何度目かのクリスマス

文字数 1,245文字



 またこの季節がやってきた。
 街に流れるこの時期限定の音楽と、溢れかえる装飾を見ないようにしながら歩いている自分には気付いていた。吹っ切ったつもりでも尚、心の中に刻まれた傷は消える事は無い。きっと、この先もずっと。
 別に、それでも生きていける。
 一番大切な人を失っても、幾度もこの季節を迎えてきた。
 …………いや、失ってない。何一つ失ってない。
 だけど、やっぱりこの季節は苦手だった。
 もう一度、彼女が奪われそうな気がするから。あの時のように唐突に、前触れも無く、その姿が朱に染まって、そして。
『……大丈夫』
 気遣うように伸ばされた半透明の腕に気付いて、はっとする。
 全身が半透明の、空色の目をした永遠の少女がじっとこちらを見ていた。吐く息と同じくらいの儚いその姿は、ふわりと空中に浮かんだまま影が落ちる事も無く漂っている。
 伸ばされた手が、この身に触れる事は無い。
 存在すら非現実とされる彼女は、それでも確かに此処にいる。
「ごめんね、沙良。ぼーっとしてた」
 留めたのは、自分の執念なのか、それとも彼女の想いなのか。
 今ではもう真実など意味はない。此処に彼女がいることが全てで。
 例え、二度と触れ合えなくても。
『…………来た』
「え?」
 いつも、彼女は言葉が足りない。

ぽか。

「痛っ!!」
 頭を襲った衝撃は結構重くて、一瞬視界が真っ白になって、そして涙が滲んだ。後頭部がじわじわと痛みに襲われるのを感じながら振り返って抗議する。
「何で叩いたの今〜〜っ!!」
「シャンパン。隙だらけなお前が悪い。いくら今日がオフだからって、一応お前ウチの部の主戦力なんだから、もうちょっと……」
「僕の警戒は君には当て嵌まらないんだよ〜っ!!」
 沙良も、明らかに敵にならない彼や、一部の者たちの事は教えてくれないし。
「まぁいいや。行くぞ。部長が待ってる」
「ちょっと、待ってよ!」
 さくっと思考を切り替えて歩き出す彼を追う。買出しはもう全部終わったし、後は部長の家に行けばいいだけ。毎年部長の家でパーティというのも何だか情けないけど、楽しいから気にしない。
「あ、そうだ」
「え?」
 突然立ち止まった彼が差し出したのは、可愛らしい小さな手の平大のリース。
「さっき、クジで当てた。やるよ」
「僕に?」
「ばーか。沙良ちゃんにだ。誰が男にこんなのやるかよ」
 そういって笑う彼には、沙良は見えてないのに。
 徹底的な現実主義なのに、僕や部長を信用出来るからって彼は沙良のことを否定しなかった。合わせてるんじゃない……彼は、本当に「存在する」前提で受け入れてくれた。
 それがどれだけ嬉しかったか、彼にはきっとわからないだろう。
 僕は、それを受け取ると大事に胸ポケットに仕舞う。
『ありがとう』
「沙良がありがとうって。いいな〜僕にはないの?クリスマスプレゼント」
「ない」
 またさっさと歩き始める彼に、小走りに追いついて。
「メリークリスマス、やっくん♪」
「あ〜はいはい。メリークリスマス」
 面倒臭そうに返事する彼に、僕は心からの笑顔を向けた。
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