委ねられる選択
文字数 3,244文字
部屋で寝転んでいたら、来訪者があった。
長く緩いウェーブのかかった灰色のような髪が腰まで伸びる、それだけで酷く特徴的で目を惹くその女は入ってくるなり堂々と部屋の中に在る椅子の一つの上を陣取った。こうして彼女が訪れるのは一度や二度ではなかったから、部屋の主であるエリカも何も言わない。
言わないが、じとりと視線だけでその顔を睨めば、赤みがかった大きな相手の目が楽しそうに見返してくる。
最初はこの女の事をエリカはよく分からなかった。囚われているこの施設の中の、職員の一人かとも思った時期があったが、職員にしては決められた制服等着ていた姿を見た覚えは無い。
そして何より、他の誰かがいる時にこの女が現れた事は無い。
一時期は幻かとも思った程で。
だが、目の前で椅子に座る女は確かに存在している人間なのだ。間違いなく此処に在り。そうして事態を見守る為だけに姿を見せている傍観者なのだと、今は知っている。
本来なら当事者であるのではないかとエリカは思う。
そういう女だった。
「ねぇ」
「何? どうしたん?」
声を掛ければ面白そうな顔をして椅子の背もたれに身体全体を預け、足を組んで女は応えてくる。身長から言えばエリカより少し低く、見た目は少し幼く見えるが、実際は恐らくエリカ等より遥か上の年月を過ごしている筈だった。エリカの予測が合っているなら。
女は、立ち位置的にはエリカに似ている。
けれど実際には大きく異なっている。
「アンタ、No.0でしょう」
永久欠番となったゼロナンバー。
最初の争乱において一瞬で勝敗を決し、そして存在が消えたモノ。
1を持つエリカと、2を持つもう一人、施設内でも表向きはその二つしかない存在の、けれど実際はそうではなく存在すると過去の資料映像で見せられた、もう一つの消された存在。実際は消されたのか、それとも当人が消える事を選んだのか。エリカは後者ではないかと踏んでいる。
過去の映像を見せられて以来、エリカは自身の前だけにちょくちょく現れては話していくこの女を、それではないかと考えていた。否、確信に近かった。そう考えれば彼女がセキュリティなど関係無く様々な場所に入れる事、他の者の前では姿を現さない事等、説明がつく。
そうして問いかけた先、女はにこりと笑ってみせた。
「正解。偉い偉い。ちゃんと考えてたのね」
「馬鹿にしないでよね。アレだけヒントを与えられたら、嫌でも解るわ」
女は自分をレイと名乗った。
この施設の職員ではないけれど、無関係という訳でもないとも言った。誰に訊いても答えてくれないような事に、この女だけが、真偽はともかくとして回答をした。今エリカがこの場所にいなければならない意味、これから起こる事、しなくてはならない事。
レイは、唯一、エリカに多くの回答を迷う事無く与える存在だった。
それだけでも充分、この女が如何におかしいのか位解る。そして女の名前から、それを繋げて考える事を安易だと断ずるには、女自身があまりに不審過ぎた。
(この女が、No.0…………)
資料映像そのままに考えれば、その見た目とは裏腹にレイは地球を叩き割れる程の力を所持している事になる。資料として見せられたその様は、目の前の人間然としたモノとは全く違う、巨大な鳥のような、表現の難しい存在だった。
羽ばたき一つで国一つを消し、そして争乱を収めたモノ。
「何で?」
明らかに女はヒトを超えた存在だ。あの時のソレと、今目の前の女、それがそのままイコールであるのならば。
「何が?」
「アンタが、戦えばいいじゃない。アンタ、前もやったんでしょ? なら今回だって、一瞬でしょ…………前みたいに」
だから納得がいかなかった。
レイは、明らかにエリカ自身を争乱の中に放り込む動きをしている。もう一人の方には現れていないようだったが、それは二人の争乱に対する心持ちの差異を見抜いてかもしれない。どちらにせよ、これまで間違いなくこの女はエリカを争乱に入れる事を前提の言動をしているのだ。
