部外者の乱入

文字数 3,211文字


 青の星は別段珍しくも無い。
 おおよそ生命が生まれ育つ星というのは似たような特性を持つのだから、そんな星などを幾つか知っていればそれも当然なのだろう。分厚い透明な壁の向こう側のソレを見ながら、指を伸ばして壁を弾くような仕草をしたのを見とがめたのは、生真面目な総指揮司令だった。
「話を聞いているのか、ダ=リア」
 固い声だが、この総指揮司令はあくまで生真面目なだけであって、話が通じない訳ではない。性格としては正反対のダ=リアであったけれど、そういった点で相手を評価していたし、今回の件に関してこの相手が上に立つ件に全く異存はなかった。
 見栄えが良いのもまた良い。
 どうせ見るなら、やはり綺麗な色のものが良いというものだ。
 あの壁の向こうに見える星の色のような。
「返事をしなさい、ダ=リア」
「はぁい、ディ=ソイ総指揮司令殿。聞いてますよ」
 へらっと笑ってディ=ソイの方に向き直ったダ=リアに、見栄えが良いとダ=リアの内心で称されている外見を持つ(実際艦内でも隠れファンは少なく無い)総指揮司令が深々と溜息をついた。既にこの総指揮司令の溜息は日常と課していて(その大半がダ=リアの行為によるものだったが)それはそれで見栄えは良いので様のなるという周囲の隠れた評価もあったりする。
 それはともかく、ダ=リアからすれば別段ディ=ソイに反抗しているつもりは無かったし、やっている事はただひたすらに己がままで居るばかりだ。そしてダ=リアが此処に在るその要因もそれに起因している事は総指揮司令も理解していたから、重要な部分以外で怒ったりする事は無い。
 生真面目だが、話は解るし、理解もあるから。
 だから非常にダ=リアにとって今の場所は居心地が良かった。たまの小言も苦にならない程には。
「全く、これから最も働かなければならないのは君なんだぞ、ダ=リア」
「解ってますって。ってーか、自分ほぼソレだけの為に此処に来てるって事位、解ってますよ。任された仕事ぐらいはやりますよ」
 義務であるから。
 軽い口調のダ=リアからは、ダ=リアと同じ立場に居る他の二人のような緊張感は全く無かった。
 それが長所でもあり短所でもある。
 管理する側のディ=ソイからすれば、ダ=リアは決して使い易い部下ではないだろうが、しかし今回最も頼れる存在であるのもやはりダ=リアだった。他の二人、セィ=ルイやガ=ロウという若手二人は実は初めての実践で、此処に居る経験者はダ=リア当人である。
 だから、ダ=リアが緊張感無く在るのは、他二人に無駄な不安や緊張を与えないという意味では非常に意味があったけれども、最低限総指揮司令として管理が必要なのも事実だったのだ。
 それでもダ=リアはやっぱり長所を差し引いて余りある程には、適当でやる気の無い困った部下だった。
 実践でのみ輝くその目を知るものは、少ない。
「ってーか、一ついいっすか、ディ=ソイ総指揮司令殿。実は報告事項がありまして」
 はぁい、とばかり形式だけ上げられたダ=リアの手にディ=ソイが胡乱な目を向ける。こういう場でダ=リアが何か言うとき、大抵碌な事が無い事を知っている程には、ディ=ソイもダ=リアの事を知っているのだ。
「何だ。簡潔に明瞭に発言するように」
「じゃあ。ぶっちゃけますけど、今回レイは出ない予定だそーです。でもって向こうの片方が所有者じゃないヤツが現状所有者になっちゃってるっつー状態で、ぶっちゃけ、かんなり状態としては珍しい感じなんで記録としてだけでも貴重です。以上」
 しん、と沈黙が降りる作戦室内。
 元より防音が完璧なそこで沈黙が降りてしまえば、かなりの静けさが完成する。
 沈黙を破ったのはディ=ソイだった。
「ダ=リア」
「へい」
「君が適当な性格をしている事は重々承知しているつもりだがね、今の説明の情報源は一体何処かね」
 今にも怒鳴りつけそうな衝動を明らかに抑えている様でディ=ソイが低い声で言うのを、予想済だったダ=リアが苦笑いをしながら受け止める。
