第38話 アリエンタ

文字数 3,464文字

アルフォンソとカリナはH国の大学病院にいた。
他にも12の州立病院にも団員が散っている。

アルフォンソとカリナがコプロマネ、カリナは運営財務分析も担当して、今は、病院の全てのデータと財務資料の収集をしている。
今後、全州、回ることになる。

「やっと終わったわ。」
「僕の方も、もうすぐ終わる。」
「この国の病院は、コンピュータに情報があるから、ましね。F国では紙でやっている所も多いわ。」
「データも、正確かどうか、確認しなければならないけど、確認のしようがないのが辛いな。」

「加賀さんへの約束案件が病院だったとは思わなかった。」
「そうね。プロジェクトエリアが広くて、時間がかかるし、団員も多い。コンタクトを取るのさえ難しい。次に皆で集まるのは来週か。
ちゃんと調査出来ているといいが。」
「大丈夫よ。皆、優秀よ。特に、現地コンサルタントのアリエンタは特別だわ。評価が素晴らしい。雇ったらどうかしら。」

「加賀さんにC/Vを送ってある。」
「来てくれるかしら。」

「K国ならいいんじゃないか。言葉が通じるし。」
「あのままじゃ、狛江がダウンするわ。」

「そうだな。本人にも今日、話そう。現地コンサルのアサインは短いから、早く声をかけないと、逃すかもしれない。」
「そうね。今晩、食事に誘うわ。」


2人はレストランにいた。
「いいレストランですね。前から入りたかった。」
「好きな物を頼んで、遠慮しないでいいから。」
「子牛のヒレステーキにします。」
「私も同じものを。」

「アリエンタは今の会社、長いの。」
「テンポラリーです。」
「一時雇いということね。うちの会社に来ない。」
「家族が多くて、お金がいるので。」
「だから、働けば、お金を送れるわ。」

「でも、毎月3万は稼がないと。」
「アリエンタは幾つ。」

「23歳です。専門学校を出てから7年になります。」
「ずーっと、一時雇いなの。」
「ええ、雇ってくれなくて。」

「うちに来れば、毎月10万は送れると思うわ。給与は今よりは数倍貰えると思うし、宿舎はあるから、かかるのは食費だけよ。物価は高いから、贅沢は出来ないかもしれないけど。」

「場所は何処ですか。」
「K国になるかしら。F国にもあるけど。」

「K国は行ってみたいです。憧れの地です。」
「考えてみない。」

暫く考えていたようだが、決心したように。
「行きます。」
と答えて来た。


「いいの。」
「給料の前借り出来ますか。」
「大丈夫よ、30万円の支度金が出るから、借金しなくても。」
「そんなに。良かった。」
「でも、K国に行っても給料日まで生活があるから、半分は持って行くのよ。」

「わかりました。」
「それで、いつから行ける。」
「いつからでも。」

「準備があるでしょうから、来週でどう。」
「それで、お願いします。」
「パスポート取れる?。」


「あります。隣の国にバスで仕事に行ったことがありますから。」
「明日にでも、パスポートを持って来てくれる。チケット買うから。でも、寂しくならない。」

「私が、毎月、お金を送れば、弟たちが学校に行けますから。家族は喜んでくれます。」


「このお金は、私からよ。皆で食事でもして。」
カリナは5万円入った封書を渡した。

「頂けません。こんな大金。」
カリナはアリエンタの手に握らせた。

「大丈夫よ。あなたも直ぐにお金を稼げるようになるから、その時、食事でもおごって。」
「カリナさん・・・。感謝します。」


「アリエンタは大学に行く気はない。夜学になるけど。」
「行けるでしょうか。」

「行けるように頼んであげるから、頑張ってみたら。狛江さん、現地事務所長だけど、修士課程に通っているわ。」
「もし、行けたら嬉しいです。」



空港にはアリエンタの家族が見送りに来た。
歳の離れた5人の弟や妹がいた。

お母さんは、涙を浮かべていたが、娘が旅立つ時が来たのだと自分を言い聞かせている様子だった。

「お母さん、心配いりません。皆、優しい人ばかりですから。それに、1年も経てば、1時帰国の金も貯まると思います。」
「本当ですか。」

「帰るかどうかは本人次第ですが、会社では2回のボーナスもありますから。ただ、向こうで大学に進学すると、帰れないこともあるかもしれません。」
「大学に。」

「会社で支援しますから。」
「お願いします。あの娘は成績が良かったのですが、働きながらでは、専門学校にしか行けなかったのです。娘の夢でした。」
「大丈夫ですよ。お母さん。」