自身も、前回の争乱に関わりながら。
「あー、うん、それなんだけどねぇ。確かにアタシが関われば一瞬で終わるんだけど」
女は否定しなかった。
睨みつけるエリカに、でもねぇとレイは続ける。
「それじゃ、アンタ達は、この先もずっと認められないままになっちゃうんだわ」
「は?」
「だーから、アタシは別格なの。アンタとアタシ、代替わり出来る時点で違うってこと位は、解るでしょ? アタシは代替わり出来ない全然別の次元なのね? だから何が来ても、まぁそりゃ一瞬なのは変わらないわけよ。で、それは向こうさんも解ってんのよ」
背もたれから身体を離して、腕組みをした女が目を煌めかせてエリカを見返す。
「じゃあ何で向こうさんが来るかって、ぶっちゃけソレはアタシ狙いなのね? アタシとの縁が欲しいから、アンタ達を傘下にしたい、ソレだけの為に態々いらっしゃる訳。そこでアタシが迎撃してたら、アンタらはアタシに護られるだけのモノに成り下がって、この先も永久に認められる事が無くなる訳」
ま、それでも良いけどね、と女は他人事のように言う。
つまり支配されれば植民地のような扱いになるが、もしそうなったとしても女が関わっている限りにおいて酷い扱いをされる事は無い。支配を受けなくても女が迎撃していた場合、一人前とは扱われないままの状態が続くだけ。
レイはそう説明する。そしてもう一つの選択肢を。
「アタシが関わらず、アンタらだけで迎撃出来たなら、アンタ達への見方はこの先大きく変わってくるでしょう。それも、誰より鍵となってくるのが、アンタなのよ」
すい、っと女の指がエリカを示す。
楽しそうなその顔が更に、深く笑む。
「本来の魂の共鳴者ではない者。代理として選択された事をアンタは嫌がっていたけれどね、はっきり言って今回一番注目されているのはアンタなのよ。前例のない、共鳴者でない者による戦闘行為が、一体どれ程評価されるか、アンタも含めて此処にいる誰もが理解してないけどね」
無いのよ。
一言、女は言った。
その言葉を聞きそびれて目を見開いたエリカに、言い聞かせるようにレイはもう一度言う。
「無いの、アンタみたいな前例は」
「…………マジ?」
「マジ。だから、もしアンタが出れば、それだけで大部分が終了すると言っても過言じゃないわ。但しアタシが前に出なければ、だけど」
いきなり突きつけられた事実。
「そしてアンタが出ればそれだけで価値があるけれど、更に勝てば、その価値は絶大よ。この先の未来において、ね」
アタシの存在に関わり無く、人類に価値が認められる事になるから。
本当に他人事のように言うレイの様子を見ながらエリカは、けれどふとある事実に思い当たる。目の前で楽しそうに笑っているように見える、ヒトの姿をした何か。欠番とされ存在を秘匿とされた、前回の争乱における絶対的支配者。
女が何を思い、そしてこれまで何をしてきたのかはエリカに知る由もない。
けれど今までのレイの言動を振り返るなら、微かな光のようなうっすらとした連なりが見えてくる。
エリカが此処に来たその日から姿を現し、色んな事を話してきた相手。その沢山の話の中、もし偽りが少ないのであれば。
「ねぇ」
「うん?」
「もしかしてアンタ、実は勝って欲しいの?」
他人事のように、楽しんでいるように見える。その様は蟻を弄んでいる子どものように見えなくもない。けれど執拗にエリカ自身に焦点を絞って絡んで来ていたその行為と、今告げられた言葉を合せると、結論としてこの女はある未来を望んでいるように見えるのだ。
つまり、エリカが勝つ事で、レイの存在如何に関わらず、一定の評価を得るという未来を。
まるで親鳥が雛の羽ばたきを見守るようなそれにすら、その様は見えるのだ。
選択肢はエリカ本人に丸投げして他人事のような顔をしているのに。
