選び続ける先で
文字数 1,289文字
あの日から、すべてが変わってしまった。
変化というものは誰にでも訪れるものだろう。それ自体は、日々生きていく中で誰もが晒されていく珍しくも無いもの。
しかし世の中には大きすぎる変化、というものもある。
例えが悪いかもしれないが、もし大地震が起こり間髪を入れずに津波が襲えば、その通り過ぎた後は当然、起こる前とは大きく変わるだろう。跡形も残さ ず、かもしれないし辛うじて何かが残る程度、かもしれない。
何であれ、起こる前と同じ状態には戻れない。
それを嘆く時間も必要だろう。
でも、いつかは前に進まなければならない。
髪を染めるのは苦ではないけれど、一度染めたその色を落とす時が好きではない。
そんな私の気持ちに気づいているのだろう…………その時だけは、どんなに忙しくても彼は仕事を抜けて手伝おうとする。毎回断ろうとするけれど、コレ に関しては一度も言う事を聞いたためしがない。私が本気で嫌であれば、必ず折れる彼だ。つまり、私は手伝ってもらいたいのだろう。
もう数を数えるのも嫌になったその作業。
手馴れた仕草で、彼は私の髪についた染料を落としていく。
出しっぱなしのシャワーの湯。
流れ落ちる水に染料が混ざる。
今日は……黒。
「髪、伸びたね」
黒の向こうから姿を現す、本来の髪の色。
冗談のように白い。
濡れたその白は、オレンジ色した浴室の光を弾いて鈍く輝いた。
「切りたい」
伸ばしているつもりはない。
あの時から、長い髪のままだけど。
「え、駄目!! 俺、アリアの髪好きだから」
至極あっさりと人の意思を却下する。
変化の中心にいる、彼。
他に選択肢があったのではないかと、何度も思った。
もしかしたら、と。
全てを守る都合のいいハッピーエンドもあったのではないかと。
今ならわかる。
それは、意味のない仮定。
「駄目だよ。こんなに綺麗なのに」
残った染料も丁寧に落としていきながら言う。その男の目は真剣で。
あの時、私も彼もそれぞれに何かを選んだ。その結果、沢山のものを犠牲にして私達は今という、共に生きる時間を手に入れた。あの時の私は正常な判断を下 せる状態でなかったかもしれない。だけど、そのなかで血を吐きながらも選び取ったこの結末を、厭うのは間違っている。
どんなに染めても、私の髪は黒には戻らない。
誤魔化すことはできる。
だけどそれは、真実を痛めつけるだけ。
「そう?」
「うん。俺にとっては一番」
嬉しそうに、染料の抜け切った髪に口付けてくる。
何が正解だったのか。
今でも解らない。
だけど、これは悪くない未来。
「でも毛先くらいは整えないと」
「毛先だけだよ? 必要以上に切ったら泣くよ!?」
彼なら、多分本気で泣くだろう。
仕方ないから、ため息を返事に代えた。
前に進み続けたその先で。
手招きしていたのは、さらに混沌とした世界。
今ではもう変わることを恐れることも忘れるくらいに、いつも何かが起こっては何かが変わっていく、その中心に近い場所。既に常識から逸脱したこの身さえ 違和感が無くなってゆくほどに、其処は複雑怪奇。
大丈夫だと、思う。
共に歩く彼がいる限り。