好奇心は仇になる

文字数 3,122文字


 忙しさに追われる日々の合間であっても、時には暇をほんの少しだけ持て余す事がある。
 特に烏間の場合、立ち位置が特殊であるが故に、通常の医療部業務に関わる事はあまり無く(副部長であるが、やっている事と言えば手助けとか新人の教育とかそんな所が主で、それ以外は世界中をたらい回されたり一部の部署に掛っきりになる方が多い)、時々ではあるが職場で暇が出来るときがある。
 勿論、そんな間を使って研究所に顔を出してみたり、最新の論文を読んでみたり、やる事が一切無いかといえばそうでもないのだが、それは絶対的優先事項でもなくて、だからそれらに全く気がのらない時には基本烏間は暇を持て余す事にしていた。
 元より、気が乗った事しか身に付かないような性分をしているのだから、気の乗らない事を無理にしても何の意味も無いのだ。
 だからその日、烏間は暇を持て余して何をしようか考えていた。
 目の前にはパソコン。
 職務権限で、一応機関を含めた膨大な資料が閲覧出来る、特殊なものだ。医療部の他の者達が使用している者とは異なるそれは、烏間が主に担当している別部署の者達に必ず配られる特別製であると渡された時に教えられた。
 成る程それは確かに一般職員全員に渡すには危険な情報も多々閲覧出来るし、簡単な操作で他機材のセキュリティ解除までしてくれて、しかも何をどうしているのかはしらないが世界中何処にいようとも機関のデータベースに直アクセスが可能という、とんでもない代物だ。
 斉藤というあのバケモノのような男の直下にある人間ならともかく、他職員にはさすがに渡せまい。
 そんな自分はそれを渡されている時点でつまり、他部署であるがほぼ直下扱いな訳で、基本普通の部長職にすら認められていない権限も幾つか与えられている。勿論それを濫用するほど烏間は馬鹿ではなかったが。
「さて、何しますかねぇ」
 このパソコン一台で、日本中の医療機関に残っているカルテの照合だって可能だ。
 近年は出生時に当然のように遺伝子を採取しているから(基本、それは新薬の開発や移植手術への利用、遺伝子からくる病理の研究を大前提としているが、将来犯罪等を起こした際の調査にも利用されていた)遺伝子レベルで調査だって出来る。
 更に言えば、どっからどう入手しているのか不明だが、世界レベルの照合すらこのパソコンは出来てしまう。
 その辺は深く考えると非常に拙い事を知りそうな気がするので、あえて考えないようにしている烏間だった。
「あ、そだ」
 ふと思いついて呼び出したのは、己自身の遺伝子情報。
 これは自分のものなので、どう使おうが別に咎められる事も無い筈のもの。
「天野ちゃん達はまぁ、親戚として、実は他にいたりしてなー……っと」
 それを、膨大なデータ内で、照合検索する。
 暇つぶしにはちょうど良い遊びだ。
 天野景が自分と異母兄弟で、相応の遺伝子関係がある事は当然検索結果として出てくるだろう。なにやら不穏で鬱陶しい計画の元に自分達が『造られたこども』である事を知っているし、生み出された経緯は過去に調べ済だから、それは当然予測される範囲内だ。
 そして直系で唯一の娘である天野詩歌とも、相応の遺伝子関係が発生している。これも当然だ。
 以前に調べた範囲内では、あの計画に関わっている存在はそれだけだったが、もしかしたら見つかっていないだけで自分と同様の誰かがいるのかもしれない。斉藤は烏間が最終の存在だとの調査結果を教えてくれたが、もしかしたら。
(まぁ、康介さんと天野景が見逃す筈はねーんだけど、さぁ?)
