第6話 暗躍

文字数 3,983文字

翌日から、三ツ矢の姿が消えた。
夕刻になると、ホテルに帰って来る。

「加賀君、ブローカーのロドリゲスという人物を知っているか。」
「はい、会ったことはありませんが、有名な人物です。」
「省庁との間に入り、調整をするとか聞いたが。」

「どこの商社も情報収集に使うと聞いたことがあります。A商社の片桐さんに聞かれたらどうですか。彼はここに駐在経験があります。」

「片桐君か。聞いてみよう。やっぱり、君がいて良かった。」
「金に執着する男だと聞きます。十分注意を。」
「わかった。」


数日後、ロドリゲスが消息を絶ったことを、帰国後、加賀は知った。
市警察に連行されたという情報が流れた。

半年後、G商社のF国担当者、J鐵工所の現場主任、Nエンジニアリングの担当者が両国政府の検察の任意調査を受けた後、家宅捜索が実施された。


調査が終わり、日本に帰国して、機構に三ツ矢を訪ねた。

「三ツ矢さん、今度は大掛かりでしたね。」
「G商社とJ鐵工所からNエンジニアリングに金が流れていた。現地ではロドリゲスも動いていたようだが、F国側が取り調べた結果、脱税容疑で逮捕された。現地側での金の流れは不明だが、談合もあったようだ。」

「調査能力が凄いですね。」
「国内であれば、出来ないことはない。ところで、次はT国だ。」
「T国の経験はありません。私より、社長の方が。」


「社長もプロジェクトに参加するのかね。」
「もちろんです。中小コンサルは全員、参加します。」
「では、社長と君に頼もう。」
「私は、他のプロジェクトもあり、長期は無理ですが。」
「問題ない。官邸の指示を受けて理事に就いている。どうにでも出来る。蒼の社長と君のアサインは調整しておく。」

「ああ、そうだ、今回はU開発銀行の資金だ。同期がいて、総裁とも懇意だから、心配ない。」
「U銀ですか。本部はF国ですね。暫く向こうになりますね。」
「国内では出来ないのか。」

「提案書は出来ますが、現地の提携コンサルタントから情報を得る必要があります。競争は厳しいですし、U銀がどんなアウトプットを期待しているかを掴み、我が社が強い関心を示していることを認識して貰うためにU銀の担当者の所に通わないと、コンサルタント入札に呼ばれることもかないません。」
「そんなにか。仕事を増やして悪いな。頑張ってくれ。」

「今度ばかりは、厳しいでしょうね。U銀の職員はなかなか情報を漏らしませんから。」
「蒼の参加を歓迎すると言っている。」
「U銀の職員は不正を嫌いますが。」
「担当者は日本人だ。入札選定には入れる。だが、提案書で負けるわけにはいかん。頑張ってくれ。」

加賀はF国の首都のオルティガス通りから入ったUB通りにあるU銀ビルに現地提携コンサルタントと一緒に来ている。受付で担当者の名前を告げ、アポイントがあることを伝えた。
エレベーターに乗り、担当がいるフロアに向かった。

作業テーブルのある部屋に案内され、担当者がやって来た。
「担当の亀井です。貴殿が加賀さんですね。最近のご活躍は聞いております。我々も協力は惜しみません。」

「活躍ですか。」
「お認めにならないことはわかっています。ですが、ここでは加賀さんは有名人です。気になさらないでください。」
「はあ、ありがとうございます。」

「カウンターパートの局長フレスが曲者です。彼には金の噂が絶えません。要請は3百億の建設機械ですが、返済能力を考えると百億がせいぜいです。調査すれば、そのことは直ぐにわかると思います。今回は、事前調査ですが、コンサルタントは完了まで担当します。ですから、競争は激しいでしょう。この書類には相手側の返済能力に関するU銀側の分析結果が記載されています。技術者の不足、低い技量、メンテナンス不足、維持管理費の欠如などです。お渡しできませんが、ここで目を通す分には構いません。他のコンサルタントにも同じ対応をしています。御心配なく。」

加賀はU銀を辞した翌日、T国に飛んだ。
T国の政府刊行物を求めて、書店を巡ったが、それらしい資料は全くない。ホテルで休憩していると、面会を求めて来た日本人がいた。

「加賀さんですね。私はA商社の皆藤と言います。ここの現地事務所の所長です。片桐から連絡がありました。お探しの資料は書店では入手できません。ご案内します。」

連れていかれたの、カウンターパートの入るビルの1階にある売店だった。
「ここで入手できます。他では売っていません。」
売店の書棚から目指す資料を見つけて、購入した。

「政府刊行物なのに、何故、他では買えないのですか。」
「印刷部数が限られているからです。しかし、情報公開の必要性が議会で高まっており、全く公開しないわけにはいきません。だから、省の売店で売ることにしたようです。こういうことは、この国ではよくあることです。」