そうして問いかけたエリカに、こんな時ばかりレイは黙って微笑みを返すだけだった。
長く緩いウェーブのかかった灰色のような髪が腰まで伸びる、それだけで酷く特徴的で目を惹くその女は入ってくるなり堂々と部屋の中に在る椅子の一つの上を陣取った。こうして彼女が訪れるのは一度や二度ではなかったから、部屋の主であるエリカも何も言わない。
言わないが、じとりと視線だけでその顔を睨めば、赤みがかった大きな相手の目が楽しそうに見返してくる。
最初はこの女の事をエリカはよく分からなかった。囚われているこの施設の中の、職員の一人かとも思った時期があったが、職員にしては決められた制服等着ていた姿を見た覚えは無い。
そして何より、他の誰かがいる時にこの女が現れた事は無い。
一時期は幻かとも思った程で。
だが、目の前で椅子に座る女は確かに存在している人間なのだ。間違いなく此処に在り。そうして事態を見守る為だけに姿を見せている傍観者なのだと、今は知っている。
本来なら当事者であるのではないかとエリカは思う。
そういう女だった。
「ねぇ」
「何? どうしたん?」
声を掛ければ面白そうな顔をして椅子の背もたれに身体全体を預け、足を組んで女は応えてくる。身長から言えばエリカより少し低く、見た目は少し幼く見えるが、実際は恐らくエリカ等より遥か上の年月を過ごしている筈だった。エリカの予測が合っているなら。
女は、立ち位置的にはエリカに似ている。
けれど実際には大きく異なっている。
「アンタ、No.0でしょう」
永久欠番となったゼロナンバー。
最初の争乱において一瞬で勝敗を決し、そして存在が消えたモノ。
1を持つエリカと、2を持つもう一人、施設内でも表向きはその二つしかない存在の、けれど実際はそうではなく存在すると過去の資料映像で見せられた、もう一つの消された存在。実際は消されたのか、それとも当人が消える事を選んだのか。エリカは後者ではないかと踏んでいる。
過去の映像を見せられて以来、エリカは自身の前だけにちょくちょく現れては話していくこの女を、それではないかと考えていた。否、確信に近かった。そう考えれば彼女がセキュリティなど関係無く様々な場所に入れる事、他の者の前では姿を現さない事等、説明がつく。
そうして問いかけた先、女はにこりと笑ってみせた。
「正解。偉い偉い。ちゃんと考えてたのね」
「馬鹿にしないでよね。アレだけヒントを与えられたら、嫌でも解るわ」
女は自分をレイと名乗った。
この施設の職員ではないけれど、無関係という訳でもないとも言った。誰に訊いても答えてくれないような事に、この女だけが、真偽はともかくとして回答をした。今エリカがこの場所にいなければならない意味、これから起こる事、しなくてはならない事。
レイは、唯一、エリカに多くの回答を迷う事無く与える存在だった。
それだけでも充分、この女が如何におかしいのか位解る。そして女の名前から、それを繋げて考える事を安易だと断ずるには、女自身があまりに不審過ぎた。
(この女が、No.0…………)
資料映像そのままに考えれば、その見た目とは裏腹にレイは地球を叩き割れる程の力を所持している事になる。資料として見せられたその様は、目の前の人間然としたモノとは全く違う、巨大な鳥のような、表現の難しい存在だった。
羽ばたき一つで国一つを消し、そして争乱を収めたモノ。
「何で?」
明らかに女はヒトを超えた存在だ。あの時のソレと、今目の前の女、それがそのままイコールであるのならば。
「何が?」
「アンタが、戦えばいいじゃない。アンタ、前もやったんでしょ? なら今回だって、一瞬でしょ…………前みたいに」
だから納得がいかなかった。
レイは、明らかにエリカ自身を争乱の中に放り込む動きをしている。もう一人の方には現れていないようだったが、それは二人の争乱に対する心持ちの差異を見抜いてかもしれない。どちらにせよ、これまで間違いなくこの女はエリカを争乱に入れる事を前提の言動をしているのだ。
