目覚める日に
文字数 3,062文字
突然青の空を覆ったのは、見た事も無いような巨大な塊だった。
他に言いようが無い。
イキモノなのか乗り物なのか、そんな判断すら定かでないその塊を目の前にして、彼女はそれを呆然と見上げていた。異常な事態であるという以前の問題として、酷く嫌な予感がすると、漠然とした事を思う。空に浮くそれが、非常に己にとって危険なソレであると頭の中で警報が鳴る。
(アレは、敵、だ)
理由も無く断言が過る脳内で、この間から響くようになった違和感の声の主が言う。
<ソウ、敵、ダ>
この声が頭の中響くようになって、初めて意見が一致した。
それまでに何度その声を否定し、己の正気を疑い、そして疑問に蓋をしてきただろう。世に言う境界性人格障害ではないかと疑えど、ソレが違うと否定する。ソレは、ただ声を届けて来るばかりで、彼女自身を乗っ取るような気は一切無いのだと訴えるのだ。
ただ、選んで欲しいと。
永遠の先の終わりを、見る為に。
意味が分からないと何度否定してきただろう。それでもソレは根気強いのか諦めが悪いのか、その申し出を止めようとはしない。替え等無いのだと、ただひたすらに訴えて来るばかりだった。
そんな日常に突然訪れた、その状況。
まるで平穏の全てをぶち壊すかのような、光景に、自身の身に起こっていた異常が符合する。同じく異常に当て嵌まるものとして。彼女のそれまでの日常を嘲笑うかのように、現実が崩れていく。
(アレは何をするの)
初めて彼女はソレに問いかけた。そこで初めてソレの存在を、認めた。
<攻撃>
ソレの答は簡潔で、幼子のように拙い。
(何処を。誰を)
<此処ヲ。人間ヲ>
ソレが答える間に、上空の塊の一部がゆっくりと輝き始める。それがソレが言う所の攻撃であると、すんなり彼女は理解した。一瞬後にその光は大地を抉り、この辺一帯総てを蒸発させる。その光景がありありと浮かんだのは、彼女自身の想像力ではなく、ソレの送ってきた情報かもしれなかったが、既にその判別も出来ない程に彼女は。
そう、繋がっていた。
今までずっと拒絶してきたソレと。
(駄目)
<ナラ、選ンデ>
じっと上空を見る彼女の周囲では、既に騒ぎになっている。
俄に現れた巨大な塊に、突然の輝き。
慌てるのも無理は無い事だった。だが彼女は色んな人にぶつかりながらも微動だにしない。塊から光が発射されるその瞬間に。
<一緒ニ、イコウ>
伸ばされたのは、意識。それを受け入れたのは、彼女自身。
その瞬間に大地は光に抉られ、多くの人を飲み込んだ。
弱いものイジメというのは正直好む所ではない。
見た所、こちらの来襲にも全く対応出来てないようで、眼下に遥か見えるせせこまい文化の有り様はまだまだ発展途上、今回の争乱の対象に本来なら入る筈が無いレベルのようにしか映らない。何故この星がその基準を満たしてしまったのか、そういった意味では全くもって不可解だった。
少し前に送られた筈の争乱専用のソレは、一つとして目覚めている気配もない。
(まぁ、『アレ』が目覚めた日には、我ら全員でかかったって勝つのは無理だけどな)
ロインズは苦笑いする。
争乱においては、一定の取り決めの元に三対三での対峙が原則となっている。それに使用されるのが、ロインズが今同調しているソレなのだが、ソレにはランクが存在している。下はその辺の石ころレベルから、上は宇宙創造の要まで。
今現在、最上ランクとされるソレは二体確認されている。
その最上ランクは、同一のモノでありながら他のものとは明らかに別格の存在であり、代替わりが一切確認されていない時点で、一度同調者が定まれば最後、恐らくはそれが確定するものらしいと思われた。思われた、というのも今の所二体の内一体の方にしか同調者は確定しておらず、その存在が代替わりしないままに残っているが、殆ど姿を表に現さず、ただ代替わりしていない事が時折存在を確認されている事で知られているだけだから。
比較対象であるべきもう一体は、そう、まだ目覚めていないのだ。
恐るべき力を内包している事が確定していながら、同調者が未だ確定していないそれを求める星は当然少なくない。故に、もう一つの最上ランクは、そのもう片方の同調者によって持ち去られ長らく占有されていた。当の本人に苦情を提言しようにも、相手は宇宙を相手に喧嘩をしても勝てるような存在である。
故に、その状況は黙認された。他の何処かが占有し、要らぬ災いの種になるよりはマシだとその存在も思っていたのかもしれない。
それが今回の争乱において、何故かこの、発展途上な星に提供されたのだ。
その所有者当人の意向によって。
(目覚める、と踏んだんだが…………違うのか?)
争乱は、星の独立を賭けて行なわれる正式な(言い方こそ悪いが)宇宙行事でもある。
支配を申し込む側に対し、申し込まれる側にはある程度レベル相当の、要は対等な闘いが出来るだけのソレが事前に提供される。申し込む星の数は場合によって変化し、スケジュールは厳密に管理されて実施される。要は、調整等のために相応の時間を置く事が義務づけられており、立て続けに行なわれたりはしない。
ルールも厳密であり、見届け人が正しく行なわれているかを常に確認している。
守りきれば申し込まれた側は申し込んだ側に対して永遠に支配されない権利を得る。
守れなければ、支配されるが、支配も常にルールに則って行なわれるので、昔はあったような差別的扱いや残虐行為等一切禁止されている。逆に言えば、そのルールを守れる星のみに争乱を申し込む権利は与えられている。
そしてその争乱は、ある程度の基準を満たした星が対象になるのだ。
一定期間に集められた、総ての申し込みを退ければ、完全な独立の権利を得る。申し込みの星の数は、その相手方の星の価値によって変化するのが通例で。
だが、今回の場合史上最多の数の申し込みを受けている。
ロインズ達はその一番手に、厳正な抽選の元に選ばれたのだ。
(じゃあ何で、こんな星に?)
数が多かったのには相応の理由がある。それが、最上ランクの存在により所有権がこの星へと譲渡された、ソレだ。理由等誰も知る由が無いけれども、もう一つの最上ランク、支配出来れば自動的にその所有権を得る事が出来るし、仮に支配出来なくとも独立した星同士としての縁は出来る。
星そのものの価値よりも、最上ランクのソレが、この状況を生み出した。
だが、譲渡されたその最上ランクすら目覚める気配無く、ロインズの攻撃はそのまま地表を抉りそうだった。
別に大量殺戮をしたい訳ではないのに、と彼が溜息をついたその時。
「!!」
地表を抉る攻撃とほぼ同時、真下で強大な気配が発生する。
「め、目覚めた!!」
実際に最上ランクにロインズは遭った事は無かったのだが、気配を感じた瞬間にロインズの同調するソレが、真下で膨れ上がっていくソレが目覚めたもう一つの最上ランクであると知らせる。
目の当たりにすると、まるで自身が虫けらになったような気がする程の、強大で、偉大な、気配。
やはりこの星に同調者が居たから提供されたのだと、ロインズは納得して本部に連絡を入れた。
勝ち目等、万に一つもない。
ロインズが抉ってしまった大地は戻らない。そしてあの存在を前にロインズ達が消されるのは一瞬だ。その前に、降伏をする。
それが、終結の合図となった。
事態を把握していたかどうかは不明だったが、幸運にも目覚めた絶対者は逃げるロインズ達を追って来る事は無かった。