その命題は永遠の宿題になる

文字数 2,190文字


 もしも、だ。
 俺が彼女に恋をしなければ、あいつらは一体どうするつもりだったのだろう……?



 そもそも、俺が「恋をする」事が出来ると想定できていたっていうのが怪しいと思うわけだ。もしかしたら、最初からそうなるように仕組まれていたんじゃないかと思ったりするときもあるわけで。
 その程度で嫌いになれるわけじゃないけど。
 それでも、「用意されていた展開」というのには不快感を感じる。だってそうだろう? 自分の意思だと思っていたものが、もしかしたら違うかもしれないなんて。




「馬鹿だねぇ」
 俺の深い悩みを、その元凶の一端であるその男はにこやかな笑いと共に一言で切って捨てやがった。やめろっつってんのに何時の間にやら持ち込んだお茶会セットで自分の紅茶を手馴れた仕草で作って、飲みながら……である。
 多分、解っててやってるんだろう。
 此処が何処であれ、それをこぼす様なヘマはしないという自信ゆえに。
 問題は、この男の場合「意図的に」こぼす場合があるということなんだが。
「それは君たちの存在を根底から否定することで……更に言えば僕らの実力を過小評価することだよ?」
 柔らかい口調。
 だけど、でも。
「そんなの、わかんねーだろ。俺達は……」
「だからね、君が考えてる事をする方がよっぽど簡単だった、ってことなんだよ。僕らだって少しだけその方法を考えないでもなかった事は否定しないよ? だけどそれじゃ面白くないし、望んだものと違うのは解りきっていたから、それはしなかった」
 まるで子供に言い聞かせるように。
 いや、コイツにとってみれば俺達は子供のようなものだ。俺にそれに値するほどの愛情が注がれているかどうかは疑問だが……少なくとも彼女には、それに相応するくらいの愛情が注がれているはずだ。
 彼女の育ての親なのだから。
 ほんの少しだけ、郷愁めいた顔をしてヤツは目を伏せる。長い睫が、部屋で唯一の電子の光によって長い影を作る。
「僕らには……いや、彼には時間が無かった」
 やわらかいバリトン。
 いい声、というのはこういう声なのだろう。コイツの副業も、儲かっているわけである。
「だから、その方法の方がいいのは解りきっていたけど、それでも彼は嫌だと言った。育つことに、自由に変化していく事に意味があるのだと言い張った」
 彼……俺の、育ての親。
「間違いなく、君たちは……」
「だけど! もし俺が好きにならなきゃどうするつもりだったんだよ!! その前提での、このシステムじゃねーか。なのに、何もしてないなんて……」
 言い切れないだろう、と言いたかった。
 否定されたいのに、まるでそれが答えだと信じきっているかのような矛盾。
「確かに、不確定要素は多かったよ」
 くすり、とヤツは笑う。
「でも僕らは成功すると解ってた」
「何言ってんだよ? 矛盾してるじゃねーか!!」
 最後の液体を飲み干して、立ち上がる。
 さり気ない一挙一動にすら無駄の無い洗練された仕草は、彼女にもしっかり受け継がれている。彼女は好きだが、それがこいつ仕込みだと思うと複雑な気がする。手早くカップを片付けたヤツは、出口付近の壁に背を預けてこちらを見る。
「だって、君たちを育てるのは僕らだったからね」
「なんだよ、やっぱり何かしたんじゃねーか?」
 はぁ、とわざとらしいため息をヤツがつく。
「なんかさ〜、そういう変にお馬鹿な所はけーくんそっくりで可愛いよねぇ」
「ば……っ!? おまっ、誰に向かって馬鹿だと!!」
「君に決まってるでしょ」
 俺にそんな事言えるのは世界中探してもお前くらいだろうな!!
「親同士が仲良しなら、その子供がそうそう不仲になるわけないでしょ? しかも僕と彼は特別仲良しだったんだよ? そんな僕らに育てられるんだから、仲良くなって当然じゃない」
 あ〜やだやだ、とでも言いたそうに両手を広げて頭を振る。
 芝居がかったその仕草が妙にむかつく。絶対、わざとやってるだろう、こいつ。
「それにねぇ」
 腕を組んだ。
 何をしてもそれなりに様になる。片方だけ少し上げられた口の端。
「仮に僕らがそういう風に作ったなら、そんなつまんない悩みなんて生まれないように手を打つに決まってるでしょ。つまり、そんな情けない事で悩んでる時点で、何もされてない証拠なんだよ。わかる?」
 そんな事もわかんないなんて、まだまだお子様だよね〜。
 呆れたように言葉を並べるその表情は、辛辣な言葉と違って酷く楽しそうだ。
 悔しい。なんでコイツに勝てないんだろう?
「でも、恋までするとは限んないじゃねーか、そんなの……」
「まぁね。でも、嫌いにさえならなきゃどうにかなるとも思ってたし、僕達」
 なんだよこいつ等は。
 こんな、いい加減な奴らが俺達の親なのかよ? むしろ悩んでた俺って、すごく繊細じゃねーか。
「孤独でさえなければ、大丈夫だと思ってるよ」
 だから、君たちは二人なんだよ。
 そう言って微笑んだソイツに、俺は声を掛けようとして……出来なかった。

 お前は?

 それは、訊いちゃいけないことのような気がした。
 おかしな話だろう?
 独りだと駄目だと考えているそいつ自身が、真実この世で孤独に身を置く唯一の存在なのかもしれないなんて。同じ場所に立てる誰かを持たない、終わりの無い孤独に身を置いているように見えたなんて。
 気のせいだと、思うことにした。



 僕らは、ずっと一緒にいられる。
 それだけで十分だ。
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