 父に該当するものは既に亡くなっているし、その存在に他に子は無かったと聞く。そして母に該当するものは遥か過去の存在だったという。
 だから烏間を元に検索して、濃密な遺伝子関係として出てくる存在は、現存している中では天野詩歌くらいの筈。後は途方も無い低い確率であるが全く無関係の誰かが出てくるかもしれないが、天野詩歌程の一致率は無いだろう。
 かといって完全に血縁が否定されるわけでもない。
 天野景の隠し子が、本当にいたりなどしたら…………だからどうするわけでもないが、好奇心はそそられる話題ではある。勿論そんな都市伝説を信じている訳ではない。なにせ、烏間の知る康介という男がそういう部分を見落とすとは思えないからだ。
 だからこれは無意味な行為、正に暇つぶしにちょうど良い。
 パソコンの中で照合が進んでいく時間は然程長く無かった。およそ数分。その間に烏間はコーヒーを煎れて戻ってきた。画面には既に検索結果が表示されている。
「さーて、結果は1件…………っじゃない!? は? え? マジでか!!」
 画面の中。
 高い一致率、つまり血族関係の可能性が高いと判断される遺伝子が2つ見つかったと、確かにそう表示されている。
 一つは、天野詩歌。これは予想された通りの結果だ。
 問題はもう一つの方。天野詩歌よりも更に上位に、そう、より高い一致率を出している者が居るという事。つまり義母兄弟の姪である天野詩歌より上位ということは、もっと近しい存在がいると結果は表示しているのだ。
 しかも更に。
「嘘だろ…………相坂部長じゃねーか」
 それは、烏間の良く知る相手。
 機関の中で数限られた、烏間が単独で主治医をしている相手の一人。他の者達では、医療部の人間ですらカルテの照合すら出来ない制限権限者。何故彼女にそんな制限が掛かっているのか烏間は実の所、よく知らなかった。
 単に珍しい、アルビノでありながら紫外線等一切問題ない健康さ等から、研究対象にされる事を防ぐ為であるかと思っていたのだ。
 それに相坂の相棒であるサフォンドに至ってはアルビノ以前の色を纏って、尚且つ烏間ですら診させてもらえないのだから、その陰に隠れ相坂の異色さは色あせていたというのもある。
 だが。
「何だよ、これ」
 遺伝子の照合等、あえてしようとしない限りは普通行なわない。だから、今まで知る由もなかった。
「この一致って、兄弟か…………、親子レベルだろ」
 相坂アリア。特別機動部の部長の1人。希少なアルビノで、且つ美人であるが、特別機動部の部長をしているだけあってとてつもなく強い。実力主義の機関において。創設時からずっと機動部のトップに立ち続けられるだけの、日本人離れした戦闘に置ける実力を兼ね備えているが、何故なのかの過去を知る者はいない。
 一緒に入ったというサフォンド部長、或は同じく創設時からずっと部長をしている斉藤なら何がしか知っているかもしれなかったが、噂ばかりがあるだけだ。
 そう、誰も過去等知らないし、それどころか正しい年齢すらはっきりしていない。
 それも含めて烏間が専任している制限権限者なのだから。
「やっべ…………俺もしかして知っちゃいけねーこと知っちゃった? いやでもこれ俺の事だし。でもコレあれ? 俺の親って片方アレで片方はスッゲー昔のヒトって話だったよな? あれ?」
 データは嘘をつかない。
 何より今表示されている相坂の遺伝子データは烏間本人が入手したものなのだ。疑おうにも、相手が自分では分が悪すぎる。なにせ、一応これでも医学では世界の名医として名高いのだ。自分で評価するのは恥ずかしい限りだが。
 果てしない奇跡的偶然、という可能性は確かに存在する。
 だが同時に、全く露でない相坂という女の過去の経歴がそこに立ち塞がるのだ。
「にしたって、なぁ?」
 パソコンの前、烏間はしばし固まっていた。
 真実を知るのは誰なのか、あるいはそれは知っても良い事なのか、それが一番の問題だった。
 この世には知ったら戻れない垣根が確かに存在するのだ。例えば烏間自身の出生の秘密と同じように。
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