例外の無いルールは無いと言うけれど

文字数 2,977文字


 リリは唖然として目の前に現れた女を凝視してしまった。
 ウェーブを描く長い曇り空の髪を束ねもせずに揺らせるその女を、争乱の規則の監視者としての彼女は既に知っていたのだが、まさか当人が争乱の起こる前に何の前置きも無く姿を現すとは思っていなかったのだ。しかもその背後には、他の者の姿もある。
 見目からして、恐らくは地球のものなのだろうが…………片方、明らかにその種族と異なる者がいる。
 異なるのだけれど、何者なのかは広く情報を統べる本部の基地との共有状態下にあるリリですら何なのかが解らない。完全なるミッシングリンクな存在。だがそこには明らかに機智と、女に近い『有り様』を感じさせる。
 女と近い髪の色をしたモノと、真白の真っ直ぐな髪をした女。
 これは一体どういう事なのだろう?
「おーい? 聞いてるー?」
 固まった状態のリリの顔の前に手をヒラヒラと振って存在を主張する女に、ゆるゆると視線を上げたリリはその緑の瞳にゼロの女を映した。
 始まりと終わり、その片方を司るもの。
 長い時間からすれば未だ目覚めたばかりと言っても過言ではない、真白にも等しい赤子のような存在。一応原則上は争乱に参加する権限を未だ有しているモノ。参加すれば最後、前回と同じような圧倒的末路しか残らないだろうが、それすら本人の思い次第だ。
 破滅も存続も、女の手に握られている。
 その女神が呆れた顔をしてリリを覗き込んでいる。髪と同じ……否、少し滅亡の色を宿した目に。
「今回の審判、だいじょーぶ? ん?」
「だだ、大丈夫、ですっ!!」
 返事をどうにか出来たのは、純粋に使命感故だった。
 本当なら悲鳴を上げてしまいたい。
 目の前には世界の中心、その背後には正体不明の存在、そしてただのヒト。なんという組み合せだろうか。たった今、終末の合図が鳴ったとしてリリは恐らく納得してしまうだろう。恐慌に陥ってしまえればどれ程良かったか、しかし彼女はそうなる事が無い故に争乱の審判が行なえるのだ。
 これまでに受けてきた訓練を恨んだのは、これが初めてで、最後だろう。
「あの、そちらにいる、方々はっ!?」
「ん、そうそう、そっちの方々に関してちょーっとお願いがあってきたんだけどね?」
 どうにかそう問いかければ、何も無かったかの要に女はにっこりと微笑んで自分の後ろにいる二人(と呼んで良いのかもリリからすれば怪しいモノだったが)の方を示し、首を傾げる。
 瞬間、嫌な予感が背筋を伝う。
「今回の争乱以降、私の代わり、あの子達エントリーしてもらえない?」
「…………はぁぁああああ!?」
 さらり、言われたのは予感通りにとんでもない事だった。
「ちょ、何言ってんですか! そもそもあの片方のっ、一体何なんです!!」
「えーっと、一応、アタシ属に限りなく近い感じ?」
「『感じ?』じゃないですよ!! そんなんで一体どう説明になってるつもりですか! 明らかに違うじゃないですか!!」
「おお、さすが、分かる?」
「分かりますよっ!! 何だと思ってんですか」
「天下の審判様〜♪ それなら、一応事実を言うけども、アレは異界の同位存在でーす」
「…………はい?」
 その瞬間、空気が止まった、
 異界。
 異界と言ったか、この目の前の女は。
 その存在は論理上は一応確認されているが、行き来に関しては全くの未解明であり、当然だがそれにまつわるもの等噂話レベルでしか確認出来ない。だが、否定もされないもの。
 現時点で真実の解明はされていない。
 その筈の、もの。
「お、信じない? でも、お宅の情報の中にいないでしょ、あの子」
「…………」
「それも当然なんだな〜。だって出身地異界だもん。なーんでこんなとこまで来ちゃったか知らないけどね。で、その同調者のあの子は調べてもらったら解ると思うけど、完全に地球生まれよ」
 指差すのは、光の色した髪の地球人。
 彼女がそう断言するのであれば、恐らくはそうなのだろう。ここで偽りを述べる理由等、既にしがらみ全てから解き放たれた彼女には不要な筈であるし、何より彼女が本当に偽りを述べたとしてもそれは力技で真実にならしめるだろう。故に、真偽に意味は無いのだ。
 それは、無を統べるもの。
 唯一にして絶対の、破壊者。
 全ての理を壊す術を持つもの。
 彼女の前では真実も偽りに『壊され』、偽りも真実に『壊される』。
「そうですか」
 呟くように提案を審査しているリリに、破壊者はにこり、笑みを浮かべて言う。
「私がエントリーするよりも、まだフェアじゃないかと思うんだけど?」
 故に、彼女の前では争乱も、その裁定者たるリリの存在も、意味は無い。それでもこのように話をしに来てくれているのは、彼女の方が逆にまだリリ側の敷いたルールに合わせてくれる気があるという事に他ならない。本気になれば争乱そのものを彼女は『壊せる』のだから。
 もしかしたら、この世界全てをも。
「まぁ、基本は今ある2体でどうにかしてもらって、どうしようも無くなった時にこの子達が出る形で考えてるんだけどね」
「…………何故?」
 普通に出す訳にはいかないのか。
 そう問うリリに、肩を竦めて。
「言ったでしょう? この子は私に近いのよ。力も含めて…………そうね、今この世界で最も私達に近いのは、この子よ。ちょっと不思議な成長をしているけれどね」
「!?  まさか」
「まさかもまさか。近過ぎて私が生まれる前までは同化が進み始めていたのを、休眠する事で回避した程よ。今は私側になったからもう同化する事も無いけれどね」
「もしかして、その方達の事を」
「うん、知らせてない。皆知らないわ。さすがにねぇ? 事が事だけに、簡単に教えられないでしょう? 相手さんに教えて良いかもまだ解んないけれど、でもこの子達が、負けそうになったら出るって言うからー、それなら一応話を通しておいた方がいいかなーなんて」
 確かに。
 少しだけリリは想像してみる。
 負けそうになったその時、現れる異界の者。それはもしかしたら目の前の頂点に立つモノが現れるより恐慌を齎すかもしれない。何しろこのゼロの存在を知らぬ参加者等いないのだから。それでも、こうして話しにきたという事は多分それを止められるだろう目の前の存在には、彼等を止める気は無いという事だ。
 そうなれば、審査どころの話ではない。
 この審査の目的と、その目指すものは、恐慌でもなければ畏怖でもない。
 平穏且つ良好な関係の持続だ。
「…………解りました」
「あ? ほんと? 話が早くて嬉しいわー♪」
「ただし」
 一呼吸。
 審判を下す者として、譲ってはならない線はある。全てのモノに均等に、平等に、裁定が行なわれる事こそがリリの存在意義なのだから。例え相手が『全てを壊す』のだとしても、関係無い。
「彼等の参加を、相手が認めれば、です。全ての参加者に対し、事前に通知義務があるとします。その上で、彼等が争乱の参加を撤回する可能性もありますので。現状でまだ残っているのは、貴方を前提として訪れていますので」
「オッケー。まぁ、私がいるにも拘らず来るくらいなら、こんな子達がいると知れば尚更喜びそうだけどねー」
「その判断はそれぞれが行なう事で、私の管轄ではありません」
「立派な心意気だわね」
 ゼロの女は、そう言って嬉しそうに肩を竦めた。
 そうして、世界を揺るがす情報がまた一つ、投げられる。
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