「ありがとうございます。助かりました。」
「それと、I国の援助で実施された今回のカウンターパートとのプロジェクトの評価報告書をI国の事務所を通じて入手しました。内情が辛辣に書かれています。お持ち下さい。」

「ここまでして頂けると、何かあるのかと勘違いしそうです。」
「ご安心ください。U銀のローンでは我々の活躍の場はありません。ホテルまでお送りします。」


翌日、F国に戻り、提案書の完成を急いだ。
数日後、T国案件の入札要領がU銀側から会社に届き、加賀にも送られてきた。
社長に連絡を入れる。

「ファックスしましたように、事前調査の人数は5名、1ヶ月、本格調査は10名、3ヶ月。人の融通はつきますか。社長と私は決まりですが。」
「うちだけでは難しい。そちらの提携コンサルから人は出せないか。
事前で1名、本調査で2名。事前の担当は財務調査、本調査の担当は財務分析と積算2だ。」

「わかりました。候補になりそうな者のC/Vをメールで送りますので検討をお願いします。それと、人件費等見積書の作成の方もお願いします。」
「こちらに任せろ。」

調査メンバーを決め、提案書も完成した。
締め切りの前日に提案書10冊を、U銀に提出した。

1ヶ月後、提案書が1位となった連絡が入り、加賀はF国のU銀に社長と一緒に向かった。

「評価者の全員一致で1位でした。人件費その他の見積金額が他より高いですが、予算内です。お待ちください。財務検討の担当を呼びます。」
調査内容の調整と見積金額の若干の修正の後、本契約を結べることになった。


事前調査のために、U銀との打ち合わせを済ませてから、T国に入る。F国人1名を加えた5名である。
日本からF国に入り、U銀との打ち合わせの為に、2泊した後、直行便に乗った。

T国に着くと、予約していた車でホテルに向かう。カウンターパートとの会議は明日からとなる。
ホテルに着くと三ツ矢氏がいた。
メンバー表を見ると、U銀T国事務所臨時代理となっていた。
何にでもなれるようだ。

「何か情報はあったか。」
「局長に問題があるようです。」
「聞いている。どう対処する。」

「事前調査ですので、軽いフックを出して終わらせます。やりすぎると、本調査以降の実施コンサル契約に支障が出ます。でも、借款の金額はこの事前調査で決まりますので、妥協はできません。難しい交渉になるでしょう。」

「金の話は出るだろう。」
「当然でしょう。」
「私がいる所では、言ってこないだろう。」
「ですから、いつも、うろうろしてください。」
「それも、辛いな。」


会議が始まり、調査の詳細を説明した。
局長から発言があった。
「我が国は少なくとも5百億程度はと考えている。」
「貴国の要請は承りました。調査後にこちらが想定する妥当規模を提案します。最終的にはU銀との話し合いになりますが、幸いにも、U銀の三ツ矢氏もこの調査に参加されていますので、契約は早期になると考えています。」
「わかった。期待している。」

提案書の段階で、必要な資料は集めてあるので、調査は正式な資料を入手して精査し、プロジェクト実施後に十分な運営予算が確保できるかを確認することになる。

長官から、何度か呼び出しを受けたが、三ツ矢氏が常に同行したため、きな臭い話は出なかった。
しびれを切らしたのか、ホテルまでやって来たが、三ツ矢氏がいて諦めて帰って行った。

三ツ矢氏が翌日から、単独行動を取った。

長官がこの時とばかり、社長と加賀を呼んだ。
その時、秘書がノックした。
「長官、財務局の方がお見えになりました。急用とのことです。」
「わかった。直ぐ行く。君達との話は明日にしよう。」

長官は部屋を出て行った。

事前調査が終わり、カウンターパートとの会議に臨んだ。
長官はいなかった。
長官臨時代理が就任していだ。

「フレス長官は退任し、民に下った。私は新任の指名を受けているグェンだ。突然の変更だが、調査そのものに影響はない。では、始めよう。」

会議は順調に進み、カウンターパートの能力と予算規模から、要請の半分以下、3分の1の規模である百億程度が妥当だと説明し、受け入れられた。

「我が国の財務状況から、その程度の規模が妥当だろう。財務局でも返済能力を考慮すると、無理はしたくないという意向だ。良く、纏められた調査概要書だ。我が方の問題点が明確になっている。改善に努めよう。」


社長を含めた団員はF国のU銀行に報告に寄った。
「フレスを追っ払ったそうですね。金額も百億内に収まりそうで、感謝します。この内容で、T国側と契約交渉を進めます。ご苦労さんでした。蒼コンサルタントさんと一度、仕事をしたいと言っている職員もいます。今後も、チャレンジお願いします。」
「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。」








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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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