第32話 中堅商社マンの転職活動

文字数 5,887文字


K国から、加賀はF国へ、団員達は日本へと帰国した。

他の案件の調査から帰って来ていたアルフォンソとカリナを呼んだ。
「駐在の件、どうだろうか。断っても構わない。家族の事もあるだろうから。」

「長男は大学を卒業しましたし、次男も大学3年です。手はかかりません。」

「ご長男は大学院でしょう。」
「はい、主人と同じ金融科に進みました。今後、ドクターコースまで行くのかは本人次第ですが、蒼インターナショナルに就職したいと言っています。」

「それはありがたいな。家族と一度相談して、返事を下さい。」
「そうします。」


2人は部屋を出た。

「あなた、I国に行きたいわね。不安もあるけど。」
「博士号も加賀さんが交渉して取り戻してくれたし、何とか行きたいな。」


加賀に片桐から連絡があった。

「片桐さん、日本に帰ったばかりでしょう。」
「いや、皆に頼まれて連絡している。」
「どういうことです。」

「皆が雇ってくれと言っています。」
「それはまた、大変な決断を。」
「今回の調査で、目覚めたようです。」

「確かに、凄かったですからね、意気込みも結果も。で、何人です。」
「全員だそうです。」

「片桐さんもですか。」
「私は決めかねている。」

「私の勝手な希望ですが、片桐さんにはもう少しA商社に残って欲しい。」
「A商社の情報網ですか。」

「違います。これから、業者とコンサルタントの境が薄くなります。その時、商社に伝手があると、助かるのです。」

「なるほど。」
「援助機関のルールなど、1回実績があると、簡単に崩れます。」
「わかった。考えてみよう。それで、他の連中はどうでしょう。」

「F国、K国、I国の三択です。1ヶ所に集中すると不便になりますが、何処を選んでも、アサインされれば出張になります。それで良ければ、皆さんの希望地へ。家族の事もあるでしょうから、相談して頂きたい。給与は蒼インターナショナルの基準になります。宿泊費、日当も同じです。」

「わかりました。皆に伝えます。」
「入社は、皆さんのいい時期で構いません。」


片桐は仲間を集めた。

「以上だった。それぞれ、家庭の事情があるだろうから、相談して決めてくれ。時期と場所が決まれば、加賀さんに知らせる。」
「住むのはF国がいいだろうな。物価が安い。」

「でも、K国も魅力だな。妻が好きな国だ。」
「俺んところは、亭主は留守がいいだからな。何処でもいい。」

「話してみると、案外、海外に住みたいというんじゃないか。」
「そうかな。話してみよう。」


「しかし、F国の会社勤務となると、給与はあるが、出張や駐在ではないから、日本での給与がないわけだな。」
「そんなことは、最初からわかっていたことだろう。」
「どうせ、出張ばかりだろうから、給料は殆ど、残るだろう。」

「日本勤務にして、日本で給与を貰い、日本から出張することも可能だそうだ。そうすれば、今まで通りだ。蒼コンサルティングのスタッフがかなり海外に出たから、空きがあって、蒼コンサルティングに出社すればいいということだ。もちろん、蒼コンサルティングの仕事を手伝うこともあるだろうが。」

「うーん、迷うな。」
「それじゃ、こうしよう。暫くは日本勤務にしておいて、出張場所が偏って来たら、そこに一番近い3ヶ所の内の一つに住めばいいんじゃないか。」
「そういう方法もあるか。」

「俺は、K国に行く。E国の行先が気になる。」
「そうか、お前は妻との共働きだから、自由か。」

「いや、妻も連れて行く。事務所で事務員として雇ってもらう。」
「お前の嫁さん、IT企業に勤めていたな。ITコンサルタントじゃないか。加賀さんが放っておかないぞ。」
「その時はその時だ。」


加賀の元へ、片桐から連絡が入った。
日本勤務5人、F国勤務2人、K国勤務2人。

「やはり、I国はいないか。物価が高いから、今の給与体系では、生活は厳しいな。アルフォンソとカリナと相談してみよう。」

2人を呼んだ。

「I国で住むとなると、会社の給与水準では生活が苦しくなるのは目に見えている。年収ベースに変えることも考えている。特に首都となると、家賃も物価も高い。」

「周囲に安い場所もある。車社会だから、1時間程度ならば、支障はないのではないですか。」
「それでも物価水準はかなり違う。家賃の安い場所に事務所があっとしても、生活費は高い。近く、片桐の調査報告書が届く。その時、もう1回相談しましょう。」


片桐の調査報告書が届いた。
2人を呼んだ。
「やっぱり、物価は高いな。牛乳、卵、パンなどは日本の5、6倍だ。I国人はどうやって生活しているのだろう。」
「東部はどうしても、物価が高い。」
「車で1時間も行けば、事務所は借りられそうだが、どうするかな。」