 それでも最初っから切り捨てないのがディ=ソイの良い所なのだ。
 そしてそんな所に解っていて甘えてしまうのがダ=リアの猾い所でもある。そして恐らくそんな部分を見抜かれていて、ダ=リアがこの役目に回されたのだ。
「えーと、本人っすね」
「は?」
「だから、レイ本人からの情報提供です。という訳で後は任せた」
 これ以上言っても説得力が無いのは解っていたから、振り返るように作戦室の出入り口の方を見返った。作戦会議をするにあたって厳重なロックが掛かっている筈のその扉がそれに合わせるようにあっさりと開く。予想通りといえば予想通りだ。
 アレに、どんな警備も無意味だから。
 現れたのは、これもまた綺麗な色を纏う存在だった。星の煌めきを少しくすませたような髪の色はダ=リア好みである。そして滅びかけた星の放つ赤金の色のような瞳も、好みだった。これで関係性さえもう少し穏やかであれば、多分お近付きになろうと思うくらいには。
「貴方、は」
 突然現れたディ=ソイが驚くのは仕方が無い。
 現れた相手はディ=ソイ達とは異なる種族である事に違いなく、そして明らかに初対面なのだ。ダ=リアは自分と同じ形に在る二人が現れたその人物を前にして怯えたような顔をしたのには気付いたが、敢えてそこには突っ込まないでいておいた。
 理解出来るからだ。
 それは、所有者だからこそ解る、そして所有者でしかわからない感覚だから。
 相手が頂上にある存在である事を。
 けれど所有者ではないディ=ソイには解らない。だから唯一問いかけた。
「レイでーす。一応ホンモノだって事は他の三人には解って頂けてると思うけれど?」
 ねぇ? と小首を傾げ問いかけるその存在に、ディ=ソイが目を向けるのを、他の三人が深々と頷く。総ての所有者の頂点に立つ片翼、前回の争乱における唯一の覇者にして、理に縛られない自由な存在。所有者である限り、その最上に在るソレが解らない筈が無い。
 但し、前回以降は行方不明になっていた。
 情報としてそれは間違いない。確かに、姿を眩ましていた者。
「一応ね、今回は首を突っ込む気は無かったんだけどさぁ、さっき説明してもらった通りの状況が実際起こっちゃってるんで、ちとその辺は調整役を買って出ようかと思って訪問させてもらったわ」
 最初、ダ=リアもこの存在の訪問を受けた時には酷く驚いた。
 部屋でごろごろ惰眠を貪っている時の、乱入だ。
 そして話を聞いてみれば、どうやら今回ダ=リアが関わる件に関してどうしてもこちらと話をつけたい所があるのだという。存在そのものが全く雲を掴むような、はっきりと現れる事も稀有な存在が態々自分からお出ましになるというのだ。これはさすがにワンマンプレーもよくするダ=リアであっても自己判断できず、狂行なわれる作戦会議に持ち込む事にしたのだ。
 というより、全員に巻き込まれてもらう以外にどうしようもなかった。
 考えてみれば向こうからすれば敵艦に一人乗り込んでいる状態だが、こちらからすればむしろ最凶兵器に問答無用に乗り込まれている絶体絶命状態なので、不利なのはダ=リア側である。
 数の問題ではない。
 これは、存在の大きさの問題だ。
 相手は…………言うなれば宇宙そのもの。ダ=リア達はその中に無数に在る星のような、それ程の差が存在する。
 そうしてこの場では一番の座であるダ=リアに何ら対処の術が無い限り、権力に縛られる事の無い単独孤高の座に在るソレに対しては、例え総指揮司令であるディ=ソイであってもどうしようもない。それどころか、この場ではディ=ソイはただの一個としては無力にも等しいのだ。
「話、聞いて、貰えるわよね?」
 だから当然拒絶権など、この場の誰にも存在する筈も無かった。
 表向き、俗称『レイ』といつの間にか呼ばれるようになっていたソレは、拒絶しない部屋の者達に、満足げに笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み