をお願いして。」
「構いません。」
車は孤児院の入口に停まった。
すると、所長が聞いてきた。
「狛江さん、聖母様に合われるのですか。」
「聖母様とは院長の事ですか。」
「はい、私達国民の母です。」
「片桐さん、知ってました。」
「いいえ、ただ、もう1度会っておきたいと思っただけです。」
院長が出て来た。
「片桐じゃないか、帰る前に寄ってくれたのか。」
「はい、ご挨拶だけと思いまして。」
「うん、うん、嬉しいぞ。」
「聖母様、カラバです。御無沙汰しております。」
「アンスです。お会い出来て嬉しいです。」
「カラバとアンスか。日本に行くのか。しっかりな。」
「はい、ありがとうございます。」
「片桐、待っておるぞ。」
車の中から振り返ると、院長が手を振っている。
「片桐さん、聖女様とお知り合いでしたか。」
「ええ、孤児院に必要な物を寄付したいと思って、伺いました。」
「聖女様があんなに嬉しそうにされるのを初めてみました。」
「何故、聖女様と。」
「民を救い、分け隔てなく接して下さるので、皆、聖女様と。」
「そうでしたか。」
「片桐さん、この国に来たら、必ず、聖女様にお会いして下さい。あんなに、喜ばれるのですから、我々も嬉しいです。」
「そのつもりです。」
「お願いします。」
ナイロビに着くと、2人の往復チケットを買い、日本の領事館にビザの申請に行った。聞いていた担当者に面会し、ビザ発給を頼んだ。
「紹介状は日本の機構ですが、ファンドはI国ですか。珍しいケースですね。まさか、加賀さんの案件ですか。」
「その通りです。」
「ちょっとお待ちください。書記官を呼びます。」
暫くすると、一等書記官だという女性がやって来た。
「うちの大使がE国に行き、日本の臨時事務所の手続きをさせたようですが、ご存じですか。」
「はい、カラさんから聞きました。」
「カラさんて、大統領の事ですよね。」
「加賀が、カラさん、カラさんと呼ぶものですから、つい、私も。」
「蒼コンサルティングというのは加賀さんの会社ですか。」
「いえ、親会社です。」
「では、臨時事務所開設許可の書類をお持ち下さい。外務省に提出すると手続きは済みますので。外務の担当の名刺のコピーがここに挟んであります。それにしても、あの強権大統領をカラと呼ぶ人間は、世界中で加賀さんだけですよね。」
「いえ、孤児院の院長がカラと呼んでいました。大統領の事かと聞いたら、知らないと言っていましたが。」片桐
「ああ、彼女は身内です。叔母だったと思います。」
「有名なのですか。」
「ええ、大統領の育ての親です。大統領も彼女の言うことには耳を傾けるそうで、何かあると、困った人は彼女を頼ります。」
「そうでしたか。」
「I国の大使館からも、大統領との接見の依頼をされています。加賀さんはいつ来られますか。」
「6ヶ月後になるかと。」
「加賀さんにお願いするしかありません。うちの大使が話したら、加賀に聞いてくれと言われたそうです。全部、任せてあると。」
「加賀に連絡しておきます。」
「よろしく頼みます。でも、痛快です。I国に頭を下げさせたのは加賀さんだけですから。今回も、I国の資金で、日本の業者が納入するという前代未聞のことが起きていますから。カウンターパートのビザの発給をしますので、少しお待ちください。」
ビザの取得を終えると、ホテルにチェックインした。
「予定通り、明日、出発できますね。」
「ええ、ほっとしました。」
その夜、在ケニヤI国大使館の書記官と名乗る者が狛江を訪ねてホテルにやって来た。
名刺交換をする。
「I国大使館の書記官をしておりますカールソンと言います。夜遅くお尋ねして申し訳ありません。何度も連絡を取ったのですが、繋がらなくて。早速ですが、狛江さん、大統領閣下への接見はいつ頃になりそうでしょうか。」
「そうですね。6ヶ月経ったら、加賀さんが来ます。その時、一緒にどうでしょう。それまでに、E国側との調整は済ませておくそうです。詳しい日程はまだ、決まっていませんが。何処に連絡すれば。」
「ありがとうございます。東京の担当者にお願いします。」
「機材案件の担当のジェームズさんですね。」
「彼は筆頭書記官ですが、こちらからも連絡を入れておきます。」
