雛鳥の寝床

文字数 3,351文字

 外出先から戻ってみれば、部長がなにやら奇妙な行動をしていて、周囲の者達は仕事をしながらそれを落ち着かない様子で見守っている、なんていう普段に無い状況が待ち構えていた。姿を現した山辺にまるで縋るような視線が複数刺さるのだから、相当である。
 もう一人の、多分彼等の疑問を解決出来るだろう副部長は残念ながら帰りはまだ先で、更に言えばその他の比較的初期からこの部署に居て、そして部長に対して堂々と問いかけを投げられる者達はまるで計ったかのように全員今日は外出中だ。
 残っているのは、今まだ部長の存在に馴染みきっていない、言い方を変えれば少し距離を置いている者達ばかりで。
 はぁ、と溜息をつきながら山辺は上司の元へと歩いていく。なんにせよ戻った報告もしなければならない訳だし、そのついでに周囲の疑問を解決する事位は出来るだろう。
「部長、戻りました」
「あー、やっくんお帰り。どうだった?」
「とりあえずセキュリティホールが幾つかあったんで直すよう指示しときました。後は大した事無いんで、情報部に任せました」
「お疲れ。あ、ちょっとそこの段ボール開けてくれるかな?」
 そう言う部長こと斉藤は両手に巨大なクッションを抱えている。斉藤本人はどこのモデルかという程の高身長であるのに、それでも尚巨大に思えるクッションなのだから相当の大きさだ。普通の人間はその上で眠る事も容易いだろう。
 更に山辺に示されたのは、そのクッション程とはいかなくとも、大きな段ボール。
 この部署で一番偉いそのヒトは、部署の端、今朝までは応接セットがあった衝立に二方を囲まれた中を何故か大改装中だった。応接セットは何処かに消えて、足下には毛足の長いふかふかした青の絨毯に(斉藤はその上を裸足で動いている)よく見れば巨大な犬のヌイグルミもある。
 これではまるで。
(託児所か?)
 こんな状態になっていくのを、見ていた者達の動揺を何となく理解しながら、とりあえず山辺はまず指示された通りに段ボールを開ける。中から出てきたのはノートパソコン一式だった。
「あの、部長、訊いても良いですか」
「いいよ〜?」
「今何をしてるんですか?」
 ただのパソコンではない。この部署だけで使われる、市販品ではない独自のものだ。だから例え紛失したとしても他の誰かがこれを解読する事は非常に困難であるものでもある。中を理解しているのは斉藤と山辺、そして他の極少数で、更に完全な理解となれば今の所は斉藤と山辺しかいない。
 セキュリティなどの初期設定等も、権限があるのは斉藤と山辺、そして一応烏間なのだが、烏間は殆ど使えないのでこの場合は除外である。
 とにかく、部署のメンバーに配属と同時に必ず一つ渡される、付属品だ。
 それと、この状況。おおよそ予想はつくのだが、しかしそれにしては用意されている環境がおかしい。あまりにおかしすぎる。
「新入りの子の受け入れ準備。だからそれ、セットアップ宜しく。コードは……そうだね、ドリーマーで。後は適当にやっちゃって」
 にっこりと爽やかな笑顔で告げられるのは、新しく来る者の存在。それは予想通りである。
 しかし、この状態は。
 言われた通りにノートパソコンを段ボールから引き摺り出し、他の付属品も総て出しながら山辺は仕方なく問いかける。なにせ、今この部署の中で他に問える者はいないのだから。毛足の長い絨毯の上、腰だけ降ろして膝の上にパソコンを乗せながら。
 周囲の視線が何より痛すぎる。
「…………此処、その子の場所、ですか」
「うん。机で寝たら身体痛くなっちゃうし、健康に良く無いでしょ? かといって休憩所じゃ他の子の邪魔になるしねぇ」
(寝る前提かぁぁっ!!)
