先導はしない

文字数 1,684文字

 そ、と彼女は目の前に在る巨大なソレに手を触れた。感じるのは確かにある命の息吹だったが、ヒトの目からしてソレに命を感じる等と言えば嗤うモノが多いだろう事も彼女は知っている。だが、この場には彼女以外誰もいないから、別段構わない。
 居た所で今更そんな事に構いはしなかったが、けれど存在が表面化してしまう事で発生するであろう面倒毎は出来うる限り避けたかったから、この場所に来るときは何時も彼女は存在を隠していた。
 放っておく事も出来る。
 別段、それで責められる謂れも無い。
 否、正しくは責めてくる者達は間違いなく存在するだろうが、そんな者達を彼女自身が一切気にしないので問題は無かった。
 それは恐らく視点の差なのであろうと彼女は思う。
 責めてくる者達は彼女を自分達の輪の中に在るものだと思うからこそ責める事が出来るのだろうが、逆に彼女は既に己が彼らの輪の中から外れてしまった存在である事を理解してしまっているから、責められる事に違和感を覚えこそすれ、罪悪感は無い。
 いま此処にこうしているのは、責められる事への不安のせいではない。
 単なる、暇つぶしに近い。
 或は、心残りの消化か。
 自身達の置かれた立場を未だに理解していないのは、確かに彼らの愚かさにも原因はあったけれど、早過ぎた訪れを招いた何処かの誰かの存在に因るものも少なからずあって、故に全てを彼等の責であると言い切る事は出来ない。
 かといって彼女が態々その責を担ってやる必要も無かったが、気になるものはしようがない。
 元は、彼女も彼等の輪の中に確かに在ったのだから。
(例えるなら、出身の学校が無くなるかもしれない時に感じる哀愁にそれは近い)
 もし手を伸ばしどうにかなるものなのであれば、ほんの少しなら伸ばしてやっても構わない。そんな気持ちで彼女は今を見守っているのだ。
(もし無くなっても、それはその時だけれど)
 面白半分、真剣半分。
 災禍に見舞われている者達からすれば面白半分の時点で責めるに値するだろうが、それでも彼女の立ち位置は変わらない。もう輪の中には戻れないのだ。そういう場所に、彼女は来てしまった。だけれど、ほんの少しの心残りから、こうしてその手を伸ばし、見守っている。
 今目の前に在るソレは、面白い決断を下そうとしていた。
 本来の共鳴者を一時的に解放し、それに最も近しい『血』を持つ者を一時的に選ぼうとしている。
 あまりに強く共鳴し過ぎて、『帰りたい』という相手の意思を、ソレが見過ごせなくなってしまったからだ。そして同時に共鳴者の『会いたい』という意思に影響され過ぎた。此処まで深く共鳴する事は、滅多に無いらしい事を彼女は知っている。
 だから、魂を選ぶソレが血縁を重視する事等、非常に稀な事態と呼んで差し支えないのではないだろうか、と彼女はその事を知った時から、今回に限っては関わる事を良しとした。
 またタイミングが最悪なのも面白いのだ。
 よりによって、長き平穏の一幕の中でそれを行なうのではなく、混乱が訪れるその時にそれを行なおうとしているのだから。勿論、ソレ自身が態々そういうタイミングを見計らって行なっている訳ではない事は重々承知している。なにしろ、ソレはそんな事を知らないし、気にも留めていない。
 けれども現実は、混乱に更に混乱を招くような、そんなタイミングなのだ。
 面白い事態。
 それを、彼女が見過ごす筈も無い。また同時に、ほんの少しばかりの手助けをしても良いとまで考える程には、状況は悪化しうるだろう。
(それでも、良いでしょう)
 選ぶ自由は、それぞれに。
 誰しもの上に、最大限に在るべきだ。例えどんな場所にあろうとも。
 故に彼女は先導等はしないが、全く関係を切る事も無く、今此処に在る事を己自身の意思で選んでいるし、目の前のソレも同じく己自身の意思で先を選ぼうとしている。更に混乱を招くだろうその選択を彼女も止めようとはしない。
 その先に何が訪れるのか。
 未来等、どれ程の力が在ろうと予測しか出来はしない。
 案外、ヒトも、ソレ以外も、自由意思の上に存在しているのだと、既に彼女は知っていた。
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