御伽噺の終わりに残されたもの

文字数 2,202文字



 ずっと傍に……なんて、幻想。

 いつまでも一緒に……なんて、非現実的。

 永遠は、何処に?




 彼に逢ったのは、春も終わりかけた頃だった。
 私と同じように其処に連れてこられて、監禁された彼は、それでも私とは違って諦めるという事は無かった。それは元来の性格でもあり、彼自身を追ってきた友人の存在があったからでもあるだろう。彼らは大人しく飼い慣らされたふりをして、虎視眈々と準備をしていた。
 全てを覆す為の計画。
 彼らにとって、この世界は玩具箱のようなものだったのだろう。
 どんな権力も暴力も、彼らにとっては所詮己を支配するほどの力は無くて。全ては自分の力で動かせる範囲内にあった…………それだけの才能と遊び心が二人にはあった。
 あまりに乱雑になりすぎた玩具箱を綺麗に詰め直そうと、ただそれだけを目的にして彼らは世界を相手に遊びを仕掛けた。
 正義感も使命感も何も無く、きっと只の思いつきの延長戦、暇つぶしのようなものだったのだろう。自分達に牙を向けてきたから、報復ついでに全てを合理的に書き換える。身勝手で傲慢なその計画。
 狂ったのは、私がいたから。
 彼が、私を好きだと言い始めたからなのだろう。
 その想いが不変なのか一過性なのか、今ではもうどうでもいい。確かめる術もないのだ…………彼はもう、何処にもいないのだから。
 受け止めた事は一度も無い。
 そして、逃げた事も無い。
 私は、時が許すまで彼らの傍にいた。計画に加担することはなかったけれど、他に行く場所があったわけでもないから、傍にいた。そんな私に彼らは何も言わなかった。隠すでもなく、目の前で彼らは計画を進めた。誰もが騙され巻き込まれたその計画の全貌を知っているのは、彼らと私だけだ。
 だから、いつしかその方向性が変わっていることに気づいたのも必然だったのだろう。
 何が…………とはっきり言えるほどの確信ではなかったが、感じた違和感は拭えなかった。耳に水が残って中々出て行かないような、そんな気持ちの悪さを感じるようになった。
 彼が、自分の名前で企業を立ち上げて、その感覚は確信に変わる。
 確かに彼にはそれだけの才能があるし、それに見合うだけの財もその頃にはすでに自力で成していた。一般的に見れば、それはむしろ遅いくらいの行動だったのだろう。だけど私には彼がそんな事をする人間には見えなかった。いや、むしろそれとは真逆な人間だと、そう思っていた。
 その頃から、彼らはおかしかった。
 次から次へと、様々な行動を起こす二人。
 それらに無駄は無く、むしろそんな短い時間でそんなに様々な事を同時進行で行っていくその手腕には正直、舌を巻くほどであったのだけど。
 まるで、何かに急かされているようだと、思った。
 急いで玩具箱と片付けている。そんな風に見えた。
 何故、と。
 その理由がわからず、ある日私は彼に問う。
 困ったように、まるで隠していたおやつを見咎められた子供のように、彼は笑った。
「ごめんね」
 最初に、そう言った。
 まるで独り言のように。
「ずっと、一緒にいたかった」
 全てを受け入れた、真っ直ぐな目で。
「僕にはもう時間が残されてないんだ」
 そして、明かされた真実はまるで悪夢のようだった。
 現実はいつも私の手の届かない場所にあって、望みもしないものを次から次へと突きつけてくるけど、このとき程の悪夢は今でもないと思う。
 勝手な事を、と私は彼を詰って。
 彼はただ、寂しそうに笑った。



 しばらくして、彼は死んだ。

 ずるい男だと思う。

 玩具箱をひっくり返して、整理して。
 望んだモノを残して。
 友人に、全てを任せて。押し付けて。

 私には、自由を捧げた。



 考えうる限りの、完全な自由。
 何にも縛られず、囚われず、制限の無い存在としての全て。
「君がずっとそれを望んでいたのは知ってたから」
 そう言って。




 そうして、彼は私を捕まえた…………自分自身に捕らえることに成功した。
 心という、最も不確かで逃れがたい檻の中に。

 置いていかれた。
 でも、結局それは逃れられない事だったのだから、もしあの時死ぬ事が無くても、いつか彼は同じものを私に用意したのだろう。現実は、思ったよりそれが早くなってしまったというだけで。


 知っていたのだろうか?
 完全な自由は、永遠の迷路に似ている。

 彼の用意した迷路で私は迷い続け、そして彼に囚われ続ける。



 残酷な男だ。



 今、彼の友人は彼の残した面倒事を一手に引き受けているようだ。
 彼が残した「望んだモノ」は、今日も元気に過ごしているらしい。


 最近、思う。
 もしかすると、残される私よりも、置いていく彼の方がずっと辛かったのかもしれない。
 全ての存在の前に伸びているはずの時間という道が、自分の前でだけプツリと途絶えていることを知りつつ進むのはどれだけの力を要するのだろう? 永遠がないと、未来がないと誰よりも自覚していたはずの彼。その終わりに、誰も連れて行けないほどに矜持の高かった男。
 しようと思えば出来たはずだ。
 ひっくりかえした玩具箱を、粉々にしてしまうことは。
 でも、それをせずに「残す」ことを選んだ…………馬鹿な男。


 私がずっと覚えててあげる。
 貴方はそれを望んだのでしょう?

 そこに、永遠を見出したのでしょう?


 これを恋とか愛なんて言葉で片付けられるとは思えない。
 きっと何も選ばなかった、代償。
 そして私は今日も、自由に囚われる。
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