第2話 下請け

文字数 5,865文字

常務の三ツ矢に話を通すと、
「受けよう。」
待っていたかのように、返してきた。


「経験のある設備担当が全員アサイン中で、引き受けるのは難しいかもしれません。アサインが重なると機構側から罰則があります。」
「設備の人間を新しく入れよう。」
「援助での経験がないと、Eコンサルティングの了解が得られないでしょう。提案書の要員の点数に響きますので。」

「現場の人間と入れ替えよう。」
「担当の変更は機構側に承認を得ませんと。」
「こちらでやっておく。」
「お願いします。」


翌日、常務の三ツ矢に呼ばれた。
「機構側の了解は得た。八女君と入れ替えることにした。Eコンサルティングに連絡を入れてくれ。」

Eコンサルティングの遠藤氏に連絡を入れた。

「下請けの件、お願いします。機材担当は私で設備担当は八女、文書連絡係は三ツ矢となります。案件の業務指示書のコピーを頂ければ、C/V(経歴書)と機材部分の提案書は用意します。」
「又、一緒に仕事出来るといいですね。提案書には力を入れるつもりですので、吉報を待っていて下さい。」
「期待しています。」

機構のホームページに案件が公示され、興味のあるコンサルタントは関心表明を提出する。コンサルタントの登録情報や経験等から入札資格審査で選定されたコンサルタントに対し、案件説明会の日時が通知される。コンサルタントであれば、どの分野の案件でも説明会に呼ばれるのではない。だから、説明会には数社という場合が多い。

説明会では業務指示書とともに、案件の概要が示される。指示書に従い、提案書と見積書を指定された期日内に提出する。

機構内での審査の後、受注予定社に通知があり、契約のための折衝が行われる。この時、提案書の一部変更や見積金額の見直し交渉が行き詰まると、交渉は決裂となり、2番目の受注予定者に交渉権が移る。だが、そんなことはまずあり得ない。必ず交渉は妥結する。

加賀は、提案書の手伝いのための情報収集を行う。
機構の図書館でC国の基本情報を得る。
だが、重要な情報は現地でしか得られない。

別件で知り合ったC国の現地人に情報収集を依頼する。
相手は役人である。
情報料として対価を払った方が、有益な情報が得られる。
有料であれば、調べたい内容も指示できるからだ。

対象の施設を直接訪問して情報を集めてくれる。だから、現時点での生情報がそのまま送られてくることが多い。逆に頼まれる場合もあるとのことで、役人同士の付き合いの範疇なのだろう。

機材担当の範囲には機材のハードとともにそれを使う人員、組織、能力といったソフト面分析する必要がある。箱だけでは動かない。だが、機材だけでも動かない。動かすのは人である。
その人の職責、経験、学歴、職歴、年齢等を知らなければ能力は判らない。
さらに、学びに来るのは中卒なのか高卒なのか、それによって機材のレベルも変わる。
現状、施設にある機材の内容も必要となる。それによって、教員の練度が判り、選定する機材に影響する。
それらの事を対象施設の現状を加味しながら機材に関連する様々なことを書き連ねる。パソコンだが。

当該施設の現状に詳しいという印象を与えられれば成功である。現地に行くなり、人を雇うなど、手間と金をかけたことになり、案件受注の意欲が強いと判断され、より綿密な調査が予見できるからである。


3人の経歴書と写真及び下請け同意書を遠藤氏に郵送し、提案書の手伝いの部分はメールした。
経歴書を見ると三ツ矢がT大卒であることがわかった。

1ヶ月半程経って、遠藤氏からコンサル業務受注の連絡があった。
三ツ矢氏に報告すると、最初からわかっていたかのように、
「やっと、来たか。」
という返答が帰って来た。

下請けとなるので、人件費の交渉と打ち合わせのため、遠藤氏を常務の三ツ矢と一緒に訪れた。新宿駅西口から15分歩くと、Eコンサルティングの自社ビルである。

ガラス張りのビルの中に入り、受付で遠藤氏の名前を出すと、海外建設設計部のフロアの作業テーブルに行くように言われ、エレベーターで上がり遠藤氏と会った。

常務の三ツ矢が遠藤氏と名刺交換した。

「文書連絡係を常務さんが担当ですか。恐れ入ります。」
「いえ、この業界では新米ですので、よろしく。」
「C/Vの前歴では、Z紙工業の本部長となっておりましたが、珍しいですね。違う畑とは。」
「社長の三刀矢とは同僚で、誘われまして。」

