反抗期も捻り潰され。
文字数 2,112文字
そういえば。
僕は休日に外で遊ぶ友人が少ない。
原因は考えるまでも無い…………あの兄だ。
僕の休日は昔からあの兄にどこかに連れて行かれてた。たまに平日でもどっかに連れて行かれたりするけどさ。ともかく、休みの日っていうのは兄貴と一緒に何かをして過ごすのが当たり前になってた。
それが退屈だったことは一度も無い。
いつも、十分楽しかった。それは本当だ。
だけど……だけどさ、だからってそれだけで満足出来ないってのは、我侭なのかな?
「今も相変わらずなのか」
呆れたように正暁が言う。
待ち合わせ場所で合流した後、俺達は特に宛も無く街を歩き出していた。その時に、ふと数年前に初めて正暁とこうやって遊んだことを思い出したのだ。
なし崩しのような遊びの予定だった。当時彼は大学生で、俺はまだ中学生だった。まだお互いのことをよく知らなくて、他愛のないことをぽつぽつと話した。その中で正暁が俺くらいの年頃が何をして遊ぶのか解らないから、お前のしたいことに任せるよと言って、その言葉に俺自身が「友達との遊び方」を知らないこ とに気づいた。
何と言うか、今にして思えば情けない話である。
もっと情けないのは、いまだ二週に一週は兄貴に休みを使っているという現実で。それを彼に話すと、最初の台詞を言われたわけだ。
「じゃあ正暁はあの兄貴が俺にどうにか出来ると思うのか?」
「いやぁ…………ある意味信介にしかどうにか出来ない人のような気がするんだけど」
あの時中学生だった俺は今は勤労高校生で。
正暁は幸か不幸か、兄貴の部下だ。脈略無くスカウトされたように見えたが、今では部内でも結構な主力メンバーになってるんだと兄貴は言っていた。本人も気づいていないが分析能力が高いのだそうだ。
数年前に友達になった俺達は、今でもこうして時々二人で遊びに出かける。
「出来るわけ無いだろ!? 俺が嫌だって言うとアイツ、拗ねるんだぞ!!」
「拗ね……………………う〜わ、見たくねぇなぁ、部長の拗ね姿」
「無駄にでかいあの図体でしゃがんでのの字を書かれてみろ!! はっきり言って鬱陶しい以外の何物でもないぞっ」
「あははは。ソレ聞いた俺、明日クビになったりしねぇかな?」
「させるわけないでしょ。もしそんなことしようものなら俺が殴る」
ケラケラと笑う正暁も本気でそんなことを心配してるわけじゃないんだろう。
特に申し合わせたわけじゃないけど、俺達はよくあるカフェショップに入った。そこらじゅうの駅の構内で見かける事の出来る、ごくありふれたその店で俺はラテを、正暁はアメリカンを頼む。
昔から正暁は好きだ。年の差がある俺にも、対等に接してくれる。
構えるでもなく、気を遣うことも求めてこない。二人きりでいても、とくに話が盛り上がらなくても、一緒にいるだけで楽しいと思えるから不思議だった。
あの時以来、ヤケになったように色んな友達を出かけてみた俺が気づいたのは、「誰でもいいわけじゃない」っていう真実だった。学校で会うからこそ楽しい、というような限定条件が存在するのだと思い知らされて。
正暁は、貴重な「外で楽しく遊べる友人」だ。
「でもさ、あながちただの溺愛ゆえ、ってわけでもないんだぞ?」
半分くらいアメリカンを飲んだ正暁が、ふっと目を細めて。
「どういう事だよ?」
「俺も最近気づいたんだけどな? あの人の弟だっていうだけでお前には色んな危険や誘惑が付き纏うんだよ。もちろんそんなものに簡単に引っかかることはないだろうけど、万が一ってのはどんなことにもありえるんだよな」
それは、否定しない。
幼い頃に誘拐されたのは、兄貴絡みだったし。
「半端なヤツと出かけさせても、却って危険が増すだけだ。友達面して近づいてきても、裏では誰かに利用されている可能性もある」
「だからって……っ」
何もかもを遠ざけて、それで俺を守ってるつもりなのか!?
声を荒げかけた、そんな俺を正暁は視線だけで止める。
「コレに関しては俺や先輩達みんなの共通見解なんだが、お前は部長の弱点なんかじゃない。むしろその方が楽だっただろうな」
「はぁ?」
突然の話題についていけずに、俺は彼をきょとん、と見てしまう。
苦笑しながら正暁は続ける。
「お前は、部長の『逆鱗』なんだよ」
「……………………はぁ」
「お前をつつかれると弱るどころか怒り狂って誰にも止められなくなる。弱るよりタチがわるい。万が一にも、そんな事になったら冗談抜きで日本の危機だ」
そこまで言うか?
「多分、それは本人が一番良く解ってるんだ。だから」
「つまり正暁は、日本の平和の為に兄貴の餌になってろと言いたいの?」
「今のところ他に餌がないしな」
なんか、納得いかないんだけど。
いい歳した男が、いつまでも弟離れ出来ないのって問題じゃないのか?
今度その辺を兄貴と話し合う必要があるだろうな。俺だって今ではそれなりに自分の身を守れるようになってるしさ。というか、俺に何かあった程度で一々動揺するなよ、と言っておこう。
「まぁ、結局は部長が信介と遊びたいだけなんだろうけどな」
小さく付け加えられた正暁の一言は、どう話を切り出そうか考え始めた俺の耳には届かなかった。