「事務所は置かなくても、いいのでは。」
「情報収集など、不便ではないですか。」

「情報は金で買えます。中小のコンサルタントはエージェントと契約して情報を得ています。I国はネットで全て、やり取りしますので、呼ばれた時だけ行けばいいのでは。」

「一件、案件を受注してみればわかるな。それまで、待つことにしましょう。そろそろ入札情報が入る頃です。約束しましたから。」


蒼インターナショナルにI国の援助機関から、入札情報がメールで入った。

「関心があるなら、メールないしは規定フォームで返信か。案件はまた、E国か。しつこいな。おや、これは約束の案件ではないようだ。緊急案件だ。領事館の設置か。仕様が厳しいな。そうか、襲われることもあるし、機密情報を扱うから、特別仕様なんだな。」


ロイを呼んだ。
「ロイ、情報関係の人間はいないか。」
「いますが、どのような。」
「領事館の情報と侵入防御に詳しい者だ。」

「加賀さん、面白い人材がいます。K国に勤務地を選んだ、E商社の佐久間さんの奥さんの経歴が送られてきて、K国法人の事務員希望になっていますが、現在IT企業勤務で、情報管理を専門にしています。使えるのでは。」

「今、日本には誰がいる。」
「狛江さんがいます。K国への引っ越し準備中です。」
「連絡して、面会するように頼んでくれ。」

狛江の携帯にロイから連絡が入った。
案件内容、コメント、佐久間涼子の名前がある。
早速、佐久間氏に連絡を取る。

「女房ですか。まだ、勤務していますので、7時過ぎなら向かわせます。」


佐久間涼子がやって来た。
背の高い、短髪の美人であるが、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「経歴書によると、佐久間さんの現在の業務は情報管理となっていますが、具体的には。」

「最近、問題となっている、ハッカー対策、情報管理が主な業務です。」
「社内での情報管理はどのように。」

「記憶媒体へのコピー監視、社員のパスワードの変更なども常に管理しています。」

「実はI国の案件で、E国に領事館を建設する緊急案件があります。
ですから特別仕様で、情報漏れを防ぐ建築となっています。」


「なるほど。機密を扱う部屋の盗聴防止や電波遮断は、シールドをすればいいのですが、まずスマホが繋がらなくなります。テレビや無線などの受信は外部の受信搭から有線で引き込めば可能です。しかし、スマホが繋がらないと業務に支障が出ます。ですから、機密情報の受信のやり取りは地下などにシールドした部屋を作り、送受信搭から有線でつなげた通信システムを利用することが多いと思います。盗聴器は建築の時に仕込まれることが多いので、注意が必要です。外部から、音声を収集するという方法もありますが、防音構造になっていますので問題ありません。」
「建物はどうでしょう。」

「大使館や領事館ですと、周囲の塀、壁の厚さ、材料など、細かい仕様が決まっていますので、それに従って建設すればいいと思います。」

「緊急ですので、現地の資材だけで建築する必要があります。特殊な材料は入手できません。」
「現地で入手できる資材はわかるのですか。」
「はい、情報は集めてあります。」

「でしたら、シールドする為には、代替資材を提案するしかありません。」
「建築にも詳しいのですね。」

「経歴書にもあると思いますが、私は建築科を専攻して、そのまま、卒業して、情報工学に入り直しました。建築士の資格はありませんが、学んではいます。ただし、建築科の材料工学ですが。」

「提案できますか。」
「詳細がわかれば。」

「会社へはいつまで。」
「主人の出発は来年3月末予定ですが、K国で住居の準備が出来次第と思っています。5月頃かなと。」


「この案件に興味はありますか。」
「ありますが、防御セキュリティシステムまでやれれば、もっと。」

「緊急案件ですので、提案書は来月末までに完成しないとなりません。手伝って頂けますか。」
「土日の作業になりますが。」

「実施には興味ありませんか。」
「もちろん、ありますが。」
「もし、実施に参加して頂けるのなら、コンサルタントとして採用が可能となります。」
「いつ頃からですか。」

「提案書を提出してから、3ヶ月後には現地調査になります。」
「ということは後、4ヶ月後ですか。主人と相談してみます。返事は明日にでも差し上げます。」
「よろしくお願いします。」


佐久間涼子は夫と自宅で話している。

「仲間が、加賀さんがきっと、涼子の経歴に目を付けるぞと言っていたが、当ったな。で、どうする。」

「初めての事だし、一人じゃ心細い。」
「多分、俺も調査に入るだろう。加賀さんなら、そうする。」
「それだったら、やりたい。」
「俺も電気通信専攻だからな。きっと関連する。狛江さんと話してみよう。明日、一緒に行ってみようか。」
「うん。」