 コードが『ドリーマー』という時点で、突っ込み所はあった訳だが、実際こうも堂々と職場で寝かせる前提な発言をされてしまうと、逆に言葉を失うものなのだと山辺は知った。
 勿論、自分が今居る場所が普通の部署でない事等、相棒である唐杉の異能からして筆頭であるのだから理解しているし、他にも異能を持つ者は少なからず此処に存在する。その殆どが科学的には証明されないような異能ばかりだ。
 そしてどうやら、今度来るらしいその誰かも、異能系に入るらしい。
「寝る、んですか」
 辛うじて問いかける事が出来たのはそれだけだった。
 この部署を纏める目の前で嬉々として寝床(らしい)を整えている責任者は、時折こうしてどこかからか異能者を見つけては引っ張り込んでくる。唐杉等、本人曰く「コンビニでバイトしてたら声かけられた」というのだから、見つけ次第片っ端、な節が無くもないのを既に山辺は知っていた。
 彼等の部署は、普通には存在しておらず、故に普通に求人しているわけではないのだ。殆どがスカウトで人員を増やしている。担当は主に部長か、唐杉、そして自分の解る範囲では山辺だってその権限を持っている。
 ちなみにそのバイト先では、相坂部長とも客として会ってたというのだから、一体どんな恐ろしい場所だったのだろうと秘かに思う。
「そ。単体なら何の役にも立たないんだけど、ウチにはまーくんとか、ざっきーとかいるから、すっごく役立つよ」
「夢で何か見るんですか?」
 ここにきて山辺にも何となく解ってきた。
 唐杉は高い能力を持つプレコグ(予知能力)であるし、山崎はメトラー(感知能力)である。部署内では他にも似たようなメトラーはいるが、山崎はその応用性では筆頭で名が挙がる者だ。それぞれ役立つ異能であるのだが、本人の言を借りれば唐杉は「そもそも発生する確率が生まれなければ解らない」力であり、山崎達も「対象があって意味がある」力である。
 詰まる所、彼等が役立てるのは『それが存在して初めて』なのだ。
 何も無い所からは、何も出来ない。当然ではあるが、それは犯罪の事前抑止としたら時間制限や環境制限がある。
 出来ないよりはずっと良いが、時にもどかしくなるときが確かに、ある。
 斉藤が居なかった十年の間にそんな場面に散々遭遇した。斉藤自身が復帰後はそんな事はほぼ無くなったけれど、それは斉藤の能力の総合的な高さ故だ。それでは先々を考えれば駄目な事を、山辺も解っている。
 端にクッションを置きながら斉藤が言う。
「そう。まーくんに近いけど、違う。あの子は選べないけれど、ゼロも見通せる。常に膨大な情報を眠りの中で見ている。アカシックレコードって概念があるでしょ? それを見てるようなもんかなぁ。でも、本人は殆ど内容を覚えてないけどね」
「成る程。その夢を山崎に読ませて、唐杉と組み合わせたり出来る訳ですか」
 本人が覚えていないから、単体であれば確かに役立つ事は無い。
 だが、この部署にはそれを補える異能者が存在している。故に、存在意義が生まれる。
「そう。だから、より良い睡眠環境を整えてあげないとね〜」
 これでようやく行動の理由が解った。周囲の無言の納得の溜息が、密やかに部署内で響く。
 異能が少なく無いこの部署では、新しく入ってくる異能に対しての環境整備に関しては全員がそれぞれ寛容だったので、理由さえ解ってしまえば誰も不満を零したりはしない。それぞれに出来る事を課される、それがこの場所だったので、眠る事が仕事だというのなら、それで良いのだ。
 山辺もパソコンの中を弄りながら、新しく来るだろう誰かの環境を整える。
 コード『ドリーマー』。
 久方ぶりの、新入りだ。
「たっだいま〜〜〜!!」
 その時、部署内に騒々しい程の戻りの挨拶が響いた。個性の塊のような面々が揃っているこの部署であるが、こんな風に戻って来るのは、さすがに1人しか居ない。
「ああああ!! 遊び場が出来てるぅぅぅ!! 猾い僕を仲間外れにしてぇぇっ!」
「っなわけあるかぁぁぁぁぁ!! 遊び場じゃねぇよ!!」
 準備をしている斉藤と山辺を見つけた瞬間に素っ頓狂な声を上げた唐杉に、間髪入れずに山辺が突っ込むという何時もの風景が、騒々しく始まった。
 突進してきた唐杉が置かれたばかりのクッションにダイブして、履いたままの靴を斉藤に注意されては山辺に脱がされている。そんな上司達の姿を、一部は呆れたように、一部は達観したように見守っている。
 最早、日常だ。
 そんな場所に眠る雛鳥がやってくるのは、もうすぐ。
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