「そちらの代表の方は、大使ですか。」
「大統領は選挙が近く、国外に出られません。恐らく、国務長官、大統領首席補佐官、それに大使となると思います。新大統領が決まったら、改めて会談の予定が組まれると思います。」
「補佐官と言えば、私も首都でお会いしましたが、同じ人でしょうか。」
「そうです。加賀さん担当です。」
「専門の担当官が見えるのですか。」
「いえ、首席補佐官です。」
「偉い人だったんですね。」
「私も会えません。」
「それは申し訳なかったです。」
「いえ、ありがとうございました。いい情報が頂けました。」
「あの、お名前はカールソンさんでしたね。」
「はい、カールソンと言います。」
「私は、何度かE国に来ます。次回来た時に、ご一緒にどうですか。カラさんにも会えますよ。」
「えっ、いいのですか。」
「一緒に、飲み明かしましょう。」
「カラさんとは、カラ大統領閣下のことですか。」
「そうです。お土産に、いい地酒があると喜ぶと思います。」
「バーボンですね。本当に大丈夫でしょうか。」
「お土産さえあれば。」
「ビザは大丈夫でしょうか。」
「私の方から、連絡を入れておきます。
「わかりました。狛江さん、よろしく頼みます。会えて良かったです。」
軽い足取りで、カールソンは帰って行った。
片桐が話しかけて来た。
「狛江さん、いいのですか。加賀さんには。」
「聞かれていたのですか。加賀さんの指示です。」
「ここまで、読んでいたのですか。加賀さんは。」
「加賀さんですから。」
「しかし、そこまで読むことができるものですか。」
「加賀は全て準備万端にしないと動きません。とは言うものの、私も確かめたことはありませんが。」
「私も踊らされているのですか。」
「馬鹿なことを言われますね。加賀さんは片桐さんに足を向けて寝られないと、家のベッドの位置を変えるほどです。そんな方を踊らせるなんて。加賀が聞いたら、泣くでしょう。絶対に言わないで下さい。私も言いません。」
「何故、それほど私を。」
「U銀の案件で助けて頂いて、受注出来たのは本当の事です。どれほどありがたかったか、加賀にしかわかりませんが。何か見返りを求めるわけでもなく、必要なものを、必要な時に、直ちに手配してくれたと言っていました。片桐さんは、会社の支店を使えばとおっしゃいますが、片桐さんの指示で支店の方が動いてくれるということは凄いことです。当たり前の事ではありません。片桐さんはその価値がわかっておられないのでは。」
「確かにそうかもしれませんが、考えたこともありませんでした。しかし、プロジェクトで加賀さんにお世話になったのは、私だけではありません。各支店の支店長は全員、それを知っています。ですから、加賀さんの名前を出すと、何も言わなくても、動いてくれます。」
「今度加賀に会われた時は、E国はいい国だったと言ってやって下さい。喜びます。」
「もちろんです。狛江さんともご一緒出来て、楽しかったです。」
日本に帰り、E国と商社との契約が、在日I国大使と職業訓練所のカラバ氏及びI国立大学のアンス氏のサインにより発効した。
加賀も参加した。
その夜、片桐は加賀と飲んだ。
「片桐さん、色々と面倒をかけます。」
「とんでもない。E国の調査は楽しかったです。」
「私の我儘ですが、大統領も片桐さんの事を叔母から聞いたそうで、喜んでいました。」
「それにしても、今回は驚きました。プロジェクトに色んな仕掛けがあるとは思いもしませんでした。」
「全て、狛江の発案です。」
「狛江さんは全て、加賀さんの指示だと。」
「狛江は優秀です。私の考えがわかるようです。聞いた時は私も驚きました。」
「加賀さんの後継者候補ですか。」
「いえ、私より優秀です。トップに立った時、何をするのか、想像さえできません。」
「それほどですか。」
「本社の社長が、じっくり育てて、蒼の将来を託す気でいたようですが、入社早々に、羽ばたいてしまって、嬉しいやら、心配やらのようです。でも、良くわかります。狛江は稀有な人材です。」
「確かに、私も自分の目で見て、確認しています。」
「しかし、蒼は次から次へと人材を発掘しますね。」
「まだ、序の口です。これからです。」