自身も、前回の争乱に関わりながら。
「あー、うん、それなんだけどねぇ。確かにアタシが関われば一瞬で終わるんだけど」
女は否定しなかった。
睨みつけるエリカに、でもねぇとレイは続ける。
「それじゃ、アンタ達は、この先もずっと認められないままになっちゃうんだわ」
「は?」
「だーから、アタシは別格なの。アンタとアタシ、代替わり出来る時点で違うってこと位は、解るでしょ? アタシは代替わり出来ない全然別の次元なのね? だから何が来ても、まぁそりゃ一瞬なのは変わらないわけよ。で、それは向こうさんも解ってんのよ」
背もたれから身体を離して、腕組みをした女が目を煌めかせてエリカを見返す。
「じゃあ何で向こうさんが来るかって、ぶっちゃけソレはアタシ狙いなのね? アタシとの縁が欲しいから、アンタ達を傘下にしたい、ソレだけの為に態々いらっしゃる訳。そこでアタシが迎撃してたら、アンタらはアタシに護られるだけのモノに成り下がって、この先も永久に認められる事が無くなる訳」
ま、それでも良いけどね、と女は他人事のように言う。
つまり支配されれば植民地のような扱いになるが、もしそうなったとしても女が関わっている限りにおいて酷い扱いをされる事は無い。支配を受けなくても女が迎撃していた場合、一人前とは扱われないままの状態が続くだけ。
レイはそう説明する。そしてもう一つの選択肢を。
「アタシが関わらず、アンタらだけで迎撃出来たなら、アンタ達への見方はこの先大きく変わってくるでしょう。それも、誰より鍵となってくるのが、アンタなのよ」
すい、っと女の指がエリカを示す。
楽しそうなその顔が更に、深く笑む。
「本来の魂の共鳴者ではない者。代理として選択された事をアンタは嫌がっていたけれどね、はっきり言って今回一番注目されているのはアンタなのよ。前例のない、共鳴者でない者による戦闘行為が、一体どれ程評価されるか、アンタも含めて此処にいる誰もが理解してないけどね」
無いのよ。
一言、女は言った。
その言葉を聞きそびれて目を見開いたエリカに、言い聞かせるようにレイはもう一度言う。
「無いの、アンタみたいな前例は」
「…………マジ?」
「マジ。だから、もしアンタが出れば、それだけで大部分が終了すると言っても過言じゃないわ。但しアタシが前に出なければ、だけど」
いきなり突きつけられた事実。
「そしてアンタが出ればそれだけで価値があるけれど、更に勝てば、その価値は絶大よ。この先の未来において、ね」
アタシの存在に関わり無く、人類に価値が認められる事になるから。
本当に他人事のように言うレイの様子を見ながらエリカは、けれどふとある事実に思い当たる。目の前で楽しそうに笑っているように見える、ヒトの姿をした何か。欠番とされ存在を秘匿とされた、前回の争乱における絶対的支配者。
女が何を思い、そしてこれまで何をしてきたのかはエリカに知る由もない。
けれど今までのレイの言動を振り返るなら、微かな光のようなうっすらとした連なりが見えてくる。
エリカが此処に来たその日から姿を現し、色んな事を話してきた相手。その沢山の話の中、もし偽りが少ないのであれば。
「ねぇ」
「うん?」
「もしかしてアンタ、実は勝って欲しいの?」
他人事のように、楽しんでいるように見える。その様は蟻を弄んでいる子どものように見えなくもない。けれど執拗にエリカ自身に焦点を絞って絡んで来ていたその行為と、今告げられた言葉を合せると、結論としてこの女はある未来を望んでいるように見えるのだ。
つまり、エリカが勝つ事で、レイの存在如何に関わらず、一定の評価を得るという未来を。
まるで親鳥が雛の羽ばたきを見守るようなそれにすら、その様は見えるのだ。
選択肢はエリカ本人に丸投げして他人事のような顔をしているのに。
そうして問いかけたエリカに、こんな時ばかりレイは黙って微笑みを返すだけだった。