第30話 中堅商社マンの底力(そこぢから)

文字数 5,433文字


加賀と10人の日本人を含めた一行はK国に着いた。

「今回は、純粋な調査だな。3ヶ月だ。ゆっくり腰を据えて取り組もう。マスタープランの報告書を読めるだけ読んでみた。面白い。機構の図書館通いが習慣になった。何人か来ていたよな。」

「俺は、大学にも通った。久しぶりに頭を使ったが、楽しかった。」
「俺は、分野の本を読んで、系列メーカーにも通った。知らないことが多かったが、自信になった。」

「俺のところは輸送・交通だ。道路も入る。ばっちり、勉強した。」
「俺は港湾だ。専門だが、勉強し直した。」

「医療福祉、教育訓練、生活インフラ整備、農林水産、後は何だ。」
「建築建設、環境対策、通信インフラ整備、エネルギーだ。もう、覚えろ。」

「下請けのコンサルタントが各担当に、5名ずつ来るそうだが、何処から来る。」
「K国からと言ってなかったか。」

「通訳がいるな。」
「皆、英語は大丈夫だ。」

「良かった。報告書も英語だろうな。」
「英語で作れば、翻訳は下請けがやる。」


「皆、下請けの作業仕様は作ってあるな。」
「ああ、簡単だ。いつも、会社で馬鹿な部下に作ってやっている。」
「今回の技術費は1人1千万ちょいか。無償1件と思えば、率がいい。実質4ヶ月だしな。」

商社マン達は、各省庁のスタッフと下請けと一緒に調査を始めた。


各省庁のスタッフが休憩している。

「おい、日本人たちは疲れということを知らんのか。早朝から、5時までびっしり働く。堪らんな。でも、残業はしないので、助かる。」
「でも、よく調査している。俺達より、この国の事に詳しくなっていないか。」

「下請けのコンサルタントも煽られている。死ぬとか言っていたぞ。」
「でも、調査が終わると、一緒に食事して、酒も飲ませてくれる。俺は楽しみになった。」

「誰が金を払っている。」
「日本人が半分、残りを下請けコンサル5人が払っているのを見た。」

「閣下が自宅をコンサルタントに開放したから、宿代が無料だ。浮いたお金で払うから、負担じゃないらしい。」
「調査が始まる随分前から、調査団のリーダーの加賀が資金を出して、建築させたと憲兵が話していた。」


「あの宿舎なら、俺も泊まりたいな。」
「馬鹿野郎、毎日、飯をおごってもらって、住まいまでとか。よく言うな。」


片桐は、エネルギー分野を担当した。
調査前に調べると、水資源に乏しく、水力発電の可能性は低い。停電や断水が頻発しており、ホテルや官公庁ではディーゼル発電機が必ず設置してある。

火力発電はコストが高く、何より環境への負荷が避けられない。灯油やガソリンなどの石油製品は輸入に頼っている。
将来を考えると、風力発電や太陽光発電が有力であろうが、コストの問題と発電量が少ないのが課題である。
具体策を探るより、この国の資源がどうなっているのかを調査するのがまず先だと考えた。

各地に下請けコンサルタントを送り、資源調査を始めた。
特に、鉱石、石炭、石油、ガスなどの天然資源の痕跡がないか、さらに、実際に痕跡となりそうなものを集めさせた。
建築建設担当と話して、過去のボーリング調査のデータを集めた。
すると、首都近辺の浅井戸で温水が出た場所が数か所見つかった。
首都から南へ数キロも行くと、火山もあり、深井戸にすれば温泉の可能性がある。
過去に火山噴火や地震があり、首都でも被害が出たことがある。
集められた鉱石や輝石の種類は豊富で、K国に送り、分析してもらうことにした。

加賀に、温泉の話をすると、「掘ってみましょう。」と言って来た。

「コストがかかりますが。」
「ボーリングするだけなら、大した費用はかかりません。ナサフに頼んでみます。」

北東で調査していた下請けコンサルタントが、タールらしき痕跡が幾つか見つかったと言って来た。
写真を撮らせ、サンプルの収集をさせ、K国の蒼に送付した。

加賀は、首都で温泉を掘り当てた。
今は使われていないカラの別宅、今は加賀ハウスとなっている敷地に近く、パイプで引き込むことにしたようだ。
温泉に入れると嬉しいのだが。