「そうですか。ところで、人件費ですが、7掛けでお願いできますか。」
「遠藤さん、7割5分でお願いできませんか。」

「うちは下請けさんとは7掛けと決めています。ですが、提案書を手伝って頂きましたので、上に諮(はか)ってみます。でも、期待はしないで下さい。私の裁量では決められませんので。プロジェクトの業務主任が私で、建築担当2人と建築設備担当1人がこちら側です。全員で7人となります。今月15日に出発です。基本設計のための現地での調査は2ヶ月、帰国後の国内での作業1ヶ月半、相手国側への報告書の現地説明は半月です。チケットは手配済みです。機構側との打ち合わせは明後日ですので、これから団内打ち合わせをします。」
「わかりました。」
「それにしても、加賀さんの機材関連の提案はいつも通り、中身が濃いですね。ノウハウでしょうが現地情報の入手の方法を伝授願いたいところです。」
「恐れ入ります。」


打ち合わせが終わり、Eコンサルティングのビルを出た。
「もうこんな時間か。飯を食っていこう。」
「はい。」

駅ビルのレストランに入り、食事をする。

「人件費7掛けというのは安いのかね。」
「コンサルタントの人件費は機構の基準があります。等級が決められ、基本的には年齢で決まっています。
私は2等級ですが、3等級に落とされ、しかも7掛けです。2等級と3等級では月当たり50万以上違いがあります。
しかも7掛けですから、本来の人件費の半分近くになってしまいます。常務の人件費は4等級の7掛けです。大手は厳しいです。いつも、交渉するのですが、7掛けより上がったことはありません。」

「現地での宿泊費と日当は。」
「機構の規定通りです。等級が下がると、少しずつ下がります。航空運賃は正規料金で支払われるので、ビジネスクラスにアップしてくれると思います。4等級の常務さんは正規料金の対象ではありませんので、こちらで差額を負担することにして、ビジネスにするよう依頼しました。」

「それは助かった。長時間の狭い座席は辛い。」
「今回は、ドバイ国経由ケニヤ国のジョモケニヤッタ空港、そこからC国までまた、乗り換えです。乗り継ぎの時間を入れると20時間はかかるでしょう。」


「この業界に長いのであれば、長時間の飛行も慣れていると思うが、私は好きではない。」
「私もです。ですから、乗ると酒を飲んで寝ます。」
「ホテルはどうなる。」

「主契約者が手配します。3つ星クラスのホテルが少ない国では、要人などが急に訪れると、追い出されることもあります。最初に追い出されるのがアジア人です。足りないと現地人、最後は白人です。首都には、いいホテルは2、3軒しかありません。それ以外は、ガクンと落ちて、ゲストハウスになります。予約が取れているといいんですが。」

「知らなかった。アフリカでは日本人は、白人扱いと聞いたことがあるが。」
「現実は厳しいです。」

「これまで何ヶ国行った。」
「30ヶ国位でしょうか。同じ国に何度も行くことが多いので、回数はもっと多いですが。」
「大変な仕事だな。」

「地方でプロペラ機に乗った時、操縦室の入口の扉が開けっ放しで、しかも、時々片方のプロペラの回転が止まって、操縦士がエンジンをかけ直すのを見た事があります。怖いというより、諦めに近い気持ちになります。
乗る前に乗客の体重を計測してから、どの席に座るか指示して来ます。一度に手荷物を運べるだけの積載量がないため、手荷物は置きざりにされました。手にするのに3日間空港に通ったことがあります。」
「命がけだし、仕事にならないな。」
「常務も今回、調査団員ですよ。今回はプロペラ機には乗りませんからご心配なく。」


会社に帰ると、社長の三刀矢から呼ばれた。

「加賀君、角田君から辞表の提出があった。何か知っているかね。」
「いえ。でも、今回の経営陣の交代で、社員の間に動揺が広がっています。いつ誰が辞表を出しても驚きません。」

「ということは、君も考えているということかね。」
「否定はしません。私にも家族がいます。将来に対する不安が生まれれば、当然です。」
「今回の人事はちょっと乱暴なやり方だったかもしれないな。社員の動きまでは読めなかった。」

「説明不足です。経営陣は変わったが、今まで通り働けというのは大企業の考え方です。コンサルタントはプロジェクトの中でその都度、現場で色んな事を決定しなければなりません。つまり、裁量を広く与えられています。コンサルタントは色んな情報を分析して決断するのが仕事です。上意下達(じょういかたつ)のやり方はこの業界、少なくともこの会社では通用しません。」
「君も、退社を考えているのかね。」

