何を考えてるのよあの男は
文字数 2,222文字
新年の集まり。
楽しくも無いその集まりに、それでも己の立場を考えれば出ないわけにもいかずに毎年渋々と出席している。もちろんそれを表情に出すようなヘマはしない。意味が無いように見えても、これは社交界の集まり。そして自分は常に隙を狙われている。
この場の誰もが世界有数の金持ちである小娘に、つけ入る隙を探している。
気持ち悪い。
嘗め回すような視線も、かけられる猫なで声も、何もかも。
仮面のような笑顔を貼り付けて、全ての隙を無くして此処にたつ。自分の財産など正直どうでもいいけれど、こんなつまらない奴らに低く見られるのだけは嫌だと、それだけを目的にして。
「今年は皆様も驚くような方がいらっしゃってくれる事になって…………」
主催者が、そんな事を言っていた。
まるで自分の成果だとでも言いたげな態度で。
この会場に集う人間達が、義理とか付き合いで集まっているだけで、ソイツ自身に魅力を感じていないのは明らかなのに。最近では自分の存在がいい宣伝になって人が集まっている事も知っている。
来年からは断ろうか。
本気で、そう思った。別にこんな人間と不仲になっても困らない。何なら、自分がパーティを開いてやろうか? 此処にいる人間のほとんどは、このパーティよりも自分の開いたそれにやってくるだろう。力の差とは、そういうことだ。
会場がざわめいた。
何か始まったのか…………。
傍らにずっと控えていた、最も信頼できる人を見上げる。
「誰かいらっしゃったようです」
彼女はそう言って、ざわめきの中心の方に目を向けた。それに導かれるように視線を動かすと、人だかりの中で頭一つ飛びぬけた存在がいる。あかるい栗色の柔らかそうに揺れる髪…………。
ふと心をよぎった既視感に、無意識に眉間に皺が寄った。
「ちょっと、あれってまさか」
「…………あの方、ですね」
彼女が断定するなら間違いないのだろう。
凝視するこちらの視線に気づいたのか、こちらの方を見た青年がふわりと微笑むのが見えた。この時ほど、人よりも数段優れている自分の視力が嫌になったことはない。
あの男は、意味の無いことはしない。
ついでに、やることの殆どは本人以外に意味が分からない事…………言い方を変えれば碌でもないことなのだ。
この場にいるのが場違いというわけではない。かれの二つ名は表に出なくなってから久しいが、未だ消えたわけではないのだから。
問題は、久しく表に出なかったくせにどうして今この時に、こんな意味の無い集まりに出てくる気になったかということで…………。
あぁ、嫌な予感がする。
「おお〜い、詩歌ぁ」
しかも、さらにそんな風に声を掛けられ。
自分の周りで、向こうの男の周りに比べれば小さなざわめきが起こる。
「…………信介!?」
「あ〜良かった、此処広いから見つからなかったらどうしようかと思った」
邪気の無い笑顔で駆け寄って来る同い年の既知の少年は、すぐ傍まで来るとほっとしたように息をついた。まわりがざわめいたのは、この男が自分の名を呼び捨てにしたからだ…………この世界で自分を呼び捨てられるのはごく一部。
周りの好奇の視線が、おそらく見たこと無いであろうその少年に集まるのは仕方ないことだった。本人はまったく気づいていない。鈍感な事だ。
硬く真っ直ぐな黒髪、切れ長の目、同年代の少年から比べると少し低い身長。何処をとっても彼の兄弟とは似ても似つかぬ容姿の少年は、この場にいて浮く事は無い立派な姿に仕立てられている。とはいえそれで彼の雰囲気が変わるわけでないのが、彼らしいというか何というか。
益々、嫌な予感が募る。
こんな公の場に、あの弟盲愛男が彼を連れてくるなんて。
「…………なんで、此処にいるの?」
二つ名が影を潜めたのは、まさしく目の前にいる少年の存在ゆえ、なのに。
「ん〜、なんか知らないけどさ、連れてこられた。なぁ、これって何の集まりなんだ?」
「新年のパーティですよ」
思わず額に手をやって呻いた自分の代わりに、傍らのパートナーが応える。
多分、この少年が一番厄介なのだ。アレに育てられたせいか、物事に対する屈託が一切なく、地位も名誉も金も権力も通用しない精神構造。謀も邪気もなく、頭がいいとは思えないが本能で全てを見抜く。何にも考えずに真相に至って、しかもそれに気づかないお目出度いタイプ。
しかも、彼を害せばもれなく兄からの報復がついてくる。
…………彼本人は、信用できない訳ではないのだ。しかし、後ろに居るものが大きく危険すぎる。
「へぇ〜」
のほほんと、応える少年。
質問の方向を変えたほうがいいかもしれない。
「あんたの兄は何をしに来たの?」
「仕事だって。ここ、テロリストが来るらしいぞ? 兄貴以外にも何人か来てるみたいだ」
…………。
とりあえず、パートナーと目を合わせた。
事前にそういう事は調べた上で安全だと判断したうえで自分たちは此処に来ているのだけど…………でも、あの男が言うのなら間違いないのだろう。
「………………分かりやすい回答ありがとう。ついでにそんな場所に連れて来られてる自分自身にもう少し疑問を持つべきだと思うわよ?」
「そういえばそうかも」
あのやろう、なんで俺を連れてきたんだ?
今更のような疑問に頭を捻る馬鹿は置いておいて、とりあえず事態を諦観することにした。どうせ、あの男の策謀からは逃れられないのだ。
ほんの少しだけ。
楽しいと思ったのは…………秘密。