先に送った鉱石や輝石のラフな分析によると、希少鉱石やレアメタルの可能性が高い物が幾つも含まれていることがわかった。レアメタルの精錬にはコストもかかるが、精錬による廃液の環境問題がある。しかし、ここで見つかったレアメタルの純度は高く、移送しても採算に合いそうだという報告があった。
エネルギー担当としては、範囲外なので、加賀さんの耳にだけ入れておいた。

報告書では、資源調査のない段階では、ありきたりの代替エネルギーの候補を上げるしか方法はなかったが、資源調査の必要性を強調することにして、具体的な調査域をマッピングして、報告書にした。

3ヶ月が経ち、加賀が団員を集めた。

「これから、報告書を完成させます。皆、ここまでの分は出来ていますね。」
「土日が潰れた。」

「これから、バージョンアップします。各自、報告書を皆に回してください。全体の意見を聞いて、修正するところは修正します。15日で纏めて提出してください。」

「加賀さんは、残りの10日程度で、全部チェックできるのですか。」
「やるしかありません。コンサルタントは商社マンには負けるつもりはありません。」


カリナと狛江と最終チェックする。

「データが多いわね。交通量も調査したのね。平日、休日、深夜、早朝まであるわ。これって、24時間よね。人の動きまで。」

「こっちは、各省庁のスタッフ能力調査がある。出身、学歴、年齢、役職、実績、指導力、将来性、必要な訓練、最終評価までついているわ。これは機密文書ね。外に出たら大変だわ。報告書から除いて、閣下だけに報告した方がいいわ。」

「こっちはもっと深刻よ。反体制派のメンバー、逮捕歴、住所、アジト、政府内の繋がりまで、書いてあるわ。どうやって集めたのかしら。きっとナサフだわ。情報を纏めさせて、閣下に見せるつもりよ。これも除外ね。」

「除外が多くない。彼らのパソコンからも情報を消すように言うわ。漏れると大変だわ。」
「大丈夫みたい。これらの情報は、下請けやスタッフのパソコンにはないわ。生情報を、一人で処理したと書いてある。部外秘の印もつけてある。記録はUSBメモリーだけに記憶させて、添付したと書いてある。さすが、ビジネスマンね。慣れているわ。」
「頑張ってくれた。」

「片桐さんが、資源調査を提言しているわ。北東部でタールが見つかったみたい。調査域のマッピングまでしてあるわ。石油が出ると、エネルギー状況が変わるから、報告書は難しかったでしょうね。でも、代替エネルギーの提言はしてある。資源調査は大掛かりだし、コストもかかるから、難しそうね。加賀さん、どうかしら。」
「エネルギー担当は一番難しかっただろう。クリーンで大きな電力を得るには水力発電が一番だけど、この国は水資源に乏しい。殆ど川がない。かといって、環境負荷のかかる火力発電は推奨できない。」

報告書は完成し、極秘情報はUSBに記録され、大統領だけに提出された。

「加賀、この情報は何だ。儂の知らない情報ばかりだぞ。」
「団員が調査しましたが、報告書には書けませんでした。」

「そうだろうな。極秘情報ばかりだ。貰っていいのか。」
「必要なければ、消去してください。他の誰も情報は持っていません。」


「この情報でどう動こうか。」
「ナサフに相談することをお勧めします。」
「奴は信用できるが、過激に走る傾向がある。」

「アンス学長とカラバ所長も信用できます。彼らはこの国の事を純粋に考えています。」

「そうだろうな。日本に行ってから、人が変わったと噂に聞く。一度集めて、相談してみよう。いい知恵が浮かぶといいが。」

「まず、始めることです。始めなければ何も変えられません。」
「お主も相談に乗ってくれるのだろう。」
「もちろんです。カールソンも協力します。」

「大丈夫だろうか。」
「I国から協力を得るのに彼の力は欠かせません。」
「確かにそうだが。情報の流出は避けたい。」
「流す必要はないと思います。」

「そういうことか。カールソンには悪いが利用できるものは利用しろと。」
「裏切る事さえなければ、大丈夫です。」

「わかった。色々と世話になったな。それにしても、お主の団員達は優秀だな。短期間でこれだけのことを調査するとは。」

「調査の為に、準備を重ねましたから。」
「大変だったろう。」

マスタープラン
他の計画の上位に位置付けられる総合的な計画のこと

調査団は3ヵ月間の現地調査と1ヶ月の報告書作成を終え、K国に向かう。
K国側に報告書の説明をする。

「精査してみるから、1週間ほど、待ってくれないか。内容が濃い。」
「団員の拘束期間が過ぎますが。」
「わかっている。だが、少しだけ待ってくれ。」

3日後に、再び報告会議が開かれた。

「報告書には満足している。これから10年、いや15年のE国への支援の概要が見えて来た。他機関にも送付しよう。ところで、現地の大使館のスタッフからの情報だが、極秘情報の調査をしていたと聞いたが、本当か。」