「当然です。現在受注している案件は責任を持って、終わらせますが、その後はご容赦下さい。」
「私達3人は、3年以内には会社を去り、元の経営者が復帰する。何とか、社内の鎮静化を図ってくれないだろうか。」

「どこまで話出来るかによると思います。」
「そうか、勘の鋭い君ならばわかってしまうと思ってはいたが・・・。」
「いえ、私だけでなく、皆、何か裏があると疑っていますし、経営陣が政府機関から来ていると疑っています。」
「・・・。確かに、そう考えるのが当然かもしれない。」

「旧経営陣から、社員に説明して貰うのが一番だと思います。」
「秘密保持が出来るかね。」
「それなら、猶更です。旧経営陣から、数年間だけ協力してくれと頼まれれば、皆、従うと思いますし、情報漏れによるリスクが自分たちに跳ね返ってくることは十分理解します。秘密保持は通常の事です。それが、コンサルタントであり、私達はコンサルタントです。」

「わかった。直ぐに手配しよう。」
「お願いします。」

数日後の、夕刻、旧経営陣の社長と専務がやって来て、会社の会議室に社員を集めた。
説明を聞いた社員の間から、安堵の声が聞こえた。

「収賄や賄賂を失くそうという考え方が出て来たのは悪くはない、寧ろ、いいことだと思う。君達はその動きに惑わされることはない。今までと変わりない仕事をしてくれればいい。だが、秘密保持は会社の存続のためには重要だ。君達ならわかってくれると思っている。」
「復帰されるのは間違いないのですね。」
「ああ、約束する。角田君も、辞表を撤回してくれるね。」
「そういうことなら、撤回します。」


翌日、社長の三刀矢に呼ばれた。
「君の考えに従って良かった。何とかなりそうだな。」
「はい。皆、不安が無くなり、霧が晴れました。」
「これからも、何かあったら教えて欲しい。」
「承知しました。」


出発日の前日、自宅からスーツケースを宅急便で空港に送る。

「サトシ、出張は明後日ね。朝早いの。」
「夜中の1時に成田発だ。だから、会社から直接空港だ。」
「今日は早く帰って来てね。」
「ああ、今回は2ヶ月で、ちょっと長い。留守を頼む。」


翌日、会社に行くと、常務がスーツケースを机の脇に置いていた。
「常務、宅急便では。」
「いや、車で行く。加賀君も乗って行け。八女君にも伝えておいてくれ。」
「助かります。」


9時過ぎに常務の運転する車に八女と一緒に乗り込み、空港に向かう。

「常務、車は駐車場ですか。」
「ああ、駐車場から空港までの送迎付きだから、楽だ。」
「2ヶ月となるとかなり、かかるでしょう。」
「いや、知り合いがやっているので、格安になる。1日、100円位にしてくれる。」
「それは破格ですね。」
「そうだな。でも、内緒にしてくれ。誰かに頼まれると困る。知り合いは堅物だ。」

堅物ということは政府関係ということだろう。八女が目配りして来た。

スーツケースを宅急便カウンターから引き取り、チェックインして、空港のビジネスラウンジに行くと、遠藤氏と他の団員3名がグラスを片手に既に寛いでいた。

背広では、長旅はつかれるので、皆、ラフな服装である。
着くと、機構の現地事務所に直行となるので、上着だけは用意している。

挨拶してから、ラウンジでビールを飲んでいると、
「ちょっと、買い物して来る。」
常務が席を立った。

加賀もウィスキーの小瓶を買おうと、八女と一緒に、後を追った。
前を歩いていた常務が職員事務室の中に消えた。

免税店のロゴの入ったビニール袋を抱えて、ラウンジに戻ろうとしたら、常務が出てきた。数人の男達の姿が室内に見えた。

「おい、何だか変だな。こんなところで。」
「八女さん、見なかったことにしましょう。彼らの仕事です。」
「そうだな。」

そのまま歩いていると、同じくビニール袋を提げた常務から肩を叩かれた。

「ちょっと、打ち合わせをしていた。」
「随分、大人数ですね。」
「多くの人間が動いている。それだけ深刻に考えている。」


航空機は定刻に出発し、12時間ほどで、ドバイに着いた。
乗り換えの待ち時間が2時間半あり、搭乗口とラウンジの場所が離れていたので、免税店を巡ったり、空港の通路にある椅子に腰かけたりして、時を潰す。
免税店では高級乗用車まで売っている。この空港は広い。
ジョモケニヤッタ空港に着いたのは夕刻で、2時間待ってC国に飛んだ。



C/VCurricula Vitae


curriculum vitae




調




TOR



TORTerms of Reference








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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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