本当の望み程見逃す

文字数 2,749文字


 面白くしてあげる。
 突然現れたその男は確かにそう約束した。
 そしてそれに頷いてしまったのは確かに山辺自身だったけれど、それは、こういうつもりではなかった筈だ。そう、その時は間違いなくそんなつもりではなかった。もっと別の、曖昧だけれど刺激的な時間を想像していた筈なのに。
 今目の前に繰り広げられている光景といえば。
「あぁぁぁああっ!! ざっきーソレ僕の!!」
「嫌ですぅもう唾つけちゃったからコレは俺のですぅ」
 大人げなく叫ぶ相棒に該当する青年に、更に大人げなく言い分を主張する部下の青年。片方が世界でも有数のプレコグ、曰く未来予知能力者であるらしい唐杉護で、もう片方がメトラー、曰く感知能力者であるらしい山崎史郎。
 どっちもらしい、と表現してしまうのは山辺自身にはそういった特異な能力は存在していないので、今一つその辺の真偽はよく分からないからだ。
 しかし、どちらもソレに見合う結果は出している。山辺からすればそれだけで充分だったのだが、ただこの大人げのなさは異能力者共通のものだろうかと一瞬気が遠くなってしまう。二人が今言い争っているのは今日山辺が買ってきた土産であるフワフワシュー(有名らしい)だ。
 別に甘いもの好きでもない山辺からすれば、それこそいい大人が二人して何してるのだと頭を抱えたくなる光景。だが、これが今の山辺の日常でもある。
「沙良ちゃん、唐杉に俺の」
 はぁ、と溜息を吐きながら、山辺自身には見えない唐杉の守護者を呼べば、少し離れた所で言い争いをしていた唐杉が何やら話した後に、山辺の方を見る。
「やっくんのはやっくんのなの! 頭使い過ぎなんだから甘いもの食べなきゃ駄目っ」
 こうして、見えずとも確かに話は届くのだから、沙良も確かに存在するのだ。
 山辺に見えないだけ。
 時々それが寂しくもあるが、けれど誰もの視線が全く同一になる事等ありえない。寧ろそれは異なるからこそ世界は多様性を獲得し進化を続けられるのだから。故に、沙良の見えない山辺の存在も、この部署には必要なのだ。
 部署の全員が見えている訳ではないからこそ、見えていなくともその存在を認めるものが重要。
 この場所に来て、否応無く部下を抱えるようになって、そんな色々な事を考えるようになった。自分の立場、周りの状態、そして考えうる可能性と、より善かれと願う想い。
 それも確かに昔のままでは得られなかったものだ。
「良いんだよ、俺にはコレ甘過ぎ」
 実際フワフワシューなるそれは一個食べるのも嫌になりそうな、見目からして生クリームとカスタードが仰々しく主張しているという、山辺からすれば食欲減退させる事この上ない代物だったので、正直な気持ちをそのままに話せば、唐杉は漸く山崎から離れ山辺の方にやって来る。
 そもそも部下とおやつを取り合う上司というのもどうかと思うが、唐杉は唐杉だ。
 そういうヤツなので仕方ない。
「じゃあ、半分こ」
「解ったよ」
 恐らく唐杉からすれは最大限の譲歩なのだろう言葉に、仕方なく山辺も頷く。
 家族等失って久しい山辺にとって、唐杉は手の掛かる弟のようでいて、しかし時には我侭な兄のようでいて、けれど芯だけはしっかりと通っている距離感の計り辛い存在だ。時に揺らいでいるのは己だけだと気付かされるから。だが山辺に懐いてくれている事だけは確かに解る。だから無下にする事も出来ず、どうにかそれなりに上手くやっている。
 それは意外に距離のとり方が上手い唐杉のお陰でもあるし、他の者達のとの確執も唐杉に掛かれば他愛無く収められてしまう事に由る部分も多い。
 踏み込みも、引き際も、両方備えている存在。それが唐杉の異能からくるものなのか、それとも普通に身に付けた技能なのかは解らない。
 ただ少なくとも、何だかんだ言って、結構頼っている所は少なく無かった。
 言動がお子様でも、中身が異なるのだ、この唐杉という男は。
 そんな人間を、此処に来て山辺は初めて知った。
「はい、やっくん」
 差し出されたフワフワシューはぱっくり二つに割られている。
 人数に合わせて買って帰ってきた筈が、一人遅出だった事をすっかり忘れていて(さっきの山崎だ)、大人げなくシューを巡って取り合いをしていた癖に、こんな風にあっさりと分け合ったりもする。それが出来るなら最初から部下に譲っていれば良いものを、唐杉の行動は山辺からすれば本当に謎めいている。
 中身の飛び出そうなそれを受け取れば、唐杉は嬉しそうに笑った。
「ふふっ、半分こ〜♪」
 何がそんなに嬉しいのかも解らない。
 その向こうでは、さっきまで唐杉と情けない舌戦を繰り広げていた部下が頭を下げていた。けれどその手にはしっかり戦果が握られている。
「すいません山辺部長代理」
「いいって。コイツの食い意地の問題だし、元はといえば俺がお前の分を買い忘れてた訳だし」
 そう、大元を辿れば山辺の責任の筈であるのに、唐杉の大騒ぎのお陰でいつの間にかその責任が唐杉の方に移っているように見えなくも無い。故意なのか無作為なのか、掴み所の無い山辺の相棒はこういう行動を起こす事は少なく無かった。
 否、意味不明な言動をし始める場合の大半は、結果として誰かの責を被ったり、誰かの益になっていたりしているように思う。それは明らかに、プレコグとしての能力を要らない所で使っていると山辺は思う。
 上司曰く、使用制限や副作用等無いモノらしいから、まだ赦せるが。
 余計な世話だと思いながらも、その恩恵に浸っている。
 独りきりで生きていた昔からは考えられない。誰かに庇われたり、庇ったりする、この繰り返しはまるでいつか見た夢のようで。
 面白いかどうかは正直怪しい。
 ただ、退屈する暇のない日々が訪れたのは事実だ。現に見張る役である筈の上司がいなくなってからも、あの頃に抱いた鬱屈した焦燥感や虚無感が再び訪れる様子は全く見当たらず。
 手の中の半分のシュークリーム。
 普通に考えれば食べる気の起きないソレ(そもそも自分の分があるのはこういう事態に備えての、予備のつもりだったのだ)を口の中に入れれば、予想通りに甘ったるい味が一気に口の中を占拠した。
 こういうものは好きではない。だが、半分のソレは、有名になるのが頷ける程には確かに味は悪くは無かった。
「美味しいね?」
「まぁ、悪くは無いな」
 問いかけに、素っ気ない返答。それでも最大限の譲歩である。
 あの頃ならきっと口にもしなかっただろう、甘ったるいだけの菓子。
 だが、今はそれを口にする事に迷いは無い。
 無くしたモノに気付くのは無くした時であるのと同じように、失っていたものを取り戻した事に気付くのも取り戻した時なのだと、知った。
 面白いかどうかは解らないが、少なくともつまらなくは無い日常を、得て。
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