翌日、佐久間夫妻がやって来た。

「今回は、システム構築も提案してみようということになりました。I国側のスタンダードはあるとは思いますが、E国側は通信規制が厳しいですから、I国スタンダードを持ち込んでも許可されない可能性があります。といいますか。その問題もあって、こちらに投げて来たようなのです。加賀の力で規制を外せないかと。例え、可能だとしても、時間がかかりますので、難しいと加賀は考えているようです。ですから、この際、システム構築も提案しましょう。E国側の規制基準は入手してありますので、お渡しします。」

「あ、それ、私、持っています。団員でしたので。」
「そうでしたね。失礼しました。それでは、今回の入札仕様書をお渡します。取り扱いにはご注意ください。漏れると、我が社の情報管理能力が問われますので。こちらでも並行して提案書は作りますが、その都度、出来たところまで送って頂くと、助かります。」
「了解しました。」

「最終の提案書完成時に、F国に数日行くことはできませんか。細かな点で、質問が出ると思いますので。」
「大丈夫です。休暇はありますので。」

「では、日にちが決まりましたら、直ぐに連絡します。チケットの手配はこちらでします。」
「あの、エコノミーですか。」
「ビジネスになります。」

「良かった。狭いと辛くて。」
「国際線のエコノミーは国内線より広いようですよ。」
「いえ、余計なことを言いました。」


提案書の作成は順調に進み、佐久間涼子は夫と共にF国への機中にある。

「あなたも一緒に行けるとは思ってなかったわ。」
「加賀さんだからな。」
「どういう意味。」

「何というか。気配りが凄い。だが、無駄な気配りはしない。」
「わからないわ。これは気配りじゃないの。」
「U銀の新しい案件の提案書作りだ。少し早いが、時期を合わせてくれた。」

「じゃあ、あなたも仕事なの。」
「もちろんさ、加賀さんは無駄なことはしない。」
「良かった。気になっていたから。」

「結果次第では、僕もE国入りする。丁度、現地調査が重なるようにしてくれるだろう。」
「そこまで、気配りを。」

「だから、言ったろう。気配りは凄い。だが、無駄な気配りはしない。」
「どんな人だろう。」
「普通の人だ。見てもわからない。結果を見ると感心する。」


蒼インターナショナルと書かれた、ビルに入る。
前は2階層だけだったそうだが、今はビルごと買い取って、会社のビルとなっている。3階より上を宿舎にするため、内装工事をしていた。

社長室に入った。

「ようこそ。佐久間さん、元気でしたか。」
「ええ、早速働きます。何処に行けばいいですか。」
「待って下さい。I国の提案書を先にやりましょう。あなたも随分、手伝ったと思いますが。」

「わかりましたか。」
「わかりますよ。これでもチームリーダーで君の報告書を何度も読んだのですから。」

「涼子さん。ご苦労さんでした。良く出来ています。一つだけお願いがあります。システムに必要な機器を手荷物で持ち込めませんか。
システム開発のコストは積算に入れて下さい。」

「手荷物ですか。何故ですか。」

「船や航空便では、着いた後、盗難や抜き取りが多いのです。手荷物でしたら、空港税関を通過すれば安全です。航空機から手荷物引き渡し場までは、警備させます。」

「機器は何とかなりますが、ケーブルや中継器、電波塔などはちょっと。」
「現地の電気屋やパソコンショップで入手できないでしょうか。」

「加賀さん、ケーブルはあります。電波塔は作らせればいいのでは。例えば職業訓練所や大学で。図面があれば可能だと思います。前回、機材も入りましたし。」

「なるほど。中継器はどうでしょう。」
「うーん、難しいですね。無線ですよね。重いですし、高出力でないと。しかし、高出力は規制にかかります。」

「それでは通信衛星経由は可能ですか。」
「可能です。衛星通信電話と同じ仕組みですから、パラボラがあればもっといいでしょうが。目だだないよう、屋上に取り付けさえすれば。
そうだ、パラボラはテレビ用のが、売られています。あそこは衛星テレビの受信機が多いですから。目についても誰も見分けがつきません。」

「では、無線は止めて、衛星通信で行きましょう。であれば大丈夫ですよね。」
「多分、I国側が持ち込むと思いますが。」

「無事に着けばですがね。それに、プロジェクトで持ち込めば、許可が取り易いですが、I国側が許可申請したら、疑われて野ざらしです。」

「やっぱり、こちらのプロジェクトにも佐久間さんの参加が不可欠ですね。検討します。U銀の提案書はロイ君の部屋で作業しています。手伝って下さい。」


「涼子さん、今の考えで、追加提案書を書き換えて頂けませんか。無線の許可は間に合わないから、衛星通信を優先させるということで。私も、後で加筆します。」
「了解です。」

「作業はカリナさんの部屋でやっています。ドアを出た正面です。
ああ、それから、今晩、私の家に食事に来ませんか。和食がメインですが、少し、地元の料理も出ます。」
「お願いします。」


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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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