皆に見送られて、アリエンタは飛び立った。



狛江は、R国へ向かう4人を空港で見送った後、会社に帰った。
カリナから、事務やサポートをするアリエンタが旅立つとの連絡が入った。

数日後、到着ロビーで、アリエンタと書かれたプラカードを持って待っていると、可愛い顔をしているが真剣な顔つきでプラカードを目指して来る娘に、気づいた。

緊張しているのがわかる。


「アリエンタさんね。」
「はい、H国から来ました。よろしくお願いします。」
「さあ、行きましょう。」

会社に着くと、1LDKの部屋に案内した。
「今日から、ここが、あなたの部屋よ。」
「いいんですか。こんな広い部屋に、1人で。それに綺麗。」

「もちろんよ。寂しい。」
「少し。」


「寂しかったら、私の部屋に遊びに来なさい。隣だから。今日はゆっくりして、明日からでいいわ。」
「いいえ、一刻も早く、仕事を覚えたいので、今日からお願いします。」


「わかったわ。シャワーでも浴びて、ゆっくりしたら、5階に降りてらっしゃい。」
「はい。行きます。あの、シャワーは水ですか。」

「お湯よ。使い方を教えるわ。」
お湯の出し方を説明して、5階に降りた。

書類に目を通していると、ノックされた。
「どうぞ。」
と言うと、濡れ髪のアリエンタが現れた。

「ドライヤーは。」
「ありませんでした。」

「そうだったわね。私の部屋にあるから、使っていいわ。」
狛江は鍵を渡した。


暫くして、髪を後ろに結んだアリエンタが戻って来て、鍵を返してきた。
「アリエンタさん、洗面用具とかシャンプー、石鹸、それにドライヤーを後で買いに行きましょう。服とかは持って来たの。」

「少しありますが、余り、綺麗じゃなくて。ごめんなさい。」
「いいのよ、私のお古で間に合うでしょう。今晩、持って行くわ。」

狛江は仕事の内容を説明した。
賢い娘で、直ぐに理解した。

狛江はこれなら直ぐに戦力になるとわかって安堵した。


夕刻、ショッピングモールに行き、必要な物を買う。

「色んな物を売っていますね。でも高いような気がします。アイロンも欲しいのですが。」
「あそこにあるわ。買ってあげる。」
「いえ、自分で払います。」

「アリエンタさん、来たばかりで、無理はだめよ。先輩の言うことは聞くのよ。私が助けて貰うこともあるかもしれないんだから。」
「わかりました。」

食事をして会社に帰り、お古の服を選んで、渡した。
「狛江さん、ありがとうございます。」

「いいのよ。もう、着ない服なの。サイズは同じ位だから、大丈夫ね。」
「ええ、ぴったりです。」


翌日から、一緒に働いた。
数日して、狛江がアリエンタを呼んだ。

「アリエンタさん、大学の入学手続きをするから、証明書類があれば、出して貰える。」

アリエンタが、取り出したのは、中学校を卒業して専門学校2年の卒後業証明書だった。

「とりあえず、手続きするけど、大学進学資格試験を受けないといけないかもしれないわ。」

「わかっていました。」
「試験がいつか調べてみるわ。参考書も用意するから、暫くは勉強ね。」

「はい、でも勉強は続けていましたので、大丈夫と思います。」
「続けていたって・・・。そうなの。わかったわ。」


幸運にも1ヶ月後に試験があった。
アリエンタは優秀だったばかりか、高校の勉強を終えていたようだ。試験に受かり、公立大学の夜学部を受験した。

狛江は公立大学の合格者発表の日、ネットで大学のホームページで合格者名簿を開いた。アリエンタの名前があった。

「アリエンタさん。合格よ。」
「本当ですか。嬉しいです。狛江さんの後押しがなければ、大学に行く方法も判りませんでした。本当に感謝します。」

狛江は、改めて、アリエンタの優秀さに感心した。
仕事が終わると、アリエンタは毎日欠かさず大学に通った。
毎晩、勉強もしているはずなのに、仕事に支障は全くなかった。

提案書も、巧みな英語で書き上げる。
仕様書の要点を掴み、資料を読み込んで、分析力も優れている。

コンサルタントをしていたと聞いてはいたが、アルフォンソが推薦した理由を理解した。


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支度金
用意や準備に要する金銭。



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登場人物紹介

加賀聡 機材設計コンサルタント。蒼コンサルティングの社員。

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