「いえ、知りません。各省庁のスタッフが、今回の調査と並行して、独自調査をしていたようですが、我々が踏み入れると、国際問題になりそうでしたので、閣下にクレームを入れました。その後は、別調査になったと理解しています。」

「多少の情報はあるのではないか。」
「はい、現地の民間人とのインタビュー中に、阻止されたことが何度かあったようです。批判勢力だったのかもしれません。」

「調査に兵士が同行したのか。」
「同行というより、我々の周囲には常に兵士が貼り付いていましたから。」

「大変な調査だったようだな。よく完了出来たものだ。この輸送、流通調査など、我が国でも実施出来ないレベルだ。」
「交通量が違いますし、人口も少ないので、それほどの手間ではありませんでした。日没後は、見張りの兵士がやってくれました。」
「兵士が。」

「各分野における推奨プロジェクトだが、規模に比べて金額が低いように感じるのだが、計算の根拠はあるのか。」

「添付書類の中にあります。工事関係は全て、現地側の業者が実施し、施工監理だけをコンサルタントが行います。資機材の提供をして、技術移転も同時に行います。殆どが国営、公営企業ですので、プロジェクトも実施できます。人件費は現地の現行レートと将来の予測レートに従って、積算しています。」

「ということは個別のプロジェクトの報告書も完成しているということにならないか。添付されていないようだが。」
「団員が、業務外の時間を使って独自に書き上げたものです。本調査の範囲外です。」

「ということは、実際に調査する時に期間が短くなるのか。」
「はい、3週間もあれば、最新データにリバイスできます。」


「多少でも中身を確認できないか。」
「では、サマリーをお渡しします。ですが、外部への公開は禁止願います。報告書は我が社の所有物です。他社に漏れた場合、お互いに困ります。」

「了解した。極秘扱いとする。複写も取らない。」
「では、お渡しします。」


長官が、パラパラと捲(めく)っている。
「サマリーを見ただけでも、データの多さがわかる。団員達の調査能力はずば抜けているな。」
「はい、いまだに、紙が主流の日本の商売人の会社で鍛え抜かれていますから、このくらいはたいしたことはないと言っております。」

「わかった。しかし、案件公示しても、お主の会社が有利になるではないか。」
「その場合、K国の会社とジョイント、あるいは下請けをします。」
「なるほど、加賀には我々が、掌で踊らされているのかもしれんな。」

「とんでもありません。私の掌など猫1匹さえ乗りません。」
「そういうことにしておこう。ご苦労だった。報告書の提出は完了した。完了届を受理する。」
「ありがとうございます。」


部屋を出ると、狛江が話しかけて来た。

「加賀さん、普通、報告書の報告は担当者レベルで、内部で回覧して稟議が普通ですが、何故、長官が。」
「さあ、私にもわからない。興味があったんじゃないかな。」
「加賀さん。また、何かしたんですか。」

「実は、長官をうちの新会社の社長に誘っている。」
「えっ、まさか。そんなことできるのですか。」

「この国では、副業が認められている。だが、辞任しないと無理だろうな。返事待ちだ。そうだ、君はK国勤務になる。」
「えっ、どういうことですか。」

「E国と縁の深い君がいなくて、どうやってカラと折衝するのだ。君も予想しているとばかり、思っていた。」
「K国駐在ですか。」

「K国駐在所長だ。蒼インターナショナルの代表だ。つまり、オーナー側だ。社長と対等の立場だ。アルフォンソとカリナにはI国を頼もうと思っている。子供の事もあるから、相談だが。それに、アルフォンソが博士号を取り戻した。苦労したが、I国で仕事するには、どうしても欲しかった。」

「カリナさんをI国に送った時から、既に計画していたのですね。」
「いや、そういうこともあるかなという程度だった。それに、I国では現地法人ではなく、現地事務所にする。法人を作っても余り利点がない。」


調査報告書の概要はK国側から機構にも送付された。
理事と担当課長が読んでいる。

「これを、商社マン達が作ったのか。コンサルタントとの境目が薄れてしまう。加賀は我々のタブーに挑戦しているのかもしれん。」

「日本を飛び出した加賀さんです。機構の援助はもう眼中にないのかもしれません。世界の援助機関が、頼りにする存在です。」
「だろうな。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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